天使の梯子」なぎ様より当サイト2周年のお祝いでプレゼントいただきました。








=最強天然天使=



オレが惚れた女はやたらと元気がいい。
黙って座っているより、ぴょんぴょん飛び跳ねてる方が似合ってる。
長い髪をひとつにまとめてるから、アイツが動くたびに同じようにテンポよく揺れる。
どこに居てもすぐにわかるのは、それだけオレがアイツを見ているからだろう。
揺れる長いしっぽ(ポニーテールという髪型だと知ったのは随分と後になってからだった)を見ていると、マイナスイオンでも放出されてるのかいい気分で眠くなる。
そう言ったら「志波はいつでもいい気分で寝てるでしょ!」と突っ込まれた。
まあ、否定はしない。
いつでもどこでも寝られるのがオレの特技だし。
でもそこに澤木がいれば最高だ。
母親の胎内で羊水に揺られる赤ん坊みたいに。
温かくオレを包んで癒してくれる・・・そう思う。
澤木みゆき。
オレが惚れた女。
出会った頃は思い切り敵視されていた。
その理由を知って納得した。
そんなオレたちの今の関係は彼氏と彼女。
付き合い始めて日は浅いが、幸せな日々を送っている。



わたしの好きな人はやたらと背が高い。
並んで歩いても見上げなきゃ表情はわからないし。
ショーウィンドウに映る自分たちはつり合っていないように思える。
男女の身長差ってどのくらいが理想的なんだったっけ。
たしか何かの雑誌では15cmくらいが理想って書いてあった。
わたしと志波の身長差は32cm。
理想×2倍。
それに近づくには20cmのヒールが必要だ。
・・・20cmのヒールなんてあるはずない。
あったとしても履けるわけがない。
基本スニーカーだし。
可愛いミュールとかパンプスとか興味ないわけじゃないけど。
絶対に似合わない自信があるから手が出せないんだよね。
志波ってどんなカッコが好みなんだろう。
朝のランニングのときはお互いジャージだし。
学校じゃ制服。
みんなで遊びに行く時は、ボーリングとかスケートとか遊園地とか。
とにかく動く量が半端ないから動きやすさ重視の服。
あかりや結花はそれでも可愛いカッコが多い。
はるひは流行りものに詳しいし。
水島はなんていうかこう・・・清楚。
藤堂もセンスがいい。
友達だった頃はこんなことで悩まなかったのに。
ある意味、服なんて着れりゃいいくらいに思ってたもんね。
でも今は状況が違う。
志波はいつも通りで構わないって言ってくれるけど。
やっぱり好きな人には可愛いって思われたい。
これって乙女心だよね。
わたしにその単語が似合うかどうかはさておき。
付き合い始めてまだそんなに時間は経ってないんだけど。
志波はいつもわたしを幸せな気分にしてくれる。
だからわたしも、志波にはたくさんの幸せをあげたいんだ。




