姫と兵士 -4.はつこい-



「本当にここで良いのか?」

「うん」

「うんって……ここ、町からは外れてるし、城壁しかねえし、どこに家があるってんだ?」

「あのね、かべのしろいいしをおすの。やってみて」

「これか?……あ……隠し扉?」

「えへへ、おもちろいでしょ?ここ、あたちのおにわにちゅながってゆの」

「すごいな」

「おとうちゃまもしらないの。シバとあたちだけのヒミチュね」



ありがとう、さようなら……そう言って繋いでた手を離したらシバとはもうお別れ。
だけど離れたくない。
ずっと一緒にいたい。



「あのね、シバ。んっと、どうちてかわかんないんだけど、シバとバイバイしたくない。どうちて?なんで?シバはどうちてだかわかゆ?」

「ん……アカリと同じかどうか分かんねえが、オレもある人の傍にずっといたいって思ったことがある」

「どうちてそうおもったの?」

「オレのは、恋、かな」

「こい?シバ、しょのひとにこいしてゆの?」

「ませがきだな、アカリは……ククッ」



この気持ちが恋……。
そうか……これって恋だったんだ。
私はシバが好きになっちゃって、それでずっと一緒にいたいって思ったんだ。

あ……だけど、シバには好きな人がいるってことだよね。

初恋を自覚して1秒も経ってないのに失恋しちゃったんだ、私。
あはは、なにそれ。
悲しいの通り越して笑い話だよね、こんなの。
おかしくて涙が出ちゃう。
笑い話なのに胸が苦しいなんて変なの。



「フフッ……ッ……フ……」

「ア、アカリ?!」



慌てて目の前に跪いて心配そうに私を覗き込んでくれるシバ。
おっきくて、怖そうで、無表情で、
だけど、
こんなこどもの私にもちゃんと話をしてくれて、
優しく頭を撫でてくれる。



「笑って悪かった……泣くな。な?」

「うっ、ひいいっく…………シバはしょのひととケッコンすゆの?」

「結婚?……しないよ」

「えぐっ……うっ……だって、しゅきならケッコンすゆんでしょ?」

「できないんだ」

「ふぇっ?……どうちて?」

「質問ばっかりだな。なんでそんな事が知りてぇんだ?」

「だって……あたちはシバがしゅきなんだもん」



だから、シバが結婚しちゃうのか気になるし、
結婚しないのは何でって思うし、
そもそもシバが好きな人ってどんな人なのか知りたい。



「ほんとなんだもん」

「わかった……ありがとな、オレを好きになってくれて。本気のアカリの為にオレもちゃんと答えないと、だな」

「うん」

「結婚できないのは身分が違うから。それに向こうはオレの事なんか知らない、と思う」

「それでもしゅきなの?」

「好き……ってより、傍にいて守ってやりたいと思ってた。それも今じゃ出来ない話だ」

「まもゆってことは、かよわくてかわいいひと?」

「いや、全然違うな」

「え?」

「最初に会ったのが10歳の頃。そん時は南の海岸で迷子になって泣き喚いてた。
 次に会ったのが12歳の頃。東の野原で手にてんとう虫が止まったってやっぱり泣いて暴れてた。
 14歳の頃は西の丘でなんにも無い場所でこけてパニックになってた」



なんか、ただのドジな人?
でもシバは6年も前からその人のことを気にしてたんだ。
6年前、私はどこで何してたんだろ?
どうして、その人より私のほうが先に会わなかったのかな。

……あれ?
ちょっと待って?
なんか、その話、どっかで……???



「あとから名前や身分を聞いたときはビックリした。あんなに危なっかしいヤツがまさかって思った。けどな、だからオレが守らなきゃって思ったんだ。ガキだったからそれぐらいしか思いつかなかった。で、すぐに騎士見習いになったんだ」

「うん」

「城の中で、たまに見かける事があった。あの人はいつも笑ってて、周りの奴らも皆笑ってて、見てるこっちにもあったかい空気が伝わってきた。だから訓練もがんばれた」

「うん……」

「降格した後、傍で守るっていう夢は叶わなくなっちまったから、せめて城の外はオレが守ろうって決めたんだ。あの笑顔を思い出せばがんばれるし、あの笑顔を遠くからでも守れるならオレはこのままでかまわない」

「…………」

「以上。まったく……おまえには何でも話しちまうな……って聞いてたか?アカリ?」

「え?あ、あの、ちょっとまってくえゆ?」



ちょっと待って。
なんかシバってばゴチャゴチャ言ってるけど、その前に、何か言ったよね?
えっと、さっき、シバが言ってたこと……
海で迷子……てんとう虫……こける……。
あれ?
え?
えええ?



「あーーーー!!」

「っ……なんだ?どうしたっ?!」

「あのぉ…………もしかちて、シバのしゅきなひとって…………アカリひめ、とか?」

「なっ!……よく分かったな」



うわあぁぁぁ、どどどどうしよう?
頭から湯気が出そう。
ううん、本当に出ちゃってるかも。
顔だけじゃなくて、全身真っ赤になってる気がするよぉぉぉ!

でも、私、シバの事覚えてない……ううう。
シバが話してくれた私のドジな過去。
あの時は泣いたり、オロオロしたり、パニックになってたから……あ、でも、そういえばお付の者とは違う男の子がいたような……あれがシバ、だったのかな?



「おまえ、本当に姫……いや、まさかな」



本当なんだけどな。
でも、もう良いや、そんなの、どうでも。

偶然が続いただけでしょって言う人もいるかもしれないけど、こういうのが「運命」なんだって私は思う。
きっと、今日「さよなら」しても、また絶対会える。
そう確信できる。



「シバ、きょうは、ありがとう」

「いや……無事におまえを送り届ける事ができて、オレの方こそ礼を言わせてくれ」

「まもってもらったのはあたちなのに、どうちてシバがおれいをゆうの?」

「ああ。おまえを守ってる間、なんていうか、まるで姫を守ってるみたいだった。サンキュー」



ああ、少しだけでも”私”を感じてくれていたんだ。
こんな小さな姿だからこどもにしか見てくれないって思ってたけど、私を通して”私”を見てくれてた。
今はそれだけで十分。



「……ね、シバ?ひとちゅやくそくちてほしいんだけど、いい?」

「なんだ?」

「2ねんごのきょう、このとびらをあけてあたちにあいにきてほちいの」

「2年後?」

「うん。わすれないように、これもっててね」



白い貝殻の小さなイヤリングを片方はずしてシバに渡す。
小さな私との約束を忘れないように。

10歳、12歳、14歳の時は私がシバを見ていなかった。
16歳の今日はシバが私に気付かなかった。
2年後、18歳の私達はちゃんと向き合えるはず。
だから、それまで、ほんのちょっとの間だけ……



「ちゃよーなら」

「じゃあな」





(つづく……たぶん)







(あとがき)
やっとシバの恋の話ができたよー。
アカリも自覚できました。
でもまだおちびちゃんのままなのでラブラブにはなれませんでした。



(2009.2.25)





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