それは小さな光




志波くん、本当にプロになったんだなぁってテレビ中継で実感した春の日。
あれから、もう数ヶ月、か。
この地方も先週梅雨入りして、毎日スッキリしない天気が続いている。
私の心の中と一緒……。



私も4月から社会人になって、今は新人研修の真っ最中。
志波くんとは、当然休日が合わない。
たとえ合ったとしても、学生野球とは訳が違う。試合の無い日でもトレーニングとかで忙しいはず。
ましてや新人選手なら、色々厳しいと思う。

だから、野球シーズンが終わるまでは我慢しなきゃって、ちゃんと納得したつもり。
……でも、覚悟してたはずなのに、会えない期間がこんなに長いのは初めてで、やっぱり寂しい。
メールも電話も沢山していて、確かに私達はちゃんと繋がっているんだけど……

だけど、何気ない瞬間に一人ぼっちのような気分になる。
まぶしい光が溢れる場所で頑張っている志波くんを見るのは嬉しいはずなのに。
そういう志波くんを見ると、私との距離がどんどん離れていってしまっているようで、不安になって、傍に居て欲しいと思ってしまう。

それは無理なこと。
無理なことを言って志波くんを困らせちゃダメ。
ダメ。
ダメ。



ダメなのに、我慢できなくて、昨日の夜中、電話で言っちゃったんだ。



「会いたいよ……」



すぐに謝って、オフシーズンになるまでちゃんと待ってるからって伝えたけど……困ってたよね、志波くん。
電話の向こうで考えこむ雰囲気がしたもん。
頑張ってる志波くんの邪魔はしたくないのに。











今日何度目かわからない溜息を吐きながら会社を出たら、バッグの中で携帯が震えた。
サブディスプレイに表示されている名前を見て、慌てて通話ボタンを押す。



「もしもし?」
『……オレ』
「うん。めずらしいね、こんな早い時間に電話くれるなんて」
『今日、オフだったから』
「そっか。月曜日だもんね。ゆっくりできた?それともトレーニング?」



駅までの道を歩きながら、携帯に耳をよせる。
実際は隣にいないのに、でもすぐ近くにいるようで、毎日一緒に歩いてた頃の感覚がよみがえる。



「今週はこっちで試合だったよね?」
『ああ』
「今は?寮?」
『いや……近く』
「え?」
『…………』
「あれ?志波くん?もしもし?もしもーし?」



声が聞えなくなっちゃったから、立ち止まって携帯を耳から離しディスプレイを確認する。

まだ通話状態になってる……よね?

電波でも悪いのかなって考えながら、もう一度「もしもし?」と耳にあててみた。
聞えてくるのは……街のざわめき?あと、車の走る音………………え?
ありえない展開に振り向こうとしたら、私が動く前に後ろから抱きしめられた。



「し、志波くん……!!!」
「久し振り」
「う、うん、久し振り……って、あの、でも、どうして?あ、大丈夫なの?ああっ!み、見られてるよ???」
「クッ……相変わらず、だな。少し落ち着け」
「ええっ?!だって、この状況で、落ち着いてなんて……」
「じゃあ――」



これなら顔見られねぇから大丈夫だろって
私の体を反転させて、今度は正面から抱きしめられた。
私の顔が見えなくなっただけで、誰かに見られてるのは変わらないと思うんだけど……。
こんな街の中で、突然抱きしめられて、それで落ち着けって、そんな……
ああ、でも……



志波くんの匂いだ。



志波くんの鼓動だ。



志波くんの体温だ。



私、今、志波くんの腕の中にいるんだ。



ドキドキするけれど、護られてるって安心できる私だけの場所。
ずっとずっとこのままだったら良いのに。
服を握る手にキュッと力を入れて、顔を志波くんの胸に押し付ける。
ポンポンと頭に置かれる手が、私の気持ちを分かってくれたみたいですごく嬉しい。



「このあと、時間大丈夫か?」
「うん」
「どこか行きたいとこ、あるか?」
「行きたいとこ……もう夜だし、えっと、ご飯食べに行く、とか?」
「メシか……オレは、別のもんが喰いたい」



いきなり耳元でボソッと囁かれて、電流が走ったみたいに体が震える。
顔や耳が熱を持って、きっと真っ赤になってる。
私がそういう反応するの、いつもしっかり見られちゃってるんだよなぁ……。

ずっと前に言われたことがあった。ヘンに困らせたくなって困るって。
あの時は、嫌か?って聞かれて答えられなかったけど、志波くんの事、全部好きなんだから嫌なわけない。
……まあ、いつになっても、志波くんのドッキリ発言に慣れる事はないし、恥ずかしいんだけど。



「ククッ……カワイイな、おまえ」
「それはっ……志波くんのせいだもん」
「そうなのか?……それよりホテルへ――」
「ああああのっ、でも、そんな、いきなり……」
「――は、後で行くとして、少し付き合え」
「へ?あ、はい。……え?後でって???」



喉を鳴らして笑う志波くんが嬉しそうだから、まあ良いか。
手を繋いで歩くのも本当に久し振り。
嬉しくて横顔を見上げながら歩いていたら

「前見てねぇと転ぶぞ」

って言われちゃった。でも、見てたいんだもん。
時間がもったいなくて目が離せないんだもん。



「まったく……そんな眼するな。我慢できなくなるだろ……」
「え?」
「やっぱり先に……いや、ダメだろ……」
「???」



何かブツブツ言ってる志波くん。
よく分からないけど、そういうのもなんだか久し振りだなぁって思いながら、ただついて行った。











志波くんの車に乗って、森林公園の駐車場についた頃には、外はもう真っ暗になっていた。
こんな暗くなってるのに公園?って思ったけど、志波くんには何か目的があるみたいだったから黙ってた。



