05.花冷え<志波Side>


アイツが同じ高校のヤツだと分かったのは入学式の翌日。
新入生のスポーツ測定の時間。

女子の1000m。
そこにアイツがいた。

遠くから見たアイツは
やはり風と光を孕んで
美しいフォームで走っていた。



しかし
朝礼台にオレと並んだときのアイツは
オレの横でピリピリとしたオーラを発していた。
毛を逆立てて周りを威嚇するネコのようだ。

なんなんだ、このギャップは?







翌日の早朝。
いつもの時間にアイツは前を走っていた。
追い抜く瞬間、やはり、何かに挑むような瞳をしている。

何故なんだ?

いつもと同じく、抜き去って、距離を広げる。

何故かアイツは
抜き去る手前から
その後しばらくオレが遠ざかるまで
スピードを上げてくる。

いったい何をやってるんだ?



ドサーッ!



後ろで突然した派手な音にビックリして振り向く。

アイツが転んでいる。

オレは足の運びを緩めて止まった。

つったのか?左脚?

こんな冷える日に無茶なスピードで走るからだ。
力をセーブできないなんて
選手としてどうなのか、と本当に思う。

とりあえず、見ちまったからには、
置き去りにするのも悪いと思って戻ってみた。

「…おい」

大丈夫か、とか言った方が良かったのかもしれないが、
コイツのピリピリしたオーラにそんな言葉も出てこない。

「志波勝己…」

オレの名前を知っているのは
学校で会ったのだから当然だが、
なぜフルネームでつぶやく?

なんなんだ?いったい?

「な、なんでしょうか?」

そのうえ、敬語か?
同学年って知ってるはずだよな?

普段からオレを怖がって敬語を使ってくる奴らはいるが
こいつの場合は怖がってというより
オレを寄せ付けないような言い方だ。

ムカついてきて、こっちもいつも以上に突き放した言い方になる。

オレはコイツに何かしたのか?

まだ痛むだろうに
無理やり立ち上がるから案の定よろけた。

思わず手を伸ばして腕を支えてしまった。

離すに離せない。

一番近くのベンチを確認し、
そこまで無理やり連れて行って座らせた。

運んでやってる間、何かブツブツ文句を言っているようだし、
オレが何か声をかけても、返ってくる言葉には、端々に棘を感じる。

このままココに置いてトレーニングに戻ろうか
それとも回復するのを見届けた方が良いのか
さっぱり分からない。

完全に立ち去るタイミングを逃して
扱いに困り果てて
突っ立っていたオレにアイツが言った言葉。

「あの、もう大丈夫ですから、志波…君は私に構わずトレーニング続けてください。」

それをきっかけにそこから離れることができた。



走っている時のアイツ
オレと関わっている時のアイツ

この2つがどうしても結びつかない。







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