「今度の休み、時間あるか?」
志波にそう聞かれ、わたしは思いっきり頷いた。
部活が終わって家に帰る途中。
ちょっと遠回りになっちゃうけど、志波がわたしを家まで送ってくれる。
ゆっくり歩いても10分少々の距離なんだけど。
志波と繋いだ掌はものすごく温かくて好き。
もともと口数が多いタイプじゃないから、もっぱらわたしが話すことのほうが多い。
わたしの話を聞きながら志波が小さく笑うのが好き。
帰り際に一瞬だけ繋いだ手に力を込めて。
「また明日な」
って目を細めて言ってくれる瞬間は少し寂しい。
どんだけ志波のことが好きなんだろう。
「もしよかったら、どこか出かけるか?」
「うんっ!」
「・・・2人で」
「うんっ!」
元気よく返事をして志波を見上げる。
いつもと変わらない角度の志波は。
少しだけ照れているようにみえた。
2人で出かけるってことは、デートってことだよね?
付き合い始めて初めてのデート!
うわー、テンションあがってきたよ。
「日曜の朝、迎えに行く。どこ行きたいか考えとけ」
「わかった、考えとく」
えへへ。
顔が緩む。
何着ようかな。
他愛のない会話をして、わたしの家に到着。
いつもみたいに帰る間際に手をギュッと握ってくれた。
「また明日な」
「また明日ね」
キュっと心臓が締め付けられる感覚。
手を離すのが切ない。
わたしも志波の手をギュッと握り返す。
見上げると志波は優しい顔でわたしを見ていた。
「そんな顔するな」
「そんな顔って、どんな顔?」
自分でもわかってるんだ。
今、わたしがどんな顔してるのかなんて。
志波は小さく笑って膝を屈めた。
近づいてくる志波の顔。
これってもしかして、もしかすると!?
両肩を掴まれ少しだけ志波の方へ引き寄せられる。
わたしはぎゅっと目を瞑った。
ゆっくりと志波が近づいてくる気配。
鼻先に息が触れる。
唇に息がかかる。
体に力が入ったその瞬間。
どどどどどどどどどーって爆音を轟かせてバイクが突っ走ってきた。
わたしも志波もびっくりしてパッと体を離す。
一瞬の沈黙。
バイクが走り去っていった方向を見て、志波が前髪をかきあげてため息。
「じゃあな」
志波はわたしの頭にポン、と大きな掌を乗せて。
何事もなかったかのように帰って行った。
志波の背中が見えなくなるまで見送って、わたしは家の中に入る。
ドアを閉めた途端、足の力が抜けてその場に座り込む。
バイクが通り過ぎていかなかったら。
わたし、志波と・・・。
きゃーっ!!
声にならない悲鳴をあげて、わたしはドアをバンバンと叩く。
その音に驚いた母さんが台所から顔を覗かせる。
「玄関で何騒いでるの?ご飯できてるから着替えてらっしゃい」
「はぁ〜い」
スカートを手で払って二階にある自分の部屋へ移動。
制服から部屋着に着替えて台所へ。
今日は父さん、わたしよりも帰りが早かったみたい。
夕刊を読みながらビールを飲んでる。
「おかえり、みゆき。こんな遅い時間まで部活の練習があるのか?」
心配性の父さん。
学校から家まで歩いて10分。
たとえ変質者が現れたとしても、よっぽど俊足の変質者じゃない限り逃げ切る自信はあるんだから。
ありがたいことに、痴漢にも変質者にも遭遇したことない。
遅くなる日は志波が家まで送ってくれるしね。
母さんがテーブルにおかずをのせたお皿を並べながら笑ってる。
「心配しなくても大丈夫よ、お父さん。ちゃんと家まで送ってくれるお友達がいるみたいだから」
志波と付き合い始めたことは、何となく恥ずかしくて黙ってた。
母さんは気づいてたみたいだけど。
「・・・」
父さんの持ってる新聞が小刻みに震えてる。
何か、嫌な予感・・・?
「男か?」
豪快にびりっと新聞紙を真っ二つに引き破りそうな勢い。
そうなの。
うちの父さん、ものすっごく娘と妻を溺愛してるの。
昔から「みゆきのダンナはオレが決める」って豪語してたし。
ヤバッ。
父さんの妙なスイッチが入る前に話題変えなくちゃ。
もう、母さんってば面白がってるな。
チラリと横目で「なんで言っちゃうの?」と合図を送れば。
にっこりと笑って「反応が面白そうだから」と返される。
母さんの意地悪・・・。



大型台風真っ青の夕食が終わって。
お風呂に入ってすっきりしたわたしは自分の部屋へ戻った。
手には2枚のチケット。
美味しそうなスイーツのカット。
父さんが勤めているホテルの系列のお店のスイーツバイキングの優待チケット。
期限は今月一杯。
今度の休みに志波と一緒に行ってみようかな。
ときどき、父さんがお土産に買ってきてくれるケーキは絶品。
志波、甘いもの好きだし喜んでくれるかも。
明日の朝誘ってみよーっと。








