hypnopedia

およそ運動と呼ばれるものが全て苦手な私は、体育の時間が嫌いだった。

1年の体力測定の時に、歩いているのか走っているのかわからないようなスピードでヨロヨロと持久走をしている私の脇を、脚の速い動物みたいに走り抜けていったのが同じクラスの志波くんだった。
まだ走り終わっていないのに、足を止めてその後ろ姿を見送ってしまい、記録的なタイムを出して先生に怒られた。
それをみんなに笑われて、私は益々体育が嫌いになった。

でも、その日から志波くんは私にとってヒーローになった。

どんなに努力しても、きっと私はあんな風には走れないだろう。
私の体はそういう風に出来ていないと思う。
だから羨んでも仕方ないって事は小学生のうちに悟っていた。
でも羨むのとカッコいいと思うのは別物で、私はそのカッコいい姿を見るのが好きだった。

図書室で動物図鑑をめくってみた。
脚の速い動物は色々いるけれど、きっと志波くんは肉食だと思う。
生肉だってガブリと食べてしまうのかもしれない。
そして色黒で、ハンターみたいに目つきも鋭い。
だとすると、黒豹とか?
あ、いいかも!似合う気がする。
その思い付きがとても気に入った。
そしてそれは私だけの楽しい秘密になった。

それからしばらくして、志波くんが図書室で昼寝をする事を知った。
私もずっと図書室に通っていたけれど、お気に入りの場所が志波くんとは反対側だったから気がつかなかった。

そっか、黒豹は木陰でお昼寝しそうだもん。夜行性だからね。
あの席は窓辺だけど日陰があって、クーラーも効いていてベストポジション。きっとあそこは志波君のテリトリーなんだ。

それから、私は図書室へ行くたびに本を探すふりをしながらこっそりとその場所を覗くのが習慣になった。


それからしばらくたったある日。
本の虫の私は図書室で本を探していた。それはちょうど志波くんのテリトリーにあって、どうしようかと迷った。
でも読みたいし、覗いて見ると志波くんはいつものように寝ているし、ちょっとだけ近くに行ってみたい気もするし。
だから、足音を忍ばせて、本棚にへばりつくようにして本を探した。
ようやく見つけた本は、一番上の棚。それもぎっちりと詰まっていて、抜けやしない。
手近な椅子を静かに運んできて、上履きを脱いで椅子に乗って本を・・・本を・・・
うーーー!図書委員!ホントに詰めすぎでしょう!なんなのよ、これー!

「おい。」

不意に真後ろから声がした。ビックリしたのと、突然本が抜けたのとで、大きくバランスを崩した。

「きゃあ!」

抜けた本が手につかず、派手な音を立てて落ちていく。
そして、私も崩れたバランスをとろうと踏ん張りたいけど、足場が・・・ない!
落ちる!
目をつぶって落下に備えたけれど、その前に背中を抱きとめられた。

「あぶねぇ。」

かと思うと、子供みたいにひょいと椅子から抱き下ろされて、私は靴下越しに冷たい床を感じた。

「大丈夫か?」

「ありがとうございま・・・ひゃあ、し、し、し・・・志波君?な、なんで?」

「目が覚めたら、おまえが落っこちそうだったから・・・」

「ご、ご、ごめんなさい。安眠妨害だった?ごめんなさい・・・」

慌てて逃げようとする私の腕を志波君が掴んだ。

「ご、ごめんなさい!食べないで!私、鶏ガラにしかならないし、美味しくないと思うの!」

ちょっとした沈黙の後、頭上からブハッと吹き出し、押し殺した笑い声が聞こえてきた。

「落ち着けって。獲って食ったりしない・・・っていうか、俺、そんなキャラなのか?」

大失言!大暴言!なに言っちゃったの、私!
恥ずかしいやらなんやらで、もう死んだふりしたいくらいだった。

「ご、ご、ご・・・」

「上履き、忘れてるぞ。」

私の出した椅子を片付けてくれて、その上、私の前に身を屈めて上履きを置いてくれた。
すっごく背が高くて、屈めた身を起こす姿がキリンみたいに大きくて・・・
私はバカみたいにそんな志波君をただ見上げてしまった。

