親友からのプレゼント



「おーい、シバやん、またお呼び出しやでー」



廊下から顔を覗かせている女子、今度は1年生?
はるひの声を聞いて志波は無表情で教室から出て行った。



「シバやん、今年はモテモテやねー」

「甲子園ヒーローだからねー」



志波勝己。
私の友達。
でもただの友達じゃない。
どんなことでも志波になら相談できる………恋の悩みも。
一緒にいると安心できて困った時には頼れる存在。
こういうの『親友』って言うんだと思う。



「あんな、これはうちの勘なんやけど………シバやんには好きな子がおるんちゃうかなぁ?」

「え………?」



ドキッとした。
で、ドキッとした自分に『?』と思った。
なんでドキッとしたんだろうって。



「シバやんに告ってる子たち、みーんなダメだったらしいで。きっと、好きな子のために断ってるんや。間違いない」



志波に好きな子がいる。
全然考えたことも無かった。
いつも自分の事ばかり相談してたから気が付かなかった。
もしもその話が本当だとしたら『親友』としてやるべき事は一つ。
いつも志波が私にしてくれる事と同じ事、だよね。











「誕生日おめでとう」

「ああ、サンキュ」



帰り際に校門のところにいたコイツ。
オレを待っててくれたのかもしれないと思うとついつい口許が緩む。
教室で声をかけられなかったから、今日はもう貰えないのだと思ってた。
コイツに祝ってもらえることが一番のプレゼント。
それが手に入ってオレは今日初めて自然な笑顔になれた。

今日の気疲れの原因、手にぶら下げてるデカイ紙袋。
中には色とりどりのリボンや包装紙。
甲子園騒ぎが一段落したと思ってたのに本当にまいった。
今、目の前にいるヤツから受け取った物は、別の手に持つ。
一緒になんかできない。



「………いま、帰りか?」

「うん。志波も?」

「ああ。途中まで一緒に行くか?」

「うん。一緒に帰ろ」

「じゃ、帰るか」



コイツはオレの友達。
だけどただの友達じゃねぇ。

『協力する』

そう言った。
あの夕暮れの浜辺で。

なんであんなこと言っちまったんだろうな、オレは。
笑顔が見れればそれでいい、その気持ちは本物だと思ってた。
けど、違った。
その笑顔を自分に向けてくれなきゃ意味がねぇって後になって気が付いた。

友達でなんていられるわけがない、あの時そう言ってたら今頃どうなってたんだろう。
そう言って、友達でいることを拒絶して、コイツから距離をとっていれば………。
そうすれば、今感じてる胸を押し潰されるような苦しい思いをしなくてすんだんじゃねぇか?
本命の事を考える時に見せるあの切ない目や涙や無理してる笑顔を見るのはもう本当に苦しくてたまらないんだ。
オレを楽にさせてくれ、心の中で何度もそう思ってた。



けど、
もしかしたら、
いつかは、
と、諦めの悪いオレが楽になることを許してくれない。



友達として傍にいてイイヤツを演じていれば、本命にふられた時にオレの事を見てくれるかもしれねぇ。
そんな淡い期待を完全に消し去れないから、自分から引くことができない。

『こんな感じならアイツもきっと楽しめると思う』
『今度は本命と来るといい』
『不安なら、また付き合う』

そんなのが全部偽善だと知っていても、続けるしかない。
何でも話のできる一番近くにいる存在、『親友』という役割を。











いつも相談に乗ってもらっている志波の誕生日、プレゼントは絶対あげたいと思ってた。
でも、なんとなく渡しそびれてたらいつの間にか放課後になっちゃってた。
志波に好きな人がいるかもしれないと知って、なんか調子が狂った。
ホント、なんだかよく分からないけど………。
でも!そうだよね!ちゃんといつもしてもらってるように私もお返ししないと!



「志波?」

「なんだ」

「あのさ、志波に好きな人がいるなら、私協力するからね」

「それは………どういう意味だ?」



言ってから何故か私は胸にツキンという痛みを感じた。
でもそれはほんの一瞬のことで気のせいかもしれない。

いつも志波には私の悩みを聞いてもらって色んなこと助けてもらってる。
だから私も同じ事をしてあげたいと思った。
それが『親友』としての役目。

だけど『協力するからね』と言ったとき、志波の表情は呆れてるような、怒ってるような、そんな事を言うなんて信じられないというような、すごく複雑な顔だった。
はるひの推理を伝え、私だけがいつもお世話になってるから、私も志波の力になりたいと、そう説明した。



「そうか………」

「はるひの推理、当ってる?」

「さあな」

「う………なんか、意味深。じゃあさ、それ、そのでっかい紙袋の中に好きな子からのプレゼントはあるの?」

「………この中には無い」

「あ!やっぱりいるんだ!好きな子!!」

「っ………」

「ね、私の知ってる人?」

「………」

「前に聞いたときには言ってくれなかったよね」

「なんのことだ?」

「『恋してる?』って聞いたら『してない』って言ったじゃん」

「もうその話はいいだろ」

「ってことはその後に好きになったってこと?」

「………」

「いつも私の悩みばっかり聞いてもらってるから、今度は私が志波の相談に乗ってあげたい」

「オレのことはいい」

「そんなこと言わないで、ね、何でも言ってよ。『女の子っていつも何考えてる?』とかさ」

「いいから………」

「『どんなとこでデートしたら嬉しい?』とか『どんな言葉にドキッとする?』とか、ねえねえ、言ってよ」

「………くれ」

「え?」

「ほっといてくれっ!!」

「あ………」



………怒鳴られた。
初めてだ。
こんなにイライラした志波を見たの。

辛い恋をしてるんだろうか?
私には言えない相手?
もしかして私が知ってる身近な子?



