「遙!」

「え?」



私の名前を呼ぶ声にビックリする。
いつもより低くて
いつもより真剣な声。

その声のトーンの違いにもビックリだけど、
いきなり名前で呼ばれて更にビックリしてる。
いつもは私の事「時任先生」って呼んでたから………。





黒服の男






「遙、こっちです!早く!」



私の手をとり走り出す若王子先生。
必死についていくけど、どういう事だろう?



「あの、若王子先生?これは、いったい………?」

「若王子先生?………なにを言っているんですか、君は?」

「なにをって、だって−−−」

「貴文」

「え?」

「そう呼ばれるようになってもう随分経ったと思うけれど?」

「え?」

「それに今は先生ではありません。それは分かりますよね?」



どういうこと?
私、若王子先生を名前で呼んだことなんてあったっけ?

それに、随分経つってどのくらい?
私が、はね学に来てから、まだ一年も経ってないのに………。

先生が先生じゃないって
どうなってるのー???



カツカツと走る二人の足音が周りに響く。
そういえば、ここ、どこ?
見上げて周りをチェックすれば、向こうに見覚えのあるファッションビルが立っていた。
ああ、ここは、街の中か。
でも人が少ない。
時間は………早朝?



私………いつ、どうやって、ここに来て、この状況になるまで誰と、どこで、何をしていたんだろう?
なんで思い出せないの???



「しまった!」



若王子先生の視線の先で黒いサングラスに黒いスーツを着た人影が動く。
なに?
なんなのあの人?
私達はあの人から逃げているの?



「こっちです!」



横道にそれて走り続ける。



「若王子先生?!」

「貴文、です」

「た、貴文、さん?私達、なんで逃げてるんですか?」

「君は………本当に分からないんですか?」

「はぁ………教えていただけますか?」

「彼らに捕まったら何も無くなってしまうんです」

「彼ら?え?あの黒スーツの人は一人じゃなくて、他にもいるんですか?」

「そうです。それに先ほどから追っ手が増えているようです」

「えええっ???」



どうして追われているのか分からない。
だけど、若王子先生の真剣な話し方や表情から、これがただ事じゃないってことだけは分かる。



「あ!」



行く手にさっきの人とは別の黒スーツが現れた。
後ろからはさっきの黒スーツ。
挟まれた………しかも、前からは更にもう一人、後ろから合わせて三人、全部で五人………。



「しくじりました。まさか先回りされているとは………」

「貴文さん………」

「遙、よく聞いてください」

「はい」

「君はここから一人で逃げてください。
 ほら、この建物、裏口があるはずです。
 奴らは僕を捕まえればとりあえず満足するでしょう。
 だから、君は、一人で−−−」

「嫌です!」

「遙………」

「一緒にいます!一人でなんて行きたくない!!」



私は泣きながら先生にしがみついた。
ここで離れ離れになったらもう会えないような気がする。
そんなの嫌!



「遙、必ず………必ず迎えに行きます。だから僕を信じて待っていてください」

「嫌………」

「遙、僕の目を見て?」



頬に手を添えられ促されて顔をあげる。
若王子先生のエメラルドグリーンの瞳が私をまっすぐに捕まえて離さない。



「嘘を言っているような目に見えますか?」



ううんと首を横に振れば、その瞳は今まで見た中で一番優しく力強い色になった。



「ね?だから僕を信じて………君はここから逃げてください」



若王子先生は
私を一瞬ギュッと抱きしめ、
肩に両手をかけて引き剥がし、
フワッとしたキスを落とした。
本当に一瞬だけのキス。
そのあとすぐにその建物の中に私を押し込んだ。



「貴文さん!!」



私がいくら扉をドンドン叩いて叫んでも開けてくれない。



「早く逃げてください!奴らに気付かれる前に!」

「貴文さん!」

「もう奴らが来ます。さあ、行って!」



涙をボロボロと流しながら、扉に背を向けた。
若王子先生の言葉を、必ず迎えに来てくれるという言葉を信じて、行くしかない。
先生が犠牲になってまで私を逃がしてくれたんだから。
だから、私は行かないと。



だけど………この建物の中、真っ暗過ぎる。
窓も無い。
何も見えない。
でも、先生は裏口があるって言っていた。
さっきの扉とは反対方向へ行けばきっと裏に行けるはず。

進むしかない、と気合を入れて一歩踏み出したら、体が浮いた!!
落ちるっ!!!
やだっ!!!
内臓が浮き上がるような気持ちの悪い感触。

どこまで落ちるの?
こんな所で落ちて私は死ぬの?
体が暗い暗い闇の中に消えていく。
私の体なのに落ちていく私が見える。
そんな感覚の中、私は意識を失っ−−−−−−−−−−
















「きゃーーーーーー!!!!」





チュンチュンチュン………





あ、れ?
すずめの鳴き声がする。
ここ、は?





ゆっくり目を開けたら





私は自分のベッドの中にいた。





「あは………あはははは!!」





夢!!!
夢だったんだ!!!
はぁ………よかった………。





「貴文………」





夢の中の話なのに、名前で呼ばれたり呼んだりしたことを思い出してドキドキする。
今日、学校で若王子先生を見たら赤面しちゃいそう………。





それにしてもなんであんな夢を………あ!



コレのせい、だよぉ………。



つけっぱなしになっていたテレビ。
昨日寝る前に見ていたDVDのメニュー画面が映し出されている。
見ながら寝ちゃったんだ。
だから、か………。



映っているのは、街中で芸能人たちがハンターから逃げ回って賞金を獲得するというバラエティ番組のDVD。
同僚の先生に「このハンターがカッコイイのよー!貸してあげる!」って無理矢理渡されたんだ。
私って本当に影響されやすい………。
バカだ………。



それにしても………



かっこよかったなぁ、若王子先生。



いつもあんなにかっこよかったら会う度に興奮して倒れちゃいそうだ………私。
あ、でも、今よりモテモテになって私なんて見向きもしてくれなくなるかもしれない。
それは困る。



だから、いつも位がちょうどいいんだ、きっと。
ちょっととぼけてて頼りないダメ教師だけど優しくて生徒に人気がある。
その位がちょうどいい。



でも



時々でいいからかっこいいところを私だけに見せてくれないかなぁ………。









(あとがき)
18700Hitリクエスト募集企画第一弾はR-callさんから頂いた『かっこいい若王子貴文』でした。
カッコイイ若王子貴文を考えると、どうしても黒服との対決のイメージから抜け出せない私。
で、黒服というとあのバラエティ番組(逃○中)!
そしてそして………やっぱりの 夢オチwww。
かっこいい若ちゃんを書いてR-callさんの連載を後押ししようと思ったのに、これじゃ役立たずですね……。
リクエストありがとうございました。
(2008.12.07)


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