志波君はそんな私のとってもオマヌケだったろう顔をしばらく見下ろしてぽつんと言った。

「口の端にクリームついてるぞ。」

「え?や、やだ!ど、どこ?恥ずかしい!」

両方の口の端を拭うけど、指先にクリームの感触なんて感じなくて慌てていたら、ポフンっと大きな手が頭の上に落ちてきた。

「ジョーダン。」

「ジョーダン?」

しばらくその意味を考えて、ようやく『冗談』って漢字を思いついた。

「え、あ、冗談だったの?」

そんなボケた私を見てまた志波君が笑った。
志波君の笑った顔を間近で見たのは初めてで、ドキドキした。


その図書室での一件から、志波君とちょっとだけ話が出来るようになった。

「おまえ、いつも図書室にいるな。」

「志波君もいるよね?」

「おまえはいつも本を探してるけど、俺は昼寝しているだけだ。」

あれ?私が本を探しているって知ってるんだ!ちょっと嬉しいかも。

「読む本がないと困っちゃうから、いつも探しに来てるんだ。」

それに、志波君の寝ている姿が見れるし・・・っていうのは内緒だけど。

「俺は本を読めって言われる方が困るけどな。」

いつの間にかそんな話ができるくらいになって嬉しかった。


試験前はさすがに本の虫の私も、読書はちょっとお休み気味にして、図書室で勉強する。
でも、志波君は相変わらずお昼寝三昧だった。
スポーツがすごく出来る志波君は、勉強には興味がないみたいで、いつも赤点ギリギリのラインなんだけど、大丈夫なのかな?

そして、試験の結果が発表されて、私は自分の成績より志波君の名前を探してしまった。
補習対象を示す赤い線が引かれているあたりを上から下へ・・・
補習組の方に名前があった。
っていうことは、学校に来れば志波君の姿が見れるって事?それは嬉しいかも。
だってお休みに入ってしまったら、しばらく志波君の姿が見れなくなると思っていたから。
なんて、志波君にとっては迷惑極まりない事を考えていたら、後ろから声がした。

「おまえ、頭いいんだな。」

絶対聞き間違えない、低くくて穏やかな声。志波君の声だった。

「え?」

「1位だなんて、すげぇな。」

「1位?」

思わず聞き返してしまってから、あわてて試験結果を見直した。
その一番上に、ちょっと大き目の文字で確かに私の名前が書いてあった。

「ホントだ・・・知らなかった・・・」

「・・・お前、何見てたんだ?」

「え、えっと・・・」

まさか、志波君の名前を探していたなんて言えなかった。


補習の1週間は、通常の授業はなくて私は朝から図書室に篭っていられた。
ちゃっかりと主のいない志波君の定位置に座ってみた。
志波君の特等席は、背中に当たる陽がすごく気持ちよかった。それからぐるっと辺りを見回して、志波君の見ている景色を知る。
最後に、いつも志波君がしているようにテーブルに突っ伏してみた。
真似っこしちゃった・・・そんな事が無性に嬉しかった。

でも、その席は本を読むにはちょっと不向きで、その角隣の席に移ってから、試験前セーブしていた本を思う存分読みはじめた。

思いがけなく志波君が現れたのは、お昼休みだった。
いつもの席に座るなり、私の顔を見て言った。

「おまえも好きだな。」

「え?」

え?え?え?ばれてる?私が志波君の事好きだって事?

「学校休みだっていうのに本読みに来るなんて・・・」

「あ、ああ、うん、まあね・・・」

なんだ、そう言う事ね。あービックリした。全身冷や汗が吹き出したよ。
寿命が縮んだ気がした。全身が脈を打っているみたいな気がした。
話の矛先を変えようっと。知っているくせに、聞いてみた。

「志波君こそどうしたの?」

「補習・・・たりい・・・」

「そっか、頑張ってね。」

「面倒だ、ここで昼寝してたい。」

「それは・・・まずいんじゃない?」

「・・・だな・・・最終日の小テスト、合格しなかったら更に延長らしいし・・・」

「そうなの?」

「って、さっき言ってた。」

「何の補習受けてるの?」

「英語と数学、古文。」

重そうな教科ばっかり・・・でも、確か志波君のテストの点はどれも後ちょっとで合格ラインだった気がする。

「あの、志波君。」

「ん?」

「あと1つか2つ問題解ければ、赤点じゃなくなると思うよ。だから頑張って。」

「そうなのか?」

「だと思う、英語なら単語あと1,2個とか覚えればいいんじゃないかな?」

「・・・」

無言で見つめ返す志波君の視線にはっと我に返った。なに偉そうなこと言っちゃってるんだろう?

