特別な日 |
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特別な日。 何年か前までは何でもなかった日が、今ではとても大切な日になっている。 でも、私がそんな風に思っているなんて事、先輩は気付いていないかもしれない。 今日、先輩がシフトに入っていることは確認済みだった。 こんな個人的な用事で部活を休むの、本当はいけない事なのかもしれないけれど、どうしても今日、この特別な日に先輩に会いたくて、放課後すぐアンネリーへ向かった。 先輩のために悩みに悩んで一生懸命選んだプレゼントを胸に抱えて。 これを渡したら先輩はどんな顔するのかな? きっとすごくビックリするよね。 喜んでくれるかな? 大好きな笑顔、見せてくれるかな? 胸がドキドキしてくる。 足が勝手に小走りになってしまう。 早く先輩に会いたい。 会ってお祝いの言葉を伝えたい。 「え?真咲先輩、お休み、なんですか?」 「そうなのよ。この間、突然シフト代わって欲しいって言われて。私だって忙しいのに」 有沢さん、怒ってる……。 「………でも、いつも頑張ってもらっているし、今日は誕生日だって言うし、仕方ないわねって思って了承したのよ。でも、てっきりあなたと一緒だと思ったのに……どこ行ってるのかしら?こんな事なら交代なんてするんじゃなかったわ。」 そんな………。 アンネリーで会えないなんて………。 先輩がアンネリーにいないなら、今日はプレゼント渡せない。 だって、私、先輩の電話番号教えてもらっていない。 先輩のアパートも知らない……。 「先輩……どこにいるの……?」 もしかしたら、誰かとお祝いしてるのかもしれない。 大学……私の知らない先輩の居場所。 どんなお友達がいて、どんな人と仲良しで、そういうの何も知らない。 泣きたくなってきた。 さっきまでウキウキしていた自分がとてつもなく滑稽に思える。 抱えているプレゼントがだんだん重くなってくる。 アンネリーを後にして、とぼとぼと家路についた。 シフトを代わって欲しいと有沢に伝えた時、かなり緊迫した空気が流れた。 オレだって一度決まったシフトを変えてもらうのはどうかと思うんすよ。 ホントすんませんって思ってます。 でも、あそこで手振ってるバカが……。 「おーい!真咲ー!こっちこっち!!」 「うぃーっす……」 「なんだ、ノリ悪いなぁ。楽しそうにしろよ、誕生日だろー?」 「おまえがこんな日に呼び出すからだろー、櫻井」 「えー?オレのせい?じゃあ、オマエさ、誕生日に寂し〜くバイトすんのと、親友のオレと楽し〜く飲むの、どっちが良いよ?」 「あー……どっちもヤダ」 「コノヤロ、素直に「櫻井が良い」って言えよ!」 「えー?……い・や・だ」 「真咲く〜ん、こないだのレポート、誰のおかげで間に合ったんだったっけ?」 「ああああ!わーかったよ!ほら、とっとと飲むぞ!」 「はーい!もちろん真咲のオゴリでな!」 「おまえ、オレの誕生日祝う気は全く無いだろ?」 「いやいや、ちゃーんとプレゼントも手配済み!」 「手配?」 「はいはい!いいのいいの!細かいことは気にしない!レッツ・ドリンク!」 まったく……櫻井のヤツにレポート助けてもらったのが、こんなに後を引くなんて……。 次からはぜってー頼まねぇ。 まあ、確かに、アイツがシフトに入っていない日のバイトはつまんねぇしな。 店長や有沢には悪ぃけど、誕生日なんで勘弁してもらえただろう。 それにしても誕生日に野郎と二人だなんて寂しいよなぁ、オレ。 恋人と過ごせたら最高なんだろうけどな。 とは言うものの、アイツ、花屋の後輩は、恋人と呼べる関係じゃない。 ま、何回かデート誘ってOKもらってるし、二人で過ごす時間は楽しい。 だが、決定的に進んだ関係とは言えねぇ。 恋人でもなく、妹でもなく……やっぱり、ただの先輩と後輩だよなぁ……。 前進してんのはオレの気持ちだけで、アイツは前と変わってないように見える。 そんな相手に「オレの誕生日を一緒に祝ってくれ」とは言えねぇよなぁ、さすがに……。 