百日紅

「あ…」

音を立てて、赤い花が散る。

前をよく見ずに歩いていたら、百日紅の枝に頭がぶつかった。
背の高い彼ならではのよくあるアクシデント。
隣を弾むような足取りで歩く彼女は呆れ顔で言う。

「歩きながら寝ない!」

「寝てはいない。」

「じゃあなんで?」

お前を見ていたから、と口に出せるなら、彼女との口喧嘩(実際は彼女が一方的に言いたい放題なのだが)も少しは減るのだろうが。

「そのうち柿の木とかに突っ込んで、そのまま口に入った柿食べたりするんじゃないの?」

「渋柿だったから、旨くなかった。」

ボソッと答えた彼の言葉に彼女は目を丸くして、それから弾けるように笑い出した。

「あはははは!信じらんない!ありえなーい!でも、らしいかも!」

「じょーだんだ。」

「なっ!きぃぃぃぃぃぃーーー!また、やられたーーー!くやしいぃぃぃぃ!」

負けず嫌いの彼女がキーキー悔しがるのを見るのが、彼は嫌いじゃない。
それから、彼女がぷーっと膨れて、スタスタと先に行こうとするのも、いつものパターンだ。

それを後ろから眺めて、彼がほんの少し笑みを浮かべているなんて、彼女は知らない。



しばらく歩き続けて、不意に彼女が振り返った。

何か言いかけた口が、笑顔に形を変えた。

「髪にさっきの百日紅がたくさんついちゃってるよ。」

そう言いながら、近付いてきて、彼の髪に手を伸ばす。
でも、身長差は30cm。手が届かなかった。

「ちょっと屈んでよ。」

言われるがままに、彼は腰を屈め、彼女は目の前の赤い花をたくさんちりばめた髪に手を伸ばした。

途端、足が宙に浮いた。

「わあ!何するの?」

「この方が、楽だ。」

そう答えた彼は、軽々と彼女を抱き上げていた。

「なっ、なっ、なっ!なにするの?」

そんな抗議には耳を傾けず、彼は悠々としている。
仕方なく、彼女は花を一つずつ指で摘んでいく。
彼女が手を動かすたびに、彼の頬を彼女の柔らかな胸が掠める。

やばいな・・・

己の行動をちょっと後悔する彼だった。

そんな彼の心と体の葛藤も知らず、彼女は無邪気に摘んだ花を手の平に載せている。

「すごーい、たかーい!いつもこんな世界を見てるんだね、真咲先輩に抱っこしてもらった時以来の眺めだぁ!」

無表情の彼の顔が、硬直した。

「・・・なに・・・?」

「んん?なんか、苦しいよ・・・もうちょっと、力緩めてよ!」

「・・・いつだ?」

「へ?」

「いつ、あいつに抱っこしてもらった?」

「あ?ああ、えっと2年の春頃かな?身長の事で、喧嘩した事があったじゃない?その時ね、先輩が慰めてくれて・・・って、苦しいよぉ!なに?どうしたの?」

「・・・」

「おーい!聞こえてる?」

「・・・」



「もしかして、怒ってるの?」

「・・・怒ってるんじゃない。」

「じゃあ、なに?」

「・・・なんでもない・・・」

と言う割には、抱きしめる腕の力が緩まる事はなくて、彼の顔も硬直したままで。

「あれれ?もしかして、ヤキモチ?」

ピクンと反応して、彼女をいっそう強く抱きしめる。

「ちょ、ちょっと、ホント、苦しいから!離して〜!」

「・・・ダメだ・・・」

「ダメ?なんでよ、苦しいよ!」

聞く耳を持たず、彼は彼女を抱き上げたまま、すたすたと歩き始めた。


「やだ!みんな見てるよ、ねえって!恥ずかしいよぉ〜。おろしてよ〜!」


スタスタスタスタ・・・

とても女の子一人を抱えているとは思えないほどの足取り。
彼女に背中を叩かれても、頭を叩かれても、ノーダメージ。



ようやく解放されたのは、森林公園の彼のお気に入りの昼寝スポット。
大きな木の根元にようやく彼女は足を地面につける事が出来た。

「もう!」

文句を言おうとする彼女を遮るように、彼が言う。

「俺だけだ。」

「え?」

「おまえに触れていいのは、俺だけだ。」

怖いくらい真剣な顔、真剣な声。
でも、彼女はそれを満面の笑みで受け止めた。

「当然でしょ?」

彼を見上げる彼女の姿は、広い背中に隠れて、誰からも見えない。

無口なヤキモチ焼きの彼のキスが、彼女の頬を百日紅の花のように赤く染めた。



「大好き。」

今度は、彼女を優しく抱きしめた。

「俺もだ。」



Postscript :
志波君とみゆきちゃんのラブラブを書いてみました。
だから何?ってオチですが・・・
志波君のヤキモチと抱き上げが書きたくて!
駄文でゴメンナサイ!
2008.09.05 R-call