「ご、ごめんね。余計な事言ったりして。」

どうしよう、嫌われちゃった?なんで余計な事言っちゃったんだろう?

「・・・それならなんとかなるか?」

独り言のように志波君が呟いて立ち上がった。
そして、ポンっと私の頭に一度手を置いて、図書室を出て行った。

怒ってるんじゃないのかな?今のポンっは優しい感じだったから、そんなんじゃないって思っていいのかな?


次の日も学校の図書室へ行った。
志波君のテリトリーじゃなくていつも通り自分の場所に座って本を読んだ。
でも、なかなか集中できなくて、本棚の遥か向こう側の誰もいない志波君のテリトリーの方をぼんやりと眺めたりしていた。

昼休みのチャイムが鳴った。
ようやくいつものように話に入りこめて、いいところに差し掛かってきたから、そのまま本を読んでいた。
静まり返った部屋にドアの開く音が響いた。それから足音がする。
ゆったりとしたリズムで歩くその足音は、志波君かもしれない。
またお昼寝にやってきたのかな?だとしたら、後でこっそり覗きに行こうかな?
そんな事を考えていると、足音がこちらへ向かってくる事に気がついた。
なんだ、志波君じゃないのか、がっかり。
それでも、足音のするほうへ目を向けると、書棚の陰から背の高い影が現れた。

「ここか。」

「志波君?」

「今日はいないのかと思った・・・」

私を探してくれてた?どうして?なんで?
勝手に高鳴る鼓動を押さえ込んで、必死で普通のふりをした。

「どうしたの?」

「この前のテストってまだ持ってるか?」

「テスト?今は持っていないけど、家に帰ればあるよ。」

「明日でいい、貸してくれないか?」

「いいけど?私のテストでいいの?」

「俺のは捨てた。けど、先生が小テストはこの間のテストから出すっていうから。」

捨てたって・・・潔いな、志波君。

「わかった、明日絶対持ってくるね。数学と古文と英語でいいんだっけ?」

「ああ、助かる。さすがに補習の延長戦は勘弁だから。」

「そうだよね、お休み終わっちゃうものね。」

「・・・そうだな。」


家に帰ってから、ファイリングしておいたテストを引っ張り出した。
補習の仕上げのテストをこの中から出すって事は、きっと基本的な問題を出すって事だよね?
とすると、きっと数学のこの公式は絶対はずせない。
英語だったらこの構文がメイン。古文はきっとこの部分の解釈と文法かな?
余計な事かな?と思いながらも、星マークや目玉の注目マークをちょこちょこと書き込んでみた。

翌日、お昼休みにまた志波君が図書室に現れて、テストを志波君に手渡した。

「サンキュ。」

そう言って、折りたたんだテストを開いた志波君がそれをじっと見ていた。
あ、やっぱり余計な事しなきゃ良かった・・・そう後悔しかけた時、志波君が言った。

「見た事もない点数だな・・・」

そんな事言われたらなんて答えればいいんだろう。
そんなことないよ?それともそれほどでもないよ?どっちもなんかイヤな感じ?
どうしよう!想定外で、頭が真っ白になった。

「星とか目玉を書くと、こんな点とれるのか?」

「え?それは・・・どうかな?」

「取れないのか・・・」

「えっと・・・星や目玉を書いても取れないけど、多分、多分ね・・・その問題覚えておくといいと思うんだ。あの、今回のテスト範囲の目玉だったから。」

「・・・目玉・・・」

しばらく志波君がテスト用紙と睨めっこしていた。
眉間にぎゅっと深い皺を寄せて、難しい顔をしているのをこっそり眺めた。

「ダメだ、どうやって覚えればいいかわかんねぇ。・・・お前はどうやって覚えるんだ?」

「私は・・・ノートに書いたり、何度も読んだりかな。目と手で覚える感じ?」

「無理。」

投げやりに言って、志波君は突っ伏してしまった。

「えーっと、英語がダメなの?そしたら、耳で覚えちゃったら?丸暗記しちゃうの。英語と日本語を交互に聞いたらどうかな?」

「どうやるんだ?」

そう言われたから、目の前の志波君に聞こえるくらいの小さな声で英文を読んで、それから日本語訳を読んだ。そうやって問題文を読み終えると、志波君がもう一回やってくれと言ったから、もう一度読んだ。そして、2回目を読み終えた時には、もう志波君は目を閉じていた。

