05. 11/18(火) 3日前




午前中の授業をほとんど寝て過ごしたというのにまだ寝足りない。
昼飯を食ったあと図書室へと足を向けた。



「やあ!志波くん!」
「こんにちは」

「ああ」



氷上と小野田。
色んなところで名コンビぶりを発揮していた二人。
朝の挨拶運動、遅刻取り締まり、校内見回り、生徒会活動………はね学が大きな問題もなく平和なのは、こいつ等みたいなヤツがいるからだろう。
規律なんてうるせぇと思うヤツもいるだろうが………まあ、オレも入学した頃はそう思っていたが、そういうのも大事なことだ。
野球にルールがあるみたいに。



「君も期末テストの勉強かい?」

「テスト………?」

「あ、受験勉強じゃないでしょうか?」

「受験………」



期末テストまでは2週間以上あるだろ?
受験も体で勝負だから関係ねぇ。
こいつらはここで勉強してたのか。
昼休みだってのにすごいな。



「ハハ、どちらでもないようだね」

「オレは−−−」

「ああ、分かっているよ。睡眠をとりにきたんだろう?違うかい?」

「よく分かったな。さすがだ、氷上」

「ハハ、僕も少しはレベルアップしてるということさ」

「レベルアップか」

「そう、レベルアップだ」



「それより志波君、午前中ずっと寝ていらしたようですが、まだ眠いだなんて、夜眠れないのですか?」

「そうなのかい?夜眠れない病気というと、睡眠障害、不眠症………だとしたら早急に病院へ行った方がよくはないだろうか?」

「そうですね、氷上くんの言うとおりです」

「いや、病気じゃない、と思う………」

「自分の体を過信してはよくない。スポーツマンなら健康管理にはもっと気を使うべきじゃないかな?」

「ああ、そうだな。だが−−−」

「そういえば、さんも最近寝不足だって言っていました。……同じ病気なのでは?」

「なに?!感染する病気だというのかい?睡眠障害で感染する病気………だめだ、僕の知識では判断できない。僕はまだまだだな………」

「氷上君の知識は十分素晴らしいと思いますよ。まだ高校生ですもの」

「いや、それに甘えていては成長できないんだよ」



オレの寝不足もの寝不足も原因が同じという考え方は当っているが、本当の原因をこの二人に説明してもわかんねぇだろうな。



「大丈夫だ………オレもも」

「そうですか?」

「ああ、心配かけて悪い」

「いや。だが、本当に何かあったらいつでも相談してくれたまえ」

「ああ、じゃ………」



まだ何か言いたそうにしていた二人から離れた。
飯のあとの眠気が急激に襲ってきた。











図書室の奥の窓際は入口からも死角になっていて昼寝に丁度いい。
背中に太陽の温もりを感じながら机に突っ伏す。

目を閉じて真っ先に浮かぶのは昨日ののこと。
風邪をひかせたくない、だから、送ったらすぐに帰ろうと思ってた。
腕に密着してきたやわらかいものに集中しないように踏ん張った。

それなのに………いきなり名前で呼ぶか?
反則だろ、あれは。
最近オレの理性がすぐに吹っ飛ぶのは半分以上のせいなんじゃねぇか?

そうだ………誕生日の話が出たときから、だな。
あの日、オレにプレゼントの話を聞いてきた時は全く分からない感じだったのに、夜になったら変わってた。
どうやってあの数時間のうちに気付いたんだ?
わからねぇ。

それまでも、と一緒に出かけた日の夜は色々と思いがめぐって眠れねぇこともあったが、あの日から毎日そんな調子だ。
目を閉じればその日に触れたの感触ばかりを思い出しちまう。
昨日も………やわらかかった。
運動系の部活やっててもあんなにやわらかいもんなんだな………。
じかに触れたらどんな感じなんだ?
他のところもやわらかいのか?
掌に残る感触を繰り返し思い出して頭ん中で想像する。

周りに人のいない場所だから、考えることがだんだんとエスカレートしていく。
机に突っ伏してるオレの顔はきっと赤くなってるんだろう。
顔と手と腰が熱い。











意識が徐々に戻ってきた時、すぐ近くにオレのとは異なる寝息が聞こえた。
その音がする方へ顔を向け目を薄く開けてみたら、隣にスヤスヤと眠っているの顔があった。
オレと同じように机に突っ伏して、顔だけこっちに向いている。

何時だ?
外から部活の掛け声が聞こえる。
放課後になっていることは確かだ。

オレを探しに来て一緒に寝ちまったってとこか?
傾いた陽が差し込んでの少し茶色い髪が透けている。
熟睡しているのか口許が緩んで少しだけ開いている。

隣にいるのがオレじゃなくてもこんな風に眠ったりするんだろうか?
危険すぎる。
無防備すぎにもほどがある。
少し自覚させといた方がいいんじゃねぇか?



