02.「おやすみ」って言われても……




「つまり……おまえは、高3」
「うん、そう……です」

って言っても信じられるわけないよねー。
私だって何がなんだか……

「そうか……」
「そうか……って、信じてくれるんですか?」
「嘘なのか?」
「う、うそじゃないけど……だって、こんな話、信じられるわけ――」
「信じる」
「あ……ありがとう、ございます……」

短い言葉、ポンと頭に置かれる大きな手、やっぱり志波なんだなぁ。
動揺する志波はイメージじゃないけど、こんな話でも物凄く落ち着いてるのは大人だからなんだろうか?

オトナ……かも…………

ソファで並んでぴったりくっつくように座っている志波さんと私。
志波さんは当たり前のように私の肩を抱いている。
私の心臓はドキドキしっぱなしなのに、志波さんの醸し出す空気はとっても自然だ。
大人の私たちはいつもこんな甘い雰囲気なのかなぁ……

優しく引き寄せられて、志波さんの肩に寄りかかる。
うあ……あったかい。
触れている部分から志波さんの体温が伝わってきて、ますます心拍数があがっちゃう。

肩を抱いている手が上の方に来て、私の髪をゆっくりと梳く。
耳や項をかすめる手がくすぐったくて首をすくめたら、フッと笑いながら頭を軽くパフパフと叩かれた。
子供をあやすような優しい仕草も自然で、きっといつもこうしているんだろうなって想像できる。

「志波さんは何歳なんですか?」
「24……いや、今日で25か」
「え? 誕生日?」
「そうらしい」

大人だったら志波の誕生日を台無しにしなくてすんだのに――とか考えたから? こんなことになったのは。
25歳の私。大人の私。でも、中身は18のまま。
それって意味あるのー???

「今日一日、一緒にって約束だった……」
「そう、だったんですか……なんか、ごめんなさい、私」
「いい」
「え?」
「おまえが悪いわけじゃねぇだろ? 18ん時のそいつが悪い」
「え?」
「がっつきすぎだ、そいつ……ってオレか」

「な」って言って笑顔を向けてくれる志波さん。
優しい……志波とおんなじだ。
悩んでる時も、怒ってる時も、へこんでる時も。
いっつも頭を優しく撫でてくれた。
ふんわりと、本当にふんわりと優しく抱きしめてくれた。
ほっぺや唇に触れる時もくすぐったいぐらいにそっと、そっとだった。

「今日はもう遅い……明日また話そう」
「はい、そうですね」
「なあ……敬語、やめねぇか?」
「え、でも、志波さん年上だし……」
「おまえに言われるのは、キツイ……」
「え? あ……」

はね学に入学してからしばらくの間、私は志波のことが大っ嫌いで、親しさの裏返しをするようにずっと丁寧語で喋ってた。
そのことを言ってる……んだよね。

「そっか、わかりました……じゃなくて、わかった。えと、がんばる!」
「ガンバル……ククッ」
「わ、笑わないでっ! 志波さんの笑い上戸ー!」
「ハハッ……悪ぃ、けど、らしい」
「わー! 背が縮むー!」

笑いながら頭をポフポフ叩き続ける志波さんを睨んだら、すぐに私の不機嫌に気付いてスルッと髪を撫でてくれた。
目を合わせたらフッと楽しそうに柔らかく笑う。
うぅ……見とれちゃうじゃないですか……

「じゃあ、寝るか」

ぽーっとしてた時に不意にかけられたその一言に、頭よりも身体が反応した。
後ろに飛び退いた距離、推定100cm。
そんな私を見て志波さんが見開いた目の大きさ、約50%増し。

「あ、の、わた、私……」
「ん……待ってろ」

私の頭を一回だけ軽くなでた後、志波さんはベッドルームへ入っていってしまった。

(どうしよう……)

志波さんも私も大人で、一緒に寝るってことはきっとそういうことで……
志波さんにとって私は25歳のなのかもしれない。
けど、志波さんは私の志波じゃないし、私も中身は18歳のままなわけで……

