67.ホワイトデー(2年目)




「ういーっす!」

「おっす、針谷」



期末テストも終わり、春休みまであと少し。
ゆるくてまったりとした3学期の残りの期間。

テスト中はあまり気にならなかったけれど
3年生がいなくなった校内は静かで
なんだか少し広く見えるような気がする。

……なんてね。
運動ばっかの私でもたまにはセンチになったりするんだぞ。



そんな中でも針谷はいつも通りの大声で元気120%って感じ。
中休み、ズカズカとうちのクラスに入ってきた。
キョロキョロと周りを見ながら
私のポニーテールを握って
ネコジャラシのようにブンブン振っている。



「あのー、オモチャじゃないんだけど?」

「なあなあ、志波はー?」

「シカトですかい……。志波なら1時間目からいないよ? 多分どこかでお昼寝」

「んだよ、ホンットよく寝るヤツだな。ってか、今、昼じゃなくて朝だろ」

「あ、確かに」

「んあー、探すのめんどくせぇ……、伝言、放課後忘れんなって」

「放課後? ニガコク?」

「あ? あ、ああぁあぁぁ……そうだ! ニガコク! ニガコクだ!」



なに? その発声練習みたいな返事は?
でも、そっか、今日はニガコクか……。
志波も私も部活が無いし授業は午前中だけだから
放課後は一緒に遊べるかなぁなんて思ってたのに。
ちぇーっ、残念。
――っていうのが顔に出たらしい。
針谷がグイッと真剣な顔を近づけて言った。



「あんな、、ニガコクはすっげぇ大事なんだ。例えば――」

「例えば?」

「あー、オマエと志波がオリンピック代表になったとしたら一緒に行きてぇだろ?」

「うん」

「けど、ニガコクしとかないと志波は辞退だ」

「なんで?」

「高いとこが苦手のままじゃ飛行機に乗れねぇ!」



私の鼻先にビシッと指を突きつけてきた針谷。
その声のトーンがいつもより真剣だったから?
妙に説得力があって一気に目から鱗の気分だ。



「志波が飛行機に乗れねぇとオマエも色々と苦労すんぞー」

「私も?」

「新婚旅行でハワイに行けねぇ!!」

「し、しん――! ハワワワワッ……!!」

「な! あー、あとなー……――ってぇーーー!!」



痛い痛いと大げさに騒ぎながら
ベリベリと引き剥がされていく針谷の後ろには
――志波がいた。



「近過ぎる。事故でも起きたら…………」

「はぁっ!? 意味分かんねえし! 離せって! 苦しいっつーの!」



ポイッと針谷の襟を離したあと
志波は「危険だ……」とかなんとか
ブツブツ言ってる。

――事故ってなんだろう?



「ったく……放課後忘れんなよ。じゃーな!」



志波の『目からビーム』を避けながら
中休み終わりの鐘の音と共に針谷は教室を出て行った。



「放課後…………?」

「あのね、ニガコクだって言ってたよ」

「今日?」

「うん。あの……志波…………」

「なんだ?」

「ニガコク頑張ってね! 絶対絶対ぜーったいガンバッテネ!!」

「あ? ああ……???」



さっき針谷にドーンと言われた事を思い出したら
応援に力を込めずにはいられなかった。











応援したものの、
志波と一緒じゃない放課後は
やっぱりヒマなわけで……
何もやる事が思いつかなかった私は
結局一人で森林公園へ走りに来ている。

午後の明るい時間に走りに来るのは久し振りかも……。

毎朝走りに来ているから
桜の蕾が膨らんでいることや
菜の花なんかがきれいに咲いていることは
知っていたけれど
ポカポカとした日差しが
白いベールのようになっているのは
知らなかった。

今度志波に教えてあげよう。
それか次のデートはここに来てもいいかも。

デート……ポポポッとほっぺが赤くなった感じがする。
未だに慣れない、色々と、そういう単語とか。

頭の中でデートって言葉がグルグル回りだして
それに加えてかなりのポカポカ陽気で
頭も身体ものぼせたように熱くなってきた。

異様に乾いてしまった喉をサッパリさせたくって
近くにあった自動販売機にダッシュ!



「スポーツドリンク、スポーツド――ああっ!?」



お金を入れてスポーツドリンクのボタンを押そうとしたら
後ろから伸びてきた手が別のボタンを押した。

自販機から出てきたのは……
アツアツ濃厚ショコラッテ……って!



「な、な、何してくれてんのーっ!?」



振り向いた先にいたのは――



「あはははは!」

「……た、たかひろ?」



――お腹を抱えて大爆笑している貴大だった。










「貴大も今日部活無かったの?」

「俺だけマッサージだったから早くあがったんだ」

「早くあがった人がココで自主トレしてて良いんでしょうか?」

「いいんだよ! フォームチェックしてるだけなんだから」

「ふーん」



貴大にスポーツドリンクを買いなおしてもらった私。
責任とってアツアツ濃厚ショコラッテをすする貴大。



「これ、マジで甘すぎ……乾いた喉に絡みつく……」

「自業自得だもんね」

「チェッ……我慢するよ、からのバレンタインチョコなんだから」

「えぇ?! もう3月だよ?!」



勝手に自分で買っておいて……
まあ今年はあげなかったから友チョコってことでいいけど……

ははっと笑いながら貴大はタオルを持って
貴大は近くの建物の前に真っ直ぐ立つ。
その建物のガラスを鏡代わりにして
フォームのチェックをしていたらしい。



「なーんか、しっくりこなくてさ」



そう言いながらタオルを右手につかんだまま
腕の上げる位置とか肘の角度を気にしている。
時折ビュッとシャドーピッチングをしながら。

貴大がピッチャーをしている一高は
もうすぐ春のセンバツに行くっていうのに
こうやってギリギリまでがんばってるんだ。

……負けられない。

貴大ばっかり前へ進んでる。
友達として同中の仲間として
負けてばっかりいられない。
私だって今年は絶対インターハイ行くんだから!



