天使の梯子」なぎ様より2009年バレンタインデーアンケートで頂いてきました。






+++ちゃんと好きだから+++


いきおい余って告白ってパターンはよくある話かもしれないけど。
わたしみたいに勢い余って告白して、
逃げ出すってパターンは少ないんじゃないかな。
佐伯くんと口喧嘩なんて、珍しいことじゃない。
だけど佐伯くんの口から出た言葉は、
わたしにはすごくショックな発言だった。
バレンタインデーまであと少し。
1月の半ばからショッピングモールに設置されたチョコ売り場には、
たくさんの女の子が集まっている。
わたしもその中の1人。
どれもこれも美味しそうで目移りしてしまう。
なかなか決められなくて、何度も足を運んだ。
男の子の友達にあげるチョコ。
女の子の友達にあげるチョコ。
お父さんとお隣の遊くんにあげるチョコ。
そんでもって自分へのご褒美チョコ。
なんとか予定内の金額に収まってホッとした。
わたしは手作りチョコのコーナーを覗く。
材料からラッピング材まで一通り揃ってるんだ。
市販のチョコの方が無難なんだろうとは思うけど。
本命にはやっぱり手作り・・・なんてオトメチックなことを考える。
お菓子作りはプロ並の佐伯くんに、手作りチョコなんて無謀もいいとこだけどさ。
入学式の朝、ひょんなことから素の佐伯くんを知ってしまったわたし。
海岸で見たときはカッコいい人だって思ってたのに、
口を開いたらどんどん好感度がダウン。
おまけに学校で再会したときには、後ろから蹴りを入れたいくらい腹が立った。
その後仲良くなったはるひから、プリンス佐伯の情報を得て。
あれのどこが王子だよ!って内心悪態をついたっけ。
偶然申し込んだバイト先は佐伯くんのお祖父さんの喫茶店。
ぶちぶちと佐伯くんに文句を言われながらも、
バイトを辞めなかった自分を誉めてやりたい。
中学までのわたしだったら、絶対にお近づきになりたくないタイプだったよね。
意地っ張りだけど意外に優しかったり。
珊瑚礁とお祖父さんが大好きで大切。
何でもスマートにこなしてるんじゃなくて、
陰でちゃんと努力してるとことか。
佐伯くんのことを知れば知るほど、どんどん好きになっていった。
当然のことながら、この想いは封印しなくちゃいけない。
だって佐伯くんは、わたしのことを恋愛対象として見てないんだもん。
友達としては認めてもらってるとは思うんだけどね。
デートって雰囲気じゃないけど、何度か2人きりで出かけたりもした。
わたしが誘ったり、佐伯くんが誘ってくれたり。
誰にも内緒の佐伯くんの秘密。
2人だけの秘密が佐伯くんとわたしを繋ぐ糸。
うっかり告白なんかして、傍にいられなくなるより。
友達として傍にいられるほうを選んだ。
そのはずだったのに。
うっかりどころか、ケンカ越しで告白して。
その場から逃げ出しちゃったんだよ。
明日から、どんな顔して会えばいいんだろ。







