03.その手のぬくもりはずっと変わらない




「……で、どこ行きたい?」
「遊園地! 遊園地ー!!」
「ゆうえんち……」
「あ……子供っぽい、よねえ。えっと、志波さんの行きたいところで」
「いい」
「え?」
「行こう。久しぶりだ」
「ホントにいいの?」
「ああ」
「やった!」

あ、でも……志波さん、ちょっと困ってる?
やっぱり子供っぽかったかなぁ……?

「あの、志波さん? やっぱり違う方が良い?」
「あ、いや……まあ、大丈夫だろう」







(やっぱり……来る場所を間違えちゃったかもしれない……)



うぅぅ、私のばかばかばか……とか、遊園地の入口を歩きながら考えてる。
だけど、手をつないで半歩先を行く志波さんは、周りの様子も気にせず真っ直ぐ前を見てずんずん歩いていく。
でも……私は気になっちゃうんですけどー?

「志波さん……みんな見てる」
「まあ……、だろうな……」

家族連れで来ているお父さんに男の子、それから、友達グループで来ている子達とか……
とにかく、いろんな人が私たち――じゃなくて、志波さんを見ては振り返り「ねえねえ」とか「まじで」とか言ってる。

「志波さんって……もしかして有名人?」
「オレだけじゃねぇだろ」
「はい? それ私のこと?」
「ああ……おまえだって――」
「あああああ!」
「なっ……どうした?」
「それ以上言っちゃだめえええ!」
「は……?」
「だって……志波と私が将来何になったとか聞いたら、未来が決まっちゃうみたいで嫌だもん」
「ああ、そうだな……わかった、言わねぇ」

そんな事を話しながら歩いている間も、周りからの視線は増えてるような気がする。
手? 手とかつながない方がいいんじゃ?
志波さんは「気にしなきゃいい」って言ってるけど……
……そういえば、いつもそうかも、志波って。
自分の関心の無い事とか関心の無い人とか全然気にしないもんなぁ……
そんなところが相変わらずなんだろうな。

「志波さん! 握手してくださいっ!」

おお! ファイトのある女の子、来たー!
周りも見てる! この子が成功したら私も行こうって子達がこっち見てるー!
けれど、志波さんはきっぱり言った。

「すみません、今日はプライベートなので」

いつものボソっとした言い方じゃない。しっかり言いきった。
そんでもって私の肩を抱いて歩き出した。

「ほえぇぇ……」
「……なんだ?」
「大人だ」
「は?」
「だって、文化祭で女子に囲まれてたときなんてシドモドだったよ?」
「そんなこと、あったか?」
「うん」

こんなにきっぱりと対応できるのは大人だからだ。
にこやか……とはいかないみたいだけど、睨んで相手を威嚇するのではなくスマートにかわせるなんてびっくりだよ。
あのシドモドで目からビームの志波がこんな風になるのかぁ……

「ファンは大事にしろと言われてるが…………慣れねぇ……」

あれ? でも……
ポリポリと首の後ろをかく仕草とか……もしかしなくても、中身は同じ、だもんねぇ!
プッと吹き出してしまったら、そっぽ向いて「笑うな……」って照れてるし。
それを見てさらに笑ってたら、今度は軽く睨んでくるし。

「ふふっ」
「ったく…………」
「あ、遊園地久しぶりなのは、ああいうのが大変だから?」
「ああ……いや、違う、か……」
「?」
「ああいうのは、が嫌がると思った。それに、も行きたいとは言わなかった」
「え? そうなの? 私なのに?」
「そういや、そうだな……。たぶん、オレに気つかってたんだろう……さっきおまえが言ったような理由で」

本当だったら行きたい場所とかいっぱいあるんだろうなぁ……
それなのにお互いに気をつかってとか……大人って難しい。

「えっと、やっぱり違う所へ行く?」
「おまえ、何に乗る?」
「志波さん……いいの?」
「早く言わねぇと、オレが適当に選ぶぞ」
「ええっ?! わ、私は全部乗りたい!」
「……欲張り」
「いいの! 志波さんだって久しぶりなんでしょ? せっかくなんだから全部!」
「クッ……わかった。じゃあ、端から行くぞ」
「おー!」

差し出された手をつかめば、しっかりと握り返してくれる。
この大きな手、本当に安心する。
絶対に転ばない、絶対に迷わない、私が行きたい方へ導いてくれる。
大好きな手。



