親友状態のまま一流体育大学に進学した二人。
デイジーの恋は高校卒業のときに成就しなかったけれど……。
『ススキ』デイジーSideのお話です。









「――ズット、トモダチダカラ」

あの時……わたしは、ちゃんと、わたしらしく言えてたのかな?



ススキ -2-




「かんぱーい!」

「かんぱい……って、おまえ、いいのか?」

「ん? 何が? ……あー、ビールおいしいね!」

「クリスマスだぞ。アイツはどうした。……また忙しいとかで断わられたのか?」

「うー……今その話をする? まだ飲み始めたばっかなのに? 美味しく飲みたいから後にしようよ、ね」

「おまえがそれでイイなら、オレは別に、どっちでも……」

「うん、じゃ、そゆことで」



正確にはクリスマスイブなんだけど……とはつっこまない。
今日は大事な話を勝己にしなきゃいけなくて、それどころじゃないから。
ずーっと言えなかったことを伝えるって決心したんだ。
でも、へこたれそうで……だから、お酒の力を借りようと思ってここに来た。
酔ってれば勢いできっと言える……はず。



最初に吐いた嘘はホントに小さな嘘だった。
もう一年以上前の話。
いつも傍にいてくれる優しい人のこと、本当は一番好きなんだと気付いた時。

あの時、話がしたいと言ったら
また悩み事かって言われて……
……わたしは、思わず「うん」って答えていた。

優しい勝己は、わたしが悩んでると言えば一緒に居てくれる。
勝己と一緒に居たくて、ずっとその優しさに甘えて、嘘を吐き続けた。
言いそびれた「好き」という言葉は、嘘の山に埋もれちゃった。

でも、もうやめなきゃって、この前のドライブの時に本気で思った。

あんなに不安そうな勝己は初めて見た。
抱きしめられたときに言われたことは聞き取れなかったけど
声が震えてて何かを怖がってるみたいだった。
だから、ちゃんと、考えた。

嘘はもうやめようって。

勝己が何かにすごく悩んでいるのに、わたしの嘘で負担をかけたくない。



「勝己こそ、クリスマスに居酒屋なんかにいていいの?」

「……おまえも同じだろ」

「わたしの話はいーの! ねえ、勝己って、理想が高過ぎるんじゃないの?」

「は?」

「誘われたりしても、みんな断わってるでしょ」

「……」

「誘いたいとか思うような人はいないの?」

「ハァ……もういいだろ、そんな話」

「別に……いいけど…………」



ホントは良くないけど……。
もうカンベンしてくれって言う勝己の表情が
ちょっと怒ってるように見えたから
それ以上はつっこまないことにした。

わたしに知られたくないような人がいるのかもしれない。
高校の頃から何年もトモダチとして傍にいたのに
わたしはいつも自分の事ばかりで
勝己の悩みなんて相談されたことなかった。

でも、もしも、そういう相手がいないとしたら?
わたしにも可能性は、ある?

はは…………無い、か。

嘘吐きなわたしの話を聞いたら、
きっと呆れるに決まってる。
怒って絶交されちゃったりして…………。

それでも、言わなきゃ、今日。
年が明けたら、勝己はいなくなっちゃう。
新人合宿、キャンプ、開幕……どんどん遠くへ行っちゃう。
その前に、ちゃんと、正直になりたい。
どうせ離れてしまうなら。










「着いたぞ……ひとりで階段登れるか?」

「んー……」



なんか……記憶が…………。



「仕方ねぇな……鍵出せ」

「ん……」



……ここは? …………ああ、わたしのアパートだ。



「じゃまするぞ」



……いつ、お店、出たんだっけ?



「ほら、水だ、飲め」

「うん……」



わたしのベッド……こんなにフワフワだった?



「だから飲み過ぎだって言ったんだ……」



うにゅー……怒られた…………。



「……そろそろ帰る。ひとりで大丈夫か?」

「だ、ダイジョバナイ!」



だって……だって、わたし、まだ、勝己に話をしてない。



「ハァ……勘弁してくれ…………」

「うう……ゴメンナサイ…………」

「仕方ねぇな…………」

「あの、ね……わたし、勝己に聞いてほしい話が……」

「話? また……悩み、か…………」

「そう、じゃないんだけど…………」



あ、れ?

