記念日
「志波くん!」 オレを呼び止める声 パタパタと駆け寄る足音 たとえ目隠しされていても その声の持ち主を間違えるはずがない。 下校時間の雑然とした昇降口でも アイツの声だったら絶対に聞き分けることができる。 「そんなに走って、どうした?」 「はぁ……あ、のね、一緒に、はぁはぁ……」 「……おい、深呼吸しろ」 「は、い」 そう返事して、体育の時間でやるような深呼吸を始めた。 ……腕を広げたり閉じたりしながら マジメに深呼吸するヤツ、初めて見た。 ちょっと前までは、 こんなことするおまえのこと 面白いヤツだ、とだけ思ってたのに 今は、違う。 どんな仕草もカワイイと思う。 つい目が離せなくなっちまう。 「ククッ……」 「え?何?なんで笑ってるの??」 「いや、なんでも……それより、どうした?」 「あ、そうだった。あのね、えっと、一緒に帰らない?」 「いいぞ…………まさか、それを言うのに走ってきたのか?」 「うん。志波くん、教室にいないから帰っちゃったかと思ったよ」 「あ……悪い」 オレもおまえの教室を見に行ったと知ったら どんな顔する? オレが見に行った時、 おまえは教室の中で クラスの男と楽しそうに話をしてた。 笑って、肩を叩いて、叩かれて。 おまえにとっては 男も女もただのダチなんだろうが オレ以外の男とじゃれているおまえのこと 平気な顔して待ってるなんてことは出来ねぇ。 コイツに気安く触るなと 堂々と言えるポジションに オレはまだ立てていない。 だから、 声をかけずに 一人で帰ろうと思ってた。 それがさっきまでのオレ。 「……じゃあ、行くか」 「うん!……あ、と、ちょっと寄り道も、いい?」 「?……ああ、いいぞ」 オレのくさってた気分は オレだけに向けられる笑顔で あっという間に晴れる。 ホント、オレは単純だ。 いつもの喫茶店に寄るもんだと思ってたら 「海岸に行ってもいい?」と言われ 浜に下りた。 珍しい、 というより、 初めてだ。 しばらく波打ち際を歩いた。 あまり話をしなくても こうして傍にいるだけで 楽しいと思えるなんて不思議だ。 砂を踏む二人分の足音が 耳に心地よく響く。 「夕陽、きれいだね」 「ああ……」 自然に歩を止めて 夕陽を見ながら並んで立つ。 夕陽もきれいだが それを見ながら 目をキラキラさせてる おまえの方が…… 横目でチラリと その横顔を確認し また前へ目を戻した。 打ち寄せる波の音を繰り返し聞いて しばらく沈む夕陽を見ていたら 左腕辺りに視線を感じたから 「どうした?」 「えっ!あの、ど、どうして?」 パッと振り向いて声をかけたら 体ごとびくっとさせて驚いた……って オレが見られてるのに気付かないとでも 思ってたのか? 「なんで気付いたの?」なんて言いながら オロオロ動くおまえは 本当に小動物みたいだ。 カワイイ。 「……あ……その……えっと……」 「ん?」 「…………やっぱりいい!なんでもない!」 おまえの頼みなら全部聞いてやるのに。 言いたいこと、全部言ってくれればいいのに。 ……まあ、そう簡単に言えないこともあるよな。 オレも、同じだ。 「なんでもないの」と言いながら オレの前で手をブンブンふってるが なんでもなくないような顔してる。 なんだ? その表情の理由を見つけたくて 覗き込むだけのつもりだったのに、 目の前でヒラヒラと動く小さな手を 思わずつかまえちまった。 「し、志波くん???」 「いや、か?」 「ううん」 「そうか」 「うん」 初めてつないだ手は 想像以上に 小さくて 柔らかくて 吸い付くようで あったけぇ。 「……志波くん、すごい」 「すごい?」 「だって」 照れてるのを誤魔化すように えへへと笑ったかと思ったら 「手、つなぎたいな、って思ってたから」 そう言って、つないだ手にキュッと力を入れてきた。 ……心臓も一緒につかまれちまった。 胸がつまって 息が止まりそうだ。 「今日ね、屋上でお弁当食べてたら、隣のグループの女子が、志波くんの話をしてたの」 「……オレ?」 「うん。カッコイイねとか、あんな人が彼氏だったらなーとか、今度告白しちゃう?とか」 「はぁ?」 「それ、聞いてたら、なんか、もやもやって」 「もやもや……」 「だから、志波くんと一緒に帰ればスッキリするかなって思って」 「それであんなに走って来たのか」 「うん」 「スッキリ、できたか?」 「ふふっ、どっちだと思う?」 「さあな……」 「ホントはね、手つなぐまでは、まだちょっともやっとしてたの」 「そうなのか?」 「志波くんの手、大きくて、あったかくて、安心できる」 「だったら……いつでもつないでやる」 「本当?ありがとう!」 本当に。 手ぐらいいつだってつないでやる。 おまえに必要とされてる。 そう思えることが すごく嬉しい。 オレにもおまえが必要なんだってこと どうしたら伝えられる? 好きだ。 好きすぎて どう伝えていいのか わからねぇ。 帰り道、手はつないだまま。 このまま離れなくなっちまえばいいのに。 「ふふっ、いい事思いついた!」 「……なんだ?」 「今日は”志波くんと初めて手をつないじゃった記念日”になりました!」 「は?……こんなのをイチイチ記念日にしてたら記念日だらけになるんじゃねぇか?」 「いいの!あ、いっそ365日ぜーんぶ記念日を目指そうかな……」 「おい、真剣に考えるな。大体、そんなの覚えてられねぇだろ」 「う……だだだ大丈夫だもん、手帳に書くから──」 そう言って手帳を取り出そうと緩めたおまえの手を オレは逃がさないようにギュッと握りしめる。 「志波くん?あの、私、手帳を──」 「家に帰ってからにしろ」 「う……うん」 一度つないじまったんだ。 二度と離さない。 この先も ずっと。 サイト一周年アンケートへのご協力ありがとうございました。 投票数が一番多かった 「志波」+「付き合う前」 のお話でした。 志波→→→←主 なお話ですが、 主サイドにしたら 志波→←←←主 だったりして? とか想像するのも また楽しいですよ! 皆様の萌え力を総動員して 主ちゃんの気持ちを お楽しみくださいませ! これからも萌え力を衰えさせることなく 萌えつきたいと思っていますので 当サイトをよろしくお願い致します。 6月いっぱいまでフリー配布させていただきます。 ご自由にお持ち帰りくださいませ! (2009.05.23) SSの目次へ TOPへ |