天使の梯子」なぎ様より2009年バレンタインデーアンケートで頂いてきました。






+++ココロノドア+++



ネックになってるのは、やっぱ歳の差。
せめてあと1年・・・いや3ヶ月遅れて生まれてりゃあな。
たった1年でもアイツと一緒に高校生活送れたのに。
バイトのない日。
アイツは一体何やってんのか、とか。
誰と一緒に居るのか、とか。
ぐるぐる考えて止まらない。
しかも思いっきりネガティブ思考。
そんなに悩むんだったら、さっさと告っちまえ。
悪友の櫻井はそう簡単に言うけど。
それが出来たら苦労はしねーって理由がちゃんとあるんだ、オレには。
幼馴染みの勝己がアイツを好きだって気づいたのは、オレがアイツを好きだって自覚する前で。
一時は辞めていた野球を再びやり始めたって聞いたとき。
高校時代の担任・若王子に1人の女の子のことを教えてもらったっけ。
頑なだった勝己の心を溶かした女がどんなヤツなのか興味が沸いた。
アンネリーのバイトではね学に観葉植物を運んだり、園芸部に花の苗を届ける途中。
野球部が練習してるグラウンドの横を通りかかったら、バットやボールを運ぶ女の子が目に付いた。
無理して一度に運ぼうとするから、よたよたと危なっかしくて。
傍にいたら、絶対に手を貸してただろうなって思う。
そんなオレの思いを代弁したのが勝己だった。
駆け寄って彼女の持っていた荷物を奪うように持つ。
彼女が何か言ってるようだが、勝己は知らん振りでバットやボールを運んでた。
時折勝己が、隣を歩く彼女を見おろす。
今までのアイツじゃ絶対に見せないような優しい目。
あの、勝己が恋ねぇ・・・。
ガキの頃から勝己の兄貴気分だったオレは(ガタイはでかいし目つきは鋭いけど)可愛い弟分の恋を応援してやろうって決めたんだけど。
それには予想外の展開が待ち構えてたんだよな。
オレが勝己と彼女を目撃した数日後、アンネリーに新しいバイトが入った。
それが勝己の好きなヤツだって最初は気づかなかった。
新しいバイトが入るって聞いてたのに、それをうっかり忘れてたことを有沢に怒られて。
初っ端からかっこ悪いとこ見られちまったなーって自己反省。
初めのうちは戸惑ってたけど、慣れてきたら仕事は早いし物覚えもいい。
お客さんの評判も上々だし、何より素直で一生懸命。
先輩、先輩って慕ってくれる彼女の面倒を見ているうちに。
どうやらオレも彼女に惚れてるってことに気づいちまったんだ。
気づいたはいいが、さてどうしたもんか。
ライバルが勝己じゃ、何となく勝てる気がしねぇんだよなぁ。
かといってこの気持ちを抑えきれるはずもなく、うだうだ悩む毎日。
初めて出会ってからもうすぐ1年。
季節は春から冬・・・バレンタインの時期を迎えていた。









ショッピングモールの特設会場は女の子でごった返していた。
オレは櫻井に誘われて映画を観てきたところだ。
きらびやかな布幕には「St.バレンタイン」の文字。
本命・義理・友チョコ。
ショーケースには色んな種類のチョコが並べられてて、女の子たちは真剣な表情で悩んでる。
いいねぇ、若いって。
ぼそりと呟いたら櫻井に「オッサンかよ」って突っ込まれた。
売り場にははば学、はね学etc.
はばたき市内の女子高生が全員集結してんじゃねーかってくらい。
事務服姿のOLっぽいねーちゃんもいる。
「いや〜。女の子の見本市だな」
根っからの女好きな櫻井がニヤニヤしながら眺めている。
その目つき、ちょっとアヤシイんじゃね?