約束の時間は9時。
起きたときからソワソワ落ち着かなくて。
何度も鏡を見てチェック。
髪型よーし。
服装よーし。
簡単なメイク術も水島に教えてもらったんだけど、そこまでやっちゃうとらしくない気がして甘い匂いのするグロスだけにしておいた。
それだけでも鏡の中の自分はいつもと違って見える。
着てる服は西本はるひプロデュース。
土曜日、部活が終わってからショッピングモールへ買い物に行ったの。
胸元にフリルが入ってるブルー系のシフォンキャミ。
白いTシャツに合わせて、すっきりシンプルなロールアップデニム。
わたしの動きやすさ重視という希望にプラスちょっぴり女の子らしさ。
髪型も色々悩んだけど、結局いつものポニーテール。
志波がこの髪型好きだって言うんだもん。
マイナスイオンが放出されてるとか言ってたな。
いい気分で眠くなるって。
志波はいつでもいい気分で寝てると思うんだけど、わたしが傍に居て志波がゆっくり眠れるんなら嬉しいことだよね。
スイーツバイキングは2時からスタート。
それまでは何をして過ごすか決めてない。
行き当たりばったりでも、志波と2人ならすっごく楽しいと思う。
カバンの中身もチェック。
ハンカチ、ティッシュ、お財布、携帯電話。
忘れちゃいけないスイーツバイキングのチケット。
何度目かのチェックの後、メールの着信音が鳴り響いた。



澤木にメールを入れて家を出る。
誘われたスイーツバイキングの他はどこへ行くのかまだ決めてない。
バイキングのホテルが臨海公園にあることを考えたら、その辺りで時間を潰すのが妥当だと思う。
が、オレはあの辺りはあまり詳しくない。
アイツと走りに行くのは主に森林公園。
ショッピングモールに入ってるケーキ屋とスポーツ用品店は時々覗くが、それ以外は興味がないから立ち寄ることがなかった。
付き合い始めて2人きりで出かけるのは初めてだ。
行き先は澤木に任せてあるが、オレも少しは考えた方がいいのか?
これまで女に好きだと言われたことはあったが、付き合いたいと思うことはなかった。
こんな気持ちは澤木が初めてだから。
他人が傍に居て心地いい。
何も言わなくても楽しいと思えるヤツなんて考えたこともなかった。
今まで近寄ってきたどの女とも違う。
澤木だから愛しいと思うし、触れたいと思う。
この間、暴走バイクの邪魔されなかったら・・・。
バカ野郎、と心の中で毒づく。
仕切り直すのもマヌケな気がしてあの日は別れた。
拒否られてる気配はなかったから大丈夫だと思うんだが。
そんなことを考えながら歩いていたらあっという間に澤木の家に着いちまった。
チャイムを鳴らそうと指を伸ばしたら、ドアが開いて澤木が飛び出してくる。
「おはよ、志波」
「ああ、おはよう」
澤木の笑顔にオレの頬が緩むのを感じた。
自分の部屋の窓からオレの姿を見つけ、それで慌てて飛び出してきたってところか。
本当に可愛いヤツだ。
「今日はよろしくお願いします」
「何かしこまってんだ?ほら、行くぞ」
「うんっ」
オレが差し伸べた手を澤木は嬉しそうな顔で握った。



臨海公園を散歩しよう。
澤木の提案でオレたちは臨海公園へ向かった。
今日はカップル限定のイベントがあるらしく、受付が設置された芝生広場は混雑している。
5つのアトラクションをクリアし、合計得点で貰える景品が決定。
抽選でショッピングモールのギフト券も当たるそうだ。
澤木の目がキラキラしてるような気がする。
「やりたいのか?」
「志波は・・・やりたくない?」
「おまえがやりたいなら付き合う」
「よし、じゃあ受付しよう」
2人で受付を済ませ、首から提げるプレートとマップを受け取る。
制限時間は2時間。
それ以降は10分経過するたびにマイナス1ポイント。
逆に制限時間内なら余ったタイムが得点にプラスされる。
「頑張ろうね、志波っ」
パン、と気合を入れるように澤木の掌がオレの背中を引っ叩く。
初めてのデートだっていうのに、こういう色気の欠片もないのが澤木らしいと言えば澤木らしい。
まあ、オレも勝負事は嫌いじゃない。
澤木の嬉しそうな顔を見られるなら悪くない。
受付を済ませた10組20人が午前10時にスタートした。



