カノジョのカレシ




遅い……。



夏休みに入ったばかりの大学の図書館は人もまばらだ。
俺としては効きすぎの冷房が気に入らないけど、静かだし、レポート書くにはいい雰囲気なんじゃないかと思う。
あかりの「課題は先にやっつけちゃおうよ」っていう提案を素直に呑んだのは、まあ、あれだ。
俺も面倒な事は先にやるタイプだし、うん、なんていうか……付き合い出して初めての夏休みだからってのも理由の一つと言えなくも無い。
二ヶ月もある大学の夏休み。時間は山ほどあるけど、できるだけ一緒に過ごしたいって思うんだ。
時間に追われて遊びつくせなかった過去の分を取り戻したい、とか思ったりさ。
それに、なんだ、ほら、大学生になったわけだし、色々な……なんて考えない……こともない。



それにしても、遅い。
あいつが本を探しに席を立ってからもう10分は経ってるぞ。
本一冊とりに行くのに何分かかるんだ、まったく。
まさか、迷子か? 確かにここは広いけど、迷子になるほどか? いや、あかりの神的な方向音痴なら有り得るか。
探しに行くべきか……でもさ、子供じゃないんだから一人で帰って来れるよな。



あ……まさか、変な事に巻き込まれたりしてないよな?
ハハ……街中じゃあるまいし、それは無いだろ。キャッチとかナンパとか……いや、ナンパは、学内でもあるか。
いやいや……あかりはボンヤリなカピバラだぞ。無い無い。



んー……



…………



…………本、探しに行こっかな、俺も。
あー、決してあかりを探しに行くわけじゃない。
本が無いとレポートが進まないからだ。
うん、そう、それ以外の理由なんて無い。
って言うか、気分転換だ、気分転換。ハハハ。











………………いた。
こんなとこに。
図書館の中でも専門書が並ぶ奥まったコーナーであかりを発見した。
必要が無ければ誰も来ないような場所。
だから当然人はいない。
あかりと、その横に立つ男以外は。
……誰だよ、あいつ。



「まずは友達からで良いから! お試しに今度の日曜日デートしようよ?」
「今度の日曜日はちょっと用事が……」
「じゃあ、その次の日曜日、ね?」
「でも……」
「いいじゃん。海野さん、彼氏とかいないんでしょ?」
「それは、その、なんて言ったらいいのか……」



聞えてきた会話に俺は一気に怒りのボルテージが上がるのを感じた。
あのチャラチャラした男にではない。
あかりのはっきりしない態度に対してだ。



「あかり……」
「あ、瑛くん」



あかりの肩に手をかけ、近くにいた男を静かに睨みつけた。
その男は、怒気を含んだ俺の声を自分に対する怒りだと勝手に思ってくれたらしい。
格好はチャラいけどそれなりに頭は良くて察しも良いみたいだ。腐っても一流大生ってやつか。
「なんだ、彼氏持ちか」と捨て台詞を吐いて去っていった。
ふん、俺を差し置いてあかりに手出そうなんて百年早い。



「瑛くん、探しに来てくれたの?」
「……知らない」



こいつ、俺が怒ってるなんて思ってないな。
なんなんだよ、まったく。
少しくらい分かれよ。



「あの人、しつこくて、なかなか戻れなくて……助けてくれて、ありがとう」
「ウルサイ。誰にでもニコニコしてるからあんなヤツに言い寄られるんだ」
「誰にでもなんてしてないよ」
「してる」
「してない」
「してるだろ?!」
「してないってば!!…………ニコニコなんて、してない、もん…………」



俺に反論するなんて百万年早い。
涙のたまった目で下から見上げたって無駄だ。
無意識でそんな顔するから、わけの分からないヤツに勘違いされるんだ。
天然で、自分の事には鈍くて、お子様で、結構意地っ張りで、でも素直なとこもあって、クルクル動くおっきな目とか……あー、もうっ! ……カワイイんだよっ!!
こいつをカワイイって思うのは俺だけで良いんだっ!



