親友状態のまま一流体育大学に進学した二人。
高校卒業のとき、デイジーの恋は成就しなかったけれど、まだ……
そんな彼女を見つめる志波くんのお話です。









ずっと変わらない関係。
永遠に縮まらない距離。



ススキ




「はばたき山のススキ原、見頃なんだって。日曜日ドライブしようよ」

「おまえ……またなんか悩んでんのか?」

「う……な、なんで?」

「オレを誘うときは何か相談したいとき、だろ?」

「ち、違うよ。勝己のお誕生日祝いだもん」

「なら、なんで目を逸らす?」

「うう……ごめんなさい」

「謝ることじゃねぇ。おまえの悩みぐらいいつでも聞いてやる」

「ありがと」



アイツは本命のことで悩んでると笑顔が少なくなる。
「分かりやす過ぎだ」
と言ったら、
「勝己のチェックが厳し過ぎなの」
と返された。

確かにオレはいつもアイツを見てる。
ずっと見てきた。

アイツが分かりにくいヤツで、
悩んでることなんかこれっぽちも気付かなければ
きっと、
もっと、
楽に過ごせるはずだった。

胸の奥を鷲掴みされてるような痛みを
知ることも無かったはずだ。

だが、どんなに痛みを感じても、
アイツのそばにいると決めたのはオレ自身。

高校を卒業し
同じ大学に進学した。

同じ講義を受け
学食で飯を食い
学内の図書館でレポートを書き
芝生に転がって部活の話をする。

そんなありふれた大学生活。
オレの近くにアイツがいて、
アイツの近くにオレがいる。

親友に与えられた指定席。
ちっぽけな幸福感。
それだけでいい。



「午前は用事がある。午後からでいいか?」

「うん! じゃあ日曜日、お願いします!」

「了解」

「ちゃんとプレゼントも持ってくからね」



生協でレンタカーの予約してくると
軽い足取りで駆けていくアイツの後姿を
複雑な気分で見送った。












「わあ! きれいだね!」

「着くの遅くなっちまったな、悪い………」

「遅くてよかったよ。人も少ないし、夕焼けもキレイだし、ね!」

「ああ、……だな」



夕焼けに染まった世界の中に秋風が吹き抜ける。
金色や銀色に輝く穂がさわさわと波打つ。
それは、あの日――
オレたちが親友になった日に見た
羽ヶ崎の海に似ていた。

オレよりも背の高いススキに囲まれた遊歩道を
できるだけゆっくり歩く。
1分でも1秒でも一緒に歩いていられるように。



「で、なにがあった?」



聞きたくもねぇ。
………聞いてやるのがオレの役目だろ?
知りたくもねぇ。
………アイツの笑顔を取り戻すのはオレにしかできないだろ?
胸の中でグルグルしてる自分に気分が悪くなる。
笑顔………おまえの笑顔が見たい。
それだけが救いなんだ。



「言ってみろ」

「……あのね、最近『忙しい』ってなかなか会ってもらえないんだ」

「そうか……それで?」

「本当に忙しいってのは分かってるんだけど、
 もしかして避けけられてるんじゃないのかな〜って思っちゃって……」

「ヤツのことだ。本当に忙しいんだろ」

「うん……ねえ、男の人ってさ、何かに夢中になると
 他の事は考えられなくなっちゃうのかな?」

「ふぅ……どんなに忙しくても、会えない時でも、考えてる……おまえのことだけ」

「え?」

「……ヤツが。たぶん」

「あ……」

「だからそんな顔すんな」

「うん……そう、だよね」

「ああ」



時々自分の口から勝手に本音が出ちまう。
鈍感なおまえは気付かない。
気付いて欲しい。
気付いて欲しくない。
オレは本当はどうしたいんだ?

安心させるために本命のことをフォローする。
忙しいことを理由に会ってもやらないヤツなんてやめろと言ったら泣くだろ?
泣いた顔は見たくない。
泣かせたくない。



(……そんなヤツやめてオレを選べ)



心の奥底でそう叫ぶ自分もいる。
そのたびに頭をふってコイツの笑顔のことだけを考える。
自分勝手な感情はコイツを泣かせるだけだ。



「わたし、勝己と同じ大学でよかった」

「なんでだ?」

「だって、こうやってわたしの悩みを聞いてくれる」

「ああ……」

「でも、大学卒業して勝己がプロになって忙しくなったら相談も出来なくなっちゃうね」



大学卒業したら、か。



たしかに卒業したらこうやって会うことも無くなるだろう。
仕方の無い事だ。
だから、今だけは近くにいたい、そう思って自分の気持ちを抑えてきた。



(志波勝己……てめぇは本当にそれでいいのか?)



何度も自分に問いかけてきた言葉。
いいんだ。
いいに決まってる。
大学にいる間だけは一緒にいられるんだ。
そう考えれば……いいんだ。



(そうだ……それだけでいい)



今までもそう思ってきた。
だからこれからも耐えられる。
それ以上何が出来るってわけでもねぇし……



ふっと気が付くとさっきまで横にいたアイツの姿が見えない。
考え事してる間に先に歩いて行ったのか?