「志波、こっちっ!」
澤木の左手にはアトラクションの位置を示したマップ。
右腕はがっちりとオレの腕に絡み付いている。
張り切っている澤木に引っ張られる形になっているが、本気で走れば当然オレの方が早い。
だけどこんなのも悪くない。
心地いいとすら感じてしまう。
ただ少し困るのは、オレの肘が澤木の胸に触れてるということ。
こいつは無意識なんだろうが、見た目よりふわふわした感触が布越しに伝わってくる。
妙な方向へ意識が集中しないように。
無邪気な沢木の笑顔が曇らないように。
思考を別の方へ向けようと努力するんだが・・・。
ぐいっと引っ張られるとふにっとその存在を主張する。
勘弁してくれ。
これだから天然は性質が悪い。
ふと出たため息に澤木はまったく気づかなかった。
オレが考えてることがダダ漏れだったら、澤木はきっと驚くだろうな。
思い切りドン引きされる可能性もありそうだ。
焦らずに澤木のペースで進んでいくのが最善策かもしれない。
第1関門はシューティング。
これはどこにでもあるゲーム。
2人で襲ってくるゾンビを撃って合計得点で獲得ポイントが決定する。
こういうゲームは久しぶりだ。
「おまえ、得意か?」
「壊滅的に下手じゃないと思うんだけど、あんまり自信ないなぁ」
「オレもだ」
そう言って笑うと、澤木もニッと笑った。
「どっちが高得点取れるか勝負ね?負けたほうがジュースおごりだよ」



第2関門はパズル。
3×3の正方形が9つあり、そこに1〜9の数字を入れていくヤツ。
新聞や雑誌に載ってる問題をオフクロが解いてたのを見たことがある。
実際にやったことはない。
「志波、出来る?」
「オレに聞くな。おまえは?」
「頭使うのは苦手なんだよね」
オレも澤木も体育会系。
テーブルに広げた問題用紙。
まさかこんなところで頭を使うハメになるなんて思わなかった。
ボールペンの先でテーブルを突付く。
そんなことをしても答えが出るわけじゃないんだが。
カップを2つ持った澤木が足早にこちらへ向かってくる。
「解けた?」
「・・・無理」
「諦めるの早すぎ。スポーツマンは最後まで勝負を諦めちゃダメじゃん」
「じゃあ、おまえが解け」
テーブルの上。
すっと問題用紙を滑らせる。
カップをテーブルの上に置いて椅子に座った澤木が、オレからボールペンを受け取り思案顔。
片肘をついてそんな澤木の姿を見守る。
少しずつ変化する表情。
眉間に縦皺寄ってんぞ?
俯いて問題をガン見してる澤木のつむじを見下ろす。
手を伸ばし、そっと頭に触れた。
「わっ」
澤木が驚いて顔をあげる。
「なに?」
「別に。触りたかったから触った」
「もー、志波のバカ。もうちょっとで解けそうだったのに・・・あぁぁっ!!」
ぶちぶち文句を垂れていた澤木が、急に大声を出す。
同じように並べられたテーブルで問題を解いていた出場カップルが一斉にこちらを見る。
「おっけー、わかった!志波、ぐっじょぶっ!!」
何がグッジョブなのかわからないが、解くための足がかりをみつけたらしい。
先ほどとは打って変わって軽快にボールペンを走らせる。
待つこと数分。
満面の笑みで数字が埋まった問題用紙をオレの目の前にちらつかせる。
まるでガキみたいな得意顔。
まったく、可愛いヤツだな。



