02. 11/15(土) 6日前




帰りのホームルーム前のざわつきに気付き、オレは机に突っ伏していた頭をノロノロと起こした。
午前中だけの授業なのにほとんど寝て過ごしちまった。

があんなこと言うから………)

どこをどうやってああいう考えになったのか知らねぇがおかげで完全に寝不足だった。

昨日、家まで送り届けた後が大変だった。
自分ひとりになったら余計にのことで頭ン中がいっぱいになって………。
本気か?
冗談だろ?
いや、でも、もしかしたら。
いいのか?
大事にしたい。
でも欲しい。
そうやってグルグルと考えがめぐるのが止まらなかったり熱を持った体を鎮めたりするまで眠れなかった。



「志波クン、コンニチハ!」

「ああ、クリス………」

「あんな〜、この前のクイズなんやけど」

「この前?」

「志波クンが出してくれた『一度したら、なかなか離れなくなるキスとはどんなキスだ?』ってやつ」

「ああ、あれか」

「ボク、一生懸命考えたんやけど、さっぱりわからないねん。志波クン、ヒントくれへんかな〜?」



キス、か。
また思い出ししまった。
離れたくなかった、昨日。
今まで抑えてたことが一気に崩れそうになった。
あんな事言われて歯止めが効かなくなってつい深いキスまでしちまった。
やだと言われて焦って、だけど顔を見たら本気の「嫌」じゃないってわかって、ほっとして………。
あの時の顔が頭から離れない。
ああいう顔をもっと見たい。

まだ感触が残っているような気がする。
オレの手に体に唇に………。
柔らかいとは思っていたが
それだけじゃなくて
熱で溶けそうでだった。
キスだけなのに………。



「あの〜、志波クン〜???」

「どうしたの?クリスくん?」

「あ〜密チャン、竜子チャンも。あんな、なんや志波クンがポーッとなってしもうたんやけど」

「あら?どうしたのかしら?」

「元々こういうヤツだろ?」

「そうなん?さっきまで普通に話してたんよ?」

「そういえば………志波くん?」



ビクッ………
………水島?
いつの間にか藤堂までいる。
水島は顔こそ美しく微笑んでいるが「志波くん」と呼んだ声にはオレを空想の世界から引き戻すための絶対的な威力があった。



「………なんだ?」

「今朝からさんの様子がおかしいんだけど、何か知っている?」

「え〜?チャン、わらかしてくれるん?」

「クリス、ややこしくなるから、あんたは黙ってな」

「ハ〜イ」

「あまり寝ていないようだし、話をしていてもボーっと考え事を始めるし、顔もいつもより赤くて、熱は無いようだけど」

「あ………」



原因は昨日のアレ、だよな。やっぱり。
眠れなかったんだろうか?
理由はオレと一緒………ってことはないな。
オレは男で、アイツは女だ。



「やっぱり何か知っているのね?」

「志波、あんた、まさかに何かしたのかい?!」

「なになに〜?志波クン、チャンいじめたん?」

「クリス、黙ってな」

「ハ〜イ、竜子チャン」

「あ、そうか!」



水島が何かに気が付いたように手をパチンと合わせる。
さらにすごみを増したオーラを放ちながら微笑んでいる。



「なんだい?心当たりがるのかい?」

「ううん。でも、もしかしたら、と思って」

「もったいぶらずに言いな」

「フフフ………志波くん、来週誕生日だったわよね?」

「ん?ああ、そうだが………?」

「だから、もう何かしちゃったのかなぁって」

「志波、あんたまさか………?!」

「ま、まだ何もしてない!」

「「まだ?」」

「なになに〜?なにがまだなん??」

「志波くん?」

「あ、ああ……」

さんのこと大切にしてあげてね」

「ああ……」

はあたし達の大事なダチなんだ。悲しませたりしたら承知しないよ」

「分かってる」

「あの〜、ボクには何がなんやらわからへんねんけど〜?」

「クリスくん、いいこと教えてあげるからあっちに行きましょう?」

「ええ〜?!あ、志波クン、クイズのヒントは〜?」

「クリスくん、クイズなら私が教えてあげるから」

「……ハ〜イ」

「志波くん、ちょっと早いけどお誕生日おめでとう」
「志波、おめでとう」
「おめでとさん、志波クン。ほんなら〜」



ハァ………



最後にかけられた「おめでとう」にものすごい重みを感じた。
なんでこんなプレッシャーをかけられなきゃならねぇんだ?
が友達に慕われてるってことなんだろうが藤堂と水島のダブルプレッシャーは相当重く感じる。
まいった………。











「で、クリスたちと何喋ってたの?」

「ん?ああ、まあ、色々とな」

「ふーん。なんか水島と藤堂にも囲まれて焦ってなかった?」

「いや、別に………」

「そう?なんか気になるなぁ………」



放課後、一緒にてりうを食べてから一旦帰宅し、トレーニングウェアに着替えて森林公園で落ち合った。
二人とも部活は引退していたが体育大への進学を目指してるからトレーニングを休むことはできない。
学校で部活に顔を出しても良かったが、今日は二人で走ろうと誘われてここに来た。

1時間ほど走りこんだあと、広場で筋トレをしながらする会話。
甘いムードも何も無い。
昨夜同じ公園内であった出来事が全部夢だったんではないかと疑いたくなる。

秋も深まった夕方の森林公園は普通に過ごすには寒くて人の影もまばらだ。
既に陽は落ちあたりは薄暗くなってきている。



「そろそろあがるか?」

「うーん、もうちょっと」

「もう暗くなるぞ?」

「でも………やっぱり、もうちょっと」

「わかった。付き合う」

「ありがと」



ニコッと笑うその顔に引き寄せられそうになるが今はトレーニング中での邪魔はしちゃいけないと自分に言い聞かせ踏みとどまった。



「そういえば、おまえ、明日、空いてるか?」

「あ、えっと………」

「はばたき山に行かないか?きっと、景色がきれいだ」

「ご、ごめん………明日はちょっと………
 ………あの、買い物に行きたくって………
 ホント、ごめん………」

「そうか……。
 ………………」

「志波?」

「……あ、悪い。また今度、行こうな」



何を買いに行くんだ?
誰と行くんだ?
オレを誘ってくれないのか?
丸一日会えないなんておまえはそれで平気なのか?

