70.進路






(うふっ。うふっふふっふっふっふっ)



クラス替え発表の掲示板の前。
ピースした両手を高く上げながらゴールテープを切る、
まるでそんな気分。
だってだって! また志波と同じクラスになれた!
卒業まで一緒、嬉しいなぁ……自然に笑っちゃうのも仕方ないのだ。



「そんなにオレ様と同じクラスになれたのが嬉しいのか?」



いきなり人の顔を覗きこんできたのはニヤニヤ顔の針谷。
ビックリしてのけぞったら
後ろにいた人にぶつかってしまった。



ちゃん、つかまえた」

「あ、クリス、ごめんね」

「今年も一緒やね。よろしゅう」

「うん、よろしく。そっか、クリスも一緒なんだ」



そういえば他のクラスメートを確認してなかった。
えっと……
佐伯と津田、伊藤……と、氷上は初めてだな。
女子は……はるひと千代美、藤堂、水島、あかり、結花。
…………なんか、勢ぞろい?

今年も体育祭のクラスリレーは優勝できそう!
何といっても3年生だし高校最後の体育祭だし。
なんだかテンションあがってきたーーー!



「オレ様には挨拶はなしかよ?」

「針谷もよろしく」

「おう! よろしくな!
 ……っつーか、オマエ、顔がチョーにやけてたぞ、さっき」

「そ……そんなことないもん!」

「そんなことあるっつーの。なあ、志波?」

「へ?」

「……」



振り向いたらクリスの横に志波が立っていた。
今来たばかりで何の話を振られたのかわからないのか
私とクリスを交互にジッと見ている。



「あー……志波クン、パス♪」



クリスがつかまえてくれていた私の肩は
志波へとパスされた。



「ハリーくん、ボクら先に教室行こか」

「ん? おお、そうすっか」

「ほな、志波クン、ちゃん、お先に」



行っちゃった……。
なに慌ててたんだろう?



「えーっと……おはよう、志波」

「おはよう」

「また同じクラスだね」

「だな」

「志波と一緒で嬉しいな」

「っ……」



志波も嬉しいって思ってくれるかなって
下から顔を覗き込んでみたら
なぜかビックリしてる?



「……教室、行くか」



……照れてるだけ、かな?











なんとなーく予測はしていたけれど
担任の先生は――



「おはよう、3年生のみなさん。
 今日からみなさんの担任になります、若王子貴文です。
 間違って2年生の教室に入った人いませんね?
 先生は、間違えませんでした」



エッヘンと威張っているけれど、
それってあたり前だと思う。
確か去年は間違えたって言ってたから
先生にとっては凄いことなのかもしれないけど……。
それとも先生なりのジョークなんだろうか?
いや、ないな。絶対ない。天然だ。



「若ちゃーん! 時ちゃんはー?」



期待がこもった男子の声に
先生がにこやかに答える。



「時任先生は2年生の担任になりました」

「ええーっ?!」「じゃあ副担任はー?!」

「いません。先生ひとりです」



がっくりしている男子たちに気付いているのかいないのか
若王子先生はなぜか胸を張っている。



「先生だってひとりでできるんです。
 教頭先生をギャフンと言わせてやります」



そんなつぶやきが聞こえたのは
一番前の席に座っていた私だけかも……。
はぁ……。



「今日は進路希望調査票を記入してもらいます。
 書けた人から指導室に来てください。
 自分を見つめるよい機会だと思うので、
 一緒に考えていきましょう」



進路かぁ……。
春休みの間にもいろいろ考えてみたけれど、
今年はインターハイに向けて夏までは部活に専念したいし、
そう考えると勉強をしている余裕は無いだろうし。

だから、今の自分の頭で入れるところっていったら、
一体大だろうなぁという考えに結局は落ち着いていた。
二流も考えたけれどやっぱり勉強が追いつかないと思う。
陸上ができるならどこでも同じだし。