いや、ちょっとじゃねぇ・・・絶対にアヤシイ。
「ナンだ?好みの女でもいたのか?」
「う〜ん。オレは真咲みたいに女子高生狙いじゃないけど、あの子なんていいんじゃないかな〜っと」
オレだって女子高生を選んで好きになったワケじゃねぇぞ。
好きんなったのが、たまたま女子高生だっただけだ。
櫻井が指さす方向。
オレははね学の制服を着た女子高生を見て「ゲッ」と呟く。
クセのないサラサラの黒髪を背中の半ばまで伸ばして。
友達らしい女の子と楽しそうに話しながらチョコのケースを見てるヤツ。
目当てのモンは買い終わったのか、茶色のペーパーバッグを手にしている。
「いーねー。結構好み。髪の毛もいじってないし、化粧ッ気もゼロ。あーゆー子を自分好みの女に仕立てるってのも、悪くないね」
「アイツは止めとけ。行くぞ、櫻井」
「へ?何で真咲がんなこと・・・。ひょっとして、知り合い?」
「いいから、行くぞ」
櫻井の襟首を引っ張って場所を移動しようとしたとき。
タイミングの悪いことに、彼女がオレに気づいて駆け寄ってきた。
「真咲先輩っ!」
聞き覚えのある声に、櫻井がピンときたらしい。
こういうときのコイツのカンは尊敬に値するときがある。
電話越しに数回聞いただけの声なのに、よく覚えてるな。
「へぇ。彼女が真咲の・・・ねぇ」
ニマニマしながらオレの肩をポンと叩く。
「お買い物ですか?」
「いや。コイツと映画観てきたとこ。軽く何か食おうかと思ってぶらぶらしてたんだ」
「そ。男2人で寂しく映画。よかったら一緒にご飯食べない?友達も一緒に。お兄さん、おごってあげるから」
「おい、櫻井・・・。その誘い方、なんかアヤシイぞ」
オレと櫻井のやり取りを彼女はくすくすと笑いながら聞いている。
また妙なとこ見られちまったな。
「ちょっと待っててくださいね。友達に聞いてみます」
彼女はそう言って制服の裾を翻して売り場へ走っていく。
オレは隣に居る櫻井を横目で睨む。
「何のつもりだ?」
「真咲ちゃんのために、一緒にご飯タイムをセッティングしてあげたんじゃん。時間見計らって友達連れて消えてやっから、2人でデート気分でも味わってみたら?」
「・・・」
しばらくして彼女が戻って来た。
一緒に来ていた友達を連れて。
「よっ、花ちゃん。久しぶりやん。元気してたー?」
花屋でバイトしてるから花ちゃん。
西本らしい短絡的なネーミング。
「おう、西本。バイト頑張ってっか?」
「当たり前やん。そうそう来週な、新作ケーキ出るねんて。取り置きしといたるから、メールしてや」
「マジで?頼むわ。アナスタシアの新作ケーキ、なかなか買えねーんだもんよ」
彼女の友人の西本はるひは、オレの行きつけのケーキ屋のバイトだ。
西本は誰とでも気さくに話ができるヤツで、オレが気にしてる歳の差なんて何のその。
彼女もオレに対してそのくらい気楽に話しかけてくれりゃいいのに。
敬語か丁寧語ってのが、オレと彼女の間に見えない壁を作ってる。
放置気味だった櫻井がオレの脇腹を突付いて。
「ナンだよ、真咲。おまえばっかり女子高生とお近づきになってさ。ズルイぞ?」
「ズルくない。たまたまだよ、たまたま。てか、オレを女子高生好きって決め付けるな」
「なんや、花ちゃん。女子高生キライなん?」
西本がケラケラ笑いながら訊いてくる。
好きか嫌いかで答えるなら、そりゃキライじゃねえよ。
「キライなんですか?女子高生」
彼女も西本に便乗して訊いてくる。
顔がすっげー嬉しそうに笑ってるぜ。
オレが困った顔してんの、そんなに楽しいのか?
