聖夜に願いを



「オッス、志波!メリクリ!」

「ああ………針谷か。」

「今年で最後だっつーのに”メリークリスマス”ってまだ言えねぇのかよ。相変わらずだなぁ、オマエ。」

「ほっとけ………。」

「それより、なーにさっきからウロウロ熊みてぇに歩きまわってんだよ?」



三年に一度のスキー合宿。
全校生徒と先生達で1000人弱のパーティー会場を、オレはある人物を探してふらついていた。
ぐるりと一周してきたのに見つからない。
最終学年でこの合宿にあたったことを『いい思い出になる』と喜んでいた。
一昨日学校で会った時は「ロッジのパーティー料理は美味しいらしいよ。楽しみ!」と張り切ってた。
集合時間には絶対遅れないようなヤツだから遅刻は有り得ない。
ってことは、まだ来てねぇのか?
何か、あったのか………?



「そーいやオマエさぁ、みゆき見なかった?西本が探してんだけど見つかんねぇらしいぜ。」

「いや………。」

「なんだ、オマエも知らねぇのかよ。海野と佐伯もいねぇし、盛り上がんねーなぁ、ったく………。」



西本も知らねぇのか………。
本当にどうしたっていうんだ………。



オレはじっとしてられなくて、ブツブツ文句を言ってる針谷を残しパーティー会場から抜け出した。
けど、ロッジの外に出ても、そこからはどうすることもできない。
ここは学校じゃないから、そこら辺を探しに行くこともできない。
ロッジの入口に、ただ立って、バス停の方角に目を向けるだけ。
暗くて何も見えない。



真っ黒い空から落ちてくる無数の白い綿。



澤木はこの雪をどこかで見てるんだろうか?



……今日はクリスマス・イブ。
なんだかんだ言っても学校行事よりアイツをとったのかもしれねぇな。
澤木の本命の相手は、はね学生じゃない。



「志波君。」

「あ、若王子先生………。」

「こんな所にいたら風邪ひいちゃいますよ?」

「大丈夫です………。」

「ふむ………君が待っているのは、澤木さん?」

「……はい。」



先生は「なんでも分かってます」と言っているような目をしてる。
若王子先生はみんなにバカにされてるけど、ホントはすごい人だってオレは知ってる。
この人だけには嘘がつけない。



「澤木さんなら、さっき遅れると連絡がありました。パーティには間に合いそうもありませんね。」

「そうですか………。」

「なんでも帰宅ラッシュの渋滞と雪による通行止めで身動きが取れなかったらしいです。」

「はぁ………。」

「でも、きちんと送り届けてくれる人と一緒でしたので大丈夫。先生、彼にも一言言っておきましたから。」

「………元春、ですか。」

「はい。」



やっぱり………。
こんな時はいつも思う。
もういい加減諦めよう、と。
いくら思っても伝わらない、伝えちゃならない。
だったら、そんな感情を持ち続けてどうなる?



「今日はイブですね。こんな日は、みんなの願いが叶うと良いのにって、先生本当にそう思います。」

「………」

「自分の願いは叶わない、って顔に書いてありますよ、志波君。」

「……先生。」

「諦めるんですか?」

「オレは……。」

「志波君、知ってました?
願い事って強く思えば必ず叶うんですよ。
自分が思い描いたとおりの形になるかどうかは別として、何かが必ず変わるんです。
志波君がまた野球に戻れたようにね。」

「………」

「でもね、諦めて思う事をやめてしまったら何も変わりません。
何も思わないと自分がそこにいる意味すら無くなってしまう。
先生も昔そうだったから………。」

「先生……?」

「でも、諦めずに強く思うことにしたら、先生の願い事は叶いましたよ。
ちょっと予想外の形だったけどね。
だから、志波君にもきっと出来ます。
思うだけだったら自由でしょ?
先生、応援しちゃいます。」

「ありがとうございます。……けど、もしココにいるのがアイツでも先生は応援するんですよね、きっと。」

「あはははは………先生はみんなの先生ですから。……すみません。」

「いえ、いいんです。少しスッキリしました。がんばってみます。」

「うんうん、若者はそうでなくちゃ。」



願いが叶うのか、何かが変わるだけなのか、それはまだ分かんねぇけど、こんな風に真剣に話してくれる先生の言葉は信じられる。
昔を辛く思っているようだった……先生の目。
でも今は願いが叶って変わったってことだよな。
今の先生は幸せそうに見える。
オレもいつかそうなれるんだろうか……?



