おかえし
「サンキュ……大切にする」
「……気にいってくれた?」
「ああ……」
「よかったぁ……」
ものすごく悩んだプレゼント。
買ってからも、もっともーっと考えた方が良かったかもしれない、なんてモヤモヤしてた。それこそ渡す直前まで。
でも喜んでもらえてホントによかった……。
ホッとして力が抜けてえへへっと笑ったら、志波もフッと優しい眼になった。
大きなあったかい手がポンポンと頭を撫でてくれる。
この手に撫でてもらうと胸の内側がジンワリとあったかくなるんだよなぁ。不思議。
部屋の中が暖かいからっていうのもあるけど、気持ちよくてついついトロンとなってきちゃう。
「何かしてほしいこと、ないか?」
「え?」
「プレゼントの礼だ」
「えぇっ?! いいよ、別に。だって誕生日のプレゼントなんだから」
「何かしたい。おまえに」
「したいって言われても……」
わたしの方がお祝いする側で、何かしてあげるならわたしの方なのに。
さっきのプレゼント、そんなに嬉しかったのかな?
答えにつまってしまったわたしに顔を近づけて「ほら」とか「なんでもいいぞ」とか志波はかなり真剣だ。
そこまで言うのなら……と考えてみるものの、なかなか思いつかない。
志波にしてほしいこと、志波にしてほしいこと……
「えっと……じゃあ、頭。も一回、ぽんぽんってしてほしいな」
「わかった……」
ぽんぽんと優しく繰り返してもらう。
うん。やっぱり心地いい。
なんでだろう? 身体から変な力が全部抜けてフワーッと浮かんでくみたい。
気持ちよくて思わずポテッと志波の胸に寄りかかった。
「おい……」
「ん……ありがとう」
「いや……他には?」
「ふぇっ?」
「他にもないか? してほしいこと」
「んー……?」
他にも……?
フワフワと気持ちよくてあんまり頭がまわらないんだけど……。
何かあるかな……他に……んー…………
志波の身体、あったかいなぁ。
このまま眠ったら気持ちよさそう……。
あ……そうだ。
「……なまえ」
「なまえ?」
「うん。呼んでほしいな」
「っ……」
わたしも志波も、高校の頃からの呼び方――苗字の呼び捨てに慣れちゃって、なかなか下の名前で呼び合うことがない。
大学に入ってからもそれは変わらない。体育大のせいか、高校のときよりも呼び捨てで呼び合う友達が増えちゃって、よけいに名前呼びから離れているような気がする。
だから、ね。
こんな風に気持ちの良い時に、名前で呼んでもらったら、もっと気持ち良いかなぁって思ったんだ。
名前を呼んでもらいながら眠ったら、いい夢を見られるかもしれない。
「……んと、ムリしなくていいからね」
「いや……ムリじゃねぇ。ちょっと、待ってろ……」
フーッと長く息を吐いてる志波。
そんなに気合い入れなくても良いのに。
さっきの頭ポンポンだけで十分だよって言おうと思ったら、肩をつかまれた。両方とも。
寄っかかってたのに少しひきはがされて眠気がさめてしまった。
わたしは動けない。
押さえつけられるような物凄い力が入ってるわけでもないんだけど。
痛くもないんだけど。
でもギュッと。なんていうか、絶妙(?)な力加減。
それで――
「……」
志波の口元がわたしの顔のすぐ横に来て、わたしの名前を……
ぼそっと……
耳元で……
う……
……
……
うあああああああああああ!
こ、こそばゆいいい!
ううん! こそばゆいってゆーか背筋がウゾゾーってなったああ!
ウゾゾーっていうかゾワワーっていうか……ゾクゾクってなったあああ!!
心の中は大パニック。だけど――身動きが取れない。
肩をつかまれてるからじゃなくて、声が、身体の中をブルブルと震わせて通り抜けていったから。
あの一声で、全身の力が抜けてしまった。
「……」
また……。
二度目のそれは、耳に触れそうなぐらい近くで聞こえた。
近付いた分、さっきよりもボリュームは小さかったはずなのに、震動はさっきよりもすごくて、耳の奥も、頭の中とか首の後ろの方とか、背中とか……
全部全部震えた。
「し、志波……あの、も、いいから――」
「おまえも……」
「はい……?」
「なまえ」
「え? ……って、志波の?」
「ああ……な?」
「う……」
ずるい。ずるい。ずるい。
そんな声で「な?」なんてお願いされたら断れるわけないじゃん。
わたしの反応を面白がってわざとやっているのか、そうじゃなくて真面目に真剣に言ってるのか、もうそんなのはどっちでもよくって。
とにかくわたしは抵抗する気も起きないし、なにより頭に力が入らない。
言われたままにするしかない。
「か……勝己」
「……もう1回」
「勝己……」
「…………」
ハァって嬉しそうな溜息が耳元で聞こえる。
その息さえも。
「……」
わたしの名前を呼ぶ声にも。
わたしは震える。
今日は志波の誕生日。
わたしがあげたプレゼントに志波はすごく喜んでくれた。
貰えるとは思っていなかった志波からのおかえし。
いい夢を見られるかもしれないなんて考えが甘かった。
わたしはめろめろになって天国へ行ってきたのでした。