俺は呆然と美奈子が走り去るのを見ていた。
口喧嘩なんて珍しくもないけど、今回はエスカレートして収集がつかなくなった。
きっかけはバレンタインの話題。
また今年もうんざりするほど贈られるんだろうって考えたらため息も出るよ。
美奈子だってわかってるだろうって思ったから、
ちょっとぼやいただけのつもりだったのに。
なんであんな剣幕で怒られなくちゃならないんだ?
俺もムキになって言い返してたら止まらなくなって。
珊瑚礁の前で大喧嘩。
「なんで、おまえにそんなこと言われなくちゃならないんだ!」
「そんなの、好きだからにきまってるでしょ!」
一瞬、耳を疑った。
美奈子は「やっちゃった!」って顔をして、
そのまま回れ右をすると脱兎の如く駆け出した。
今、あいつ何て言った?
美奈子が、俺のことを好き?
冗談だろ?
そりゃ、女にしてはさばさばしてて付き合いやすい。
入学早々、珊瑚礁のこととかバレたけど誰にも秘密は守ってる。
最初はイライラさせられたり、ウザいと思ったりもしたけど。
段々と俺のなかの美奈子のポジションは変化していった。
今じゃ一番近くにいる女の子。
だけどそれは恋愛感情じゃない・・・と俺は思ってた。
誘ったり誘われたりなんて、俺以外の男ともやってることだし。
美奈子は友達が多いからな。
それこそ男女年齢問わず。
特に仲のいいヤツらは学校の中でも目立つヤツばかり。
美奈子がどこにいても、すぐにわかるんだ。
学校じゃ滅多に話しかけたりしてこないし、俺から話しかけることも少ない。
それは最初に出逢ったときからの、俺たちの約束。
俺たちって言うより、俺が一方的に言い出したことなんだけどさ。
美奈子はそれをちゃんと守ってる。
ボンヤリしてるくせに、結構律儀なヤツだ。
自分が言い出したことなのに、
最近じゃ美奈子が他のヤツらと楽しそうにしてるのを見ると、
妙な疎外感を感じたりするようになった。
俺だけじゃなく、他のヤツらにもあんな顔で笑うんだ。
玩具を取られた子供みたいな、勝手な独占欲。
俺は一体、美奈子をどう思ってるんだろう。
一体いつから、美奈子は俺を好きだったんだろう。
今までの2年間を振り返ってみても、
ケンカしたりチョップしたりイヤミ言ったり。
どう考えても好かれる要素なんてないだろうに。



「ただいま」
裏口から店に入ると、祖父さんが開店準備をしてた。
「お帰り。今日はお嬢さん、寄って行かなかったのかい?」
「あー・・・うん。帰った」
「ケンカするのもいいけど、ちゃんと謝りなさい」
「何で、ケンカしたって知ってるんだよ」
「店の前で大声でケンカしてたら、僕じゃなくても気づくだろう。
好きな子に意地悪したいって気持ちはわからないでもないけど、
あまり度が過ぎると嫌われるぞ」
「は?なんで、俺があいつのことを好きなんだよ」
「おや、嫌いなのかい?」
「・・・嫌いじゃない、けどさ」
「はは。じゃあ、好きなんだろ?」
「だーから!どうしてそうなるんだよ。
だいたい、嫌いじゃなかったら好きなんて短絡的すぎるだろ」
俺の抗議も、祖父さんは笑って受け流してる。
祖父さんは美奈子のこと気に入ってるし、
店で俺とケンカ(客がいないとき限定だけど)してても美奈子の味方をする。
若い頃の祖母さんに似てるって祖父さんは言うけど。
写真を見る限りじゃそんなに似てない。
外見じゃなくて性格のことなんだろうけどな、きっと。
「着替えてくる」
俺はそう言って店の裏手の階段から、自分の部屋へ向かった。
ジャケットを脱いで椅子に引っ掛ける。
ポケットの中の携帯電話を取り出してサブディスプレイで着信を確認。
美奈子からのメールも着信もナシ。
当たり前、か。
あの状況ですぐに連絡してくるとは思えない。
俺も相当な意地っ張りだけど、美奈子だって負けてないからな。
珊瑚礁の制服に着替えて、マリンブルーのタイを締める。
仕事モードに切り替え。
美奈子のことは忘れろ、考えるな。
表面上は平静をよそっていたが、
俺の頭の中から美奈子の言葉が消えることはなかった。







「先輩、今日は試作品ないんですか?」
廊下で天地くんに声をかけられる。
いつか佐伯くんをギャフンと言わせてやろうと思って、
わたしは密かにお菓子作りの特訓をしていた。
日曜日に作ったお菓子を月曜日に友達に試食をしてもらう。
天地くんもその中の1人。
はるひと志波くんもスイーツには厳しくて。
この3人のお墨付きがもらえたら、誰に食べさせても恥ずかしくない。
最近やっとギリギリ合格ラインをキープできるようになってきたんだけど。
まだまだ佐伯くんの足元にも及ばないんだ。
昨日は佐伯くんとケンカしたショックと、
うっかり告白してしまった後悔で、何も作る気にならなかった。
「あ、ごめーん。今日はないんだ」
「そうなんだ、残念。最近の先輩のお菓子、成功率高くなってたのにさ」
「ふふ、ありがと」
天地くんの教室の前で別れ、わたしは自分の教室へと向かう。
途中で佐伯くんの教室を覗けば、いつものように親衛隊の女の子に囲まれてる。
相変わらず疲れた顔してるなぁ。
どーしてみんな、気づかないんだろ。
ふっと佐伯くんがこちらを見た。
視線がぶつかる・・・前にわたしはその場を走り去った。
心臓がドキドキして息が苦しい。
わたしの気持ちを伝えてしまった以上、今までのような友達ではいられないのに。
佐伯くんに「おまえのこと、そういう風に考えられない」って、
決定打を突きつけられるのも怖いんだ。
その結果が敵前逃亡なんて、我ながら情けなさ過ぎる。