「志波君?」

「・・・もう1回・・・」

眠そうな声が、そう言うからもう一度同じ事を繰り返す。その途中から明らかに志波君が意識を手放した感じがした。
どうしよう?もしかしてこれって、睡眠学習?効果はあるのかな?


「小テスト、合格した・・・」

補習最終日の土曜のお昼休み、図書室に現れた志波君は開口一番そう言った。

「よかったね。」

「お前のおかげだ。」

「志波君が頑張ったからだよ。」

「・・・おまえ、ケーキとか食うか?」

「ケーキ?」

「帰りに、奢る。テスト借りた礼に・・・」

「え?いいよ、いいよ!そんなの。」

志波君とケーキを食べに行く?そんなの・・・えー?えー?えー?
無理!無理無理無理!心の準備とか何にも、そんなの・・・

「補習終わったら、また来る。」

「え・・・ホントにいいよ・・・」

「逃げるなよ。」

ぎろっと睨まれて言われてしまったら、まるでヘビに睨まれたカエルみたいに硬直して、おとなしく頷くことしか出来なかった。

どーしよー?床を転げまわりたいくらい悶絶しながら拷問のような2時間を図書室で一人過ごした。
何度逃げちゃおうかな?と思った事か。でもここで逃げたら二度と志波君と話せなくなっちゃうかもしれないし。
でも、急用が出来たってメモ置いて帰っちゃおうかな?お腹が痛くなったとか・・・っていうか、ホントに緊張しすぎてお腹が痛くなってきたかも。
ほんと、どうしよう。わーん。

でも、結局小心者の私は逃げる事も出来ず、現れた志波君の後をついてケーキ屋さんへ行った。
そして、そこで知られざる志波君の姿を・・・見ちゃった!

「今月の新作は、ここの4つだ。甘いのが好きなら、これ。苦手ならこっちがいい。」

なんと、ケーキのメニューを片手にウェイトレスのお姉さんをそっちのけで志波君が、あの志波君が!ケーキの解説をしてくれた。それも、学校では見た事のないちょっとした笑顔つきで。

「ここには良く来るの?」

「・・・毎月1日に新作が出るたびに来てる。で、全部食う。」

「・・・ケーキ好きなの?」

「ああ・・・」

志波君が?肉食のはずの黒豹な志波君が、ケーキ?
それも新作を狙って毎月必ず、全種類食べる?
ケーキを食べながら、志波君のその食べっぷりに唖然として、ぼーっと顔を見つめてしまった。なんか、怖い黒豹のイメージが・・・

「美味くなかったか?そのケーキは?」

「え?ううん、すごく美味しいよ!」

止まっていた手を急いで動かしてケーキを口に運ぶ。
でも本当は、ケーキの味を味わう余裕なんて全くなかった。


それ後から試験の前になると、志波君が私に試験の山を訊ねてくれるようになった。

「目玉、つけてくれ。」

そう言って、教科書を差し出してくるから、目玉のマークをシャーペンでくるくるっと書く。
そして、それを見ていた志波君がこう言った。

「1回読んでくれ。」

言われるままに、みんなの邪魔にならないように志波君の角隣に座って小さな声で教科書を読む。
志波君はいつものように机に突っ伏して、それを聞きながらお昼寝に突入。

これって本当に効果あるのかな?あるといいんだけど・・・
私の声が眠っている志波君の中に沁みこんで、少しでも役に立ったら嬉しい。
そう思いながら、読み終えた箇所をもう一度読み直した。
英語の出題範囲を3回読んで、それから古文も同じように原文と訳を交互に読んだ。
古文は恋の歌をよむシーンだった。二人の間でやり取りされる恋の歌。
その歌の訳の「好き」って言葉がすんなり言えなくて、詰まってしまった。
別に私が志波君に好きって言っているわけじゃないのに。
気を取り直して、もう一度訳を読み上げる。

