01.いつまでも子供じゃいられないの?
今日は志波の誕生日だった。高校最後の。 アナスタシアでいっぱいケーキを買って志波のお家で一緒にお祝いした。 沢山悩んだプレゼントも「サンキュ」って優しく笑って受け取ってくれた。 ……誕生日だったから。 いつもよりも長いキスの理由は特別だったからだよねって思ってたのに…… 志波のバカ…… 今日何回目か分からない。 だけど口から出ちゃうんだから仕方ない。 志波のバカバカバカーーーーーー! 枕に顔を埋めて今日あったことを思い返すとまた止まらなくなる。 あんまり長いキスだから、このままずっとくっついたままになったら困るなーなんて、のんきな事を考えていた私。 そしたら息するのも忘れてたみたいで、志波の唇が離れていく時には金魚みたいに口から酸素を求めていた。その瞬間―― ……って私を呼んだ志波の低い声が聞こえたのは耳からじゃない。 私はその声を飲み込むしかなくなっていた。 それまでしたこともないような深い……キス。 どうしよう? どうしたらいい? このまま志波にまかせてたらいいの? 胸がどきどきして破裂しそうだよ。 喉の奥がぎゅうっとして熱いよ。苦しいよ。 私の肩を抱く志波の手、少し痛い。 反対の手は優しい。指先が私のほっぺの上を滑る。 …… 唇を触れさせたままで何度も呼ばれる名前は頭の中に直接響く。 ぼんやりしてきて何も考えられなくなりそう。 身体から力が抜けていく。 崩れないように志波のシャツをギュッと握った。 それに答えるように抱かれている手に力が入った。 志波の重みが私に乗ってきてそっと押し倒された。 「志波?」 なんでそんな顔してるの? 笑ってるような困ってるような。 「……そんな目、するな」 それは私のセリフなんだけどな。 志波はそれ以上何も言わない。 私の顔の横に左手をついて、右手はさっきと同じように私のほっぺを優しく撫でる。 撫でる指は優しいのに、志波の目が少しこわい。 また、キス。 おでこに、瞼に、鼻に、ほっぺに、唇に。 今度のは突っつくようなくすぐったいキス。 そのキスが。 顎に、喉に。 制服の襟のところまで順番に降りて行って―― え? ちょ……、や…… 首筋から舌がのぼってくる感触に身体が震えた。 耳の縁を啄ばまれ頭の中にアラームが鳴り響く。 「やだーーーーーー!」 気付いたら咄嗟につかんだ何か(枕、だと思う)で志波をはたいていた。 志波がビックリして身体を引いた隙に、逃げた。 鞄だけつかんで何も言わないで志波の部屋を、家を飛び出した。 まだ身体はふわふわしてたけど、とにかく走った。超スピードで。 私のバカ………… 志波の誕生日、台無しにしちゃった。 飛び出したときはもう、志波の顔なんて見る余裕無かったけど…… 傷ついたかな……やだとか思いっきり叫んじゃったし。 ううん、怒ってるかもしれない。 付き合っていたら、キスの次は当然……なの? 私は、キスだけでもすごーく満たされた気持ちになるのに、志波は違うのかな。 男の子、だから…… 何か言って欲しかった。 優しい志波を沢山しっている。 だけど、あの時の目、ちょっとこわかった。 何か言葉をくれたら、安心できたかもしれないのに。 だから 「バカ……」 止まらない。 23:59 目覚まし時計のデジタルは、今日の終わりの1分前。 誕生日だったのに。 ケーキ食べて、プレゼント渡して、とっても幸せな気分だったのに。 今はなんでこんなに最悪な気分なの? 私、今日、大人になるべきだったのかな…… そうしたら今頃「ああ、今日は楽しくて幸せだったな」って思えたのかな…… 「わかんないよ……もう…………」 いつか大人になったら、こんな風に気まずくなったりしないんだろうな…… ――と、そこまで考えたのは覚えてる。 