ぐるんぐるんになってきて、ソファの上に体育座りしてたら、志波さんが戻ってきた。
毛布と枕を持って。
私の情けない顔を見てまた優しくフッと笑う。

「おまえ……なんて顔してんだ」
「だって……」
「ベッドはおまえが使え。オレはここで寝る」
「で、でも……」
「何もしねぇから、安心して寝ろ。なんなら部屋のカギ、かけとけ」
「志波さん……」
「たっぷり寝て、明日はたくさん遊ぶぞ。覚悟しとけ」
「はい」
「よし……じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」







ベッドに入って天井を見上げると、やっぱり感じる。
見たことあるな……って。
自分の事は全然わからないのに、この家の事は知ってる。
身体が覚えてるってことかな。

ここは志波さんの家なんだろうか?
それとも私も一緒に住んでるの?
結婚……は、まだしてないよね。指輪してないし。
……って、絶対聞けないけど。
自分の将来がわかっちゃうのはなんだか怖い。

(はぁ……)

なんか……眠れない。
寝て起きたら元の自分に戻れるかもしれないのに。
戻れなくても明日は志波さんの誕生日なんだから、早く寝なくちゃいけないのに。

このベッドが広すぎるんだ。落ち着かないもん。
それになんだかスースーする。
身体を丸めて布団を引き上げてみてもダメだ。
さっきここで目覚めた時は全然寒くなかったのに……



しばらくゴロゴロしたけど、どうしても眠れなくて、起き上ることにした。
音をたてないようにそっとリビングへ行く。
暗くてもぶつからずに行けるのは、それだけ私がこの家になじんでるってこと。
そう思うとちょっとほっぺが熱くなってしまった。

(志波さん、よく寝てるなぁ……)

ソファの横にペタリと座り込んで志波さんの寝顔を覗き込んでみた。
志波……今頃どうしてるかな?
こんな風に眠っているのかな?
――眠れなかったりすること、ないか?
そんな風に話したこともあったっけ。
志波も眠れなくて、その理由が、一緒だったらいいな……

志波に会いたい……
けど、あの時のこと想い出して気まずくなったら……
このまま距離があくのは嫌だけど、今はどうしたらいいのか分からない。
目の前にいる未来の志波に聞いたら分かるのかな……
あの後、私はどうしたの? ……って。

志波さんの顔にそっと触れてみる。
――志波さん……声をかけようと思ったけど……やめた。
聞くのは違うような気がするし、未来がわかるのはやっぱり怖い。

触れていた手を戻そうとしたら、いきなりつかまれた。
ぎゅっと握られて抜けない。
とじていた眼が薄く開いて私を真っ直ぐに見つめる。

、か……?」
「ご、ごめんなさい、起こしちゃって……」
「……」
「あの、志波さん?」
「ああ……」

おまえか……と言いながらむくりと起き上がり、ソファから降りて私の横に胡坐を組む。
握られた手はさっきより力が緩んだけどそのままで、今度は包まれているみたい。

「眠れないのか?」
「うん……」
「……一緒に寝るか?」
「え、それは、でも、あの――」
「何もしない。隣で眠るだけだ」

慌てる私を安心させるように志波さんはフッと笑う。

「じゃあ、お願いします」










「ほら、来い」
「おおおおお邪魔します」
「ククッ……」

笑われても緊張するんだよー、こっちは。
さっきと同じ体勢。
志波さんの腕枕。
目の前には志波さんの喉。

あああああ、隣に並んで寝るだけだと思ったのに……
いつもこんな風に寝てるってことですかぁ?
ドキドキして眠れないんじゃ……

あれ?
でも……

「ゆっくり眠れ……」
「う、ん……」

あったかくて優しい感触に包まれてるのが気持ちいい。
志波さんの心臓の音、聞こえる。
腕の中、安心……する。

ああ……ふわーってしてきた。
身体がポワンってあったかくなって……き、た。

さっきまで全然眠れる気がしなかったのに、私はあっという間に眠りにおちたらしい。

……」

少し切なそうに呟いた志波さんの声が耳に届く前に。









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