05.想うのはキミのことばかり
ピピピッ ピピピッ (目覚まし……?) ベッドサイドに手を伸ばし、音の出所であるデジタルの置時計をつかむ。 顔の前まで持ってきて時刻を見れば0時ぴったりだった。 (いや、待てよ……?) さっきまでオレはリビングにいなかったか? そう。確か、中身が18になっちまったと、ソファに…… ここはベッドの中、だよな? ぼけた頭の中をどうにかしてひっくり返そうと軽く振っていたら、腕の中でもぞもぞと柔らかいものが動いた。 「んん……勝己?」 勝己――と呼ぶ声はのもの。 だが、さっきまで一緒だったヤツはオレのことを「志波さん」と呼んでいた。 今は、違う……確かに名前を呼ばれた、よな? 「おまえ…………、なのか?」 「んー……? ふふっ。はい、私がちゃんですよ?」 勝己ってば寝ぼけてるのー? と、クスクス笑う。 その息と柔らかい髪がオレの喉元をくすぐる。 ……さっきまでのは夢だったのか? 夢にしてはいろんな感覚がリアルに思い出せるんだが…… 「ねえ、今、目覚まし鳴った?」 「ああ……おまえがセットしたのか?」 「うん、そうだよ」 「どうしてこんな夜中に……」 「んふふふふー! お誕生日おめでとう、勝己!」 「は……?」 「――って一番に言いたかったからでーす」 「誕生日……」 やはり夢だったんだろうか……18のと過ごした一日は。 あいつと話した内容、行った場所――観覧車の血の気の下がる感覚、食ったものの味。 どれもしっかり覚えている。 そんな夢なんて、あるんだろうか? 「おーい、勝己? ホントに寝ぼけてるの?」 「いや……そうじゃねぇ、んだが…………」 「う……じゃあ嬉しくなかったとか、起こしちゃって怒ってるとか……」 「そうじゃねぇ。おまえに祝ってもらえるのが一番嬉しい……サンキュー」 そう言って額にキスを落とせば、はくすぐったそうに身をよじる。 ああ、これは……いつものだ。 またオレの腕の中に戻ってきてくれた。 離れることは無理だっと知った一日。 そして、大事なことを思い出した一日。 あの一日が全部夢だったとしても、オレは忘れない。 頬に手を添えて上を向かせ、今度は唇にキスする。 もう二度と消えないように、優しく、そっと、触れるだけのキスを。 「」 「ん?」 「聞いてほしいことがある」 「なに? どうしたの? そんな真剣な顔して――あ、移籍のこと?」 「ああ」 「それなら……さっき聞いたじゃん。応援する。がんばれ!」 その笑顔の裏側――コイツの気持ちを読めなかったオレは本当にバカだ。 気持ちを抑えこむ必要なんてねぇのに…… それを伝えたくて、もう一度キスしてからギュッと抱きしめた。 「一緒に来てほしい」 「え? そんなの……ムリ、だよ…………」 「どうしてだ?」 「だって……、勝己は新しいチームで結果出したり、新しい場所でファンを獲得したりしなきゃならないんだよ。私が一緒に行ったら邪魔になるもん……」 勝己の仕事を邪魔したくない――と、は言った。 同じだ。 オレ達は。 想うのはいつもおまえのことだけ。 けどな。 想いすぎて本当の気持ちを言えなくなるなんてバカだ。 お互いに。 「オレも、おまえの仕事や夢を諦めさせたくないと思った。だから、さっきはついてこいと言えなかったが……」 「うん」 「だが……ムリだ」 「無理……って、何が?」 「おまえと離れるなんて、ムリだ」 「勝己……」 「おまえは? 平気、なのか?」 ずるい質問だ。 の本心は18のから聞いて知っている。 夢だったのかもしれねぇけど…… だから、おまえの口から聞かせてほしい。 「平気っ」 「……」 「平気…………」 「っ……」 「平気、平気、へーき………………なわけないじゃん!」 こらえてたものが一気に噴き出し、はワッと泣き始めた。 