聞きたいことが山ほどあったが、なんとなく流れる気まずい空気に言い出すことができなかった。











あの後、お互い黙々とトレーニングを続けて、体が限界になった頃には辺りは真っ暗になっていた。
体はくたくただったが、さっきの話が気になってオレはスッキリできない。
二人の間に流れる空気も重苦しいような気がする。
オレが無口なのはいつものこと。今はモヤモヤした気持ちで更に口が重くなっていた。
もさっきの話のことが原因なのか、暗くなるにつれ、オレに話しかけてこなくなっていた。



「もう十分だろ。そろそろあがるぞ?」

「うん………」

「………どうした?」



返事はしてもその場に突っ立ったまま動こうとしないの顔を覗き込む。
だが、俯いていてその表情はよく見えない。
よく見るために近づいてみたらが手を伸ばしてきてオレの上着の裾をきゅっと握った。



?」

「もうちょっと………一緒にいたい」



風に消そうなぐらい小さな声、でもオレの耳に確かに響いてくる声。
のその仕草を見てやっと気付いた。
トレーニングを「もうちょっと」と言ったのも、だんだんと無口になっていったのも、そんな風に考えてたから。
モヤモヤとした自分の気持ちに捉われてそんなことに気付けないなんてオレはどうかしてた。
言葉で答える代わりにそっと抱き寄せた。



「汗、冷えちまうぞ?」

「志波があったかいから大丈夫。あ、でも、志波が寒くなっちゃう?」

「オレも、あったかい」



腕の中にすっぽりとおさまってしまうぐらい小さいのに、こうしてくっついているとすごくあったかい。
何もしないでジッとくっついてるだけなのに触れている部分がドンドン熱を持ってくる。



「汗臭くないか?」

「ううん………志波のにおい」

「オレのにおい?」

「うん。私は?」

「いいにおい」

「ホントに?」

「ああ。においだけじゃなくて………」



ペロッ



「………おいしい」

「ちょっ!な、舐めた!口!もう!」

「嫌なのか?」



顔を近づけたまま目を覗き込んで聞いてみた。
ここで「やだ」って答えられても止められそうもない。



「………や………じゃな、ん!」



どうせ止められないならと答えを聞き終わらないうちにその口を塞いだ。
キスしながら上唇を舐めたらすぐに固く合わせていた唇を開いてくれた。
そこから舌を差し入れると今度はすぐに絡め返してくる。
積極的な反応が嬉しくて昨日よりも長く、そして昨日よりもさらに深いキスを続けた。
息苦しくなったら少しだけ離れ、また唇を合わせる。

キスしてる最中に喉からもれる声や
離れるたびに聞こえてくる吐息がオレをさらに熱くした。

もっと色んな声が聞きたい。
そう思って口だけじゃなくて頬から耳へ移動する。
耳朶を唇で挟み込むようにしてみたら小さな体がピクッと動く。
そんな自分に自分でビックリしたのかオレの腰に手をまわしてギュッと抱きついてきた。



「今日は積極的なんだな」

「………だって、耳、あ」



耳のそばで息をかけただけで反応する体、それにつられてもれる声。
もっと聞かせて欲しくて耳のふちを舌でなぞる。



「あ………」



つっとなぞるたびに小さく跳ねる体が可愛くて何度も何度も舐め続けた。



だんだんと力が入らなくなってきたの体。
ここでこれ以上はどう考えても無理だ。
離れたくない、けど、これ位にしておかないと本当に歯止めがきかなくなる。
今日もまたかすかに残っている理性をかき集めて唇を寄せていた場所から離れてをぎゅっと抱きしめた。











腕の中に閉じ込めたまま、どうしても気になってしかたないことを聞いてみた。



「明日、どこに買い物に行くんだ?」

「えっと、ショッピングモールに」

「………誰と行くか聞いていいか?」

「え?あ!もしかしてずっと気にしてたの?」

「ああ………」

「あ、ごめんね。あのね、一人で行くの」

「一人………オレは一緒に行ったらだめ、なのか?」

「う……ごめんね」

「そうか………明日は会えないのか………」

「志波………私………あの、夕方だけでもいい?」

「?」

「買い物終わって家に戻ったら電話する。ちょっとしか会えないけど、それでもいいなら」

「いい。待ってる」

「うん」



一人で買い物と聞いてホッとした。
誰かとだとしたらそれが女友達でもおふくろさんでもオレは嫉妬しちまうだろう。
聞かなかったら明日イライラとした一日を過ごすとこだった。

一緒に行けないというのは何か女の買い物でもあるからだろう。
それに付き合うのはオレは構わないのだけどは気になるんだろう。
夕方会えるという約束もできた。





「クイズの答えがオレとおまえだったらいいのにな」





家まで送る途中でクリスに出したなぞなぞの話をしててふとそんな風に思った。



毎日会いたい。
ずっと一緒にいたい。
ずっとずっと離れたくない。
おまえは同じように思ってくれているか?