「キライじゃありません。若い女の子とご一緒できて、僕は幸せです」
「なんや、その棒読みチックな言い方。素直に喜んどき」
「もーいいだろ。あんま遅くなると店混むから。行こうぜ」
これ以上この場に留まってると、あることないこと言い出しそうだ。
特に櫻井が。
さすがに制服の女子高生を居酒屋に連れ込むわけにゃいかねぇな。
何が食べたい。どこに行きたい。
と女子高生2人に聞いたところ、無難なところでパスタになった。
西本オススメの店で、デザートが絶品らしい。
ショッピングモールからは少し離れてるってことで、オレの車で移動する。
櫻井と西本は後部座席に。
運転手はオレで、助手席に彼女。
彼女を車に乗せるのは初めてじゃない。
バックミラー越しの櫻井の笑顔が妙にムカつく。
安全運転安全運転。
頭の中で呪文のように繰り返し、オレはギアを入れ替えた。







パスタだけじゃ腹減るだろうな。
なんて心配ご無用なほど、男のオレたちでもガッツリ食える量だった。
さすが甘味通な西本の推薦だけあって、デザートは絶品。
また来てもいいかなって思う。
できれば、彼女と一緒に。
だってこんな店に櫻井と2人なんて、虚しすぎるだろ。
西本と櫻井は妙に気があってて話が弾んでる。
オレも彼女と話はしてるけど、西本と櫻井のようなフレンドリー感はまったくない。
彼女の中のオレの位置はやっぱり先輩と後輩なんだろうな。
う・・・ちょっとヘコむ。
ネガティブはなしって櫻井にも言われてるのに。
昔からのオレの悪いクセだな。
何でもまず後ろ向きに考えちまうこと。
みんなの前ではバカみたいに明るく振る舞っちまうから、オレのこんなネガティブな面は櫻井しか知らない。
あーだこーだとくだくだ悩んでるカッコ悪い姿なんて、好きな女には見られたくねーし。
はぁ・・・勝己の惚れた女が彼女じゃなかったらな・・・。
オレだって少しはアグレッシブになれたかもしれない。
食事が終わって会計の時。
オレたちが払うって言ってんのに、彼女と西本は自分で払うと聞かなくて。
レジの人に迷惑だからってとりあえずオレが金を払って店を出た。
「男が払うって言ってるときは、大人しくおごられとけ。可愛く笑って『ゴチソウサマ』って言ってみ?そんで男は満足なんだからさ。今だけの特権だぞ?」
2人の頭を軽くポンと叩く。
彼女と西本は顔を見合わせて笑い、そんでもってオレと櫻井に向かって極上の笑顔。
「ご馳走さまでした」
オレと櫻井も顔を見合わせて笑う。
うん、合格、二重丸。









家の方向が同じだという櫻井と西本を途中で降ろして、オレは彼女を送るためにハンドルを握ってる。
車という2人っきりの空間は、好きだと気づいてからは妙に緊張。
オレの高校時代の話を喜んで聞いてくれるから、オレも夢中になって話す。
ついうっかりと路地を回り損ね、慌ててブレーキを踏んだ。
「悪い。そこの角、右折するんだった」
後続車がいなかったから、右折予定の角までバックさせることにした。
外灯の多い路地で助かったぜ。
助手席のシートに左腕をかけてオレはぐいっと身を乗り出して後方確認。
途端に彼女が「ひゃっ」と小さな悲鳴をあげた。
「どうした?」
視線を彼女に向けると、彼女との顔の距離が近い。
車をバックさせることに気を取られてて、全然気が付かなかった。
オレも内心びっくりだ。
悪戯心をだして顔を近づけたら、事故チュー狙えそうな距離。
いやいやいや。
それはフェアじゃねーだろ。
初めてのキスはそれなりに特別って言うか・・・。
違うだろう、真咲元春!
そんなこと、今考えてる場合じゃないだろうが。
ヤバイ・・・意識しすぎたら心臓バクバクしてきた。
暗くて助かったけど、多分オレ、顔が真っ赤になってんだろうな。
別の何かに意識を集中させなけりゃ。
そう思ったら後部座席においてある、彼女の荷物が目に入った。
チョコだろうな・・・どう考えても。
てか、どんだけ買ったんだ?
最近は友チョコとか言って、女同士でもチョコやったりするって聞いたことあっけど。
それにしても多くねえか?