あとは目の前が真っ暗になるように意識が途切れて覚えてない。 ピピピッ ピピピッ 目覚ましのアラーム音が聞こえたような気がした。 もう朝? 全然眠った気がしない。 っていうか、さっき意識を失ったばかりだよね? でもアラームが鳴ったのなら起きないと…… 身体が徐々に覚醒していくのに比例して増していく違和感。 (え……?) 布団の温もりとは全く違う温かさ。 もちろん私自身の熱でもない。 目を薄く開けてみる。まだ暗い。 でも豆電球が点いているから周りに何があるか――いるか、は、わかる。 右横を向いて寝ていた私。 その目の前に見えるのは、誰かの喉元。 この喉とかその上にある顎のラインは見たことがある――と、思う。 そして私の首の下には、目の前のヒトの腕というか肩。 (なな、なんでーーーーー!?) ……眠っているヒトを起こさないように心の中で叫んだ私、偉い。 そっと自分の身体に触れてみる。 あ、よかった、パジャマ着てる。 とりあえず、一旦ここを離れよう。 で、何が起こってるのかよーく考えよう。 そっと起き上ったつもりだったのに腕枕の主は気付いたようで「トイレか……?」とか言っている。 言ってるけど起きる気配はないから一応「うん」と答えておく。 ああ、その声は知ってるよ。ちょっと違うような気もするけど。 薄暗いからよく見えないけどこの顔も見たことあるよ。 と、とりあえず、だ。 トイレじゃなくて洗面所に駆け込んでドアを閉めて鍵をかける。 電気つけてそこにある時計を見ると「00:05」。 やっぱり一瞬おちただけで全然眠ってなかったんだ…… 顔をバシャバシャ洗ってタオルで拭いて鏡を見て―― 「アリエナイ……」 なんで? なにこれ? 誰これ? 鏡にうつってるのは私、、だ。 でも、違う。私だけと私じゃない。もっと――年食ってる。 あれ? 今、私、ここまで迷わずに来た。 タオルの場所も知ってた。 こんな家――マンション、知らないのに。 でも知ってる。 あ、夢、とか? だったらきっと自分の都合の良いように出来てるはずだもんね。あはは。 「いーーーーっっっ痛たたたっ!!」 でもつねったほっぺはリアルに痛い。 「おい、どうした?!」 ぎゃーーーーー! 声、大きすぎちゃったのかーー!! ドンドンと洗面所のドアを叩く音。 心配そうな声は同じだ。 「調子悪いのか? 開かねぇな……ドア壊すぞ、どいてろ」 「だ! 大丈夫。壊さないで、今、開ける、から……」 こうなったらこのヒトに聞くしかない。 あなたは誰ですか? 私は誰ですか? 鍵を開けてゆっくりドアを開けると、そこにはホッと安心したような笑顔のヒト。 私の頭に大きな掌をポンと乗せて優しい声でしゃべるヒト。 「どうした、?」 な、名前? やっぱり、このヒトは私の知ってるヒトとは別人だ。 「志波……さん」 「シバ? 志波、か……久しぶりに聞いたな。しかし「さん」は無ぇだろ……」 だって、年上だもん。明らかに。 の体育会系ポリシー、年上は「先輩」または「先生」または「さん付け」で呼ぶ。これは譲れない。 困ったように笑いながらポンポンと頭を撫でるのは、志波だけど、私の知ってる志波じゃない。 なかなか答えない私を覗き込んでフッと笑うところは、志波と同じ。 「なんだか……迷子のガキみてぇだな」 うぅ……確かに私は今迷子です。ここ、どこ? です。 よしと気合を入れた声と同時に私の身体は宙に浮いた。 担がれた。子供がお父さんに抱っこされるみたいに。 ソファへそっと下ろされて、目の前に志波……さんが、膝をつく。 「ゆっくりでいい……話してみろ」 そして、志波さんは、また、私の頭に大きな手を乗せた。 目次へ |