「ご、ごめん………」

「っ………悪い。とにかく、オレのことはいい。自分のことだけ考えてくれ。
 じゃないと、今みたいに当たりたくなっちまうから。
 ………だから、頼む。」



もしも私の知ってる子なら、その子に誤解されないように、私、あんまり志波と仲良くしてちゃダメなんじゃない?
親友だからといって今までみたいに一緒にいたり出かけたりしない方がいいんじゃない?

だけど、ツキンと心が痛い。
なんで?
居心地が良くて、気兼ねなく何でも話せる友達でいられなくなるから、だよね。
大好きなおもちゃを取られた子どもが言うようなわがままなんだ、これは。











「あのさ、志波に好きな人がいるなら、私協力するからね」



最悪のプレゼント。
そんなのを渡される位なら待ってて欲しくなかった。
好きなヤツに一番言われたくねぇ言葉。



………思わず怒鳴っちまった。



しゅんとするコイツを見てこんな風にしたいんじゃないと我に返る。
コイツはコイツなりに仲の良い友達として気を配ってくれたんだ。
オレの本当の気持ちを知らないんだから当然のこと。
オレも『親友』として応えなければ。
それがオレの役割。



「今日だけ………」

「え?」

「誕生日だから、今日だけ、相談にのってくれるか?」

「あ!もちろん!」

「あのな………オレの好きなヤツは別の男が好きなんだ」

「志波の、片思い?」

「ああ………で、そいつはオレのことをただの友達だと思ってる」

「うん」

「そんな相手に告白したら………どうなるんだろうな?」

「うーん、なんだか難しい」

「難しい、か。……じゃあ……」

「なあに?」





「…………好きだ。オレは、おまえのことが……ずっと、好きだった」





本音。
オレの一番伝えたい言葉。
けど伝えることは無いと思っていた言葉。
これは芝居という事にしなければならない言葉。





「え?あの?志波?」

「どうだ?友達と思ってたヤツから告られたら?」

「あ、ああ!そうか、なんかびっくりしちゃったよ」

「びっくり、か。嫌だとか困るとか思わないのか?」

「うーん?嫌じゃなかったよ?困る………困るかなぁ?」

「フッ………おまえらしいな」

「あー……、全然参考にならなくてごめんね。あ、でもね」

「ん?なんだ?」

「まだドキドキしてる」

「は?」

「お化け屋敷の後みたいな感じ?」

「オレはお化けか………ククッ」

「う………なんか全然役に立ってなくてごめんね」

「いや、いい。サンキュー」





嫌じゃない、ドキドキする、そう言ったコイツにオレは嬉しくて思わず笑っちまった。

困ると言われなかった。
確かな拒絶が無いのなら可能性は0ではない。
まだ逆転のチャンスは残されているのかもしれない。

だから最後のその時までオレは『親友』という役を演じ続けよう。











「…………好きだ。オレは、おまえのことが……ずっと、好きだった」



本命の人から言われたわけじゃないのに、まだドキドキしてる。
志波は私の親友で、私には好きな人がいるんのに、なんで例え話の台詞にドキドキするんだろう?
自分でも理由が分からなくて戸惑ったけど、きっとビックリ箱なんだと思うことにした。
いきなり言われたからビックリして心臓がドキドキしただけだ、と。



私はこれからも志波に色々と相談をするだろうし、志波も今日みたいに私に何か話してくれるかもしれない。
志波の恋が実ったとき、この関係は続けられなくなるのだろうけど、それはちょっと寂しいものなのかもしれないけど、友達なのだからそのときはきちんと祝福したい。
それまで私は『親友』であり続けよう。



「う………なんか全然役に立ってなくてごめんね」

「いや、いい。サンキュー」

「こんな役立たずだけど、これからもよろしくね」

「ああ、こっちこそよろしくな」

「誕生日、おめでとう」














(あとがき)
親友だと思ってた人に「好きな人がいる」と聞いたとき、何故か焦ったことはありませんか?
仲良しのために何でもしてあげたいと思う半面、すごく居心地のいい間柄が壊れるのを寂しいと思う。
なんで寂しく思うのか分からない。
それで何か始まるかもしれないし、そうでないのかもしれないし。

誕生日に切ないままの親友では不憫だったので、主人公さんに何か少しでも気付いて欲しくて書いた作品です。
お読みいただきありがとうございました。








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Photo:おしゃれ探偵