どんだけ配るつもりなんだよ、チョコ。
この中に、オレ宛のチョコはあるんだろうか。
コラコラ。
いちいち自分の想像で凹んじゃダメだろ?
レッツ・ポジティブ!
・・・ってすぐに気持ちを切り替えられりゃ、誰も苦労しないもんな。
ハー・・・情けねぇ。









バレンタイン当日。
アンネリーのバイトを終え、オレは彼女を家まで送る。
他愛のない会話。
西本が櫻井をかなり気に入った様子で、よかったら今度一緒に遊びましょうなんて話になった。
いつにする?
どこへ行く?
なんて盛り上がってたらあっという間に彼女の家に到着。
「ありがとうございました」
「はい、お疲れさん。じゃまた、バイトでな」
「お疲れさまです。真咲先輩、これ・・・」
彼女はカバンからブルーのペーパーバッグを取り出した。
「櫻井さんに渡してください。わたしとはるひから。この間のご飯のお礼です」
「・・・あーうん。渡しとく・・・」
ちょっと・・・いや、かなりのガックリ感。
櫻井にはあって、オレにはナシなのか?
なんて彼女に気づかれないように落ち込んでたら、もう1つ。
今度はオレンジのペーパーバッグをオレにくれた。
「こっちは真咲先輩に。いつもお世話になってるお礼です」
お礼・・・か。
てことは義理チョコだよな、これ。
チョコをもらえたことは素直に嬉しいけど、なんかヘコむな。
「ありがとな。そんじゃ、一緒に遊びに行くって話、西本と煮詰めといてくれ。都合はおまえらに合わせるから」
「わかりました。楽しみにしてますね」
ふわって可愛い顔で笑って、彼女は家に入っていった。
ため息1つ。
車の助手席に彼女の残り香。
僅かに残る温もりが、なんだか妙に切なかった。









彼女を送り届けてアパートまでもう少しってところでオフクロから電話が入った。
叔母さんが蜜柑を送ってくれたから取りに来いって電話だ。
オレは住んでる部屋の前を通り過ぎて、オレは久しぶりに実家へ向かう。
オヤジはまだ帰ってなかったから家の前の駐車場へ車を頭から突っ込んで。
車から降りたところで見知った顔を見つけた。
「おっ」
「あ・・・」
部活を終えて帰ってきたんだろう。
制服姿の勝己が片手に紙袋を2つぶらさげてる。
覗いてる箱を見たところバレンタインのチョコレートだな。
豊作じゃねーか。
デカイし無口だし無表情だし、初対面だとちょっと敬遠されがちなタイプ。
だけど1度人の輪の中に入っちまえば誰からも好かれるヤツ。
それがオレの恋敵の幼馴染み。
「お疲れさーん。今帰りか?」
「見ての通りだ。おまえこそ何だ?珍しいな」
「オフクロが蜜柑取りに来いって。たくさん送ってきてくれたみたいだから、おまえん家にもおすそ分け行ってんじゃねぇか?」
勝己の右手には、左手に提げられた紙袋のチョコとは明らかに扱いの違うペーパーバッグ。
彼女がオレと櫻井にくれたヤツとよく似たペーパーバッグ。
やっぱり勝己も貰ってたか。
当たり前だよな。
そしてコイツがその他大勢のチョコと区別して大切に持ってるってことは・・・。
本命チョコってことか。
失恋、決定・・・だな。
今までだって好きになったヤツがいないわけじゃないけど。
彼女はその中でも特別だった。
こいつだったら一生傍に居て欲しいって。
彼女以上に好きになれる相手が、いつかオレにもできるんだろうか。
「大漁だなー、勝己くん」
「勝己くんて言うな。・・・なるべく受け取らねぇようにしてたんだけどな」
彼女に気を遣ってんのか?
コイツらしい。
普通、自分の彼氏がこんなにモテるんじゃ心配になるもんな。
「で、そっちのが彼女からか?一個だけ特別感満載」
「マネージャーに貰ったヤツだ。他の部員にも配ってたし、別に彼女ってわけじゃねえ」
照れてんのか、オレに気を遣ってんのか。
勝己に気持ちを悟られるようなことはしてないと思うけど。
野生の勘って言うのか?
