志波×主
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(2008.09.22)
ハニ★キス
「はー、良かったー買えて。志波くん、付き合ってくれてありがとう」
ちょっと休憩しよう、と立ち寄った森林公園のベンチに二人並んで座る。
まだまだ夏の名残りで汗ばむような陽気だが、それでも日差しは幾分柔らかく、少しずつ秋に向かっている事がわかる。
いくつかの紙袋を自分の脇におろす。買ったものは大して数はなかったみたいたが、それぞれにご丁寧に包装し、さらに紙袋に入れてくれるので荷物は自然増えた。
「ご、ごめんね。荷物、持ってもらっちゃって……」
「大して重くないから大丈夫だ」
「そうじゃなくて…私の荷物なのに」
申し訳なさそうな顔をする海野あかりに、志波は、お前の荷物だから持ちたいんだ、という言葉の代わりに気にするな、とだけ言った。
もともと、彼女に荷物を持たせる気などなかったし、それは「デートをする男」としての「常識」なんだそうだ。母親や幼馴染から口うるさく言われた。
「…そういえばそれは?お前が持ってるのか?」
「え?」
あかりが手にしている小さめの紙袋。薄いピンク色で光の当たり具合によってはきらきらとする、いかにも女子が喜びそうな感じの袋だ。
「あ、これはいいよ。はるひの分だから。そっちと一緒にしたらわからなくなっちゃうし」
「…西本の?」
「うん。頼まれてたの。…グロスなんだけど」
「グロス?」
聞きなれない名前だ。理解出来ていない志波の顔を見て、あかりは口唇を指さす。
「口に塗るの、なんだけど。見たことない?」
「さぁ…。リップクリームみたいなものか」
「うーんと、まぁそうなんだけど…あっ、そうだ!」
ごそごそとカバンの中を探して、そこから「これ、こういうの」と言って差し出されたのは雑誌の切り抜きだった。
そこには、本当にたくさんの、そして色々な種類の「グロス」が紹介されていて、さすがの志波もどういうものかすぐに理解出来た。
なんか、絵の具のチューブみたいだな、とは心の中でだけ呟いた感想だ。
そこには、「みずみずしい感触」だの「ジェルようなテクスチャー」だの「うるつやな口唇が長続き」だの、何だかよくわからないが凄そうな言葉があちこちに並んでいる。
そんな中、赤ペンで丸が付けてある一本のグロスの写真。どうやら西本にはこれを頼まれたらしい。
「これね、すっごく人気なの。今日はとにかくはるひの分を確保!と思ってたんだけど、結構たくさんあったから自分の分も買っちゃった」
「……へぇ」
えへへ、と嬉しそうに笑うあかりに、志波はけれど生返事を返した。さっきからその赤丸してあるグロスの紹介文の一部分から、目が離せないでいる。
『あま〜い香りに、思わずカレも食べたくなっちゃう誘惑』
「…………」
「…なに?何か気になる?志波くん」
「………いや」
きょとんと首を傾げるあかりに、志波はため息をつきたくなるのを我慢する。
まぁ、こいつは何とも思ってないだろう。それは今に始まったことじゃない。それとも、俺が意識しすぎなのか。単なる雑誌のアオリ文句にいちいち反応しすぎなのか。
けれど、意識せずになんていられるわけはない。彼女は自分にとっては随分前からそういう存在だし、大体、好きでもない女の買い物になんて付き合う趣味も時間もない。
「…さてと、これからどうしよっか。あ、アナスタシアで新作ケーキ出たんだよ、食べにいこっか?私、奢っちゃうよ?」
「どうして奢りなんだ?」
「だって、今日はたくさん買い物付き合ってもらっちゃったし…荷物まで持ってもらったし。私からのお礼、っていうか気持ち」
「礼か……それなら、こっちがいいな」
切り抜きを指差すと、あかりは不思議そうな顔をして志波を見つめる。
「え……志波くん、グロス欲しいの?」
「いいや、俺には必要ない」
「でも今…」
「付けてみてくれないか、これ」
「へ?グロスを?」
ますます驚いたような顔をするあかりに、志波はいたずらっぽく笑った。
「さんざん付き合わされた買い物の戦利品がどんなものか興味あるし…確かめたいこともある。アナスタシアでは俺が奢るから」
「え?なんで志波くんが?」
「…たぶん、そういう流れになるだろうから」
「?ふぅん……えっと、じゃ、ちょっと待ってね。私の分、出すから……」
そう言って、あかりが取り出したグロスは、確かに雑誌の中の写真と同じものだった。
薄赤い透明のジェルが、彼女の口唇に薄くのる。あかりは手鏡でちょっと確かめてから、志波の方に向き直った。
「ええっと、こういう感じになるんだけど……わかる?」
「いや……よくわからない」
そう言って彼女の顔に自分の顔を近づけると、ふわりと甘い香りが漂う。グロスを付けた口唇は、濡れたように光ってる。
―――うるつやな口唇。
(……なるほど)
「し、志波くん?なんか、顔近い、よ?」
「まぁ、近づけてるからな」
「そ、それは私にだってわかるよ!じゃなくて!どうして近いかってはな…」
最後まで言い終わらないうちに、志波はあかりの口唇を塞いだ。のけぞって避けようとする彼女を掴んで離さない。
口付ければ、ますます濃く香る甘やかな匂いに酔いそうになる。
(……甘い)
このグロスは味がするのか、舌に微かに甘味を感じる。何度か角度を変えながら、志波は目だけで笑った。
なるほど確かに、「食べたくなる誘惑」だ。
「ん…ちょ、し、ばくん……っ」
「………もう少し」
「…んっ…んむ……も、だめ、ストップっ」
あかりは涙目になって志波を見上げた。そんな顔をされたらますます止められそうにないのだが、ここはとりあえず堪えることにする。
「もういきなり……。公園なのに、ここ」
「悪い。でも、付けたら本当に食べたくなるのか気になって、な」
「…なぁにそれ?どういうこと?」
人のいる所では恥ずかしいんだからね、と頬を膨らませるあかりは、何だかかわいい。かわいくてしょうがない。
どうも今日の自分は普段よりも抑えがきかないらしい。
まだ、さっきの甘い香りが残っている。あのグロスのせいだということにしておこう。
本当はそんなものがなくたって、いつでも食べてしまいたいのだけれど。
ちゅ、とわざと音を立ててキスすれば、「もう!全然反省してない!」と今度こそそっぽを向かれた。
謝っても宥めても、彼女の機嫌はしばらく直りそうにない。
やっぱり、アナスタシアでは自分が奢ることになりそうだ。
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