04.ずっと、ずっと、一緒に。
好き 大好き (これは……私の声?) ずっと見てるからね 勝己が大きな舞台に進んでくところを 勝己が夢に向かって走り続けてくところを (うん。ずっと見ていたい。ずっとずーっと……) だから だからね …… …… 「おい、起きろ。着いたぞ」 「しば……さん…………」 「っ……おまえ、どうした?」 「……なんで?」 「なんでじゃねぇだろ……何故泣いてる?」 「わかんない……なんで?」 本当に、どうして? 夢の中で聞こえた私の声。 志波さんのことを好きと言い、志波さんのことを応援していた。 甘くて幸せな言葉のはずなのに、なんでこんなに胸の奥が痛いんだろう? 「嫌な夢でも見たのか? 疲れたのかもしれねぇな……」 志波さんは苦笑しながら私の頭を優しく引き寄せてくれる。 髪の毛をそっと梳いてもらうと、喉の奥はまだ苦しいけれど、優しい温もりに包まれてるって感じられた。 少し落ち着いてきたから、志波さんから離れて車を降りたけど、なんだかわらかない不安は治まらなくて部屋に戻るまでずっと手をつないでもらった。 リビングのソファに座ってふぅっと息を吐く。 ホントに私はどうしちゃったんだろ? 今日は一日遊園地で遊んで美味しいご飯も食べてずっと笑ってたのにな。 横に座る志波さんは「紅茶でもいれるか?」と声をかけてくれる。 志波さんのいれた紅茶は飲んでみたいような気もするけど…… 今はちょっとの時間も離れたくなくて服を引っ張りながら首をふった。 「どうした? あー……ホームシック、か?」 フッと微笑みながら頭にポンと手を置き、優しい目で話しかけてくれる志波さん。 さっきから気持ちを和ませてようとしてくれてるのがすごくよく分かる。 でも、答えは私にも分からなくて、黙ったまま志波さんの肩によりかかった。 「甘えたいのか? いいぞ、そのままで……」 目を閉じて志波さんの温もりを感じる。 少しだけ聞こえてくる鼓動の音と頭をポンポンと撫でるリズムに身を任せていたら、だんだん安心してきた。 …… そう感じてるのは私じゃなくて……たぶん、この身体の私なんだと思う。 ホッと安らぐこの感情も、さっきみたいな胸が痛くなる感覚も、どこか深いところから出てきてる。 「志波さん、ありがと」 「ああ……落ち着いたか?」 「うん。あのね、さっき寝てる時に私の声が聞こえたんだ。えっと25歳の方の私の」 「……なんて?」 「志波さんのこと、好きって言ってた。あと、ずっと見てるって」 「ああ……そういえば言われたな、昨日」 そうか、あれは実際に志波さんに伝えた言葉だったんだ。 「最後の方がわからなかったけど、なんて言ったの?」 「『私のことは気にしないで頑張って』」 「頑張って、かぁ……」 あんまり嬉しくなかったのかな? 志波さんの表情、複雑そう…… それに私も…… 「私、志波さんを応援してたんだよね?」 「ああ……だな」 「なのに、どうして? また苦しくなってきたよ?」 「苦しい? 昨日は笑ってたぞ?」 「んっと……」 目を閉じて自分の身体に今ある感覚を言葉にしてみる。 「胸の中がギュって苦しくて……寂しい……離れたく、ない……?」 「…………本当か?」 「うん」 「寂しい……離れたくない……」 「うん。だって、こうやってくっついてれば落ち着くもん」 「そうだったのか…………オレは――オレ達はバカだな」 志波さんはククッと笑いながら自分の顔を手で覆った。 それから、昨日私が「頑張って」と言うまでの話をしてくれた。 志波さんは来シーズンから遠い場所へ移籍が正式に決まったらしい。 (もう、志波さんの職業は想像つくからあえて突っ込まなかったけど……) その話題になったときの私の反応が、笑顔で『頑張って』だったそうで…… (……なんか私っぽい) 迷惑かけたくなくて、自分の気持ちは我慢して、めいっぱい笑って、とか。 例えば志波が遠い大学に行きたいと言ったら、私は応援しちゃうんだ。 私なら大丈夫とか平気平気とか言うんだ。 出来る限りの笑顔で。 だけど、ね。 本当は離れたくなんかない。 何があっても一緒にいたい。 私も一緒に行きたいって言ってしまいたい。 「あんな風に先に言われちまって、何も言えなくなっちまった」 「どうして?」 「オレだけ、弱音、吐けねぇだろ?」 「そういうもの、ですか?」 