背の高いススキの中でカーブを描く一本道。
少し進んでみたが見当たらない。
もう大分陽も翳ってきて他の観光客もいない。



ここに存在するのがオレひとりだけのような感覚。



(ひとり…………?)



ドクン……



さっきまで一緒に歩いていたのが夢で、
今ひとりでいることが現実だとしたら?

ククッ……そんなバカな。
確かにここにいたんだ。
どこかに隠れてるだけだ。
アイツのことだ。
きっとまたオレを驚かそうとしてるに違いない。

……いや、卒業したらこれが現実になるのか。
アイツが近くにいない。
アイツの声も聞こえない。
アイツの笑顔も見えない。
姿すら見ることもない。



ドクン……



足元がグラグラする。
周りの景色が歪む。
手も足も感覚が無くなっていく。
息がうまく出来ない。
苦しい。

アイツがいないだけで
こんなにも不安になるなんて……



「……!」



アイツの名前を呼びたいのに
声が掠れてうまく出ない。



「…………!」



ドクン……



先に進みながら姿を探す。
動悸がおさまらない。
胸が苦しい。
喉が熱い。



(…………嫌だっ……)



ひとりは嫌だ。
他の誰でもない。
おまえがいなくなったらオレは…………。



ガサガサッ



背後からススキを揺らす音。
と同時に背中をドンッと押された。



「わっ!」

「っ…………」

「びっくりした? あはは!」

「こ…の………っ!」



思わずアイツの腕を取り引き寄せて
オレの胸のところへ押さえつけてしまった。
そのまま両腕で抱き締めた。

アイツは仕返しされると思ったのか
腕の中でジタバタと暴れている。



「離してぇ! もう驚かしたりしないから!」



今、ここにある小さな温もりが
とてつもなく愛しい。
離したく……ない。



「オレの前から消えないでくれ……頼む…………」



時間が止まっちまえばいいのに。
このまま。
おまえを閉じ込めたまま。
二人きりの世界。



「え? 今なんていったの? 聞こえないよ?
 ってか離して〜!
 もうしません!
 ごめんなさい!
 許して!
 お願い!」

「頼む……このまま…………」



抱きすくめる腕に力をこめれば
余計に抵抗されると思ったのに、
アイツは何故かフッと力を抜いた。



「勝己……? どうしたの? 調子悪い?」



こんな状況だってのに
オレを気遣い心配し優しい言葉をくれる。
オレを、そんなに、信頼するな……。
酷いことをしちまいそうな、オレのことを。



「勝己」

「なっ……!」



オレの背中に両手をまわし
ギュッと抱き締め返され
名前を呼ばれた。



「勝己も何か不安なの?」



けれど膨らんだ期待は
一瞬で砕け散る。

オレのそれとは意味が違うハグ。
ポンポンと背中を優しくたたく手に
オレと同じ気持ちは無い。



「ごめんね」

「……」

「せっかくの誕生日なのに付き合わせちゃって」

「……」

「いつもわたしばっかり勝己に頼ってるし」

「……」

「だから、勝己が不安な時はわたしがそばにいてあげるね」

「……卒業しても、か?」



何を聞いてるんだ、オレは。
大学を出たらもう接点は無くなるだろ。
コイツの優しさにつけこんで
無理言って困らせるつもりか?



「うん。勝己が呼んでくれたらいつでも飛んでく」

「……」

「その代わり……忙しくても、わたしの相談乗ってくれる?」

「……ああ、約束する」

「うん。約束!」



たとえオレの気持ちと全く別の理由だとしても
おまえがオレを必要とするならば、
胸の痛みに耐えてでも約束する。



「おまえ……そんな約束しちまって、いいのか?」

「もちろん。だって、わたし達は――」



その先は聞きたくなかった。
自分に何度も言い聞かせてきた。



(オレとアイツは――)



あの約束は、
あいつに会えるという褒美と引き換えに
卒業を迎えれば終わるはずだった苦しみが
まだその先も続くという意味を持つ。



それでも……
きっと、オレは……
あの約束にしがみついていく。
ずっと……。



「――ズット、トモダチダカラ」












(あとがき)
志波くん、ハッピーバースデー!
あ……ハッピー………じゃないですね、これ。
なんでこんなモヤモヤした話を書いてしまったんでしょう。 > 私 orz

続きでデイジーサイドも出しますのでお待ちくださいね(^^ゞ

わたし、大学で体育科だったんですが、
男女の仲がとってもサバサバしてたんです。
もちろんその中で付き合ってる人もいたけれど
そうじゃなくても、ものすごく仲が良かった。
肩組んだり、ハグしたり、当たり前でしたね。
どちらかに恋愛感情が生まれて
一時気まずくなったとしても
どちらかが耐えてまた仲間と一緒につるんでた。

って、わたしの話はいいんだよっ。

とにかく、
志波くんって親友になっても
一途に想ってるんだろうな、
というか
想っててほしいな、
という願望を書いてしまいました。

ススキ原は箱根の仙石原をイメージしています。
もう見頃は終わってしまったかしら。

あとがきなのに長くなってしまいました。
では!
(2009.11.21)

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