第3関門はボール投げ。
9枚のパネルを12球のボールを投げて落とす。
真ん中のハートを落とせばWボーナスが貰えるらしい。
扱い慣れた硬球とは重さが違う。
「志波、得意でしょ?頑張れ、野球部員っ!」
「おまえよりコントロールはいいと思うぞ」
「むっきー。絶対にパーフェクト狙ってやるもんね」
「ああ、頑張れ」
ぴょんぴょん飛び跳ねるたびに、澤木の頭の尻尾が揺れる。
6球ずつ投げられるから、澤木が3枚パネルを落としてくれればいい。
この距離なら3枚以上落とせる可能性は高いな。
「狙ったパネルから目線をずらすな。力まずに行け」
「了解。澤木みゆき、いっきまーすっ!」
細かいアドバイスを口でするより、1度投げたほうが感覚を掴みやすいだろう。
澤木は理屈で覚えるよりも体で覚えるタイプだしな。
1球目はやや力が入りすぎたのか、パネルの枠の部分に当たった。
少し揺れただけでパネルは落ちない。
「ぎゃーっ、外したっ!!」
パネルは他に3つ設置してあって、オレたち以外の参加者もボールを投げていた。
本気で悔しがってるのは澤木だけだ。
他の女は上手に彼氏に甘えてるように見える。
ああやって甘えられるのも悪くない気はするけど。
オレはこうやってゲームに対して子供みたいにムキになってる澤木を見てるほうが好きだな。
幸せそうに笑ってる顔も。
怒ってる顔も拗ねてる顔も。
泣いてる顔だって澤木なら何だっていい。
ガラじゃねえと思うけど、オレはこいつに心底惚れてるんだって実感する。
1球投げて感覚を掴んだのか、澤木の戦績は6球中4球。
「志波、あとは頼んだ」
「ああ、任せとけ」
澤木の頭にポンと手を乗せ、オレはパネルの前に立った。
何度かボールを握って感覚を確かめる。
パネルを見据え、オレはボールを投げた。



志波の投球フォームはキレイだ。
さすが野球部。
背が高いから手も足も長い。
流れるような動作。
志波の手から投げられたボールはバシッと軽快な音を立ててパネルを落とす。
間をおかず、次々に投げられるボール。
1球を残してパネルは全部落下した。
「おめでとうございます。パーフェクトで得点2倍!」
係りのお兄さんが大声を張り上げる。
同じようにパネル落としをやってたカップルが拍手をしてくれた。
ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな。
志波のかっこよさ、再認識しちゃったよ。
「お疲れ、志波」
「おまえが頑張ってくれたお陰でな」
ポン、と大きな掌が頭を撫でてくれる。
顔を上げると優しく笑う志波がいた。



第4関門は論理パズル。
また頭使うヤツかよ・・・。
澤木の顔もちょっとだけ引きつってた。
体を動かすならオレも澤木も問題ない。
椅子に座り、テーブルの上に問題用紙を広げる。
解き方の説明が書いてあるやつと、ポイント加算される問題。
ヒントを元に表を埋めていき答えを導き出す。
例題をざっと見る限りではそれほど難しい感じじゃない。
「さっきの数字のパズルも出来たんだもん。頑張れば解けるよ」
「じゃ、任せた。頑張れ」
「志波も頑張るのっ!」
頬杖をついていた腕を引っ張られバランスを崩す。
澤木はオレの隣にぴったりとくっついて問題と格闘していた。
距離が近い。
第2関門の数字のパズルのときよりもずっと。
ふわりと香るのはシャンプーの匂いか。
甘すぎず爽やかな。
まるで澤木そのままだ。
肩を抱き寄せたい衝動に駆られる。
真剣に問題を解いてる澤木にそんなことをすればマジで怒られるな。
例題を参考にヒントを見ながら表を埋めていく。
四苦八苦しながらなんとか答えが出た。



