69.お見舞い




私――の体育会系ポリシー。
友達を呼ぶ時は苗字か名前の呼び捨て。あだ名は使わない。
年上は「先輩」または「先生」または「さん付け」で呼ぶ。
挨拶&大きな声は基本。
などなど。



それから……



友達を大切にする。



体育会とは関係ないかもしれないけど
ポリシーじゃなくて当たり前のことかもしれないけど
ゆずれないのだ。











「よっす!」
「貴ちゃん、ハピバー!」

「おー、サンキュー!」



4月1日は貴大の誕生日。
お祝いに来たというのは
建前でもなんでもなく
本当の気持ちなんだけど、
貴大の怪我、気になってたのも本当で……

だから今日は同中の仲間と
貴大の家に押しかけた。



「貴大、ハピバ」

「おう、。サンキュー」



ケーキにろうそくを17本も立てたら
火事のようにボーボー燃えて
みんなでバカみたいに笑った。

ジュースで乾杯して
プレゼント渡して
ケーキとお菓子を食べて。



「タカ、どうなんだよ、怪我の調子は?」

「うーん、まあまあ? 痛みはだいぶひいたかな」

「よかったね、貴ちゃん!」

「おー、俺って無敵? ははは!」

「んだよー。心配して損したぜ……」

「悪い! それより、ケーキ食っちゃおうぜ。これヤバウマだよな」

「それね、の友達がバイトしてるお店で買ってきたんだよ。ね」

「え? あ、うん。貴大も文化祭で会ったことあるよね。西本はるひって子。覚えてる?」

「んー……? あ、関西弁の子?」

「そうそう」

「思い出した思い出した。声が可愛かった子だ!」



はるひの話で盛り上がり始めたみんな。
私はその中心にいる貴大をジッと見ていた。

さっきから、なんか違和感があるんだよなぁ。
貴大の明るい笑顔。
楽しそうに喋ってるとこ。

それはいつも通りと言えばいつも通りの貴大。
なのに、なにかな?
なにかが違うような気がする。










「ばいばい」
「じゃあ、またな」



結局、あの違和感が何だったのかわからないまま
帰る時間になってしまった。



「貴大、またね」

「……」

「貴大?」

「あ……おう、またな」



歩き出すみんなについて行きながら
私はまだ考えていた。

笑いすぎってぐらい笑ってた貴大。
いつもよりハイテンションだったような……

それからバイバイしたときの顔。
疲れただけなのかもしれないけど、一瞬表情が消えた。
瞳から色がなくなったような
温度がなくなったような……
あーいう目、どこかで見たような気がする。



(んー……気になる)



春の甲子園。
貴大の試合が終わってから
1週間ちょっと。

あの時、テレビで見た貴大は本当に辛そうで
見てるこっちも胸が痛くなった。

1週間ちょっと――それしか、経ってない。

貴大は……私に似てて、負けず嫌いで、強がりで……



(ああ、そっか…………)



「あのー、私、忘れ物しちゃった、みたい……」

「えー? 何忘れたの? のドジー」

「アハ……ハ。あー、っと、取りに戻るね。みんな、また!」



またねという声を背中で聞きながら
貴大の家へと走った。










おばさんに忘れ物だって嘘をつくのは
ちょっと心苦しかったけど……



(ふぅ……)



一つ深呼吸してから貴大の部屋のドアをノック。
……だけど返事がない。
さっきのはやっぱり疲れちゃっただけで
もしかしたら今は眠ってるのかもしれない。



「貴大……?」



そっとドアを開けて覗いてみたら
貴大はベッドに背を預けてぼんやり座ってた。



「なにしに戻ってきたんだよ?」

「なんとなく、気になって……」

「……なにが」

「なにがって言われると、よくわかんないんだけど……」

「なんだよ、それ」

「うん、なんだろね」



私は何も言わずにテーブルを挟んで向かい側に座った。
教えてってしつこく言ったら
意地になってきっと何も教えてくれない。
別になんでもないって言うに決まってる。

だから貴大から言ってくれるのを待ってた。
そうやって、しばらくじっと待ってたら、
貴大がポツリと呟いた。



「俺……野球やめるから」

「え……?」

「聞こえなかった? やめるって言ったの」

「え? でも、怪我、まあまあって、さっき……」

「ああ。ちゃんと治療してリハビリすれば
 1ヶ月ぐらいで普通の練習はできるって言われたよ」

「それなら……夏の大会にも間に合うよね?」

「ああ、そうだな。でも……
 俺の調整ミスで一回戦負けしたんだぞ。
 調子悪いの隠して、マウンド登って……
 俺の勝手な判断でみんなに迷惑かけたんだ。
 そんなのチームのヤツらに顔向けできないんだよ」

「……だから、やめるの?」

「そう」

「でも……」

には、わかんないよ」



私にだってわかるよって言いたい。
けど、確かに私の陸上は個人競技だ。
4継とかマイルとか駅伝とかに出れば仲間と一緒だけど、
野球みたいに最初からチームでやるって感覚は
わかってないのかもしれない。

