冬服 -2-
(あ……) 教室に入る時、いつも見てしまう場所がある。 なんとなく癖になっちゃってるんだ。 もう放課後で誰も居ないのに、今も、つい。 志波の椅子には上着がかかっていた。 衣替えしたばかりだからきっと忘れちゃったんだ。 たぶん、いつもみたいにボーっとして。 (ちょっとだけ、いいよね……?) 一応まわりを確認。 廊下の方にも人の気配は無い。 えへへ。 羽織ってみたらわたしのワンピースの丈ぐらいある。 上着だけなのに。 やっぱりおっきいんだなぁ……。 そのまま志波の椅子に座って机に突っ伏してみた。 授業中に寝ている姿を真似っこ。 あれ? 椅子に真っ直ぐ座ってみて もう一回机に突っ伏してみる。 突っ伏した方がわたしの席がよく見えるような気がする。 まさか……ね。 これはわたしの願望だ。 突っ伏したまま肩に羽織っていた上着を頭からかぶってみた。 視界が暗くなる。 クリーニングのにおいの中に 志波のにおいがするような気がする。 なんか、気持ち、いい…………。 ここは…… あ、京都だ。 そっか、夢を見てるんだ。 志波とまわった自由行動。 楽しかった、本当に。 ここ、ここ! 美味しいって有名なお団子屋さん! 「志波」 先に駆け出しちゃったわたしを 溜息混じりに後からついてくる志波。 早く早くと声をかけたんだっけ。 ほら! お団子たくさん! 美味しそう! いただきます!! 「あったかぁい」 出来立てのお団子は ホカホカのヤワヤワで 本当に美味しい。 ああ、幸せだなぁ。 「ふふっ……」 嬉しそうだな、って言う志波。 当たり前でしょ、こんなに美味しいお団子が沢山あるんだから。 ……それに志波と一緒にいるんだし。 そんなに好きなのか、って聞かれたよね。 お団子のこと。 愚問だと思う。 「好き」 そうやって真正面から答えたら 志波は何故かむせちゃって慌てて横向いたっけ。 でも……あれ? 夢の中だから? なんか見つめ返されている。 「オレも、好きだ」 だよね、だよね。 このお団子美味しいもんね。 こういうの地元でも売ってたらいいのに……。 修学旅行でのやり取りと違うのは 夢の中だから、か。 志波が真剣な顔して「好きだ」って言うほど あのお団子は本当に美味しかったんだ。 でも、夢の中とはいえ、 志波のものすごく真剣な顔。 かなりドキドキする。 その真剣な顔が不意に近付いてきて わたしの耳元でこう言った。 「もう一回、言ってみろ、今の」 へ? 何? 今の? って言うか、耳に息がかかってくすぐったいよ? 耳だけじゃなくて身体の芯まで震えちゃうんだけどぉ…… 「……好きだ」 うひゃっ! こそばいこそばいこそばい!! あああああ、『もう一回』って、お団子好きってやつ? わかった、わかったから離れてお願いぃぃぃ! 「わ、わたしも、好き」 ふっと緩んだ笑いが聞こえた後、 離れていった志波の感触。 はぁ……わたし、くすぐったがりなんだから ホント勘弁してよねぇ…… なんて思ってたら今度はほっぺをつねられた。 なんなのよ、まったく。 でも夢なんだから痛くないもんね。 だけど あれ? 痛っ? え? 「いったあい!」 あまりの痛さに目を開けたら 視界いっぱいに志波の顔が見えた。 ビックリした顔してるけど わたしの方がびっくりです。 なんで顔が赤いのよ。 わたしの方が恥ずかしいよ。 えーっと、これは、痛いから現実、だよね? 「にゃにしてりゅんでひょうか?」 「おまえのほっぺをつねっている」 それはそうなんだけど…… そういう意味じゃなくて…… 「いひゃいんですけど?」 「ああ……目、覚めたか?」 「しゃめた。だから、はにゃして」 放してくれたほっぺをさすりながら 机から身体を起こしたら かぶっていた上着がズルッと落ちてしまった。 