志波はどうするのかな。
野球続けるなら一体大かな。
そうしたら大学も一緒に通えるんだ。
大学生ってどんなだろう……なんか楽しそう…………



さん。さん? いないようですので欠席に○を……」

「……え? あ! います! はいはいはい!」



ボーっとしてたら若王子先生に意地悪された。
ちょっと浮かれてた。
反省……

……にしても、私ももう3年生かぁ。
高校生活もあと三分の一なんだ。
あっという間だ。1年なんて。











さんは一流体育大学、ですね」

「はい」

「ふむ……どうして?」

「えーっと、陸上ができて今の成績でも入れそうだから?」

「それだけ? さんは大学で陸上だけをするの?」

「え……」



若王子先生の目は真剣だ。
こういう時の先生は冗談も意地悪も言わない。
考えてみないといけないことなんだ。
でも、いきなりそんなことを言われても……



「まあ、今は良いです。
 でも、大学で何をしたいのか何を学びたいのか
 それも考えると良いと思いますよ?」

「はい、考えてみます」

「それはそうと、先生が渡したアレは役に立ちましたか?」

「あ……はい! ものすごく!」



春休みに先生に相談して
もらったモノは
すごくすごく役に立った。












春休みの後半から貴大のリハビリに付き合う日々が始まった。



毎日、自分の部活以外の時間はほとんど付き合った。
だって、ストレッチは一日でも間を開けてしまうと
取り戻すのが大変になってしまうから。

肩周りのストレッチは難しい。
肩には複数の腱が複雑に繋がっている。
その先には背中や首、胸、腕があって、
さらにいろんな筋肉が繋がっている。

だから一人では上手く出来ないストレッチもあるのだ。
貴大が病院で指示されてきた方法を私も覚えて補助する、そんな毎日。

が来ないなら何もしない」っていうのは
「サポートする人がいないとできない」なのだと思えば
単なる貴大の我儘じゃないってわかる。

怪我をしてから治療のためにしばらく動かさなかった部分をほぐすのは時間がかかる。
いきなり伸ばせばまた痛めてしまうし、
足りなかったらストレッチの意味がない。

それから下半身は筋力が衰えないようにトレーニングも必要だった。
上半身、特に怪我した肩周りに負担をかけないようなトレーニング。
これも病院から教えてもらった方法で。



でも、私が直接聞いたわけではないし、
聞いただけでの内容でサポートするのは
結構難しいことだった。



本屋や図書館でリハビリについての本を探したけれど、
スポーツ選手のためのリハビリ本は全然無くて、
それで、若王子先生に相談したんだ。
「怪我する前と同じかそれ以上になるリハビリ方法を教えてください」って。



「そうですねぇ……これなんかどうでしょう?」



と言って先生が見せてくれたのは
私が探しても見つからなかった
スポーツ選手のためのリハビリについて書かれたものだった。
――何かの本のコピー?



「それ、あげます」



そんな言葉に甘えて
もらったコピーの束を家で読んだ。
身体の構造を細かく解説してあったり、
怪我をしている時と回復期、回復後の
ストレッチの方向や
筋肉別トレーニングの方法が
細かく細かく説明されていた。











「あんな本、どこにあったんですか?
 図書館で探したけど見つからなかったんですけど」

「ああ、アレは……これです」



先生が見せてくれたのは
英語の文字が書かれた分厚い本。



「え? それって英語?」

「はい。先生が中身を訳しました」

「ええっ?! ホントに?!」

「はい。先生もなかなかやるでしょ?」

「はい、すごいです……」

「あの……さんにあんまり素直に褒められると、ちょっと不気味……」

「不気味って……だってホントにすごいと思ったのに」

「ありがとうございます。
 でもね、この本は一体大にもありますよ」

「え……」

「身体の力学や生理学――仕組みという分野を
 専門にしている教授が一体大にはいらっしゃいますから。
 興味、あります?」

「……はい」

「何がやりたいか、何を学びたいか。
 興味のあるところから考えると良いかもしれないね」

「はい」



そっか……
陸上は部活としてどの大学でもできるかもしれないけど、
その大学でしか学べないことってあるんだ。
私、全然考えてなかった……。

何も考えないで進学して
4年間をただ過ごすんじゃないもんね。
そこで何ができるのか……ちゃんと考えよう。



「若王子先生、ありがとうございました!」

「うん。悩んだらいつでもおいで」

「はい!」



一流体育大学。
そこに決めるとしても
どんなことができるのか
ちゃんと調べてみよう。

ああ、なんだか目からうろこ。

やっぱり若王子先生はすごいのかもしれない。
時々だけど、ね。








Next→

Prev←

目次へ戻る