意外に鋭いところがあるからな、勝己は。
「おまえも貰ってるんだろ?アイツに」
「あー、貰ったぞ。いつものお礼にって義理チョコ。この間メシ奢ってやったから、櫻井の分も預かってる。律儀なヤツだよな」
オレの言葉に勝己が「?」って顔をした。
あんまり表情に出ないやつだけど、長年の付き合いからか微妙な変化も分かるんだよ。
数秒の沈黙。
フ〜って息を吐き出して勝己が話し出す。
「野球部員は2粒。アイツの中で友達ってカテゴリーに分類されるヤツは5粒。おまえは?いくつ入ってた?」
「は?何言ってんだ、急に」
「アイツからのチョコの数だ。オレが貰ったのは5粒」
勝己の言いたいことがイマイチ理解できない。
顎で促されて、オレは後部座席に置いてあった彼女からのチョコを見る。
ペーパーバッグと同じオレンジ系の箱。
手作りらしいトリュフが7粒。
アルファベットがあしらってあるビニールのラッピングで1粒ずつ丁寧に包んである。
友達が5粒。
オレが7粒。
・・・何期待してんだ、オレは。
たった2粒多いだけだろ。
余ったからサービスで入れてくれたのかもしれねーじゃないか。
「おい、訊いてんだから答えろ」
勝己が急かすように言うから素直に「7粒」って答えた。
ククッって笑う声。
何が可笑しいんだ?
「そういうことだ。じゃあな」
おい、ちょっと待て。
何が『そういうこと』なんだ?
オレが訊こうと思っても、勝己はさっさと家の中に入って行っちまって。
追いかけて訊くこともできず、オレも自分の家に入っていく。
玄関に2つの蜜柑箱。
オフクロは1箱持ってけって言うけど。
1人暮らしで蜜柑1箱は多すぎるだろ。
ま、いいか。
アンネリーで店長と有沢と彼女にもおすそ分けして。
櫻井にもちょっとぐらいなら恵んでやろう。
オレは叔母さんと話してたオフクロの電話に割り込んで礼を言った。
蜜柑箱を車に積んで部屋に戻る。
明日提出のレポートの続きやらなきゃな。









「真咲、遅いっ!」
部屋に戻ると、ドアの前に櫻井がしゃがみ込んでいた。
来るなんて知らなかったから、文句を言われてもしょうがないんだけどな。
「電話くらいしろよ」
「充電が切れたんだよ。そろそろバイト終わる時間だと思って待ってたのに、なかなか帰って来ないからさー」
「実家に寄ってたんだ。で、何の用なんだ?」
「今夜泊めて。兄貴とケンカして部屋追い出されたんだよな」
「・・・ベッドはオレだからな。床で寝ろよ」
「え〜、冷たい、真咲。オレとおまえの仲じゃん」
「気色悪いこと言うな」
「だって、真咲のベッド広いのに。くっつかないから、入れてよ。俺、寒いの苦手」
「断る」
オレには男と1つのベッドで寝る趣味はない。
端っこと端っこだってお断りだ。
鍵を開けて櫻井を部屋に招きいれる。
「メシは食ったのか?カップラーメンでよけりゃ食ってもいいぞ」
「神様、仏様、真咲様」
櫻井が冗談で拝むマネをする。
まったく調子がいい野郎だ。
ヤカンをコンロにかけて、棚からカップラーメンを2個取り出す。
月末、食費が危なくなったときのオレの非常食。
この間商店街で特売があった。
偶然出逢った彼女を巻き込んで、お1人様5個のところを10個買えてホクホクだったんだよな。
一緒にスーパーで買い物ってカレカノっつーか、夫婦みたいだとかドリーマーな考えもしたりして。
おっと、忘れるとこだった。
オレは車に戻って彼女がくれたチョコを持って来る。
青いバッグを櫻井に渡して。
「可愛い女子高生から。この間のメシのお礼」
「マジで?やったー。ほんっといい子だよなぁ。俺も狙っていい?」
「叩き出すぞ」
「やーだー。真咲ってば冗談通じない」