ああ! そうだった……。 わたし、志波の上着を勝手に…… どどどどうしよう、恥ずかしいぃぃぃ…… オロオロしているわたしをよそに 志波は拍子抜けするほど落ち着いた反応で 落ちた上着を拾った。 「よく眠れたみたいだな」 「え? あはは、うん。あの、上着、借りちゃいました」 「……必要なら、また貸してやる」 「あ、ありがと……」 なんで、とか、追求されなくてよかった。 誰の上着でもいいわけじゃない。 志波のだから、着てみたかったんだ。 志波に包まれてるみたいで、心地良かったな。 ……って、本人、目の前! 恥ずかしい! そんなの答えられるわけじゃないから 本当に聞かれなくてよかった。 「おまえ……なんか、寝言言ってたぞ」 「うえっ? ホント? 嘘でしょ!?」 「ホント……なんの夢、見てたんだ?」 「え? えーっと……確か――」 あれ? なんの夢だっけ? 夢を見てたことは確かなんだけど すっかり忘れちゃってる。 あったかくて、しあわせで―― 「――お団子…………」 「……だんご?」 「うん。あとは…………忘れちゃった。あはは」 「……………………」 「あの、志波?」 「あ? いや、なんでもねぇ」 志波、なんでがっかりしてるんだろう。 溜息なんかついちゃって。 それにしても、わたし、なんの寝言言ってたんだろ。 うぅぅ……恥ずかしいよぉ…………。 「…………オレの期待を返してくれ」 帰り支度をしているときに 志波が何かブツブツ呟いていたみたいだけど 上着のことといい、寝言のことといい、 恥ずかしくてテンパってたわたしには 聞き取る余裕がなかった。 「急がないと、部活遅れちゃう!」 がっくりしている志波の袖を引っ張りながら 昇降口へと小走りする。 「ひゃっ!」 「どうした?」 右の耳に何かの感触を思い出して そこに触れてみたんだけど……なんだっけ? 思い出そうとすると背筋が震える。 えー? なに、これ? 「うん……なんか、耳に、ヘンな感じが……」 「…………あ」 「え? なに? なんか知ってるの?」 「……いや……気のせい、じゃねぇか?」 「そう? そっかなぁ……」 「ほら、部活、遅れるぞ」 さっきまでわたしが引っ張っていたのに 今度は志波が前に立ち わたしの右手をとって走り始めた。 学校の中で手つなぐなんて わたしは嬉しいけど 志波は恥ずかしくないのかなぁ? 走りながら見上げたら 何故か嬉しそうな顔だったから さっきみたいながっかりした顔じゃなかったから まあ、いいことにしよっか……。 「……いつか、教えてやる」 いつもの独り言のような志波の呟きは やっぱりわたしには聞こえなかったけど 志波が楽しそうに笑うから わたしも笑い返してみた。 その後で、志波が「覚悟しとけ」と呟いたことや 意地悪そうにニヤッと笑ってことに わたしは全く気付かなかったんだ。 わたしがそれに気付くのは、 もっと、ずっと、先のこと。 To なぎさん 37373打リクエスト「拍手SS冬服の続き」でした〜。 ・目が覚めたとき、志波くんのアップが目の前〜 ・それでワタワタするデイジー ・意地悪にからかう志波くんのやりとり 若干内容が異なってしまいましたがーm(__)m どうぞどうぞお持ち帰りくださいませ〜。 リクエストありがとうございました! (あとがき) 拍手SS「冬服」のデイジーサイドでした。 夢の中でデイジーが喋っている部分は たぶん寝言となって志波くんには聞こえていたものと思われます。 そこだけ拾って読むと志波くんがどんなに赤面していたかが想像できますよね(笑) 夢の中の志波くんの台詞は、志波くんが居眠りデイジーに実際に話しかけていたものだったと想像してみてください〜。 萌えバンザイ! (2009.12.27) SSの目次へ |