68.春休み |
「おじゃまします」 「っ…………」 「? どうしたの、志波?」 「嫌な予感が……」 「えっ? なんかまずいんだったら、帰った方がいい?」 「いや。おまえが帰る必要はねぇだろ」 「そう?」 「当たり前だ」 そうきっぱりと言った志波の顔はちょっとふてくされたような感じ。 「まあ、帰るっつっても帰さねぇけどな」 頭の上に大きな手がぽんと乗った時にはもう笑顔になってたけど。 うん。私も帰りたくないよ。 せっかく遊びに来たんだし、ね。 春休み、部活の無い日曜日。 今日は志波の家に来た。 お天気が良くてお出かけ日和なんだけど、 それはひとつめの目的が終わったらってことで…… 「いらっしゃーい!」 「あ……こんにちは!」 「どうぞどうぞ。早くあがって。今ね、ちょうどホットケーキ焼いてたのよ」 確かにとってもいい匂いが家の中に充満している。 バターやシロップがじゅわーっと染みだすのを想像したら おなかがぐーって鳴っちゃった。 横で「クッ……」と笑いだした志波をじとっと睨む。 でも全然効果無いみたいでさらに笑われてしまった。 うぅ…… リビングに通してもらったら、キッチンの中に別の人影発見! あれは……!! 「よう! いらっしゃい!」 「真咲先輩!? どうしてここに!?」 「はぁ……やっぱり…………」 志波は溜息。 さっき言ってた嫌な予感ってもしかしなくても先輩のことだったんだ。 「元春……何しに来た?」 「んー? こないだ色々お裾分けしてもらったからそのお礼になー」 「お裾分け……」 「おう。で、おばさんと話し込んでたら、おまえらがもうすぐ来るって――」 「いい……大体分かった……」 「なんだよー、最後まで聞けよ」 「別に、いい……」 「そんなこと言うヤツにはホットケーキ食わせてやらねぇぞ」 「っ……」 久しぶりに会ったけど、先輩相変わらずだなぁ……。 志波とのやり取り、久々に見たけどホントおもしろい。 同級生の中にいると大人っぽく見える志波も 真咲先輩の前だと子供っぽい反応になるのがおかしいんだよなぁ。 カワイイ! なんて言ったら睨まれそうだから心の中で思うだけにしとこっと。 「……なにがおかしい?」 「ん? 別に、オカシクナイヨ……ぷふっ」 「はぁ……」 志波には悪いけどおもしろいのは仕方がないのだ。 ――あ、でも……あんまり笑っちゃったら怒っちゃうかな? ちょっと心配になって 先輩やおばさんに見えないように 志波の小指をそっと握って顔を覗き込んだ。 志波は一瞬ビックリした顔してたけど 「仕方ねぇな……」って笑って許してくれた。 手をくるりと握り返されて逆にビックリして 私の方が笑う余裕なくなったけど…… ホカホカのホットケーキと紅茶、幸せー! 「おーい、ー、バター塗り過ぎじゃねぇの?」 「だってバターの味、好きなんだもん」 「じゃあ、そんなにシロップかけなきゃいいんじゃねぇのか?」 「だってシロップでヒタヒタにするのがおいしいんだもん……もう、ほっといてください、先輩」 「……もっとかけるか?」 「志波……ありがと! じゃあシロップをもうちょっと……」 「甘っ……!!」 「ホント、甘いわねぇ……」 真咲先輩とおばさん? シロップの甘さはそんなに驚くほどじゃないと思いますよ? ――二人が別の意味で甘いって言ったなんて私が気づけるはずもなく…… 「おばさん、オヤジさんは?」 「ゴルフよ」 「またですか? 会社員ってのも大変そうだなぁ……」 「元春くんはそろそろ就職活動だったかしら?」 「そうなんですよねー、ハハハ……」 「大変そうね……頑張ってね! おばさん、応援してるからね!」 「はいー、頑張らせていただきやーす」 へぇ…… これから大学3年になるところなのにもう就職活動なんだ。 大学生って楽しい所って思ってたけど実はすごく大変そう…… そろそろ真剣に考えないとなぁ、進路…… 「あの、先輩?」 「おう、どうした?」 「二流大学の陸上部ってどうですか?」 「なんだー、進路相談か?」 「うん。そろそろ決めないとって思って……」 「ああ……もうすぐおまえらも3年だもんなぁ!」 「そうなんですよー。でね、普通の学部で勉強しながら部活って厳しいのかなぁって気になって……」 「んー、みんなそれなりにやってるぞ。試験前はきつそうだけどな」 「そっかー……」 「は二流に来るのか?」 「偏差値ギリギリだから厳しいけど、陸上部強いから気になるんですよ」 「そうか。来たらいろいろ教えてやるからな…………あ!」 「え? なになに? やっぱり私には無理?」 「違う違う……ちょっと、な」 挙動不審になる真咲先輩を不思議に思っていたら 小さな声で「勝己の目がコワイ」と呟いて 明後日の方角へ視線を泳がせてしまった。 えーっと………… 反対隣に座っていた志波を見てみたけど モクモクとホットケーキを食べてるだけ…… じゃなくて、やっぱりちょっとムッとしてる……? ……あ! 「志波!」 「……なんだ」 「そろそろじゃない?」 「あ? ああ、だな」 「なんだよ、勝己、何かあるのかー?」 「……」 「お前なぁ……そんな露骨に嫌そうな顔すんなよー。兄ちゃん傷つくじゃないか」 「誰が兄ちゃんだ……」 「あらあ、元春くんがお兄ちゃんになってくれたら、おばさん嬉しいわぁ」 「……」 志波と先輩が兄弟で、そのお母さんがおばさん…… 本当にそんな親子がいてもおかしくないと思うのは私だけ? 