でも、

でも、



「夢は?」

「は?」

「夢はどうするの? お正月、凧に書いてたじゃん」



貴大の今年の書き初めは「一位指名」だった。
去年は「甲子園」って書いて、ちゃんと甲子園で勝ってきた。
その前だって全部野球のことだった。



「夢、か……」

「そうだよ。
 夢に向かって頑張って
 一つずつ実現してる貴大のこと、
 ずっと尊敬してたんだよ、私。
 そんな貴大を見て、
 私も頑張ろうって、負けるもんかって、やるぞーって
 パワー貰ってたんだよ」

「俺は、なにもしてないけどな……」

「ううん。してる。してた。
 それに大好きなもの忘れるなんて絶対無理だよ。
 貴大は野球が大好きで大好きで大好きでしょ?
 そんな簡単にやめられるはずない」



はぁ…………ダメだ。
夢とか目標とかの話になると、
どうして私はこう感情的になっちゃうんだろう。
泣かないように我慢してるけど鼻の奥がツンとする。

怪我は治るんだから……。
だからやめるなんて絶対ダメだもん。
あきらめるなんて絶対ダメだもん。



「……そんなに、俺に野球続けさせたい?」

「あ……うん! うん!」

「ふーん……。じゃ、リハビリ付き合ってよ」

「へ? りはびり?」

「そ。がリハビリ付き合ってくれるなら、やめない」

「貴大……」

「1ヶ月ぐらい。の部活のない日だけ。……どうする?」

「そんなの――――」











その日の夕方。
私と志波は森林公園を散歩した。

いつもの年よりも早く満開になった桜。
4月になったばかりだっていうのに
風に乗って散り始めている。

夕焼けの空。
満開の桜。
風に舞う花びら。
志波の横顔。

見上げるていると
この景色の中に
志波と私しかいないんじゃないかって
錯覚しそうになる。
なんていうか……



「幻想的だよな」

「うん……夢みたい」

「夢……?」

「うん。
 志波と一緒にここにいることとか、
 同じものを見て同じように感じてることとか、
 それから、こんな風に手つないだり、とか……えへへ」

「そうか……じゃあ、これは?」

「っ?!」



急に目の前に影が落ちてきた。
ゆっくり歩きながらで
ホントに一瞬触れるだけだったけど
気付いた人なんていないかもしれないけど
頭から湯気が出るほど顔が熱い。



「今のも夢か?」

「もうっ……なんで、いきなりあーいうことするかなぁ……」

「おまえが、かわいいこと言うからだ」

「な、なに言ってるんだか……」

「ククッ……ほっぺた、赤い」

「ひゃっ?!」



ほっぺを指の背でスッと撫でられて
それが私にはくすぐったくて
変な声は出るわ
身体は竦むわ……

それなのに志波は楽しそうに笑ってる。
私も楽しくないわけじゃないけど
やられっぱなしはくやしい。



「……ハハ」

「むぅっ……そこまで笑わなくても……」

「笑って悪かった。でも、かわいのは本当だ」

「もうっ、恥ずかしいよっ……」



かわいいとか……
そんなに何回も言われたら
照れちゃうんだけど……

なんで志波は全然平気そうなの?

繋いでいた手を振りほどいて
志波の胸元をポカポカしてたら
ふわりと腕の中に閉じ込められてしまった。



「はわわ……」



あああ……
もう頭の中が沸騰して目の前がグルグルするぅ……。

こ、こういう時は、
置かれた状況に身を投げ出した方が良い。うん。
試合前で緊張するときの、私なりの対処方法。

目を瞑って

身体の力を抜いて

呼吸に集中する

全部息を吐ききって

そして吸う



あ……志波の心臓の音、聞こえる。
心地良いリズム。
少し落ち着いてきた、かも。



「さっきの話……がしたいようにすればいい」



さっきの話……?
貴大のリハビリに付き合っても良い? って言ったこと、かな。

――そんなの決まってる。

私は貴大にそう答えた。
友達が夢をあきらめるところは見たくない。
私が力になれるなら協力してあげたい、そう思った。
それを志波にそのまんま話したんだ。



「志波、ありがと、わかってくれて」

「いや……正直、わかってねぇ」

「え?」

「オレも、おまえやいろんなヤツに背中押してもらった。
 鈴木にもそういうヤツが必要なのかもしれねぇ。
 ……けどな。
 それはおまえじゃなきゃダメなのか?」

「それは……だって、友達だし……」

「ダチ、か……」

「うん」

「そうか……」

「うん」

「………………」

「志波?」



私の頭のてっぺんに志波が顔を埋める感触。



志波がその時何を想ってたかなんて……
少しだけ傾いた志波の体重を支えたり
静かに繰り返される志波の呼吸を意識したりで
全然考えてる余裕なかった。



考えなきゃいけなかったのに。



冷たい風が吹いて
桜がたくさん空に飛んでいった。









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