「よおおおっし! 、やりまっす!」

「おおっ! やれやれー! 俺もやるぜ! ――って、がピッチングしてどーすんだよ?」

「だって全然違う目線で見たら、貴大のしっくりこない部分がわかるかもしれないじゃん」

「はぁ? わかんねぇよ、そんなフォームじゃ」

「意外性! 意表をつく! ミラクル!」

「なんだよそれ!」



そんなフォームじゃミラクルもおきねぇって
私の手首を掴んで「ここ!」って
手を挙げる位置まで持ち上げてくれたんだけど……



「わわわ!!」



それは貴大の身長での位置でしょ!
バランスを崩した私は倒れ込んでしまったのだ。
同時にバランスを崩して尻餅をついた貴大に向かって。
――そして盛大に頭突きをしてしまった。



「ふぎゃ……ご、ごめん!」

「あー、平気平気……。それよりもうちょっとで事故れたのに……」

「え?」

「あれか? 事故は羽学生じゃないと出来ないシステムなのか?」

「事故?」

「だからぁ、もう一回倒れてよ? ここに」

「はあ?!」



意地悪そうな笑顔で貴大が「ここ」と指さしたのは貴大の口。
――事故……ってそういうこと?!











「おはよ」

「おう」

「ふぁ……」

「……寝不足か?」

「んー、ちょっと……」



いつもの森林公園での早朝ランニング、なんだけど……

昨日気付いたこと、
考え始めたら
色々気になって止まらなくなって
なかなか眠れなかったんだ。

ずっと忘れてたけど私にもあった。
でも、あれは本当にアクシデントで、
不可抗力で、
仕方のないことで。

志波にも、あったのかな? 誰かと……
事故はしょうがない、かもしれない、けど……
そうじゃないのは?

私は志波が初めてで……
でも志波は?
私より前に好きな子とかいたのかな?
つきあってた子とか……
その時、とか……



んー……。



「おい」

「え?」

「戻るぞ」

「なんで?」

「ぼーっとしてる。寝不足なら無理すんな」

「ん、ごめん……」

「いや…………ああ、――」

「?」

「今日、部活終わったら一緒に帰れるか?」

「うん」

「そうか……じゃあ、おまえのはその時にな」

「私の、って?」

「後で、な……」



志波はフッと笑ってそう言った後、
結局なんのことなのか教えてくれなかった。










「これ……」

「ありがとう。開けてもいい?」

「ああ」



いつもの寄り道の公園で
いつものベンチに並んで座る。

朝話してた事がなんのことなのかは
登校したら分かった。
今日はホワイトデーだったんだ。
友チョコをあげた人から義理のお返しを貰って気付いた。



「わあ、うささんだぁ! フワフワで気持ちいい! ありがとう!」

「いや……」



触りごごちがふわっふわでホントに気持ち良い黒いうさぎのぬいぐるみ。
抱っこするのにちょうどいい大きさで
思わずキューッと抱きしめてみたり
鼻にチュっとしてみたりする。



「あれ?」

「どうした?」

「去年もうさぎだった、よね?」

「あ……」

「どうして?」

「そ、それは……」



去年のバレンタイン、
志波にあげたのはみんなと同じ友チョコで
だからお返しも義理なんだろうと思ってた。
あかりや結花にも同じものをあげたのかな、とか
そんな風に思ったの、憶えてる。



「あ、そっか…………もしかして、志波って、前から――」

「っ……」



志波、珍しく焦ってる。



ってことは、やっぱり――



「うさぎ好きだったんでしょ! しかも、かなり!」

「うさ…ぎ…………?」



あ、あれ?
ち、違ったのかな?
なんかガックリさせちゃった?
しかも溜息までついてる。




「うさぎじゃねぇ……」

「え?」

「オレが好きなのは、だ」

「あ……うん…………」



スキだなんていきなり言われたから
一気に顔が熱くなってしまった。
きっとものすごく真っ赤になってる。
もうとっくに陽は落ちてるからわからないだろうけど……
恥ずかしくてうささんに顔をうめた。



「うさぎは、似てたからだ……に」

「私が? うさぎに?」

「ああ……」

「じゃ、他のお返しもその子に似てるもの、とか?」

「は? 義理で返したヤツは飴だけだ」

「そうなんだ……」

「選んでやりてぇと思ったのはおまえが初めてだ……」



初めて……
それってそういう人が今まではいなかったってことだよね。
昨日の夜、悩んでたこと、大丈夫っぽい。
かなり、嬉しいかも。

……あれ? え? あれ?
ちょっと待って。
それって、去年も、なのかな?

去年の志波のお返しは義理だよね?
私は友チョコしかあげなかったし、去年。
でも、うさぎは私に似てたからって……あれ?

色々こんがらがってなんだかよくわからなくなる。
頭で考えられる容量がオーバーして
もう一度うささんに顔をうめようとしたら
志波の手がうささんを取り上げてしまった。



「わーん! うささん、返してよ!」



高いところに持ち上げられたうささん。
返してと上を向いて抗議したら、
「するならオレにしろ」と言われ
キスを落とされた。



「い、いきなりは反則だと思う!」

「……いきなりじゃなきゃいいのか?」

「うっ……そゆことじゃなくて、なんてゆうか――」

「分かったから、もう黙れ」



今度はチャントゆっくりと志波の顔が近付いてきた。
カンネンした私はゆっくり目を閉じた。







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