楽しそうで――志波は不機嫌だけど――羨ましい。 「、行くぞ、オレの部屋」 「え? あ、でも、片付けとか……」 「あー、そっか! わかったぞ!」 「先輩?」 「チッ……」 「センバツの1回戦だろ? 一高、今日だったけな!」 「わあ、当たり! さすが、先輩!」 「あら、テレビならここで見ればいいじゃない。液晶大画面、良く見えるわよー」 「じゃあ片付けは俺がやりまーす」 「元春くん……ホントにうちの子にならない?」 おばさんと真咲先輩はお皿やカップを台所へ運びながらとっても和やか。 対照的に不機嫌な志波。 あきらめたようにソファにドカッと座ってテレビのリモコンを操作してる。 私も志波の横にチョコンって座った。 せっかくお休みの日に会ったんだから笑って欲しいなぁ…… おばさんと先輩がこっちを見ていないことを確認して 私から手を繋いでぴったりと寄ってみた。 ふぅと溜息を吐いた志波がぼそっと呟く。 「悪い」 「え? 何が?」 「うるさくて……」 「ううん、楽しいよ?」 「そうか? オレにはうるせぇだけだ……」 志波の気持ちもわからなくもない。 志波のお母さんと真咲先輩。 どっちか一人でも志波のことをいろいろと弄るのに 二人揃ったら二倍じゃ済まなさそうだもん。 「えーっと……志波?」 「なんだ?」 「試合終わったら、お散歩しようね……二人で」 「……だな」 フワッと笑った志波に見つめられて 一気に心拍数と体温が上昇! はわー……く、苦しい。 一高の先発はもちろん貴大。 初戦は余裕なのかと思っていたら結構苦戦している。 相手の高校は初出場で前評判では一高有利、だったのに…… こんなに点を入れられてる貴大は久々に見たかも。 一高も取り返すから今は同点だけど…… ああ、また打たれた! 「勝己、わかるか?」 「ああ……」 「え? なに? どうしたの?」 「アイツ、腕、痛めてる……肘? いや、肩か?」 「だなー。監督、なにやってんだ。早く代えてやりゃいいのに……」 「え? アイツ……って貴大? 怪我? 故障?」 「ああ……たぶん」 言われてみれば…… 確かにつらそうだ。テレビでアップになる貴大の顔。 息が上がって、春だっていうのにかなり汗かいてる。 この前森林公園で会った時、しっくりこないって言ってた。 それって調子が悪かったってことだったんだ。 マッサージ行ったって言ってたし。 調子悪いのにオーバーワークしちゃったのかもしれない。 まだ出来ることがあるんじゃないかとか、 これじゃまだまだダメだとか 納得できないととことんやってしまう。 私も貴大と似たような性格だからわかる。 私の場合、若王子先生がコントロールしてくれるから 今はそんなことしないけど…… でも焦ったりしたらどうなるかわからないかも…… 「海だー!」 「海なんていつも見てるだろ…………」 「わーい!」 「あ……」 いつも見てるけど海岸に降りたらつい走りたくなるんだもん。 夕方の冷たい風に向かって走って、波打ち際で深呼吸。 あとからゆっくり追いついてきた志波が溜息をついた。 「……はしゃぎすぎ……」 「えー? そうかなぁ? だってなんか海見るとテンションあがるんだもーん」 「テンション……」 「それにあんまり人いないから……叫べるし?」 「さけぶ……?」 「海のバカヤローー! とかさ。あはは!」 いつだったか若王子先生の課外授業でやったなぁ。 あれはいつだったっけ? 「そうだ、鬼ごっこしよ? 志波が鬼ね。私逃げる」 「はぁ?」 「よーいスタート!」 「あ、おい! はぁ…………」 ノリが悪いなぁ、志波。 砂浜でのダッシュや切り返しはいいトレーニングになるのに。 それに、今はちょっとでも身体を動かしたい気分。 そうじゃないと…… 「つかまえ……た!」 「あーーーっ!! 捕まっちゃったぁ……うぅ……くやしい」 「休憩……」 「えー?! 次は私が鬼なのにー……」 「いいから……座るぞ……」 ふぅ……しかたない、か…… 志波と並んで砂の上に座る。 膝をかかえて夕陽を眺めてたら…… ほら。 考えちゃうんだってば、いろいろと。 さっきの試合のこと、とかさ。 一高は追加点を入れられて、貴大は降板。 二番手のピッチャーも良く投げたんだけど逆点できなかった。 試合後のインタビューの映像、とかね。 目は真っ赤だったけど真っ直ぐ前を見てた貴大。 『ここまで支えてくれた仲間、家族、監督、応援してくれた皆さん…… 本当に………………』 貴大は『ありがとう』じゃなくて『すみません』って言った。 それが。 心にざっくり刺さったみたいで。 考えると痛くなるんだってば…… 「気になるのか……アイツのこと……」 「な……なんで?」 「それぐらい、わかる」 「そっか……うん、一応友達だし、ね」 「ダチ……か」 短い溜息が聞こえたかと思ったら グイッと頭を引き寄せられた。 「考えるな」 「え?」 「……オレ以外のヤローのこと」 「なに?」 ぎゅーっと頭を抑え込まれてたから 志波が何か言ったのによく聞こえない。 最後にグッと力が入ったあとで やっと解放された。 「…………っても無理か……今日は……」 「?」 怒ってるような気配を感じて 下から見上げてみたけど フッと笑ってる志波の顔はいつも通り優しい。 「そろそろ帰るか……送る」 頭の上にポンと手が乗る。 いつもと一緒。 やっぱり気のせいだったのかな? Next→ Prev← 目次へ戻る |