休み時間。
俺は美奈子の教室へ来た。
教室の中を覗くけど、美奈子の姿は見えない。
また逃げたな、あいつ。
あの告白事件から数日が過ぎたけど、俺は一度も美奈子と話せないでいる。
バイトもしばらく休むって連絡が祖父さんにあった。
祖父さんにあって、俺にはなしかよ。
あのバカ。
捕まえたら問答無用でチョップしてやる。
「誰に用事なん?」
西本はるひ。
美奈子と仲のいい女子の1人だ。
「小波さん、いるかな?」
「美奈子やったら、若ちゃんに呼ばれて化学準備室に行ったで」
「ありがとう」
俺は西本に礼を言って歩き出す。
化学準備室には若王子先生しかいなかった。
「すみません。小波さんがこちらに居るって訊いたんですが」
「小波さん?この前の休み時間でしたら居ましたけど」
「そうですか。失礼しました」
西本のヤツ、ウソを教えたな。
ということは美奈子はあの時教室に居たってことだ。
気づかなかった俺も間抜けだけど。
俺から逃げ切れると思うなよ。
と意気込んではみたけど、集団でまとわりついてくる女子の目を盗んで美奈子を探すのは困難で。
俺は結局美奈子と話をすることができないまま、
口論のきっかけになったバレンタインデー当日を迎えた。







わたしセレクトの友チョコは、かなり好評だった。
みんなに喜んでもらえて嬉しい。
ここ数日落ち込んでいたわたしの気持ちも、少しは浮上した。
やっぱり友達っていいなー。
来週からはお菓子作りも再開しよう。
佐伯くんのことは置いといて、お菓子作りは楽しいモノだって気づいた。
将来、こっちの道に進むのもいいかもーなんて漠然と考える。
ずっと休み続けてる珊瑚礁のバイト。
このまま辞めちゃおうかな。
仕事は仕事って割り切って傍に居られるほど、
わたしの神経は図太くない。
はるひがバイトしてるケーキ屋さんがバイトを募集してるって言ってたし、
今後のことも考えてそこでバイトしてみるのもいいかもね。
昨日の夜、わたしは佐伯くんへの思いを断ち切るために、
ありったけの気持ちを込めてチョコレートを作った。
それは今、わたしの部屋の机の上に置いてある。
渡すつもりは全然なくて、バレンタインが過ぎたら自分で食べちゃうの。
それで、佐伯くんへの恋はオシマイ。
そう決めたんだ。







自分で言うのもなんだけど、かなり上手にできたと思う。
これなら天地くんも志波くんも、はるひだって合格点をくれるだろう。
そのくらい自信作な、バレンタインのチョコ。
佐伯くんとの思い出を振り返っていたら、突然メールの着信音。
びっくりして思わず叫んじゃったよ。
だって、メールの主は佐伯くんだったんだもん。
慌てて新着メールを見ると、