「気色の悪い声を出すなっ。それから、今度4人で遊びに行かないかって。西本がおまえのこと、ずいぶん気に入ったらしいぞ」
「マジ?俺にもようやく春がキターッ」
浮かれる櫻井。
は、この際置いといて。
「こっちは?愛しの彼女からのチョコレート?」
「バカ、触るな」
オレがカップラーメンにお湯を注いでると、櫻井がオレの分のチョコに手を伸ばしてる。
「本命?」
「まさか。義理だよ、義理。いつものお礼だっつってた」
「ふーん。俺のと比べると数も気合も違うような気がするんだけどな」
チョコの箱をマジマジと見ながら櫻井が言う。
勝己といい、櫻井といい奥歯に物が挟まったような言い方するなよな。
余計気になるだろうが。
「発泡酒しかねーぞ」
「アルコールならなんでもOKよん」
「たまには持参してこいよな、おまえ」
「そのうちにねー。ところでさ、真咲」
「ナンだよ?」
「呑む前に確認。真咲って暗号解読とか好きだっけ?」
「それは今、関係のあることか?」
「大いにアリ。おまえさー、ネガティブ思考ばっかしてるから、大事なコトに気づくのが遅いんじゃないの?」
「だから、何が!」
「コレ。彼女からのチョコレート。穴が開くほどよーく見てみ?」
「まったく・・・。勝己といいおまえといい。もちっとストレートに言えよなぁ」
オレは彼女から貰ったチョコレートの箱を櫻井から受け取りまじまじと眺める。
白と黒と緑のトリュフ。
食べるのがもったいないくらいだな。
「美味そうだよな」
「バーカ。他に気づいたことは?」
「ない」
「鈍感」
「はぁ?」
「ラッピングのシールの位置。7つ全部確認して」
櫻井に言われてラッピングのシールの位置を確認する。
半透明のピンクのシールで止められてる・・・よな。
それがどうかしたのか?
「もー、真咲の鈍感っ!激ニブ!俺がわかったのに、どーして真咲がわかんないのかがわかんない」
「あのさ、櫻井。ちょっと落ち着け。オレもおまえが何言いたいのかわかんない」
「シールの下のアルファベット。紙に書き出して」
櫻井の剣幕に、オレは言われるままピンクのシールの下のアルファベットを紙に書き出した。
A/D/K/S/U/I×2。
「並び替えて。早く」
何なんだよ、この櫻井の迫力は。
キッチンタイマーがピピッて鳴る頃。
オレの頭もピピッと閃いた。
アルファベットの羅列。
並べ替えたら出てきた一言。

DAISUKI・・・ダイスキ?

「ベリグッ!よく出来ました!」
「マジかよ・・・」
「真咲が気にしてんの、彼女気づいてたんだよ。歳の差と幼馴染みの彼のこと」
「・・・」
「はい。彼女の気持ちに気づいたところで、真咲が次にすることは?」
「電話・・・じゃねぇ。ちょっと出かけてくる」
「はいはい。ごゆっくり〜」
「ラーメン、全部食っていいから!」
オレは櫻井を残して部屋を飛び出した。









勢いで彼女の家の前まで来たのはいいけど。
こんな時間だし、どうやって呼び出せばいいんだ。
明日の朝でもよかったんじゃねーのか。
こんな夜遅く非常識だって彼女の家族に思われるのもイヤだな。
でも・・・彼女に会いたい。
オレは意を決して携帯のボタンを押す。
耳元に、彼女の声。
「もしもし・・・真咲だけど」
『真咲先輩!?どうしたんですか、こんな時間に』
「ひょっとして寝てたか?悪かったな」
『いえ。起きてましたけど。何かあったんですか?』
「こんな時間に申し訳ないんだけど、ちょっと出てこれるか?今・・・おまえの家の前」
『すぐに行きます!』
電話を切り忘れたのか、バタバタと階段を走って降りる音。
そんなに慌てなくてもいいんだぞ。
滑って転んで怪我でもしたらどーするんだよ。