いつもわたしの話を優しく聞いてくれるのに、
今日、というか、今、なんか、違う。

それでも一応聞く気になってくれてるのか
勝己は無言でわたしの横に腰掛けた。



「あのね、わたし、勝己にあやまらないと――」

「悪いが…………もう話は聞けない」

「え?」

「オレは、おまえのトモダチを降りる」

「なんで……」



わたしの問いに勝己は答えてくれない。

いつも迷惑かけて
今日だって迷惑かけて
そんなわたしは
きっとずっと勝己の重荷だったんだ。

……そんなわたしは
告白どころか
トモダチっていう
関係にもなれないんだ。



もう、これで……終わり…………っ



「うっ……や、だよぉ…………」



泣くのは反則だと思うけど止まらない。
泣いても何も変わらない。
勝己の言葉はいつも短いけれど
本気でないことは言わない。

横に座る勝己を見上げたら
勝己の辛そうな、
でも真っ直ぐな視線にぶつかった。



「おまえの泣き顔は見たくない、そう思ってやってきたが…………もう――」



本当に限界なんだと苦しそうに吐き出しながら、
わたしの頭に置いた左手。

おでこの近くから頭のてっぺん、
そして後ろの方へゆっくりと撫でてくれる。
その手はいつもと変わらない。
あったかい。
優しい。



「かつ……っ…………」



頭を撫でた手が離れていくのを覚悟していたら
その手は後頭部から離れることはなくて――



(……………え?)



何が起こったのかよく分からない。



すぐ目の前に勝己の顔が見える。
眉間には苦しそうにしわがよっている。
伏せられた目の上で睫が震えてる。



それは本当に一瞬で
すぐに離れて行ってしまったんだけど……



何? なんで?
突然のことだからか、酔ってるからなのか、頭が追いつかない。
色々聞きたくて口を動かそうとするんだけど、なんて言っていいのか分からない。



「悪い…………」



熱を帯びたように揺れる瞳がまた近付いてきて
勝己の熱い唇がまたわたしに触れた。

繰り返されるキスに頭の中が蕩けそうになる。
もう、このままどうなってもいいとも思えた。

でも合い間に聞こえる勝己の「悪ぃ」という呟きに
これはそういうキスじゃないんだって引き戻される。

大好きな人とこんなに近くにいるのに
触れ合っているのに
こんなに寂しいなんて……
……そんなの、やだよ。



「んー!んんん!!」



お酒で力の入らない身体を奮い立たせて
手の届くところを何度も叩いた。
放して、もう、放して、お願いだから。



「悪ぃ、だが……………………好きだ…………」

「う、そ……」

「嘘じゃねえ……好きだ…………悪い…………」



ホントに…………?
酔ってるからじゃなくて?
キスの言い訳じゃなくて?

気持ちは、通じ合ってたってこと?
お互いが知らなかっただけで……

勝己

ねえ、勝己

聞いてよ、お願いだから、わたしの気持ちも。



「んん! ………………っ、好き」

「…………あ?」

「はぁ…………わた、しも…………好き」

「……本当、か?」

「うん、好き」










大きくて力強い波
優しい優しいあったかい波
寄せては返す
繰り返し
繰り返し



心地よさに意識を手離しそうになりながら
わたしは二人で行ったススキ原を思い出していた。

夕焼けに染まった世界の中を吹きぬける秋風。
金色や銀色に輝く穂がさわさわと波打つ。

勝己の腕の中に閉じ込められたとき
時間が止まればいいのにって思ってた。
そうすればずっと二人きりだからって。

だけど、それは無理な話なんだよと
サワサワ囁くススキの穂の音が語ってた。
あんなに寂しい景色、見に行くんじゃなかったって思った。



だけど今頭の中に蘇る景色は
暖かい夕焼け色に包まれて
”これから”が輝いている景色。
もう切ない想いをしなくていいんだ。



ねえ、勝己。



目が覚めたら



わたし達、沢山話をしようね。



ずっとずっと言えなかった言葉を



想いを



全部伝えたい。



「好きだ……」



身体の中に共鳴するように響く声を感じながら



わたしは幸せの眠りに落ちた。










ススキの花言葉……『心が通じる』












(あとがき)
やっと出た。やっと出た。待ちに待ってたやっと出た。(古!知らない方ゴメンナサイ)
デイジーSideなお話でした。
ハッピーになりました、か?

ススキにも花言葉があるんですよ。
なんだか秋の寂しい雰囲気であるススキですが、
他の花言葉として努力、勢力、活力なんかもあって
結構エネルギーのある言葉がついているようです。

読んで頂きありがとうございました。
(2009.12.24)