「それにな……にもの夢や目標がある。オレが自分の都合で奪うわけにはいかない、と思った」 「大人って複雑なんだね」 「ああ……だな」 たぶん志波さんも25歳の私もいろいろ考えたんだろうけど、本当にそれでいいのかな? お互いが相手のことを一生懸命考えるのは素敵な関係だと思う。 でもそれで擦れ違ってたら次はどこで向き合うの? 「志波さん」 「なんだ?」 「本当はなんて言おうとしてたの? なんて言いたかったの?」 「あのな……いや、やっぱり、それはに直接言う。ダメか?」 「ダメじゃない。良いと思う。でも言えなかったんじゃ……?」 「大丈夫だ。思い出せたって言ったろ?」 「え?」 「一番大事なこと……観覧車…………」 「あ……」 「……お互い思いやってるつもりで、本当はどうしたいのかどう思ってるかってのを忘れてた。大事なのは――」 「好きって気持ち……」 「ああ……」 いいなぁ……こんな風に私のことを考えてくれてる志波さん…… でも、たぶん、そう、だよね…… 志波もたくさん考えてくれてるんだろうなぁ…… ここに来る前「大人だったら」って思ったけど、よく分からなくなってきた。 大人になってもただ楽しくて幸せでラブラブなだけじゃなくて、悩んだり苦しくなったり泣いたりもする。 でも一番大事な部分は変わらない。 私が志波を好きってことは何があっても――昨日みたいなことがあってもそれだけは変わらない。 「おまえのおかげ、だな」 「私は別に何もしてないけど……よかった、です」 「おまえは?」 「え?」 「戻れそうか?」 「私は……気まずくなりそうで、こわい、かな」 「なるほど…………おまえ、オレ――18のオレに触られるのはイヤなのか?」 「ううん! ……手を繋いだり頭を撫でられたりするの、好き」 「それから?」 「えっ……あの、ギュってされたり、キ……キスは、まだ慣れなくて恥ずかしくてドキドキするけど、イヤじゃない。嬉しい、かも……」 「それで?」 「それでって……そこからは分からないもん」 イヤじゃないとは思うけど…… 昨日、やだって言って逃げたけど、きっとビックリし過ぎて出た言葉だと思う。 いきなりだったから。 あんな雰囲気も、志波の態度も。 もしまたあんな状況になったら……なんて、やっぱり分からない。 「戻って気まずくなるほがイヤなら、ずっとここにいるか?」 「志波さん?」 「ただし、おまえに触れたいってのは、18のオレより今のオレの方が――」 抑えられねぇけどな……ってー!! いきなり耳元で囁かないでくださいーーー!! くすぐったくて身体が震えちゃったじゃないですかーーー!! 自分自身の反応が恥ずかしくて俯こうとしたら、大きな掌が私のほっぺを包んで顔を上げさせられた。 私、絶対真っ赤になってるってば! ジタバタしてる私を真っ直ぐに見ている志波さん。 (あ……志波と同じ眼だ) あの時はこわいと感じた。 見たこと無い眼。 でも、ああ、そうなのかもしれない。 志波さんが言ってた。 ――好きだ、好きだ、好きだ、オレだけのものにしたい。 今なら分かる。 この眼がそう言ってる。 言葉じゃなくてもちゃんと感じる。 「志波さん」 「覚悟はできたか?」 「うん」 志波さんの眼が優しい色に戻る。 作戦成功とばかりにニヤリと笑った顔は反則。 かっこよくて悔しい。 「私、志波じゃなきゃイヤ」 「そうか」 「いつになるかは約束できないけど、志波の……もの?に、なる…………そうなるのは、志波しかいないし……」 ってー! 何を言ってるんだ、私は!? 志波さん、笑いをこらえてプルプル震えてるし……と思ったら、とうとう耐えきれずにクッと吹き出した。 志波さんは笑いながら私をふわりと包んでくれた。 あやすように背中をポンポンとゆっくりとしたリズムで叩いてくれる。 この腕の中は本当に心地いい。 「もう大丈夫、か?」 「うん……」 しばらくそのままでいたら、急に身体が浮き上がるような感覚に包まれた。 目を閉じているのにやけに周りが明るく感じる。 これって…… 「志波さん……また会える?」 「ああ……おまえがオレとずっと一緒にいれば、必ず」 「うん……ぜったい……」 「待ってる……」 志波さんの声が遠くで響いてると思った直後、自分の周りから重力が無くなった。 もうすぐ夢から醒める。 目次へ |