07. 11/20(木) 1日前
「では皆さん、今日も一日張り切って行きましょー!」
朝のホームルーム、いつも通りの若王子先生の掛け声に教室内がドッと笑いに包まれる。
「あ、志波君、ちょっとこっちへ」
先生に手招きされてオレは席を立った。
「はい、これ」
「なんですか?………手紙?」
渡されたのは手紙の束。
しかもかなりの数。
「全部志波君宛てですよ。羨ましいですねぇ………」
「はぁ………」
「誕生日が近いからまた増えちゃったみたいですね」
夏の甲子園が終わったあと、野球部宛てにものすごい量の手紙が届いた。
一時は減っていたんだが………。
高校生で『ファン』ってのができるとは思ってなかった。
こっちが知らない相手、でも向こうはオレを知っている。
オレにはよく分からない感覚だ。
それもこれも報道の力ってやつだろう。
最近の流行りかオレにも末尾に『王子』のついたあだ名ができちまうし………。
「先生、ありがとうございました」
「いえいえ。お返事がんばってくださいね、シャイ王子!」
「………」
「あれ?気に入ってないんですか?王子って付く名前はマジ☆イケてると思いますけどねぇ」
「はぁ………」
この微妙な名前が新聞に載ったとき、一番大笑いしたのはお袋。
「あんたのどこが王子〜?!しかもシャイってなに?シャイって!!アハハハハッ!!!」
自分の息子をなんだと思ってやがると文句言っても、お袋のバカ笑いは暫く収まらなくて、さすがにイラッとした。
それにしても返事か………厄介だ。
年賀状ですら何も書き込まず、ごく少人数だけに出してるってのに。
かといって誰かの代筆じゃダメだってことは礼儀としてわきまえてる。
だから、前は他の部員に何書いてるか聞いてまわった。
結局は「ありがとうございます。これからもがんばります。志波勝己」と三行だけの手紙を沢山書いた。
今回も同じにするしかねぇだろ………。
手紙の束を手にして席へ戻る途中、を見た。
こっちをジッと見てたらしく、目が合うと少し赤くなってニコっとした。
………アイツはオレが手紙とかもらうこと、嫌だと思ったりしねぇんだろうか?
そんな素振りを見せたことはないがホントのところはどうなんだ?
余計な思いはさせたくないんだが………。
放課後、部室に寄るというを待って昇降口の外で待っていた。
今日はケーキの材料を買いに行くらしく『途中までしか一緒に帰れない』と言われたが、荷物持ちに立候補して家まで送ることにした。
オレのケーキの材料を持たせるっておかしいよ?とつぶやいてたが、オレがそうしたいんだから構わない。
「よう、志波」
「佐伯、今帰りか」
「ああ。志波は?」
「を待ってる」
「ああ、そっか。………なんかさ、志波も王子とか呼ばれて大変だよな」
「周りが勝手に騒いでるだけだ」
「そうそう周りがな。なんでああ勝手なんだろうな?本当の俺の事なんか知りもしないくせに」
はね学のプリンスと呼ばれ、自分でもそう振舞ってるように見える佐伯でもそんな風に考えてたのか。
オレの『王子』と佐伯の『王子』じゃ全然違うんだろうが………。
「佐伯、おまえも手紙とか沢山もらうことあるよな?」
「ん?ああ?」
「そういうの、彼女は嫌がったりしねぇのか?」
「彼女?」
「海野」
「は?う、海野は別に彼女とかそんなんじゃない。ち、違うから。アハハ」
「………分かった、そういう事にしとくから………教えてくれ」
「あー、まー、アイツはそういう俺は本物じゃないって知ってるからな。だからそういうのと本気で付き合うことはないって分かってるんだと思う………嫌だなんて言われたことはないな」
「そうか」
「あ………いや、アイツはきっと鈍感なだけだ!うん、そうなんだ!………あ、は嫌がるのか?」
「いや、わからねぇから聞いてみた」
「そうか………まあ、大丈夫だろ。も鈍感だし。それになんだかんだ言って気配りパラ高そうだしな、アイツ」
確かにアイツは鈍感だ。
自分の事は特に。
だが、周りに対してはすごく気を使ったりしてるのを何度も見てる。
オレに対してはどうなんだ?
気を使って言いたいことを我慢させてるとしたら………?