 話がある。
 閉店後の珊瑚礁で待ってるから、絶対に来い。
 来なかったらチョップな。
 タクシーに迎えに行かせるから、9時50分に家の前に出てろ。

有無を言わさないメール。
時計を見たら時間はもう9時45分。
わたしはお風呂上りでパジャマだったし、
慌ててクロゼットを開けて着ていく服を選ぶ。
手早く着替えて髪の毛を整えて。
静かに階段を降りていくと、お父さんもお母さんも寝てるみたい。
気づかれないようにそっとドアを開ける。
時間ぴったりにタクシーが家の前に横付けされた。
自動で開いたドアから後部座席に乗り込んで「羽ヶ崎海岸の灯台まで」と告げる。
初老の運転手のおじさんは優しい声で「わかりました」と答えてくれた。
家から珊瑚礁までは10分かからない。
その間、わたしはソワソワ落ち着かなかった。
佐伯くんの話って、一体なんだろう。
もしかして、佐伯くんもわたしのこと・・・。
そんなワケないか。
甘い期待はしちゃいけない。
なんて考えてるうちにタクシーは灯台近くの駐車場に着いた。
海風が冷たい。
わたしは身を縮めるようにして珊瑚礁まで歩いた。
ドアには「CLOSE」のプレート。
店内の照明は落とされてたけど、カウンターの電気は点いている。
わたしはそっとドアノブに手を伸ばした。
カラン、とドアベルの音が響く。
カウンターの中に居た佐伯くんがこちらを見た。
「こ、こんばんは・・・」
「さっさと中入ってドア閉めろ。寒いだろ」
「は、はいっ」
わたしは言われるがままに店内に入りドアを閉める。
いつもだったらこんな言い方されたら言い返すわたしだけど。
今日に限っては頭の中が真っ白で何も言えない。
ドアの前に突っ立ってたら、今度はカウンターの前のスツールに座るように指示された。
カウンターの中の佐伯くんと向かい合うように座って。
わたしは膝の上で握り締めた掌に力を込める。
呼吸もままならないほど、心臓がドキドキしてて。
このまま酸欠で倒れるんじゃないかって思う。
佐伯くんは無言。
わたしも無言。
お願いだからこの沈黙をどうにかしてください。
心臓の音、佐伯くんに聞こえちゃいそうだよ。
コトン、と小さな音がして。
顔をあげるとカウンターの上にはお皿に乗せられたチョコケーキ。
小さなハート型のガトーショコラ。
生クリームがリボンみたいに飾られてて。
ケーキをそのままラッピングしたみたい。
「佐伯くん、これ・・・」
「今日はバレンタインだろ。だから、おまえに」
「普通、女の子が男の子にチョコを渡すんじゃ・・・」
「ウルサイ。細かいこと考えないで食べろ。話はそれからだ」
佐伯くんの言うとおり、わたしは目の前のケーキにフォークを入れた。
濃厚なチョコケーキなのに後味はあっさり。
やっぱり佐伯くんはすごいな。
手品師みたい。
淹れてくれた珊瑚礁ブレンドとの相性もバッチリで。
わたしはここに来たときの緊張も忘れて、しばし至福の時を過ごした。
最後のひとかけらを口に入れて、コーヒーを飲み干す。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな」
「・・・謙遜しないのが佐伯くんらしいよ」
わたしが笑うと、佐伯くんは少しホッとしたような顔をした。
「あのさ、美奈子。おまえがこの間言ってたことなんだけど・・・」
心臓がドキッと跳ねる。
この間のこと。
好きだからって言っちゃったこと。
「あれは・・・その・・・」
笑って誤魔化せるような雰囲気じゃないよね。
覚悟を決めるんだ、自分。
潔く告白してスッパリ振られちゃえ!
「わたし、ずっと佐伯くんが・・・」
「俺、あの時からずっとおまえのこと考えてた」
わたしの声と佐伯くんの声が重なる。
「あの・・・佐伯くんから先にどうぞ」
佐伯くんは大きく息を吐いてから喋り始めた。