「というわけで、ちょっと先生を手伝ってくれますか?」

「は……?」

「お料理とケーキ、確保しておいてと電話で頼まれちゃったんです。」

「先生に?……なんてヤツだ、ハァ……。」

「いいんですいいんです。先生、今日はサンタさんモードですから。」

「先生……。」











若王子先生と一緒に詰めた料理とケーキの箱。
それを抱えて人気の無いロビーのソファに体を沈めた。
パーティーも終わりみんな部屋に戻ってる時間。



ソファの柔らかさと暖炉の炎の暖かさに軽く意識を失っていた。
ギギーッと開く扉の音と流れてくる冷気で目を覚ました。



「やっとついたぁ………」


心底ホッとしたような声が聞こえてきた。
「うー」と伸びをしたり、「どっちかな」とキョロキョロしたり、相変わらず落ち着きのないヤツだ。



「クッ………ククク………」

「だ………誰?!」



笑いながら立ち上がって「お疲れ」と挨拶したら思いっきりビックリされた。



「え?志波……あの、どうしてココに?」

「待ってた。」

「はぁ?……えっと、私を?」

「ああ……。」

「ええっ?!」



そこまで驚かなくてもいいんじゃねぇかと言おうと思ったが、「冗談?」とでも言いたげにオレの顔色を窺ってくるのが面白くて放っておいた。



「えっと、ありがと。それと……メリークリスマース!」

「あ………」

「あはは!相変わらず言えないんだね。」

「いいだろ、別に。」

「いいよ、別に。だってザッツ志波って感じだもん!あはは!」

「はいはい………。」

「はぁ………お腹すいた………ねえ、パーティーの料理美味しかった?」

「ああ。かなりイケてたな。」

「うう……食べたかったあ。」

「じゃあサンタにでも頼んだらどうだ?」



それもいいかも、だけどプレゼントも欲しい、って真剣に悩み始めるのも澤木らしい。
コロコロ表情を変えるのは昔から変わんなくて見てて飽きない。



「そういえば、さっきサンタが置いてったぞ、これ………」



料理を詰めた箱を見せたら、ぽかんとしながら、トテトテと近付いてきた。



「これ、志波が?」

「いや、サンタが。……確か若王子って名前の。」

「若王子先生が……そっか、ホントに確保しといてくれたんだ。……心配かけちゃったな、先生に。志波にも。……ありがとね。」

「礼なら先生に言え。」

「うん……。」

「ほら、食え。冷めちまったけどな。」

「うん!……あ、志波も一緒に食べよ?」

「オレはいい。」

「一人じゃ食べきれないよ、これ。それに一緒に食べた方がきっと美味しいから!」

「じゃあもらう。」

「うん!いただきまーす!」





あらかた食べ終わった頃、澤木の様子がおかしいことに気付いた。
空になった箱をぼーっと見つめてる。
アイツのことを考えてるって簡単に分かっちまう。
自分がもっと鈍感なら気付かないフリしてサラッと流しちまうのに………。
無視できない自分に心の中で舌打ちした。



「どうした?……落ち込んでる。」

「……あは、なんでそんなに分かるの?ホント、志波には隠し事出来ない。」

「オレじゃなくても目の前でため息吐かれたら分かるだろ。」

「そうかな……。」

「そうだ。で、なんだ?」

「うん……先輩、ご飯どうしたかなって思って……私だけ美味しいもん食べちゃったなって……。」

「アイツなら大丈夫だろ。」

「そう、だよね……。あーあ、先輩に迷惑かけてばっかり……私ってホントダメダメだ……。」

「アイツはそこまで気にしてねえだろ。」

「だって!今日だってね、バイト忙しいかなってちょっとだけ様子を見に行ったんだけど、配達でいなくて、でもお店が忙しそうだからちょっとだけ手伝って、そしたら夢中になって時間忘れちゃって、先輩帰ってきて『パーティー遅刻するから送る』って言ってくれて、でも渋滞と通行止で時間かかって………。バイトも抜けさせて、ご飯だってお友達と約束あったかもしれないのに………。ハァ………。」