玄関を開けて飛び出してきた彼女は、パジャマにフリースの上着を羽織っただけ。
へー、家ではメガネかけてんだ。
新しい発見。
「どうしたんですか?」
「えーと・・・その。チョコ、サンキューな。櫻井も喜んでた」
「そうですか。よかった。わざわざ、それを伝えに来てくださったんですか?」
「いや、それだけじゃなくてだな・・・。その・・・」
「寒いでしょう?あがってください」
「それはパス。こんな時間だし、親さんにも迷惑・・・」
「大丈夫ですよ。今夜はわたし1人なんです。両親は田舎の祖父母のところに行ってて」
全然大丈夫じゃないだろ、それ。
こんな時間、女の子1人しか居ない家の中に、男を入れること自体問題だろ。
オレの理性が瓦解したら、どうするつもりなんだ、おまえ。
頭ではそう考えてるのに、彼女の誘いに頷いてしまった意志薄弱なオレ。
用件だけ済ませて早く帰ろう。
うん、そうしよう。
家の前までは何度か来たことがある。
入ったのはこれが初めて。
リビングのソファで彼女がお茶を淹れてくれるのを落ち着かない気分で待っている。
これであれが勘違いだったら、オレ死にたいかも・・・。
トレイに紅茶を淹れたカップを乗せて彼女がキッチンから戻って来た。
「真咲先輩、お砂糖は?」
「お願いします」
カチャかチャとスプーンとカップがぶつかる音。
どうぞ、と差し出された紅茶を一口飲んで。
「あの・・・」
「はい?」
「チョコのことなんだけど・・・。オレはその・・・自惚れてもいいのか?」
「・・・」
そこで黙るな。
沈黙が痛いだろうが。
いや、違う。
彼女が悪いんじゃない。
はっきり訊けないオレが悪いんだよな。
「オレは・・・」
「いいですよ、自惚れても」
目の前の彼女は、にっこりと笑ってて。
彼女との間に線を引いていたのは、自分だったことに気づいた。
少しばかり勇気を出して心のドアを開ければ。
彼女がオレを待っていてくれたことに、もっと早く気づくことができたんだろう。
「わたし、真咲先輩が好き。ずっと好きだったんです」
彼女がオレの胸の中に飛び込んできて。
抱きとめたその小さな身体は想像以上に柔らかくて。
この家に2人きりだって事実が頭の中をぐるぐる回りだす。
耐えろ、真咲元春。
頑張れ、オレの理性。
すんません、親御さん。
これ以上のことは、今はまだしませんから。
これだけは許してくだい。
オレは彼女をぎゅっと抱き締めて、唇を重ねた。
甘くて柔らかい。



部屋に櫻井を残してきたままだし。
これ以上一緒に居たら、オレの理性なんて簡単に吹き飛びそうだし。
オレは部屋に帰ることにした。
帰り際、彼女がオレの服の裾を引っ張るもんだから。
オレだって帰りたくないぞ、とポロリと本音が漏れる。
「来てくださって、ありがとうございました。真咲先輩」
「せっかくだから、その先輩ってのヤメにしようぜ?」
「え?じゃあ、何て呼べば・・・」
「元春、でいいよ。勝己もそう呼んでるしな」
「えーっ、それは無理です」
「即否定すんなよ。ほら、呼んでみ?」
「・・・元春・・・さん?」
外灯の下で真っ赤になってる彼女。
このままさらって行きたい衝動にかられる。
「はは。ギリギリ合格。風邪ひくから、早く家の中に入れ」
「まさ・・・。も、元春さんも風邪ひかないようにしてくださいね」
「じゃ、またな」
オレはポン、と彼女の頭に手をやって歩き出す。
車に乗り込んだオレは、助手席に放り出してあった携帯にメール着信があったことに気づく。
メールの主は櫻井で「首尾は上々?」なんてメールが入っていた。
今回ばかりはアイツに感謝。
発泡酒じゃなくてビールでも飲ませてやろう。
オレはコンビニでビールを買って、アパートに向かって車を走らせた。