わかりはじめたこと
「瑛くん、フロアの掃除完了しました!」
「うむ、ご苦労であった」
「他に手伝うことある?」
「いや、こっちももうちょっとだから。 先に着替えてこいよ」
「うん。 じゃあ、そうさせてもらうね」
ふーっ……やっぱり俺から言わないと駄目なのか?
目の前に迫った週末、あさって、日曜日は羽ヶ崎の花火大会。
なんなんだよ、あかりのヤツ。
いつもは――今度の日曜、ひま?――とか、
ノホホーンとなんにも考えてないような調子で誘ってくるくせに、
なんで今回は何も言ってこないんだ?
……まさか、他のヤツと約束してる、とか?
そういや、あいつ、去年は誰と行ったんだ?
今年も、その誰かと行くのか???
嘘だろ……。
「瑛くん、頭かかえたりして、頭痛?」
「わぁっ! おまえ、いつから後ろに立ってたんだよ?!」
「さっきから声かけてたよ。 お先に、って言おうと思って」
「待て待て待て。 俺、送るから」
「え、いいよ。 いつもいつも、悪いし……」
「俺が送ってやるって言ってるんだ。ありがたく素直に待ってろ」
「……瑛くんの口から素直って言われても」
「海野あかりさん、何か異論でもあるのかな?」
「いえ……なんでも……そのニッコリが恐いです……」
ああ言えばこう言う……
俺に口ごたえするなんて百年早いとチョップを落としてやった。
…………痛くないように。
まあ、そんな絶妙な力加減を、
あかりはまったくもって気付いていなくて
「またチョップされたー」
なんてブーブー文句言ってる。
もう少しわかれよ、この鈍感。
珊瑚礁のバイトの後は、あかりを送って行く。
最初はマスターに言われて仕方なく。
週2回も時間を削られるのが嫌だった。
でも、今は、まあ……うん。
波の音を聞きながら
二人で歩くのも
悪くないと思っている。
「あー……えぇと……あかり、今度の日曜日さ、おまえ、空いてる?」
「日曜日……って、あさって?」
「そう。 あさって」
「えっと…………」
「……」
「……………………今年も水着エプロン?」
「ばっ……そうじゃない!」
はぁーっ…………。
妙な間が空いたから、
誰かと約束でもあるのかと思ったじゃないか。
何考えてるんだ、こいつは、本当に。
なんでそういう余計な発想はすぐに出てくるんだ?
「じゃあ、なあに?」
「何って、それは…………ちょっと確認だ! 時間があるのか無いのか、はっきりしろ!」
「時間は、あるけど……何かあるの?」
あかりは意外と流行に敏感だ。
花火大会のことは当然知ってるだろう。
知ってて……とぼけてるのか?
……
…………
………………あぁーーーっ!
もう、やめたやめた!!
こんなとぼけたヤツは一生誘ってやらない。
決めた。
絶対。
「あの、あさって、って…………もしかして、花火大会?」
「知らない」
「えっと、もしかして、誘ってくれた?」
「誘ってくれてない」
今頃気付いても遅い。
俺は今年も一人で部屋から見る。
その方がよっぽど落ち着いて見られる。
人ごみに行かなくても良いしな、ハハ。
「ねえ、瑛くん? よかったら一緒に行かない? 花火大会」
「パス。俺はそんなに暇じゃない」
「うん。知ってる。去年もそれで断わられたから」
「断わった? 俺が?」
「そうだよ」と軽く答えるけど、俺、そんな事言った覚えは…………あ!
そうだ……確か去年も何かにイライラして「忙しい」って答えた、ような気がする。
あの後、本当はオッケーだって言えなかったんだよな。
もう一回誘われたらオッケーの返事したはずなのに、
あの頃は、あかりも、あっさり引き下がってたっけ。
「ふふっ、でもね――」
という、あかりの楽しそうな調子の声でハッと我に帰る。
ニコニコしながらジーッと俺を見上げてくるのはなんかの作戦か?
「去年はわからなかったけど、今はちょっとだけわかるようになったんだ」
「何がだよ? 何がわかるようになったんだよ?」
「ふふっ、それは秘密です」
「はぁ? おまえなぁ……隠し事なんておとうさんは許さないぞ」
何が秘密なんだか。
一人で楽しそうに笑っちゃってさ。
「おとうさん、わたし花火見たいな」
「忙しいって言ったろ」
「うん。でも、花火大会は年に一回だけだよ?」
「あぁ、そう」
「縁日も楽しいだろうなぁ」
「……」
「射的とか輪投げとか型抜きとか金魚すくいとか、やりたいなぁ」
「う……」
「ね、勝負しようか? かき氷とか賭けて」
「勝負…………おまえ、誰に向かって言ってるかわかってるのか?」
俺に勝負を挑もうなんて百年早い。
手加減なんてしてやらないからな。
見てろよ。
「じゃあ、日曜日3時に駅集合。遅れるなよ」
「3時? ちょっと早くない?」
「勝負と場所とりには時間が必要だろ」
「あ、そっか!そうだね! わー、楽しみだね、瑛くん!」
……
…………
………………あれ?
なんか、俺、うまく丸め込まれた?
結局花火は行くことになってるし、
あかりの「わかるようになった」事がなんなのかわからなかったし。
あー…………調子、狂う。
前はそれが嫌だった。
自分のペースを乱されるのが。
でもさ、今は、ちょっと……
そういうのも悪くないかなって思う時がある。
最近、やっと、わかってきた。
どうしてそう思うようになったのかって事を。
ほんの少し、だけど。
そんな俺――佐伯瑛、17歳の夏は始まったばかり。
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