[5.涼風]




「若王子先生、あの、話を聞いて………」

「あ!教頭先生に呼ばれてたんでした。行かないともっと怒られちゃいます」



「若王子先生!あの!」

「やや!もうこんな時間ですか!猫たちの餌を買いに行かないと」



夏合宿が終わった頃から
時任先生は必死に僕に話しかけてくるようになった。

(僕はもうあなたと話をするつもりはないんです)

そう思いながら色々と理由をつけては寄せ付けないようにした。



(生徒たちの前では普通に担任と副担任として過ごせているじゃないか)



(今更、何を話すことがある)



一緒に帰らなくても
一緒に過ごさなくなっても
以前の僕に戻っただけ。
以前と同じ日常に戻っただけ。

それなのに
僕はこの頃おかしい。

サクラモチとヤキブタと遊んでいても
気が付くとあの子達が
僕を覗き込んで
心配するように
ニャーニャー言ってる。
何度もそんなことがある。

「ああ、ごめんね。大丈夫。心配ないよ。ご飯にしようか?」







2学期に入った。
学校でも僕はおかしいまま。
今日も授業中生徒に言われたな。



『若ちゃん、ぼーっとすんなよ!』
『心ここに在らず、って言うんだろ、そーゆーの!』
『おーい!戻ってこーい!』



なんだか色々言われて我に帰ったんだっけ。



「心………」



僕の心はどこに行ってるんだろう?







「若さま〜おめでとう!」

誕生日、生徒たちからたくさんのプレゼント攻撃を受けるけれど
教頭先生にきつく言われていたのですべて丁寧に断った。

教頭先生の名前を出すと
みんなあっさり引き下がるから
実はちょっとつまらない。

それでも「おめでとう」という言葉が積み重なるたび、
沢山の笑顔が僕に向けられるたび、
沈んでいた心も少しだけ軽くなっていく。

軽く?
僕は今沈んでいる?
いつもとかわらないつもりなのに。





「若王子先生、誕生日おめでとうございますっ!」

「やや!澤木さん、ありがとう。
 君が素直なのがちょっと不気味ですが………」

「ええっ!失礼だなぁ……。
 それより、ちょっと相談があるんですが、
 放課後、化学準備室へ行ってもいいですか?」

「部活のこと、かな?いいですよ。待ってます」

「お願いします、じゃ放課後!」



澤木さんはいつも元気だ。
まあ彼女も彼女なりに悩んで乗り越えているのだろう。
僕も一応顧問なのだからしっかりサポートしてあげないと。







コンコン



「はいはい、澤木さんですか?どうぞどうぞ」

「失礼します」



入ってきたのは澤木さんではなくて………



「やや、時任先生、どうかしましたか?
 今、僕は澤木さんを待っているんですが?」

「澤木さんは来ません」

「………どういうこと?」

「話を聞いて欲しくて」

「………職員室に戻ります」

「待って!逃げないでください!」

「逃げる?僕が?僕は逃げてなんかいません。職員室に用事があるんです」

「逃げないで話を聞いてください!」

「逃げていません。………失礼します」



グッ

(あかない?)

ガタガタガタッ

「誰か押さえてるんですか?!」

「すみません、若王子先生」

「若ちゃん、ごめんなー!」

「志波くんと津田くん?」

「若王子先生!時ちゃん先生の話をちゃんと聞いてください!」

「澤木さん?」

「それまで、ここ、絶対開けませんから!!」

「志波くんと津田くんが押さえてるんじゃ絶対開きませんね…」



諦めるしかないか。
なんで澤木さん達が協力してるのか分からないけれど、仕方ない。



「なんでしょうか、話って?」



入口と反対側にある窓辺へ歩きながら
また冷たい言い方をしてしまった。
さすがに1ヶ月以上経ったから
あの時ほどの怒りは感じないけれど
ニコニコと話を聞く気には
とてもなれない。