「て、瑛くん?!」



たまらなくなってキュッと抱きしめたら、しばらくオロオロとあばれてた。照れてジッとしてられないのは相変わらずだよな。
こんな風に、いつだって俺はやられっぱなしなのに……
それなのに……なんでだよ……



「なあ……俺はあかりの何?」
「え? 何って……それは、そのう……」
「俺はおまえの事、カノジョって思ってたんだけど?」
「カ、カノジョ……!」
「違うのかよ?」
「そう……なの?」
「なんで疑問型なんだよっ! なんでさっきのヤツにカレシがいるからって言わなかったんだ」



俺はカレシって思われてなかったのかよ。
なに? 同じ高校出身の同級生? お友達?
あー…………ホント、ムカついてきた。



「だって、瑛くんが…………」
「俺? 俺がどうしたんだよ」
「瑛くんが言ったんだよ? 『わざわざ言う必要ない』って」
「はぁ? 俺が?」
「うん。大学入った頃、クラスの子に瑛くんとの関係を聞かれて『どうしたらいい?』って相談したでしょ……」



ああーー……言った、ような気がする。
でも、あれとこれとは状況が違うだろ。



「瑛くん、私と付き合ってる事、内緒にしておきたいのかなぁって……」
「なっ……」
「はね学の時みたいに問題起こしちゃ駄目なのかなぁとか……」
「それは無い――」
「っ…………私なんかがカノジョで恥ずかしいのかなぁとか…………」
「バカ……そんなわけあるか…………なあ、 泣くなよ」



そんな風に思わせてたなんて。
あの頃、あかりには色んな事我慢させて、あの場所に置き去りにして、もう待っててくれるはずなんて無いって思ったのにちゃんと待っててくれて。
俺の事を大切に想ってくれてたおまえを、またこんな風に悩ませてたなんて……それに気がつかないなんて……俺、カレシ失格じゃないか。
頬を伝う涙を指で拭い、「ごめん」と告げる。
ごめん……ごめんな……本当にごめん。



「てるくん……」
「悪かった。面倒臭いって思ってただけなんだ。隠す必要なんか無いから」
「ホントに……?」
「うん。だから、そんなに泣くなよ、なあ?」
「わかった……」
「あのさ、今度からは『カレシがいるから無理』ってはっきり言うように」
「うんっ……」
「よし、じゃあ、さっさとレポート片付けるぞ。早く終わらせてたくさん遊ぼう」
「はい……ふふっ」



うん、やっぱりあかりは笑顔がいい。
ずっと隣で笑ってて欲しい。











「そういえば、おまえ、今度の日曜は用事があるのか?」
「え? どうして?」
「さっきのヤツにそんな事言ってただろ?」
「ああ……日曜日は瑛くんの誕生日だから」
「だから?」
「えっと、付き合ってから初めての誕生日でしょ? だから、日曜は丸一日0時から24時まで全部あけてあるの。ずっと一緒にいたいなって……」
「そ……そっか」
「瑛くんの誕生日なんだから瑛くんの好きにしていいからね」
「は……?」
「その日一日、瑛くんの自由です!」
「へ……? 自由って…………おまえを?」
「え? 私? …………ええっ?! ち、違うよ! 行きたい所とか、時間とか、そういう事だよ! 瑛くんのエッチ!!」
「お……おまえが紛らわしい言い方するからだろ! このバカッ!」
「バカって言ったぁ! バカって言う人がバカなんですー!」
「バカだからバカって言ったんだ!」
「もうっ!」
「俺にチョップするなんて百万年早い」



振り下ろされた手を良いタイミングでつかまえてキスしてやった。
ハハ! ビックリしてる。
俺を煽った仕返しだ。やられたらやり返す。とことんやり返す!



「日曜日、楽しみにしてる」
「もーっ! 瑛くん、違うってばー!!」



カノジョに祝ってもらう誕生日か。
うん、なんか、悪くないな。
まあ、さっきみたいな話は無しでもさ、単純に嬉しいよ。
そりゃ、あるならあった方が……なあ。
俺も一応男だし…………。

違う違うと慌てているあかりの頭に軽くチョップを落とす。
そんなに否定されまくったら、俺はいつおまえに手出せるんだよ。



「おまえプロデュースの日曜日を楽しみにしててやる。心の底から祝って、せいぜい俺を驚かせてみろ」
「うー……なんか偉そう」
「当たり前だ。俺の誕生日だぞ?」
「そうだけど……」
「駄目駄目だったらお仕置きだからな」
「え? チョップ100発とかはやだよ??」
「バーカ。もっとすごいヤツだ。覚悟しておくように」
「ええっっ?!」



ふん、このぐらい脅しても罰は当らないだろ。



……あのさ、俺、おまえの事大好きだ。
好きだから一緒にいたいって気持ち、あるのは当然だろ?
なあ、おまえも同じように感じてくれてるよな?
ずっと遠い未来も一緒にいような。

















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