美奈子に好きだって言われたとき、正直信じられなかった。
元々女として見てなかったし、
同世代の女の子は苦手だった。
集団でまとわりついてくるし、人の都合もお構いなしでピーチクパーチクうるさいし。
その点、美奈子はたった1人で俺に接してきた。
学校とそうじゃないときの絶妙な距離感。
結構居心地がいいって気づいたとき、
俺の中の美奈子の位置は、他の女とは違う場所にあった。
友達のようでいて、友達よりはちょっと上。
それでも恋人とかそういう風には見てなくて。
でも他の男に笑顔を見せてるときなんかは、ちょっとばかりムッとした。
お気に入りの玩具を取られた子供みたいな感情だって思っていたけど。
本当はそれは嫉妬なんだってことを、俺はつい最近まで知らなかったんだ。
逃げる美奈子を、意地になって追いかけてたわけじゃない。
あの言葉の意味を、ケンカ越しとか勢いじゃなく。
美奈子の口から聞きたかった。
冗談とか言葉のあやとか、そんな言葉で誤魔化すんじゃなくて。
おまえの本音が訊きたいんだ。
違う・・・俺が本音を言わなくちゃいけなかったんだよな。
俺はこういう性格だし。
思ってることをストレートに言えるほど素直でもない。
天邪鬼なことを言って美奈子を怒らせたり、泣かせたりすることもあるかもしれない。
どうしようもなく、ガキみたいな俺だけど。
美奈子に言われて気づいたこと。
美奈子と会えなくて考えたこと。
今だけは素直に言おうと思う。
「俺も好きだから。おまえのこと、ちゃんと好きだから」
「佐伯くん・・・」
美奈子の両目がみるみるうちに潤んで。
俺の前では1度も泣いたことのなかった美奈子が。
大粒の涙をポロポロ流す。
その泣き顔が結構可愛いって思うのは、俺がこいつに惚れてるからなんだろう。
今、その泣き顔は反則だ。
このまま帰したくなくなるだろ?
俺はカウンターから出て、美奈子の後ろに立つ。
背中から抱き締めれば、すっぽりと腕の中に収まってしまう。
意外に小さかったことに驚いた。
「俺ばっかり言わせるのって、不公平だと思わないか?」
「そうかも」
「今度は、おまえの番」
「わたし、佐伯くんのことが好きだよ」
「いつから?」
「えっとね、結構前から。2年生になる頃には、もう好きだったと思うよ?」
「おまえさ、俺なんかのどこが良かったんだ?」
ずっと疑問だったんだ。
美奈子は、どうして俺だったんだろう。
「第一印象はサイアクだったんだよね。できればお近づきになりたくないタイプ?」
「・・・」
そりゃそうだろうな。
美奈子にしてみたらほんの偶然出会っただけなのに。
まさか同じ学校のヤツだと思わなかったから、思わずぞんざいな口調になっちゃって。
入学式で再会したときは、今更取り繕っても無駄だと思ってあんな言い方をした。
あれで印象良いわけないよな。
「本気で背中に蹴り入れたくなったもんね」
「・・・悪かった」
「全然。今は、素の佐伯くんを知ってよかったと思ってるよ。
そうじゃなかったら、わたし佐伯くんのこと好きになってなかったもん。
胡散臭いほど優等生な佐伯くんより、意地っ張りで素直じゃなくて天邪鬼で、
珊瑚礁とコーヒー命で、お祖父さんとお祖母さんが大好きで、
人魚の伝説を信じちゃってたりした佐伯くんだから、好きになったんだよ」
胡散臭いとか、意地っ張りとか天邪鬼とか。
さりげなく暴言を吐いてるような気がするけど。
ちょっと待て。
俺、人魚の伝説信じてたなんて美奈子に言ったっけ?
言ってないよな、絶対に。
じゃ、なんで美奈子が知ってるんだ?
「おまえ、人魚の伝説の話、誰に訊いたんだよ」
「マスターだけど?」
恨むぞ、祖父さん。
俺が居ないとき、一体全体美奈子になにを吹き込んでたんだよ。
「信じてたよ、人魚。それがどうした。悪いか」
「もー、そういう言い方しないでよ」
「ウルサイ」
耳の辺りが熱い。
きっと顔が真っ赤になってんだろうな。
美奈子に見えてなくてよかった。
こんなかっこ悪いとこ見せたくないよ。
・・・もう遅いか。
美奈子には俺のかっこ悪いとことか情けないとことか。
もうすでに見られてるのに。
それでも俺を好きだと言ってくれる美奈子は、かなり奇特なんじゃないかと思う。



「好きだ」
「もう1回、言って?」
「ヤダ。もう言わない」
「ケチ」
ケチとかそういう問題じゃないだろ。
そういうことって、何回も口に出して言うことじゃないだろ。
俺は美奈子を背中から抱き締めたまま。
美奈子の顔は見えないけど、多分ふくれっ面してるんだろうな。
しょうがない。
これが最大の譲歩案だ。
「じゃあ、10年後にもう1回言ってやる」
「10年後?」
10年後も20年後も。
俺の傍に美奈子が居てくれたらいいと思う。
「じゃ、約束」
振り向き様に小指を出して。
指切りをねだる美奈子。
その細い指に自分の指を絡めて。
俺は美奈子の唇に、そっとキスをした。


=End=