「ん………か、つみ………」



寝言?
そんな可愛い声出されたらオレじゃなくてもおかしくなるぞ。
まったく………。



光に透ける髪に手を伸ばし、尻尾になっている束をクルクルといじってみた。
サラサラと指の間をすり抜ける髪が気持ちいい。

額にかかる髪を指でどかしてこめかみを指の背でなでる。
しっとりとした肌が吸い付いてくるみてぇだ。



少しいじった位じゃ起きないほどよく眠っている。
寝顔、かわいい。
毎日見てぇな。
いつか、かなってほしい夢。



頬にも指を滑らせフニフニと押してみる。
やわらけぇ。
笑ったり膨れたりコロコロと変わる表情は見ていて飽きない。
もっと別の表情………早く見てぇ………。



唇にも指を滑らせる。
プルンとした形のいい唇。
口付けると吸い付いてきて離れたくなくなる。
触れるだけのキスしか知らないときもそう思ってたのに、深いキスを知ったあとはいつまでも離れたくないと強く思うようになった。

その唇から発せられるの声はいつでも心地いい。
オレの耳に必ず届いてくる。
どんなにざわついた教室の中でも。

だが耳の中に残って消えない声も知ってしまった。
その声はオレを熱くさせて眠れなくする。
深く口付けた時の喉から出る声、
キスとキスの合い間にする吐息、
敏感な場所に触れたときに洩れる声、
全部耳の底に染み込んで離れない。
もっと沢山聞きたい。



規則正しい寝息とともに少しだけ上下する背中。
ケープの下に見える制服のファスナー。
その線を指で辿るとくすぐったいのか「ん………」と身じろぎして肩をすくめた。
うなじをスッとなでるとまた「んん……」と声を出す。
それでも起きない。



寝てても感じるのか?



ちょっとした悪戯心。
放課後の図書室には人の気配がない。
入口のカウンターからはここは見えない。



まず頬にキスした。
机に突っ伏している腕が邪魔で口にはキスできない。
次は耳だ。
フッと息を吹きかけると「ん」と反応する。
起きないことを確認して耳の内側を下から上へ一舐めしてみる。
「ん」という声とともにの体がピクンと動いた。
でも一瞬だけですぐにまた寝息を立てる。

うなじに触れながら耳を舐めたり息を吹きかけたりして反応を楽しんだ。
しばらく続けてたら「ん………あ………!」と大きく反応して目を覚ました。
ハァハァと呼吸を荒くして動悸がする心臓を押さえて何があったのか分からないという顔をしている。
頬が赤く染まっている。

「……か、勝己?」

「おはよ………」

「あの、私………夢?」

「どうした?」

「な、なんでもない」

「エッチな夢でも見たのか?」

「!!!ち、ちが……う、もん」

「例えば………こんな風な?」



と言っての耳をペロリと舐め上げた。



「あっ………」

「かわいいな、おまえ」

「………も、もしかして、勝己、私が寝てる間、なんかした?」

「今と同じこと、してた」

「!!」

「おまえが起きないのが悪い」

「私のせいなの?」

「そうだ。無防備すぎだ、おまえは」

「だ、だって勝己があんまり気持ち良さそうに寝てたから、つい、つられて………」

「とにかく、絶対他の野郎の前で居眠りなんてするな」

「し、しないよ」

「どうだか」

「しないもん」

「オレの前ならいいぞ」

「勝己の前でもしない!………何するか分からないんだから」

「そうか。じゃあ、がんばれ」

「う………私が絶対居眠りするって思ってるでしょ?」

「ククッ………」

「寝不足なのは勝己のせいなんだからね!!」

「オレのせい………」



本当にそうか?
きっかけを作ったのは自分だろ?
これ以上突っ込んで色々禁止になっても困るから何も言わねぇが………。



誕生日まであと3日。
こんなに自分の誕生日が待ち遠しいのは初めてだ。
指折り数えて待ってるなんてまるでガキみてぇだな。
かわいすぎるだろ、オレが。