第5関門。
これで全てのアトラクションをクリアしたことになる。
これまでで1番簡単なようで、実は1番難しいんじゃないかと思う。
妙にキラキラした、ビニールのカーテンで覆われた機械。
ゲーセンとかにある写真を撮ってシールにするヤツ。
確かプリクラとか言ったっけ。
女たちがキャーキャー言いながら撮ってるのを見たことがある。
澤木も女友達と一緒に撮ったりしてるんだろうか。
西本あたりが好きそうだしな。
係員にコインを渡され、1番端のプリクラ機に入った。
『ラブラブな写真を撮る』というのが最後の問題。
女と付き合うこと自体初めてのオレにはハードルの高い問題だ。
「おい、澤木」
「ん?」
「使い方、わかるのか?」
「うん、わかるよ。みんなと一緒に撮ったりしてるもん」
「じゃあ任せた。オレにはサッパリだ」
「だよね。そんな感じ。フレームとか適当に選んじゃうね」
さすがは経験者。
澤木は機械とコードで繋がれたペンで画面を触って行く。
仕切られた狭い空間に圧迫感を感じながら、オレは澤木が操作している画面を覗き込む。
分割の種類とフレームを選択し、いよいよ撮影になったとき。
ここで問題になるのがオレと澤木の身長差だった。
普通に並べばオレのほうが画面から見切れる。
一緒に画面に入ろうと思うとオレがギリギリ後ろに下がって澤木が前。
ラブラブな写真以前の問題で、何が目的なのかさっぱりわからなくなる。
うーんと考えていた澤木がオレの肩を押して中腰にさせた。
「ちょっと我慢してね、志波」
そう言うなり澤木がオレの背中から抱きついてきた。
背中に押し付けられる柔らかい感触。
びっくりして立ち上がりかけたオレを押さえつけるように力を込める。
「ほら、撮影始まる。カウントダウンしてるから。あのカメラ見て。画面見ない。表情硬いよ」
耳元で澤木が言う。
背中に当たる柔らかさと耳にかかる澤木の息。
一体全体何の我慢大会だと問いたくなるこの現状。
フラッシュが光り写真の撮影が終わるまでの数秒間。
オレにとっては何十分にも感じられるほどだった。





5つのアトラクションを終え、プレートとチェック用紙を受付に出す。
受け取った景品はショッピングモール内にある映画館の招待券とカフェチケット。
それから揃いのマグカップ。
ギフト券の当たる懸賞に応募し、オレたちは昼飯を食うために場所を移動した。
スイーツバイキングのために少し軽め。
腹ごなしに海岸沿いの遊歩道を歩いく。
澤木と並んで歩く沈黙は苦痛じゃない。
黙っていても楽しいと思える相手なんてそうそう居るもんじゃねえ。
オレにとっての澤木がそうであるように。
澤木にとってのオレもそうであるといい。
時々、繋いだ手に力を入れる。
それに気づいて澤木が顔を上げる。
視線を合わせて2人で笑い、また何か話し出す。
そんな時間を繰り返し、オレたちはスイーツバイキングのホテルに到着した。
休日だけあって入り口には開店を待つ人が列を作っている。
「わちゃー。もっと早くこればよかったね」
「人が集まるってことは、それだけ美味いってことだろ?」
「だーよねー。楽しみ。たっくさん食べようね、志波」
両手を握り締めてガッツポーズ。
午前中動き回った疲れはまったくないらしい。
「立ってるの辛かったら寄りかかってもいいぞ?」
「お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます」
「何で?」
「だって、人が見てるよ。恥ずかしいもん」
「さっきは自分から抱きついてきたくせにか?」
プリクラの件を揶揄するように言うと、澤木の頬が朱に染まった。
「あれは・・・」
「あれは、何だ?」
先を促すと、真っ赤になった澤木がむーっと上目遣いで睨んでくる。
全然迫力のない目。
むしろ可愛いとさえ感じられる。
そんな目で睨んだって、逆にオレを煽るだけだ。
「誰も見てなかったし・・・」
「誰も見てなけりゃいいのか?」
「志波の意地悪っ!」
もう知らない、と澤木がそっぽを向く。
うなじまで真っ赤に染めて。
機嫌、損ねちまったかな。
やりすぎたなと謝ろうとしたとき。
レストランの開店時間になり、並んでいた客が動き出す。
「ほら、行くぞ」
そう言って澤木の腕を軽く引いた。



「美味しそ〜!!」
テーブルの上には色とりどりのスイーツが並んでる。
ほとんどが一口で食べちゃえるサイズ。
こんな細かいケーキを作れる職人さんに感動。
ケーキのほかにプリントかティラミスとかゼリーとか。
ムースもババロアも食べ放題。
アイスクリームとカットフルーツもあって、自分でオリジナルのパフェも作れちゃう。
帰ったら体重計に乗るのが怖いけど、今は気にしない。
甘いもの好きな志波は嬉しそうな顔をしてる。
わたしもお菓子作りとかやってみようかなあ。
志波が喜んでくれるの想像したら、かなり楽しそうなんだけど。
お弁当持って公園デートもいいかも。
今の季節なら芝生の上でお昼寝も気持ちよさそう。
全種類制覇を目標としてる志波は黙々と食べてる。
惚れ惚れするような食べっぷり。
わたしも全部食べたいけど、さすがにこれだけ種類があると無理。
絶対に抑えておきたいスイーツを先に食べて。
ちょっと休憩を兼ねて志波にオリジナルパフェをプレゼント。
サンキューってふわっと笑ってくれる。
この志波の笑顔はわたしだけの特権・・・だと思う。
いつ見てもドキドキしちゃうよ。
「どうした?早く食わないと時間なくなるぞ」
「あ、うん。じゃ、取りに行って来る」
どうした、って聞かれても答えられないってば。
志波の笑顔に見とれてただなんてー!



