4.裏庭
この校舎の端を曲がれば裏庭、という場所には先客がいた。 「津田……?」 「お、志波か。なに? が心配で来たの?」 「っ……そういうおまえは?」 「質問に質問で返すとは……おぬしもなかなかやるな」 ラグビー部の津田はごついナリしてるわりには人当たりがソフトで明るくつきあいやすい。 だが状況を早く確認したい今のオレには若干の苛立たしさが生じる。 なんで津田がいる。向こうはどうなっているんだ。 「俺は伊藤の応援にね」 「伊藤……」 「おう。ビー部の伊藤。名前覚えてなくても見ればわかるだろ?」 そう言って裏庭に向けて顎を突き出す。 促されて少しのぞけばの後ろ姿の向こうに伊藤とやらが立っていた。 言われてみれば運動部の部室のあたりで見たことある、か……? 修学旅行、新幹線で気分が悪くなったの相手してたヤツ、か。 ラグビー部にしては少し線が細い。顔はゴツいの真逆で優しそうだが運動部としてはどうなんだ。背はオレの方が高い。たぶん力もオレの方がある。オレの方が―― 「(志波! いい加減引っ込め! 見つかるだろっ)」 津田にシャツを引っ張られて我に返った。 やっても仕方ない相手との比較とか……なにやってんだ、オレは…… 「はぁ……」 「伊藤さ、ダメモトでもどうしても言うだけ言いたいんだってさ」 オレの溜息に気付いてんのか気付いてねぇのか津田が喋りだ出す。 「どんな壁でもあたってくってのがラガーメンっぽいだろ?」 「壁……が?」 「いや、そういう意味じゃなくてさぁ――あ、しーっ!」 、という伊藤の声が聞こえた。 運動やってるヤツってのは普段から声出ししてるから、こうして隠れてるところからでもその声はよく聞こえた。 大きくて真っ直ぐな声…… ――俺と付き合ってください ――ごめんなさいっ! 伊藤の告白、一拍おいた後、それに負けないぐらい真っ直ぐでよく通る声が聞こえてきた。迷いの無い声だ。 横にいる津田は「伊藤、よくやった! オマエは偉かった!」と感動してる様子。 ――謝んなくて良いよ。直接気持ち言えただけでもすっきりした! サンキュー! ――えっと、じゃあ、私も。ありがとう! ――あー……聞いても良い? 付き合ってるヤツとか、いるの? ――付き合ってる人は、いない、けど…… けど……その後に続く言葉はなんだろうか? 伊藤がじっと待ってる空気、こっちにも伝わってくる。 隠れてる津田も身じろぎせず待っている。 ……オレも。 だがなかなか言わないに伊藤がフォローを入れる。 ――……けど、好きなヤツ、いるんだ の返事は聞こえないが、きっと頷いたんだろう。 ――そっか。あのさ、教えてもらえないかな。誰にも言わないから ――え、でも…… ――聞いたらすっぱりあきらめられるし ――……わかった。絶対秘密、だよ。あのね………………… こっちには聞こえないような小さな声で伊藤に教えたんだろう。 伊藤が納得したように反応した。 ――ああ! やっぱり! ――や、やっぱり!? ――うん。見てたら、なんとなくそうかなってさ。あー、でも、うん。これで本当にすっきりした! ――あの、ごめんね ――だから、謝るなって。それより、友達にならなってくれるよな? ――もちろん! ――じゃ、これからもよろしく ――こちらこそ、よろしく 直接見てるわけじゃねぇが、向こうではよろしくと言いながら握手でもしてるんだろう。しかし―― (やっぱり……?) 伊藤には悪いが、が断ったこと、本当にホッとした。 とりあえず今朝から悶々と考えていたことは解決した。 しかし新たな課題が出来ちまった。 の言葉をそのまま受け取れば、付き合ってるヤツはいないが好きなヤツがいて、その相手は伊藤曰くを見ていればわかるらしい。 誰だ? オレにはさっぱりわからねぇ…… (戻るか……) 友達としての握手が終われば向こうも戻ってくるだろう。その前に―― そう思った時だった。 「いやっ!!」 突然聞こえてきたの悲鳴。 何事かとオレも津田も飛び出す。 顔を押さえてうつむいている。 伊藤はの肩を掴みうつむいているを覗き込むように身をかがめている。 カッと頭に血がのぼった。 (……ヤロウ、何をした?) 後ろで津田が止める気配がしたが、そんなこと気にしてられねぇ。 猛ダッシュで駆け寄り、伊藤の腕を払いを自分へと引き寄せた。 震えている。 泣いているのか? 「、大丈夫?」「……になにした」 伊藤とオレの言葉が重なる。 大丈夫、だと? おまえが何かしたんだろうが。 「志波? どして?」 「ああ、もう大丈夫だからな」 「う……も、やだ」 涙声の。 うつむいたまま顔を上げない。 「何、されたんだ……」 「頭に」 「あたまに?」 「ぶつかった」 「ぶつか……?」 「か、」 「か?」 「かみきりむしが、飛んできて、ぶつかったぁぁぁ、わーーーーーん!」 は? …… ……… …………虫、だったのか!!! 勘違いで睨んでしまった伊藤に「すまん」と目配せすれば「いいよ」と言うように肩をすくめてくれた。 それから津田と伊藤は「まかせた」とオレに言い残し戻っていき、オレはが落ち着くまでぽんぽんと頭を撫でつづけた。 目次へ |