オレはそんなを力いっぱい抱きしめて「好きだ」「ずっと大切にする」とだけ何度も何度も繰り返した。 ピピピッ ピピピッ 浮上する意識。 物凄く遠くで目覚ましのアラーム音が聞こえたような気がした。 「ふわわっ! 落ちてたー! って…………あれ?」 今、寝落ちしたよね、私? 何時? 時計に並ぶ数字は00:05。 さっき見たときは23:59だったから…… まだ5分ぐらいしか経ってない? それなのに。 なんだろう? なんか、ものすごーく疲れたような、それでいて頭の中はすごーくスッキリしたような…… んー……? 夢を見た、ような? ……気がする。 なんだっけ? うぅ……思い出せない。 でも、5分だけだし、夢なんて見る暇ないか…… けど。 なんていうか、長い時間をどこかで過ごしたような……身体の感覚がさっきと違うような気がするんだけどなぁ…… 気のせい、かなぁ……? 今日――もう昨日だけど――いろいろあったから、違うと感じるだけかもしれない。 でも、さっきまでとは、何かが絶対違うんだ。 (志波………………) 寝ちゃう前は「バカー!」って叫んでたのに、今はそうじゃない。 (会いたい、な) なんだか、今、ものすごく志波に会いたい。 会ってどうするか、なんてわからないけど、とにかく会いたい。 電話でもメールでもない。 会いたい。 もう寝ちゃったかな? ――眠れなかったりすること、ないか? ――理由、一緒だったりしてな。 今、そうだといいのに…… 私が志波のことばかりを想っているように、志波もそうだったらいい…… 「……決めた!」 パジャマからジャージに着替える。 ジャージの上にウィンドブレーカーを羽織る。 髪を結んで、それから携帯を持って…… お父さんとお母さんを起こさないよう、そっと家を飛び出した。 走れば20分ぐらいのはず。 志波の部屋の明かりが消えてたらそのまま帰ってくればいい。 もし明かりがついてたら……電話、してもいいかな。 でも、何を言えばいいんだろう? …… …… あうぅ……言いたいことがまとまらない。 考えながら走っていたら、あっという間に中間地点の神社前に差しかかっていた。 (ハァ、あと半分……) と。 向こうから人が来る気配。 こんな真夜中にここを通る人がいるなんて。 向こうも走ってる。 スピードがある。 結構大きい人みたい。 って…… あれ…… 「あ……」 「あ……」 お互いにスローダウンして向い合せに立ち止まった。 だけど、止まったのは足だけじゃなくて頭の中身もだった。 「……」 「……」 それは志波も同じだったみたいで…… ぽかんと口を開けたままフリーズしている。 私も。 会いたいって思って飛び出してきたのに、何も言えないし何もできない。 二人して全力で走ったあとの荒い呼吸を繰り返すだけ。 しばらくしてから、ふーっと長く息を吐いて先に呼吸を整えたのは、志波。 「こんな時間に、何してる……」 「志波こそ……ど、どうしたの?」 「オレは……フゥ…………少し、話、いいか?」 「うん……」 神社の石段をのぼっていく志波の後ろについていく。 のぼりきった場所の横にある建物の前で志波が立ち止まった。 境内は暗いけど、そこだけは月明かりが届いていた。 志波と私の微妙な距離。 さっきから、なんだか気まずい…… 「……悪かった」 振り向きざまにそんなことを言われた。 あのことを言ってるんだとはわかってるけど、うんともううんとも言えない私。 「二人きりでいたら……抑えられなくなっちまった……悪ぃ」 「志波……」 「こわがらせた、よな? 悪かった……」 「えっと……」 確かにあの時、志波をちょっとこわいと思った。 いつもの優しい眼じゃなくて、なんだか苦しそうに揺れてたから。 見たことない眼だったから。 「そんな不安そうな顔、するな……」 そう言ってのびてきた大きな手が、私の頭の手前で一瞬止まる。 