時間一杯、がっつりとスイーツバイキングを堪能した。
本当に謎なのは志波の胃袋だ。
ほとんどのスイーツを食べちゃった志波。
案外ケロッとした顔をしてる。
わたしは少し食べすぎちゃって辛い。
もうちょっと落ち着いたらひとっ走りしたい気分。
「たくさん食べた?」
「それなりに」
「志波ってよく食べるてよく寝てるわりに太らないよね。やっぱり消費エネルギーが違うんだろうな」
「だろうな」
「お腹だって出てないし。ちょっと触ってもいい?うわ、硬っ」
オレの返事を待たず伸びてきた澤木の掌が腹を撫でる。
かなりくすぐったい。
「ひょっとして、志波って腹筋割れてるタイプ?」
「まあ、それなりに」
志波の体って筋肉が綺麗についてるんだよねー。
野球と陸上。
種目は違うけど同じスポーツをやってる人間として、志波の筋肉は羨ましい。
瞬発力あるから短距離早いし。
持久力もあるから長距離強いし。
わたしが志波に勝てるものって何があるんだろ。
「ウチ、寄ってくか?」
「ん?」
「腹筋。見たいなら見せてやるぞ?」
志波の提案にわたしは即答した。
志波の腹筋・・・見てみたい!
「行くっ!!」
何故か提案した志波がぎょっとした。
ついでにトレーニング方法とかも教えてもらお。
肩とかもいい筋肉ついてんだろうなー。
ちょっと・・・かなり楽しみかも。



軽い冗談のつもりだったんだが。
オレの予想に反して、澤木は「行く」と即答した。
両親は共働きで、今日も仕事で留守にしてる。
家に2人きり。
下心がまったくないわけじゃない。
この間のキス未遂の続きとか。
だけど澤木の期待に満ちた嬉しそうな顔を見ていると微妙な気分だ。
澤木が楽しみにしてるのは八割がた腹筋だ。
そんな無邪気な顔で期待されると邪まなことを考えている自分が悪いことをしている気分になるな。
プリクラを撮るときに抱きつかれた背中に残る胸の感触。
ふわりと香るシャンプーの匂い。
誰も居ない家に2人きりで、オレは自分を抑える自信があまりない。
澤木には悪いが今日はやめておこう。
「悪い、冗談だ」
「えー、どうして?」
「オレの理由」
「何、それー。志波が腹筋見せてくれるって言ったのにぃ」
案の定ブーイング。
オレだって出来れば見せてやりたいが、それだけで済むと保証できない。
「そんなに見たけりゃ、今度市民プールに連れてってやる」
「市民プール、改装中じゃん」
「今月末にリニューアルオープンって聞いたぞ。あそこなら競泳レーンもあるし、思い切り泳げるだろ」
「うー。じゃあ、今日のところは我慢する」
「ああ、そうしてくれ。おまえ、泳ぐの得意か?」
「うん!小学校の頃スイミングスクール通ってた。あ、じゃあ勝負しよう!」
澤木はつくづく勝負好きな女だ。
オレの泳ぎはほぼ自己流。
スイミングスクールで基礎を学んだ澤木の方が有利かもしれない。
「負けた方が勝った方の言うことを聞く。どう?」
「了解。覚悟しとけよ?」
にやりと笑って澤木を見る。
「何で、志波が勝つこと決定?わたしだって負けないからね」
どうやら澤木の勝負魂に火がついちまったらしい。
オレの大事な女は。
可愛くて天然で。
それでいて最強。
オレは澤木には一生勝てないと、そう思うから。