「フゥ………ま、そういう時もある。次頑張れば良い。」

「うん……。でも、先生にも……志波にも迷惑かけちゃって……。」

「そう落ち込むな……。あー、そうだ、ゲレンデのツリーでも見に行くか?」

「ツリー?……行く!」











「おっきくてきれいだねぇ……。」

「だな。」



派手さはないが、こういうところで見れるからなのか、本物のモミの木に飾られたイルミネーションは素直にきれいだと思えた。
さっきまで降ってた雪もやみ、雲間に星が瞬いているのも見える。



「えいっ!」

「……っ!」



空を見上げてたら雪玉を投げつけられた。



「あはは!命中!!………よーし!次!えいっ!」

「ククッ……やるのか?」



澤木が楽しそうだから雪合戦に付き合った。
そうやって笑ってろ。
その方がおまえらしい。
落ち込んでる姿なんておまえらしくない。

それなりのスピードで投げても澤木はすばしっこくてちゃんとよける。
………と思ってた。


だが、何球目かにオレが投げた雪玉は、澤木の顔面に直撃した。



「大丈夫かっ?!」



慌てて駆け寄る。
顔についた雪をはらおうともせずに俯いて立ち尽くしてる。



「バカ……なんで避けなかった?」



言いながら頬についた雪を指先でぬぐっていたら、冷たい雪とは違う温かい水分に触れた。
それが何なのか確かめようと覗きこもうとしたら、クルリと後ろを向いちまった。
背を向けたままでクスクス笑い始める。
涙だと思ったのは気のせいか?



「………こうやって志波と遊ぶのは楽しいね。」

「は?」

「でも卒業したらなかなか遊べないだろうな……大丈夫かなあ、私。いつも志波に頼ってるのに……。」

「会う時間無い時は電話でもメールでもすればいい。」

「フフッ、メール苦手なくせに。……でも、ありがと。いつも迷惑かけてごめんね。」

「別に、謝る必要ない。」

「うん。……あ、そうだ!これ、あげる。プレゼント交換に出すつもりだったんだけど……。」

「オレに?いいのか?」

「うん!」



小さな箱の中に小さなガラスの何か3つ入っている。
これは、天使?



「志波にはちょっと可愛すぎするかな?でもね、これ願いが叶うっていうヤツなんだよ。」

「願いが?」

「うん。ウォーリーボックスって言うんだって。」

「へぇ……サンキュー。」

「クリスマスだしね。志波の願い事、叶うといいね。何をお願いする?」

「……教えない。」

「ふぅん……。ま、いっか。実は私も自分用の買っちゃったんだ、それ。」

「へぇ……おまえは何をお願いしたんだ?」

「秘密。」

「どうせ、アイツのことだろ。」

「ううん、違うよ……でも、秘密……あ、雪!」

「また降ってきたな。」



白い綿がフワフワと落ちてくる空を二人で見上げる。



「……サンキュ、澤木。」

「天使?」

「色々。」

「色々……?」

「ああ。」

「なんかよく分かんないけど、どういたしまして。」

「礼をしたいけど今は何も持ってねぇ。言葉だけで悪ぃ。」

「いいよ、別に。」

「イブの最後、一緒に過ごせてよかった。………メリークリスマス。」

「……メリークリスマス、志波。」



オレの願い……本当に叶えたい願いは一つだけ。
オレ自身の努力じゃどうしようもないこと。
もしも、本当に叶うのなら、サンタにだって天使にだって雪にだって祈ろう…………いや、そんなのはオレらしくねぇな。
ただひたすら思う、それだけだ。

ホワイトクリスマス。

こんな夜は、本当に何かが変わるんじゃねぇかと思える。

静かに
少しずつ
降り積もる雪のように
オレの思いで
コイツの心を満たすことが出来ますように………。













(あとがき)
向日葵様、18700Hitリクエスト企画に投稿いただき、ありがとうございました。
リクエストにおこたえして、クリスマス親友志波です。

3年生のクリスマスパーティー、
真咲先輩の「クリスマスドライブ」イベントがあったら………というお話です。

執筆裏話………
前半はクリスマスのかなり前に出来ていたのに
後半に悩み、ラストに悩み、ギリギリ滑り込みとなってしまいました。
そして長くなってしまいました………。
まとまり無くてすみません。

親友モードは切ないけれど
みんなが幸せになれますように。
メリークリスマス!




(2008.12.25)

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Photo : Say-co