「志波先輩!佐伯先輩!」
「天地………部活か?」
「や、やあ、天地君」
「オス!先輩達はお帰りですか?」
「ああ」
「そういえば、志波先輩、明日誕生日でしたよね?おめでとうございます!」
「ああ、サンキュー」
「明日はどこのケーキを食べるんですか?」
「ケーキ?」
「やっぱりアナスタシアのデコレーションですか?あそこの生クリームとスポンジは最高ですよね!」
「いや………」
「え?別のケーキ屋さんですか?あ、もしかしてどこか穴場があるんですか?」
「あ………」
「もったいぶらないで教えてくださいよ〜。あ、佐伯先輩も知りたいですよねぇ?」
「ん?アハハ、そうだね」
「………作ってくれる、らしい」
「………さんが?………ちゃんと作れんのか?」
「えー!先輩の手作りですか?羨ましいな〜!」
手作りケーキの話でひとしきり盛り上がったあと、天地は部活へ行き、佐伯は慌てて帰っていった。
そうだよな。
誕生日に手作りの物を貰えるだけでも喜ぶべきなんだろうな。
オレはもしかするとかなり欲張りなのかもしれない。
の買物に付き合い、約束どおり荷物を持ってやってアイツの家の前まで来た。
「荷物ありがと、また明日、ね」
荷物を受け取ろうと手を伸ばしてくる。
けど………。
「勝己?」
「見てたらダメか?」
「え?」
「ケーキ、作るとこ」
「なんで?」
「まだ一緒にいたい」
「で、でも、作ってる時は、その………相手できないよ?」
「見てるだけでいい」
「ホントに見てるだけ?」
「ああ」
「じゃあ」と許しが出てホッとする。
ただそばにいるだけでいい、見てるだけでいい、と思う気持ちは本当で、そこには邪な気持ちは全くない。
って言っても信じてもらえそうもないけど。
リビングに通されてソファに座り込む。
キッチンで見てるのは恥ずかしいからと却下された。
カウンターキッチンの中のが何かと格闘してる姿をボンヤリと見ていた。
両親共働きだそうでお袋さんも毎日夜まで帰ってこないらしい。
家の中に二人きり………色々なことが頭ん中をよぎるが、あれを邪魔したら明日はきっと来ないと自分に言い聞かせ、ただひたすらジッと座ってた。
部屋の中のあったかさが気持ちいい。
キッチンからカシャカシャと聞こえる音がだんだんと遠くなっていった。
「………み?」
「ん………」
「勝己?」
「ああ………オレ………寝てたのか?」
「うん、ぐっすり寝てた。寝不足?」
いつの間にかソファの隣に座ってたがクスクスと肩を揺らして笑ってた。
「あ、悪ぃ………」
「ううん。勝己が寝てたから変な緊張しないでスポンジ完成したよ。デコレーションは明日の朝やるから今日はこれでお終い!」
「そうか、お疲れ………」
確かに甘くていいにおいが家の中に充満している。
まだ完全に目覚めてないボーっとした頭で隣のに視線を移すと
「結構うまくいったと思うんだ〜」
などとスポンジ作りの感想やクリームやフルーツの話を一生懸命している。
キラキラ目を輝かせて、頬を紅潮させて………オレのために作ってくれてるケーキの話なのに、欲張りなオレが目を覚ましてきた。
「………」
「ん?ちょっ、待った!ストップ!」
両手で口を押さえられて阻止された。
「なんで?いいだろ、キスしたい」
「今日は見てるだけって言ったじゃん」
「それはケーキ作りん時のことだろ?」
「え?そうだっけ?」
「そうだ。今日はもう終わったんだからいいだろ?」
「ダメ!絶対ダメ!」
「どうして?」
「だって………勝己、止まらなくなりそうだから」
まあ、確かに、な。
家に二人きりという状況でネジが外れたら止まられねぇか。
「じゃあ、キスだけ」
「ホントに?」
「約束する」
「絶対?」
「絶対」
「だって………ホントのホントにー?」
「おい、少しは信じろ」
「うーん………」
「お楽しみは明日にとっとけばいいんだろ」
「お、お楽しみって………じゃ、キス………口だけだよ?」
「ああ………」
隣に座るをグッと抱き寄せ唇を塞いだ。
ああ、甘いケーキの匂い、コイツにも染み込んでる。
食べるようにの唇を挟み込んだり、舐めたりしてその甘さを確かめる。
本当に美味い。
舌を滑り込ませ歯列の裏側をなぞるとアイツの体がピクリと動いた。
素直な反応が嬉しくてなんども往復させてしまう。
舌を絡ませると声を出して反応してくれる。
「ん………ん………」という可愛い声をもっと聞きたくて深く深く口内を愛撫する。
もっと深く欲しくて口づけたままソファに押し倒した。
「んー!!」と文句を言いたそうに唸ってたから、少しだけ離れて言ってやった。
「………キス、だけなら、いいんだろ?」
「ずるい!あ!………んん………」
口だけって約束は守ってる。
文句は言わせねぇ。
絡めれば絡めるほど部屋ん中に響くその音と声に包まれて、ますます気持ちが昂っていく。
他のところにも触れたいのに、それを今やっちまったら明日どころか一生口きいてくれないだろう。
今日は口だけ、今日は口だけ、と繰り返し念じながら力一杯唇を押し付けた。
不意に鳴り響く電話の音に、フッと力が抜けた。
その瞬間、がスルリとオレの下から抜け出し、電話の元へトテトテと寄っていった。
足元がふらついてるのを見て顔がニンマリとしてしまう。
「あ、お母さん?………うん………うん………分かった。じゃあね」
「お袋さん、なんだって?」
「うん。今、買物しててもうちょっとで帰ってくるって」
「そうか。残念」
「残念って………」
「続きは明日な」
「う………うん」
17歳最後の日、と一緒にいられてよかった。
17歳になってからの一年間、振り返ってみるといいことが沢山あった。
甲子園へ行き、いい友達に恵まれ、進路も決まり、………最高だ。
なによりコイツに思いが通じたこと、ただの仲のいい友達から恋人へ変われたこと、それが一番だ。
いくつ歳を重ねてもこの17歳の一年はずっと忘れずに覚えているだろう。
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