「そっちじゃない、こっち……手、貸せ」
「うん」
「暗いから足下気をつけろよ?」



歩いて行く方向は公園の中じゃなくて、公園脇の森の中にある細い道。
ちょっとヒールが歩きにくい。けど、転びそうになる度に志波くんがしっかり支えてくれた。

それにしても懐中電灯がひとつだけっていうのが心細い。
灯りに照らされてるところ以外は真っ暗だし、ジメジメした天気で雲も厚くて星明りも無い。
風に吹かれて葉っぱがざわめく音や、何かの虫の声しか聞えない。あとは、私達の足音だけ。



「志波くぅん……」
「情けない声、出すな。もう少し、だと思うから……ああ、あそこだな」
「え?どこ?」



ん、確かに向かってる先に、木立が途切れてる場所がある。
あそこが目的地なの?



あ、れ?



今、何か……



動いたような……



歩くペースを緩め、懐中電灯の灯りを消してしまった志波くん。
ちょっとこわくて、繋いでいた手に力を入れて、腕にしがみついた。



あ!



うわあ!



すごい!!




ひらけた空間に出た途端、数え切れないほどの沢山の青白い小さな光。
同じ場所で光ったり消えたりするもの。空中を光りながら移動するもの。下にも上にも。



「ホタル……」



大きな声を出したらその夢のような光景が消えちゃう気がして、グイグイと志波くんの腕を引っ張った。
暗闇で表情は見えなかったけど、志波くんも私を見て頷いてくれた。



「きれい……こんなとこにホタルがいるなんて知らなかった……」
「オレもガキの時以来だ、見に来たのは……」
「ホントにきれい……志波くん、ありがとう…………それと、ごめんね」
「なんで謝る?」
「私が昨日『会いたい』なんて言っちゃったから、無理して来てくれたんでしょ?」
「ああ、そのことか……わかってないな、おまえ」
「きゃっ……!!」



頭に手をまわされてグイッと引き寄せられる。
夜風が少し涼しくなってたから、志波くんの熱が心地いい。
そのまま寄りかかっていたらホタルの光が少しだけ滲んできちゃった。
私のわがままで無理させて……本当にダメだ、私って。
そんな風に思ってたのに……



「会いたいって思ってたのは、オレも同じだ」
「あ……」
「遠慮するなよ……オレには」
「で、でも……」
「オレも、そうさせてもらうから」
「志波くんも、遠慮、してたの?」
「ああ……おまえが頑張ってるのにオレが弱音吐くわけにはいかねぇってな」
「志波くん……」



志波くんの言葉は、弱音を吐いてしまった私への気遣い?
それとも、本当に本当?本音?本心?



「ここ、ガキの頃、ヒネクレそうになった時に親父が連れてきてくれた場所なんだ」
「そう」
「あの時、オレも親父も何も喋らなかったな。ただ黙って二人でホタル見てた」
「うん」
「ボーっとあの光を見てたら、友達に文句言われたこととか、お節介なヤツのこととか、どうでも良くなった」
「そっか」
「自分のやりたいようにやろうって思えた……正直になった、というか、開き直ることができたんだ」
「その後は?」
「ああ、色んなことがうまくいくようになった」



そうだね……確かに、ここにいると、自分の大切な部分だけが光ってるような気がする。周りは真っ暗なのに。
私の大切なもの、それは、志波くんへの気持ち、志波くんが私にくれる気持ち、志波くんと一緒にいる時間、志波くんの全部。
強すぎる光の中にいる志波くんを見て、私自身の気持ちがどこかに抑えこまれちゃってたんだ。
言葉にしてもいいんだ、志波くんには。私のわがままのような気持ちも。志波くんはいつだって困ったりせずに受け止めてくれる。



「ずっと我慢させて、悪かった」
「ううん、私も、ごめんね」
「正直、限界だったのは、オレのほうだ……会いたかった」
「私も……」



久し振りのキスは触れるだけ。
なんだかちょっと照れくさい。
志波くんの少し乾いた唇。
スリスリと私の唇をくすぐる。
鼻をこすりつけて、おでこをぶつけて、盛大に溜息を吐いた志波くん。



「ハァ…………もう、無理だ」
「志波くん?」
「全然足りない……行こう」
「ど、どこへ?」
「決まってるだろ」
「え、でも、ご飯もまだだし」
「ルームサービスとればいい」
「あ、明日は火曜日で、私、会社が」
「今晩中に送る」
「あ……」
「もう言いたいことはないか?」
「う……」
「じゃ、行くぞ」



志波くん、遠慮しないって、そういう意味…………?



……まあ、そういうのも全部全部一まとめにして、志波くんの思ってる事を知りたいとは思う。
私も私の気持ちを隠さずに伝えたい。

また悩んでしまったら、ここに連れてきてくれた志波くんの気持ちとか、私自身の大切なものとか、そこに帰ってみれば良い。
すごく小さな光だけど、いつまでも消えずに、あたたかく輝き続けているはずだから。














20000Hit、みわさんからのリクエストで「大人志波オフデート」でした。
いかがでしたか?

大人=アダルトではなく、社会に出たての二人の気持ちベースで書いてみました。
好きな人のカワイイわがままはいくらでも聞きたい、と思うんですよ(ラブラブ時限定ですが)。

そして季節的にホタル鑑賞デートにしてみました。
ロマンチックですよね、あの光のショーは。

みわさん、ありがとうございました!

(2009.06.16)




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