触っても大丈夫か? って、言われたわけじゃないけど……志波のほうが不安そうな顔してる。 だから、その手をつかんで私のほっぺに押しつけた。 「お、おいっ……」 あったかい。志波の手。 でも、もっとあったかい場所を私は知ってる。……ような気がする。 なんで、そう思うんだっけ? でも…… パフン 「なっ……!!」 志波の胸のあたりにおでこをくっつけると、ホワッと志波の体温が伝わってくる。 うん。あったかい。 志波は困ってかたまってる。 あの時は逃げたくせになんで? って思ってる。きっと。 「志波」 「…………どうした?」 「好き」 「っ……」 下から見上げてみたらビックリして、さらにかたまってる志波の顔。 「志波は?」 「……」 志波が何か言ってくれたら、気まずいのも、こわかったのも、みんな無くなると思って聞いてみたんだけど…… 無言だし……それに、だんだん眉間に皺がよっていくのが見える。 不機嫌にさせちゃったのかな。 ついに短い溜息まで吐かれてしまった……うぅ…… 「……………………もう、ムリだ」 「へ? わっ!!」 いきなりギュッと抱きすくめられた。 うぅ……く、苦しい…… ……けど、 さっきまで気まずくて不安だったのがスーッと無くなっていく。 身動きできないのに安心できる。……なんて、変? 「好きだ」 低い声がちょっと掠れて鼓膜を振動させる。 「好きだ」 くすぐったさに身を縮めたら、さらに強く抱きしめられた。 「人が抑えようとしてんのに……おまえは……」 「え?」 「また抑えられなくなるだろ…………」 「あ……えっと…………うん。わかった」 「わかった? ……どういう意味だ?」 「えっと、またこわくなったら逃げちゃうかもしれないけど…… でも、志波のこと好きだから……その、いつかは…………」 「っ……?! 今、なんて…………」 「え? あ、あーーーっ…………とか、思ったり、思わなかったり? なーんて……」 うわーーーっ! 恥ずかしいこと口走ってしまった! ごまかしてみたけど、なんてヤツだって、あきれられちゃったりして…… 私のバカバカバカーーー!!! 「…………」 「ふぇっ? んーーーっ?!」 突然のキス。 いつもの優しく触れるキスじゃない。 あの時の熱くて苦しかったのでもない。 食べられちゃうっ! あれ? 今日は満月じゃないのにぃ…… …………って関係ないしっ! でも、その力強いキスは一瞬で、そのあとはまた抱きしめられていた。 「フーーーッ…………」 「……志波?」 「いつかは……だったな?」 「え? あ……う、うん?」 「そん時は逃がさない……って言ったら、どうする?」 「えぇっ?!」 「冗談……」 「び、びっくりした……」 「……じゃないかもな」 「えええっ?!」 「ククッ……大丈夫だ…………しばらくは……」 「し、しばらく?」 「……たぶん、な」 た、たぶんって…… 冗談っぽく言ってるけど目が笑ってないよー、志波? ……もしかして私、とんでもないこと言っちゃった? でもでもでも。 なんでかな? 志波の腕の中がとっても心地よくて。 この先もずっとずっと包んでくれるなら、冗談じゃなくてもいいかななんて思ってしまう自分がいる。 どうしてそんな風に思えるようになったのか……全然心当たりがない。 でも胸の奥に感じるあったかさはどんどん膨らむ。 志波のことを想えば想うほど。 不思議な夜だった。 (おわり) (おまけ 〜 未来の二人のその後 〜) 「勝己?! ちょっ! 待って!」 「待たない……」 「なんでーーー?」 「……オレは丸一日我慢した。待てない」 「えぇっ?! 丸一日ってなんのこと? だって、さっきした――」 「もう黙れ…………」 「――!!!!」 (ホントにおわります) 目次へ |