遊園地をぐるぐるまわっている間も、たくさん声をかけられた。
けれど、志波さんは疲れるって言わないで笑ってる。
そんな状況すらも楽しんじゃってるみたいに見える。

よかった、志波さんの元気が出て。

朝起きた時、私は元に戻っていなかった。
それなのに、志波さんは昨夜と同じように優しくしてくれた。
優しいんだけど……時々寂しそうな眼をしてた。
志波さんは、志波さんの私と一緒に過ごす誕生日を楽しみにしていたんだろうなって、それぐらいは私でも気付く。
私が邪魔しちゃったんだ。
だから元に戻るまでは、私が志波さんの誕生日をお祝いして、志波さんを楽しませるぞって決めたんだ。

たくさん笑ってほしい。
いい誕生日にしたい。
一日終わった後も笑顔でいられるように。







乗り物をほぼ全部制覇して、最後まで残ったのが観覧車。
まだ苦手なのかどうか分からなくて、私からは乗ろうって言えなかったんだけど……

「最後はアレだな……」
「えーっと……大丈夫?」
「おまえと一緒なら……たぶん……」
「じゃあ……お手をどうぞ、王子様」
「王子じゃねぇが……頼む」

私から手を差し出してみたら、フッと笑いながらもその手をとってくれる。
引っ張ってリードしてあげたのが可笑しかったらしい。
隣に座ってもまだククッと肩を震わせている。

ゆっくりと上昇していく観覧車。
ふぅと息を吐いた志波さん。
笑い、やっと引っ込んだかぁ……ホント、笑い上戸なんだから。

つないでいた手がゆっくりと志波さんの口元に引き寄せられる。
わぁ……志波さんの息、あったかい……
……って、やっぱり怖いのかな、高いところ……大丈夫かな?

「サンキュ……」
「ふぇっ?!」

そのまま喋られると手に息があたるんですけどぉ???

「楽しかった」
「ごごごごめんね、子供っぽかったよね」
「いや……思い出せた……」
「なにを?」
「大事なこと……」

大事なことって、なんのことだろう?
志波さんスッキリした顔してるから、きっと良いことなんだろうけど……

私、自分のせいでここ――未来に来ちゃったんだと思ってたけど、私が来たことは志波さんにも何か意味があったんだろうか?

志波さんを見上げてみたら優しい目でこっちを見つめ返してくれる。
つないだ手と反対の手でほっぺを撫でられた。
ちょっとくすぐったいけど、目が逸らせない。

「オレがを好きだってこと……」

ボンッと自分の顔から火が出たような気がした。

「ししし志波さん……それ、反則!」
「なんでだ?」
「なんでって……照れるし!」
「そうか?」
「志波って、時々そういうのある。なんで平気なのおおおお?」
「さあ……?」
「だ、だいたい、そんな大事なこと忘れちゃだめじゃないですか!」
「忘れてたってわけじゃねぇが――」

ずっと別のことを考えてたって志波さんは言った。
でも大事なのは好きだって気持ちで、それを置き忘れてたような気がするって。

「なんか……複雑?」
「……かもな」
「もっと単純じゃだめなの?」
「18の頃は単純だったぞ……好きだ、好きだ、好きだ、オレだけのものにしたい」
「そっ……そう、だったの?!」
「ひいたか?」
「わ、わかんない……」
「ちくったのがばれたら、そん時のオレに殴られそうだな」

苦笑している志波さん。
そんな風に思われてたなんて気付かなかった。
だって志波はいつも優しくて。
時々ぎりぎりなこと言ってたような気もしないでもないけど、慌てる私を見て楽しんでるんだとばっかり……
それに、いつも余裕な顔して落ち着いてたから、好きって気持ちは私の方が強いんだろうなって勝手に思ってた。

「好きだ……ずっと変わらない」

額にキスが一つ落ちる。
あうぅ……熱いよー……

「おまえは?」
「わ、私も、志波が好き」
「……それ、早く帰って、聞かせてやってくれ、オレに」
「う……うん……」

それから観覧車が一周するまで二人とも喋らなかった。
つないだ手からあったかい気持ちが流れてきたから喋らなくても不安はなかったけど……
志波さんはどんなことを考えていたのかな。
私はさっき志波さんが言ったこと――志波の気持ちを考えていた。
あの時気付けたら私はひいてた? それとも……?
気持ちを知った今なら……?
んー……分からない……けど、志波に会えば分かるのかな……?










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