『夜も眠れないほど、あなたが好きです。』

口に出してみたら、胸がぎゅっと痛くなってどうしようもなくなった。
私のじたばたをよそに、志波君はぐっすりと寝ていた。

1回だけ言うんだったら、許してくれるかな?
大丈夫かな?大丈夫だよね?だって、熟睡中だもん。
うんと小さな声で、声が震えるのを一生懸命堪えて・・・

「・・・好き・・・志波君・・・」

言ってしまってから、自分の言葉に自爆して私も机に突っ伏してしまった。

志波君の睡眠学習は、テストが終わるまでずっと続いた。
それをいい事に、お勉強だけじゃなくて、内緒の告白を毎回するようになってしまった。
だって、1回言ってしまったら、もう自分の中で気持ちの行き場がなくなってしまって。
いつの間にこんなに志波君が好きになっていたのかも良くわからないけど、なんかどうしようもなくなってしまった。
このままだと気持ちが大きくなって自分が弾け飛んじゃいそうで、それが怖くて毎日1度だけ志波君が熟睡している時に小さな声で『好き』と言っていた。

いつか、この練習が役に立つ時が来るのかな?
起きている志波君に『好き』って言える勇気が持てる時が来るのかな?
そんなの一生無理そうな気がするけど。

でも、寝ている志波君にそう言えるだけで、今の私は充分幸せだった。



今回の試験結果は、高校に入ってから初めて赤点なしで切り抜けた。
補習の常連たちに、『裏切り者』と罵られたが、知ったこっちゃない。
今回、俺はそれなりに努力したんだ。

・・・というか、ほとんどあいつのおかげだが。

毎日、イヤな顔もせずにずっと試験に出そうなところを読み聞かせてくれた。それも何度も何度も繰り返し。
俺が眠りこけている間も、ずっと繰りかえしていてくれた。

そのおかげで、夜寝るときにもあいつの声が耳の中でリピートして、自分としては寝ている間も勉強したと思っている。

貼り出されたテスト結果を見に行くと、あいつがすごく喜んでくれていた。
あいつ自身は学年4位だったけれど。

「俺のせいか?お前の勉強邪魔したから?」

そう聞いたが、あいつは全然気にした様子もなかった。

「邪魔なんかじゃなかったよ。志波君のおかげで、私もしっかり覚えられたし。」

ニコニコ笑う顔に嘘はなさそうだった。それなら、まあいい。

「ケーキ、食うか?奢る。」

「また新作が出たの?」

「ああ・・・季節のタルトが美味い。」

「私、タルトって好き!」

「なら、いくぞ。」

あいつが何の気なしに言った『好き』と言う言葉に、反応する自分がいる。
動揺が顔に出ないのがありがたかった。

いつものケーキ屋で新作ケーキを一通り堪能して、海沿いの道を歩いて帰る。

「ありがとう。今回のケーキもすっごく美味しかった!」

「・・・」

「志波君?」

「あ?ああ・・・」

「どうしたの?」

試験は無事やりすごした。
残るは、もう一つの睡眠学習の成果を出す事だ。

俺が浅い眠りの中で彷徨っている時に、いつも聞こえたお前の小さな声。
試験勉強よりも遙に深く食い込んできた、短い言葉。
毎日1度だけ、囁かれた告白。

どう答えればいい?
どう答えれば合格点なんだ?



「明日・・・日曜日・・・動物園、行かないか?」

「え?」



驚いた顔をして俺を見上げるお前は、『うん』と言ってくれるんだろうか?
答えあわせが待ち遠しかった。


Postscript :
「hypnopedia」=睡眠学習法です。
万年寝太郎の志波君にはこれがぴったりだ!と突如神様が降りてきてくれました。
珍しくも高校生カップルで、片思いから両思い寸前の辺りが書きたくて!
それもゆっくりと進む二人の関係を書いていたらこんな長さに・・・
とてもSSって長さじゃないですよね、すみません!
2009.04.29 R-call