1.昇降口
(何してんだ? アイツ……) 朝、校門を入って目に飛び込んできたのは、昇降口で突っ立ったまま動かないの姿だった。 修学旅行明けの月曜日、2年だけ朝練は免除されていた。 普通の時間に登校すりゃいいんだろうが、いつものように早朝ランニングは行ってきたし、そっから二度寝する時間はあるわきゃない。 家で時間潰しててもお袋が邪魔だのなんだのうるせえから、結局は家を早めに出てきた。 で、今。 朝、一緒に走ったヤツがすぐ先で固まってる。 普通の登校時間より早いからか、他に人影はない。 (本当に何してるんだか……) 自分の下駄箱の扉を開けたまま中を凝視するようにフリーズしている。 大方苦手な虫でもいたんだろう。 森林公園で必死に逃げ回ってた姿を思い出すと今でも顔が緩んでしまう。 あんなを知っているのは、多分オレだけ。 夏が終わって少し涼しくなる今頃、昇降口に出たりすんのはコオロギかカマドウマか? それともあそこまで動けなくなってるってことはGか? どれにしてもオレが助けてやれる時でよかった。 自然に早足――駆け足になって昇降口に飛び込んだ。 「どうした?」 「っ! し、志波!? イヤーッ!」 声をかけたらスイッチが入ったらしい。 跳ねるように身体をビクッとさせたは、大声をあげるのと同時に物凄い勢いで扉を閉じ押さえ込みに入った。 ──おい、嫌ってなんだ、嫌って…… まさかとは思うがオレのことじゃねぇよな…… 「……虫か? とってやる」 「ちがっ……だ、大丈夫だから、ホントダイジョブダカラ」 「いいから、どけ……」 「いいのっ! ホント平気なのっ!」 ふぅ……なら、なんでそんなに慌ててるんだ。 扉を開けたら飛び出してくるようなやつなのか? 「怖いんならさがってろ」 「だから違うって……」 「かせ」 「だ、だめだって!」 必死に押さえていたと下駄箱の間に無理やり入ってその扉を開く。 何が飛び出してきても守れるようにをオレの後ろにまわしながら。 ……けれど、飛び出してきたのは黒でも茶でも緑でもなかった。 白い長方形のそれは下駄箱の扉を開けた時の風の勢いでヒラリとオレの目の前を舞いスノコの上へと着地した。 それを見て呆然と固まる。 ……そんなを見て、どう動いていいかわからないオレ。 (様、か……) 封筒には目の前で再び固まっているコイツの名前が綺麗ではないがしっかりとした字で書かれていた。 これがどういう類のものだかはオレでも知っている。 ただ……そういうものをも貰うんだということを考えたことがなかった。 決してが人気がないというわけじゃない。 なんとなく大丈夫だと思っていたんだ。 ――大丈夫? 何が? 朝の光が差し込む昇降口で真っ白に光ってるような四角いそれ。 屈んで拾い上げると、あ、と小さく反応する。 だが、差し出しても相変わらず固まっている。 手をとってその上にポンと乗せた。 「ほら」 「う、うん……あの、――」 「1年の朝練、顔出してくるから……じゃ」 「――……うん。がんばってね」 「おう……」 何か言いかけたをその場に残し、オレは……逃げた、って言うんだろうな、今のは。 何か言われたとしても何を返せば良いのかわからない。 すごいな。 モテるんだな。 あの状況でからかうようなことは言えないだろ、オレには。 誰からだ? どうするんだ? そんなこと、聞いて良いのか悪いのかわかんねぇ。 ……どう考えてもあの場で何か話すなんてのは無理だ。 ――大丈夫? 何が? 何に対してそう思っていたのか、考えてもさっぱりわかんねぇが…… ただなんとなく…… 今まで通りでいいと…… 一緒に運動できて、一緒に下校できて、旅行では自由行動も一緒にいられた。 ただの友達より少しは仲がいいよな。 最近いろんなことが楽しいと思えるのは何も言わなくてもが同じように感じてくれてるからだと思う。 それでいいと、それで大丈夫だと思っていたのは間違いだったのか? 何か言おうとしてるヤツ。 あの手紙にそれを書いたのか、そうじゃないのか。 どうするんだろうか? は…… ……オレは、どうするべきなんだ? 目次へ |