3.廊下




結局と何も話せないまま昼休みになっちまった。
今度こそ。
気を引き締めろ。



、購買か?」



4時間目の号令が終わると同時に教室から急いだ感じで出ていくを呼び止める。
昼休みになってそれぞれの教室から出てきたヤツらがメシの場所を求めて廊下を行き来し始めていた。
オレの声に明らかに身体をびくつかせたがゆっくりこっちを振り向く。
喧騒に負けないようにはしたつもりだが、驚かせるほど大きな声を出したつもりもない。
がびくついたのは違う原因、それに気付いた時、やっぱり声をかけなければよかったのかと気持ちがひきそうになった。

だが、こんな微妙な空気はどう考えてもらしくない。
ここはひくわけにはいかねぇ。
どうしてそう思うかわからないが……単なる勘、今何か話しておかなきゃなんねぇと身体が動くんだからそれにまかせるだけだ。



「オレも一緒に――」
「えっと! ごめん、あの、購買じゃなくて……」
「違うのか?」
「その、ちょっと……」



(……ああ、そうか。昼休み、か)



どうするんだと普通に聞けば答えてくれるだろうか?
普通に、ダチとして。



(違う)



本当は聞きたいんじゃなく言いたい。
行くな、と。
……だが、にとってオレはそういうポジションじゃない、だろ。



「志波?」
「あ……悪ぃ、引き留めて」
「ううん。あの……あのね」
「ああ、どうした?」
「行ってくる」



「行ってくる」――「言ってくる」だったのかもしれないが――そう力強い口調で、しかもグッと気合いを入れた目で宣言するから……



「クッ……」
「な、なに? なんでそこで笑うの!?」
「今の、決闘に行くみたいだったぞ」
「えー? だって、気合い入れとかないと……」



唇をつきだしてブツブツ文句を言い始めたの頭にぽんと手をおく。
行くなと言えなくなっちまった。
本当に勝負しに行くみたいな目だったから。
何かに迷っているような目じゃなかったから。



「ガンバッテイッテコイ」
「うわ、なんか棒読み! 人ごとだと思って……」
「……」
「頭ぽんぽんしてもごまかされないもん! もういい! 行ってくる!」



するりと離れていく感触を掌に感じながら背中を見送った。
走るなと氷上に怒鳴られてもそのまま真っ直ぐ走ってく後ろ姿が階段に折れて見えなくなるまで。



(これでよかったのか?)



最後は笑ってた。
大丈夫だからね、そう言われたような気がした。



に何かを言おうとしている誰か。
そいつはいつからアイツのことを見ていたのだろう。
写真の中で甘ったるい顔してたオレと同じような顔で見てたのか?

ただ一つ違うのは、その誰かには伝える勇気があるということ。
オレは色んなもんをもう二度と手放したくない。
野球もダチも居場所も。
だから自分から動くことができない。
動いても何も変わらないかもしれない。
だが何かが崩れるかもしれない。
どっちも仮定でしかないが……

なさけない自分がほとほと嫌になる。
ため息を廊下の窓へと追いやれば、ちょうど下を通って行くの姿が見えた。
オレに出来ないことをしようとしている男と一緒に。



ごちゃごちゃ考えてたことが一瞬で吹き飛び、足が勝手に動き出していた。









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