「あの、私がどうして嘘吐いたか、それを聞いて欲しいんです」



返事をする必要は無い。
窓の外をボンヤリ眺める。



「初めて会った時、若王子先生っていつもニコニコしていて
 優しくて素敵な先生なんだなぁって思いました」

「はあ………」

「だけど、だんだんその笑顔が本物に見えなくなってきて……」

「え?」

「その笑顔は、生徒たちにも、他の先生方にも、私にも、全部同じで、」



確かに、誰に対しても同じように接してきたから、僕は。
全部同じと感じても不思議なことは一つもない。



「それが、だんだん我慢できなくなってきたんです。
 臨海公園へ下見に行ったとき、
 本当に本当に我慢できなくなって、
 それであんな嘘吐きました」

「なんで嘘につながるのか、今ひとつ分かりませんが?」

「私、若王子先生の本当の表情が見たいんです。
 心からの言葉が聞きたいんです。
 表面だけの笑顔とか会話とかじゃなくて」

「はあ………じゃあ、何を我慢できなかったんですか?」

「それは、生徒達に向ける笑顔と、私への笑顔が同じだったから………」

「それの何が?」

「私には私への笑顔が、本物の笑顔が欲しかったんです」

「ええっと?」

「だからっ………あの………私、
 私は………好きなんです!」

「え?」

「若王子先生のことが好きだから、
 若王子先生の特別が欲しかったんです」

「好き…僕を?」

「はい………
 あの時、生徒と同じように扱われていると思ったら
 すごく腹が立ってきて
 「誰かにつけられてる」って言ったら
 心配して送ってくれると思って
 ただ送って欲しいって思って………
 それだけのつもりだったんです」



なるほど、そんな時に僕が真剣に対応してしまったわけだ。



「きちんと相手してくれる若王子先生を見ていたら
 嘘でしたって言えなくなっちゃって………
 本当にすみませんでした」

「じゃあ、僕をからかったわけでも騙したわけでもないんですね?」

「当たり前ですっ、そんな事絶対しません!」



急に全身から力が抜け落ちた。
僕の勘違い。
「嘘」の部分だけに反応して
そこだけに怒りが集中していたから
他を見ていなかった。

彼女の気持ちなんて
これっぽっちも
見ようとしていなかった。

僕を好き?

本当に?



「………好き、だなんてやっぱり迷惑ですよね。
 あの!もう言いませんから、だから、
 前みたいに担任と副担任として
 仲良くしてもらえませんか?
 あ、新しいコンビ名、つけても良いですから。
 生徒達と一緒に楽しく過ごせるようにしたいんです。
 何度でも謝りますから、だから許してください。
 澤木さんは先生が怒ってる事気が付いちゃって
 だから今日協力してくれたんです。
 あの、お願いします、許してください」



一生懸命に話す彼女を
久し振りに
まっすぐ見て
そして僕は思い出した。

彼女と一緒に過ごした日が
すごくキラキラ輝いていた事を。

君の言葉や表情
一つ一つ思い出されてくる。

そうか。
僕の心はここにいたんだ。
ずっと彼女のところに。

勝手に怒って
突き放してしまったのに
怒らないの?君は………



「時任先生」

「あ」



ふんわりと抱きしめて
ごめんねと告げた。



「迷惑じゃありません」

「若王子先生………」

「僕も君といる時間が楽しかった」

「私も」

「それなのに勘違いして怒って君を泣かせてしまって………
 僕を許してくれますか?」

「許すも何も………私怒っていません。
 若王子先生こそ」

「うん。前みたいに仲良しに戻りましょう」

「若王子先生!」

「やや!また泣かせてしまいました」

「ふふ、これは嬉し涙だから大丈夫なんですよ」

「そうですか、良かった」

「………先生、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

「私、全然知らなくて、プレゼント用意してなくて……」

「教頭先生からプレゼントは受け取るなと言われてるから丁度いいです」

「それは生徒からのプレゼントでしょう?」

「そうだったっけ?」

「だから、今日、どこかで食事をご馳走させてください」

「帰りに?」

「はい。ダメ、ですか?一緒に帰ったら………」

「寄り道は」

「「校則違反!」」

「ハハハ」
「ふふふ」



ドンドンドン!

「若王子せんせーい!時ちゃんせんせーい!まだですかー?!
 もう部活の時間なんですけどー!」

「あ、澤木さん」

「やや!忘れてました。
 澤木さん、大丈夫です、お話終わりましたよ!」



ガラガラガラ………

戸をあけてひょっこり覗き込む3人の生徒。



「良かった。じゃあ、私達これで!」

「ありがとう、澤木さん」

「時ちゃん先生良かったね、じゃ!」

「失礼します」

「じゃーな、若ちゃん、時ちゃん!」



廊下を走っていく3人を見送って
部屋の中を振り返ったら
窓から入ってくる涼風に
君の髪が揺れていた。

その風は
僕の心の中まで届いてきて
もやもやしていた雲を吹き飛ばして
きれいな青空にしてくれた。

君の笑顔をずっと見ていたい。

君となら
この場所で
失われた時間を
取り戻すことができるかもしれない。







若王子先生、誕生日おめでとう!

なんだか中途半端?な終わり方でごめんなさい。
激ラブでもないし。
おまけの続きを書く予定なので
カンベンしてください。



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