04. 11/17(月) 4日前




「ごちそうさまでしたー」



今日は曇天で天気予報だと時々雨も降ると言っていた。
太陽が見えないとちょっと寒い。
お弁当タイム、はるひと音楽準備室にもぐりこんでいた。



「で、昨日あれからどうなったん?」

「あれから?」



めちゃくちゃ楽しそうに身を乗り出してくる仲良しのはるひ。
明るくて楽しくて誰とでも仲良くなれちゃうところ、いつもすごいなぁって思う。



「買物から戻るまで待っててゆーたのに!」

「あ、ごめん、先帰っちゃって」

「まあいいねん。で、どうなったん?」

「どうなったって………」

「なんやシバやんガーッて突然現れて、ごっつう怖い顔であんたの手引っ張って連れてったんやろ?」

「うん、そんな感じだった」

「で?そのあと、どうなったん?喧嘩したん?」

「そのあと………」



志波が勘違いして怒って、でも誤解は解けて、いつも通りに戻って、ということをはるひに説明した。



あの時………志波から逃げるようにダッシュで帰っちゃったけど大丈夫だったかな?
昨日はシタギとか言っちゃったし、それに自分から………耳だけど………チューとかしちゃって、すごくすごーく恥ずかしくなっちゃったんだよね。
ジッとしていられなくなってバイバイって走ってしまった。
志波、怒ったりしてないよね?
朝、おはようって言ったときは眠そうだったけど笑ってくれたし。



「うーん………シバやんって………」

「ん?」

「めっちゃのことが好きなんやな!」

「え?そうなのかなぁ?」

「それから”チョー”のつくほどのヤキモチ焼きやな」

「あ、それは、そうかも………」



私がちょっと男子と喋ったりしてると志波が見てたりするし、クリスなんかとじゃれてると目がこわくなってる。
そういうの好きだって言われてから気が付いたんだけど、よーく思い出してみるとそれより前からそういうことがあったような気がする。



「そこまでラブラブやのに、なんで未だに苗字呼びなん?」

「ラブラブ、かどうか分からないけど………苗字、やっぱり変かなぁ?」

「変やろ」

「だよねぇ………」



友達から恋人に変わったとき、特に何かが変わったわけでもなかった。
お互いに気持ちを確認しあえたってことがすごく嬉しくてジーンとしたけど、手つないだりするときは前と同じでドキドキするし、学校ではいつも通りだし。
だから苗字からいきなり名前って雰囲気でもなかったんだよね。

でも、甘いムードになったときに「」って呼ばれるのと「」って呼ばれるのじゃ全然違うんだろうな。
私は………志波のこと名前で呼んでみたい。
………チャレンジしてみようか。
二人きりになったとき、とか………。
私が名前で呼んだら、志波も名前で呼んでくれるかな。











『ほら、入れよ』

『ああ………』



「あれ、ハリー?」

「志波?」



隣の音楽室に二人の声がする。



「なあなあ、男二人でなに話すのか聞いてみいへん?」

「うん、面白そうだよね」



盗み聞きなんて趣味が悪いと言われそうだけど男子だけのお喋りの内容はちょっと興味がある。
でもあのコンビだからニガコク対決しに来ただけなのかもしれないけど。
準備室と音楽室をつなぐドアに少しだけ隙間を作りそこからソーッと覗いてみた。



『じゃあ、まずそこに座れ』

『フゥ………』

『ちっげーよ!座れと言われたら正座だろうが!』

『ハァ………これでいいのか』

『よーし!んじゃ、オレも』



いきなり正座で向かい合った二人。
なんだろね?とはるひと目配せする。
なにか真剣な話でもするのかな?



『志波、テメェに言っておきたいことがある』

『なんだ………?』

『いいか?オレたちはまだ高校生だ。わかるか?』

『それがどうした?』

『しかも17歳、誕生日が来ても18歳、未成年だ』

『?』



なんの話なんだろう?ホントに。
針谷の説教モードがやけにおかしいんですけど?



『責任が取れる年齢じゃねえっつってんの!』

『…』

『ちゃんとそういう年齢になってから、って、おい、志波?』

『…』

『人が話してるときに寝るなっつーの!』

『オレは………』

『起きてたのかよっ?!』

『責任は取る。年齢は関係ねぇ。本気だ』



ちょ、ちょっと待て。
あの二人はなんの話を?!
はるひをチラっと見れば真っ赤になってる。
私もたぶん真っ赤。

針谷って考え方が古風だなー。
今時正座で説教して年齢で責任がどうのって………。
あ、でも、普通に考えたら針谷の方が正しいのか。



『志波………マジなんだな?』

『ああ』

『そっか、じゃ、これぐらいで勘弁しといてやる』

『サンキュ………針谷はどうなんだ?確か12月だろ、誕生日』

『オ、オレ?!オレのことはいいっつーの』

『先に言っておくが、聞かれても教えねぇぞ。もったいないからな』

『だ、だれが聞くかっつーの!だだだ大体なにをだよっ!しかも、オマエ、もったいねぇってなんだよ、それ?!』



もう………ホント、志波、なに言ってるのよー!!
男子って女子がいないと、こんな話ばっかりしてるのかなぁ………。
次に針谷と話すとき恥ずかしいんだけど………。

一通り話が終わったのか予鈴とともに男子二名は出て行った。
とりあえず盗み聞きがばれなくてよかった〜。





「ん?」

「うちには色々教えてや、な!」

「え?」

「よろしく頼むで、先輩!」

「先輩って………はるひ、な、なんのことかなぁ?」

「今更なにゆうてんねん!」



そういえば、なんで?
なんでそういうことになってるの?
誕生日ってそういうことになるのが普通なの?
誰にも直接言ってないし、志波だって言うわけないし………。
ってことは、なんかばれるようなことしちゃったのかな。
うわぁ、なんか恥ずかしいよ。
誰がどこまで気付いてるんだろう?











