[3.朝顔] |
彼女をつけている人間がいる。 それを聞いて真っ先に浮かんだのは奴らだ。 もうここを嗅ぎつけてきたのだろうか? いや遅すぎるぐらいか。 ここには大分長くいた。 僕の前にはまだ姿を見せていない。 周りから固めようとしているのか? 逃げ場をなくそうと。 まさか生徒たちの周りにも来ているのか? いや、そんな噂はまだ聞いたことが無い。 話が広がるのは生徒たちの方が速いはずだ。 とすれば、やはり、まだ彼女のところだけなのか。 それとも彼女の言うとおり勘違いなのだろうか? とにかく事がはっきりするまで 彼女の身を守らなければ。 あれから1ヶ月以上経つ。 とりあえず動きは無いようだ。 学校内での生活は以前と変わらない。 僕は相変わらず生徒や他の先生にバカにされ 時任先生も「もうっ!」と言いながらも 色々とフォローをしてくれる。 温かい日常。 ずっと浸かっていたい幸せな空気。 何年前からだったか ここは安心できる場所だと思えるようになってから それはずっと変わらない。 変わったことといえば 毎日彼女を家に送り届けたり 日曜日も彼女が出かける時は付き添ったり 二人でいる時間が増えたこと。 僕は彼女を守るナイトになれているかな? 「一人で食べるご飯は美味しくないんです。 だから帰る前に一緒に食事しませんか?」 「そうですね。では、校則違反ですが寄り道しちゃいましょう」 「校則って…ふふっ、教師でも関係あるんですか?」 「ややっ!校則をなめたらいけませんよ!」 「別になめてませんよー!うふふ………」 「若王子先生がいつも行く定食屋さん、行ってみたいです」 「じゃあ今日はそこにしましょう」 「わぁ!なんだか学生時代を思い出します。 こういうアットホームな所大好きなんです」 「意外です。若い人はもっとおしゃれな場所が好きなんだと思っていました」 「私って結構庶民派なんです」 「ふむ………、人は見た目では分からない、ってことですね」 「はばたき市のおすすめってどこですか? 私、まだ少ししか住んでいないからよく知らなくって」 「そうですねぇ。 海、水族館、森林公園、植物園、博物館、動物園、遊園地… 色々ありますが、最近オープンしたはばたき城なんてどうでしょうか?」 「お城ですか?」 「高台に建っていて見晴らしが良いそうです。 展示コーナーもあるのではばたき市の歴史の勉強もできます」 「わあ、行ってみたいです」 「じゃあ、いつか課外授業でも行くでしょうから、 今度の日曜は下見も兼ねて行ってみましょうか?」 「はい、是非!」 特定の人間と こんなに親しく これほど近い場所にいるようになったのは 初めてのことかもしれない。 彼女の笑顔はいつもまぶしくて それはまるで夏の朝日に輝く朝顔のよう。 動くたびに風を孕んで揺れる髪、 まわりの光を集めて輝く瞳、 次々と色んな言葉があふれる口元、 そして笑顔。 触れてみたいと思うようになったのはいつからだろう? でもこれ以上深く関わったら ここを離れられなくなってしまう、か……… 6月。 羽ヶ崎学園の体育祭。 今年は副担任制導入という事もあり 担任と副担任はセットで二人三脚障害競走へ 出場しなければならなくなった。 配置図や備品をチェックするのは教師の仕事だから ある程度どんな競技かは分かっていたけれど 最後の「指令書」の内容は 生徒たちで組織される体育祭実行委員会で秘密裡に作成され 教師にも生徒にも一切知らされていない。 「時任先生、頑張りましょう」 「はい。若さで精一杯頑張ります」 「そうですね!燃え尽きましょう」 「…つきるのは嫌です」 「位置について、用意…パンッ!」 1、2、1、2、… 「順調です!いいペースです!」 「若ちゃーん!」 「時ちゃーん!」 「2-Bのみんな、先生、頑張ります!!」 一位でたどり着いた「指令書」ポイント。 書かれていた内容は… 『おんぶ、または、抱っこで走れ。 ただし、男子がおんぶ(抱っこ)する場合は、 バットにおでこをつけて10回その場で回ってからとする』 「…」 「…」 僕も時任先生も一瞬固まる。 はっ。 固まっている場合じゃなかった。 男としてここは僕がおんぶするべきだろう。 「任せてください」 僕はドンッと胸を叩いた。 ケホッと咳き込んでしまったけれど。 用具係からバットを受け取り 額をつけて 1回 2回 まわり始めた。 3回 4回 5回 地面がグルグル回っている。 6回 7回 7回 7回 あれ?今何回でしたっけ? ?回 ?回 「…先生!若王子先生!ストップストップ!もう10回ですよ!!」 「はぁ、そうでしたか…」 ああ、顔を上げるともっとグルグル回っています。 空も キミも グランドも 生徒たちの応援席も グルグルグルグル…。 ええっと、これからどうするんだっけ? とりあえず時任先生の所へ行こう。 あれれ? 前へ足を出しているつもりなんだけど 視界は横へ横へずれていきますぅ…。 「わ、若王子先生、乗ってください!!」 時任先生? 背中を見せてしゃがんで… ああ、おんぶ、おんぶですね? 「は…、お役に立てず、すみません…」 「ホントですよ………。 しっかりしてくださいよぉ… 何が任せてください、ですか…もうっ…」 背中をまたぐわけにも行かず とりあえず手だけ肩にかけさせてもらって ズルルーズルルーと引きずってもらった。 「すみません…」 背負ってもらって 彼女の耳がすぐ横にあったから 本当に心の底から謝りたくて 僕は声をかけたんです。 悪気はなかったんです。 ピクッと反応した彼女は 怒ってしまったようで 「………ちょっと黙っててもらえますか?」 「す、すみません…。 重いですよね…」 「いいから!………おとなしくしててくださいっ………」 顔を真っ赤にして ハァハァ息を切らして 必死にゴールを目指している時任先生。 今度、豪華な食事でも驕らないと……… …と、とりあえず、今は何も食べられませんが……… 君は朝顔。 この穏やかな日々が永遠に約束されているとしたら 僕は毎日毎日水をあげる。 その花をきれいに咲かせるために。 でも、きっと、僕に永遠は無い。 |
体育祭シーンは志波Text No.36と連動してます。 真面目に考えたり 体育祭ではダメダメだったり 寄り道を楽しんだり とらえどころが無い若ちゃんですが 見逃してやってください。 まだまだ続きます。頑張れ!若ちゃん! メニューに戻るにはウィンドウを閉じてくださいね。 |