目の前にいるバカ友達、櫻井の積極性を少しは見習った方がいいのか? 合コン合コンとよく飽きもせず精力的に動き回るよな。 女子に対してアグレッシブに行動できる部分はすげぇけど……。 いやいや、合コンで新しい出会いが欲しいわけじゃねぇぞ。 カワイイ後輩との間に引いてある線を飛び越えたいだけなんだけどなぁ……。 それが、なかなか、なぁ……。 「ハァ……」 「おやぁ?真咲く〜ん、溜息吐くと幸せ逃げちゃうよ?」 「櫻井……おまえはいいよなぁ、悩みなさそうで」 「真咲、前に言ったでしょ?ネガティブ、ダメ!ね!」 「ああ……」 「ほら!リピートアフターミー?レッツ・ポジティブ!」 「れっつ・ぽじてぃーぶ……」 「そ!ベリーグッ!さ、ドンドン飲もうぜ!!ハッピー・バースデー!!!」 「おー、さんきゅー」 どうせ今日はこの後予定があるわけじゃねぇし、飲みまくってやる。 とペース速めで飲んでたら、結構酔いがまわってきた。 しかし、同じペースで飲んでるはずなの櫻井は酔いがまわってないっぽい。 なんかさっきから妙に携帯や店の入口を気にしてる。 「おーい、櫻井ぃ。さっきから何ソワソワしてんだぁ?」 「ん?んふふ〜」 「気持ち悪ぃ……吐くぞ、コラァ」 「お店の迷惑になるからココで吐くなよ?……そろそろプレゼントタイムかなぁって思ってさ」 「櫻井のプレゼント、ねぇ……。当ててやろうか?新しいDVDだろ?」 「ブー、はずれー」 「じゃじゃ、映画の鑑賞券!」 「ブ・ブー!ぜーんぜん、はずれー!!」 「なんだよー、教えろよなぁ」 「ん?……あ!アレ、かな?」 入口に向かって顔を向ける櫻井。 なんだ? 「あ……」 「あー!やっぱそーかぁ!おーい、コッチコッチ!」 オレの反応を見て櫻井が手招きして呼んでる相手。 白いコートがボーっと光ってるように見えて天使みたいだなぁ……や、じゃなくて! その白い天使がオレらの方へ近付いてくる。 そっくりさん……じゃねぇよなぁ。 まぼろしを見るほど酔ってねぇし……。 なんで、ココにいるんだ? 「やあ!噂どおり可愛いね!えーっと……結花ちゃん!」 「あ、はじめまして。桐野結花です」 「櫻井でーす!この前は電話で失礼しましたー!さあ、どーぞどーぞ!」 なんでオレがココにいるって分かったんだ? いや、そもそも、オレに会いに来たのか? じゃなくて櫻井に会いに? なんで櫻井が結花を呼び出せるんだ? そういう仲だなんて聞いたことないし。 「はじめまして」なんて挨拶してたんだから違うだろうし。 頭の中が混乱するじゃねぇか。 ああああ、酔ってて整理ができねぇ。 「あの、私、先輩にコレを渡したかっただけなので……」 「……オレに?」 「はい。お誕生日おめでとうございます」 「あ……サンキュー」 「どうしても今日渡したかったんです。じゃ、失礼します」 「え?あ、おい?!」 ぺこりと頭を下げ、クルッとUターンし、スタスタと店を出て行く後姿。 オレはそれをボーゼンと見つめてた。 「このバカ!」 「イテッ……なんでぶつんだよぉ?」 「なにボーっとしてんだよ。送ってやんなくていいのか?」 「え?あ、ああ……」 「オレのプレゼント、最高だったろ?な、よかっただろー?今日オレと飲みに来て」 「うん」 「おー、素直な真咲クンって新鮮!じゃあ、この礼は今度の合コン参加ってことで!」 「オマエはオレを応援したいのかしたくねぇのか、どっちなんだ……」 「ほらほら、早く行かないと見失っちゃうよ?」 「あー……っと、マジでサンキュー!」 がんばれよーという声を背中に受けながら店を後にして結花の白いコートを追いかけた。 突然押しかけて迷惑かけちゃった。 真咲先輩、すごく困った顔してた……。 家に帰って落ち込んでたら、櫻井さんから電話がかかってきた。 知らない番号からだったから焦ったけど 「真咲の親友の櫻井でーす!」 って声を聞いて、この前先輩の電話で挨拶した櫻井さんだって分かって……。 私の電話番号は真咲先輩の携帯でチェックしたって言ってた。 