「天気が悪いとあっという間に暗くなっちゃうね」

「だな」



下校時間、冷たくて細かい雨がふっていた。
海岸沿いの歩道は傘をさすと並んで歩けない。
つまんないなぁって思いながら志波の斜め後ろをついていく。

水平線と空の境目が分からないくらい海の上は真っ暗。
ボーっと暗い海を見ながら歩いてたら、急に立ち止まった志波にボフッと傘がぶつかってしまった。



「ごめん!」

「ああ」

「どうしたの?急に立ち止まって………なにかあった?」

「あ………傘」

「かさ?」

「………一緒に入らないか?」

「でも、私が一緒に入ったら志波がもっと濡れちゃうよ?」



志波の持ってる傘は大きいのに既にアチコチ濡れてる。
相合傘、してみたいけど………。



「大丈夫だ。それに………一緒の方があったかい」

「そ、そう?じゃ、えと、入る」



あったかいなんて言われてワタワタしてしまう私。
志波は時々こういうことをさらっと言う。
無意識なのか故意なのか………どっちにしてもいつもオロオロしてしまう。



なるべく傘からはみ出さないように体をギュッと寄せて志波の左腕に自分の腕を絡ませた。



「わ、ホントにあったかいね!」

「………」

「あれ?腕組むのダメだった?」

「ダメ、じゃない………行くか?」

「うん!」











発見。
相合傘って歩きにくいんだ。
自分で傘をさす時よりも濡れちゃう。
ドラマチックにはいかないもんだ。

けど、いつもよりピトッとくっつける。
傘の中の二人っきりの空間。
濡れた所の冷たさよりも、くっついている部分の熱に意識が集中しちゃう。



「もうすぐ着いちまうな、おまえの家」

「こんな雨じゃ寄り道もできないね」

「寄り道したかったのか?」

「………志波は?帰りたい?」

「ハァ………が風邪ひいたら困る。今日は帰ろう」



心配してくれるのは嬉しい。
けど、志波にギュッてしてもらいたい。
キス、して欲しい。
………なんて、直接は言えない。
あ、そうだ。



「あの………かつみ?」

「っ!……オレを帰さないつもりか?」

「だって………」

「ハァ………風邪ひいてもしらないからな。こっち来い」



うちの近所の公園。
奥の木の陰に隠れる場所で立ち止まった志波。



「で、どうしたいんだ?」

「え?それは、その………」

「言わないんだったら帰るか?」

「う……いじわる」

「そんな目してもダメだ。ちゃんと言え」

「いじわるしないで………勝己、ね?」

「………おまえ、ずるいぞ」

「ん………」



傘を持っていない左手に抱き寄せられていきなりキス。
雨のせいか唇がヒンヤリと冷たい。
触れるだけのキスを何度も繰り返す。

この前みたいなキスがしたい………なんて普通の女の子は思わないのかな?
恥ずかしくて言えないから「勝己」ってまた呼んでみた。
フッて笑われたような空気を一瞬感じたあと、深いキスをくれた。

唇は冷たかったのに中はすごく熱い。
舌を絡ませるたびにクチュクチュという音が漏れる。
すごく恥ずかしいのにやめられない。



「んん………はぁ」

、傘、持っててくれるか?」

「ん………」



なんで?と思いながらも言われたとおり志波の首に両手を回して傘をさした。
また抱き寄せられてキスされて、そしたら志波は空いた方の手を私の胸にそっと置いた。
包み込むように優しく触れたあと、やわやわと揉んだり、円を描くように掌を動かしたりを繰り返している。
洋服越しなのに初めて感じる刺激に上を向いていられなくなって志波の肩に顔を埋めた。



「ん………」

「やわらかい……」

「や………はずか…し」

「腕組んだ時からずっと触りたいって考えてた」

「ふ…ぁ……」



体がゾワゾワする。
勝手にピクッと震える。
志波が触れてるところが熱い。











「ふわ………くしゅん!」



どれぐらいの時間が経ったんだろう?
触られて熱いと思ってたけど、でも実際は雨で冷えたみたいでくしゃみが出ちゃった。
それにビックリして志波がバッと離れた。



「帰るぞ」

「ん」

「こんだけ我慢してんだから………」

「へ?」

「当日風邪で無理だなんて言うなよ?」

「い、言わない、大丈夫、だよ?」



「ねえ、志波」

「………」

「志波?」

「………」

「か、勝己?」

「なんだ?」

「えええええ?名前じゃないと返事してくれないの?」

「そうだ」

「学校でも?」

「そうだ」

「ええ?!いきなり変えたらみんなビックリしないかな?」

「別にいいだろ、ビックリさせとけば」

「そう、かなぁ………ま、いっか。でね、か、勝己?」

「ん?」

「誕生日の日、帰りにうちに来てくれる?」

の家?」

「うん。前の日にケーキ作ったり用意しとくから」

「作れんのか?ケーキ」

「一応、食べられると思う。………それでね」

「なんだ?」

「お父さんもお母さんも仕事で夜まで帰ってこないから、その、大丈夫だから」

「な………わ、分かった」





何が大丈夫で何が分かったのか、変な会話だよね。
誕生日は私のうちでお祝い。
たくさん考えるのに、想像がつかなくてドキドキする。
痛いだろうというのは覚悟するしかない。
その前は?とか、全部志波……じゃなくて勝己に任せればいいの?とか、私はなにもしなくていいの?とか、そんなことを考えてるからなかなか眠れなくなっちゃうんだよー。
寝不足はお肌によくないのに………。