「これから真咲と飲むんだけど、キミも来ない?」 って言われて、もう今日は会えないと思っていたから嬉しくなって 「行きます」 って即答した。 先輩に会いたいってお願いを神様がきいてくれたんだって思った。 今日会えるようにしてくれたのは運命なんだって思った。 舞い上がって嬉しくてドキドキしながらお店まで行った。 『わざわざ渡しに来てくれたのか?サンキューな!』なんて、 いつもの笑顔で言ってくれるのを勝手に想像してた。 ……でも、私の顔を見て、困ってた……先輩の目。 プレゼント渡しても笑ってくれなかった。 戸惑ってた。 「結花!」 「先輩……?」 どうして? 追いかけて来てくれたの? でも、なんかこわい顔してる。 「送る」と言って私の右手を引っ張ってくれるけど 何も喋ってくれない。 櫻井さんと楽しそうに食事中だったのに、邪魔しちゃったんだ。 きっと怒ってるんだ。 私、バカだ……。 自分のことばかり考えて、先輩の気持ち考えてなくて、いつも迷惑ばかりかけて……。 「ちょっと話、いいか?」 「……はい」 帰り道の途中にある公園はもう真っ暗で誰もいない。 ……怒られる。 こんなのは迷惑だからやめてくれって言われちゃう。 「……っ」 「?!」 泣いたらダメなのに。 先輩を余計困らせちゃうだけなのに……。 「な!どうした???」 「今日は迷惑かけてすみませんでした……」 「迷惑?そんなもんかけられてないぞ?」 「だって、先輩、怒ってる……」 「怒ってない」 「だって……何も喋ってくれないし、私を見てくれないし……」 「そ、それはだなー……酔っ払ってて酒臭い、と思ってだな……」 「それだけ、ですか?」 「……んー……あとはちょっと困ってるというか……」 「やっぱり……すみませんでした……っ……」 「あー!!違うって!!……おまえのせいで困ってるんじゃねーぞ?酔ってるとだなー、色々と抑えられないっつーか、なんつーか……」 「え?」 先輩の顔を見上げたら やっぱり困った顔してた。 ……でも、今度は私をしっかり見てて……。 「だから、そういう目で見られると、ダメなんだって……」 「せ、先輩っ……?!」 突然抱きしめられてしまった。 すごい力でギューって……。 「プレゼント届けに来てくれて、マジで嬉しかった」 かすれるような声が耳元で響く。 「なあ、オレは……オレはさ……」 先輩の腕に力がドンドン入ってきて 先輩の言葉が響いて胸がドキドキしてきて…… 「ん……くるし……」 思わず漏れちゃった私の言葉に 先輩はハッとしたように体を離した。 ドキドキが止まらない。 続きは? なんて言おうとしたの? 「あー…………悪ぃ。……やっぱ、酔ってる時はダメだ。酔った勢いで言う事じゃねぇよな。うん……」 「先輩?」 「いいか?飲んでる時に会うのは禁止だ!」 「えー?!」 「でないと、今みたいなことになるから……」 「え?今、なんて?」 「なんでもない。とにかくダメ!ほら、帰るぞ!」 「は、はいっ!」 勢いに押されてごまかされたみたいになっちゃったけど、何がどうなったんだっけ? ギュってされた感触がまだ体に残っててフワフワしてて熱い。 私の右手を引っ張って歩く先輩は、さっきと同じで喋らないしムッとしてるけど、でもそれは怒ってるんじゃなくて困ってるんじゃなくて……何? さっき、何を言おうとしたんだろ、先輩……。 酔った時はダメって、いつならいいんだろう? 二人で会う時? 今度、どこかに誘ってくれたら、その時に聞いてみようかな。 そうしたら、さっきの続き答えてくれますか? (あとがき) 遅くなりましたが、真咲先輩ハピバ! ほっこり月間なのでギュッは入れておきました(そんな理由で?) なんだかタラタラと長い話になってしまいすみません。(SSじゃないね、コレ) 私としては初書きの櫻井さんが楽しかったです。 なお、このお話に出てくる主人公「桐野結花」は、志波連載の結花と同一人物のつもりです。 (2009.01.27) 戻る Photo:おしゃれ探偵様 |