66.テスト勉強 |
「んー……」 「どうした?」 「うん……ちょっと、ドキドキ、みたいな?」 「ドキドキ……?」 期末テスト前の日曜日、 志波の家へ向かって歩いてる。 テスト前だから会えないかなーと思っていたんだけど 「……家に来ないか」って誘ってくれた。 まあ、一応、テスト勉強が目的なんだけど―― 「――志波の家、初めてだし……おうちの人、とか」 「ああ、親のことか……大丈夫だ、捕って喰われたりしないから」 「そっ! そんな風には思ってないよ?」 「……オレはどうかわかんねぇけど」 「え?」 「いや、なんでも……まあ、オレも、緊張してる」 自分の家なのに緊張? 緊張してるのは私なんだってば。 変な志波だなあ…… 「ただいま」 ほわあ……志波もちゃんと「ただいま」って言うんだ。 当たり前の事なんだけど、 初めて見ちゃったからか、なんか、嬉しい。 ちっちゃなことでも初めてを発見して色々知っていくの、 ホントに嬉しい。 もっともっと知りたいと思ってしまう。 志波に関することは全部。 「おかえりなさーい」 廊下の向こうのドアが開いたと思ったら 志波のお母さん――だよね?――がパタパタッと走ってきた。 あう……緊張が戻ってきた…………。 「いらっしゃい!」 「はじめまして、です」 あ……志波とは全然違う雰囲気。 背もそんなに大きくないし、 ニコニコしてて優しそうなお母さん。 「あの、これ、お土産でクッキーです」 「あらぁ、ありがとう! それにしても……か……か……」 「え?」 「可愛いわっ! 女の子ってなんて可愛いのっ!」 「あの? え? えと……」 いきなり手を握られてしまった。 ど、どうしようっっっ? そんなに感激されるなんて思ってなかったです……。 照れちゃうよー! 緊張してドキドキしてたのは和らぐけど、別の意味でドキドキしちゃいますー! 「勝己なんてね、中学ぐらいには大きくなっちゃって、それであんまり喋らないでしょ。ご近所の仲良しもおっきな男の子だし。あ、その子はとっても愛想が良いんだけどね。それからね――」 「オフクロ…………」 「あ! ああ、そうよね! さあさ、あがってちょうだい!」 「はい、おじゃまします」 「部屋で勉強するから……なんか飲むもの……」 「勝己が勉強……お天気大丈夫かしら?」 「ウルサイ……」 「はいはい、わかりましたよ。ちゃん、ゆっくりしていってね」 「はい」 はぁぁぁぁ……ドキドキしたぁ。 私、ちゃんと挨拶できたよね? 階段を先に上っていく志波もなにやら溜息ついてる。 お母さんとのやり取りのせい、かな? 思い出したら可笑しくなってきちゃってプッと噴出してしまった。 そしたら、振り返った志波に軽く睨まれた。 それがまた可笑しいなんて言ったら 本気で怒っちゃうかな? 志波の部屋は、シンプルで、男の子って感じの部屋だ。 ベッドに勉強机、ローボード、テレビ。 あのグリーンは真咲先輩に貰ったんだろうか……。 それと……こたつ、まだ出してあるんだ。 「どうした? 突っ立ったままで」 「……志波の部屋なんだなぁって思って」 「小学生の頃からあまり変わってない。なかなか新鮮だろ」 「うん、新鮮。私の部屋とは全然違う」 「それは、当たり前だ」 「そうなんだけど……そういえば、志波は私の部屋来た時、どうだった?」 「あまり覚えてない」 「え? なんで? あ、もう、半年以上前だから――」 「落ち着かなかったことぐらいしか……」 「あー、そっか、散らかってたもんね。あの時はまだ病み上がりだったし」 「…………そういう意味じゃねぇ」 「え?」 ポンと頭に手を乗せられたけど、 どういう意味なんだかさっぱり分からない。 私の頭をポフポフし続ける志波。 なんだか、何かを誤魔化されてるような気がしないでもない。 ちょっとムーってして見上げたら 「っ……」って息をつまらせて 「ヤバイ」とかなんとか呟いて視線を外されてしまった。 やっぱり何か誤魔化して―― 「勝己ー! 飲み物持って来たからドア開けてー! 手がふさがってるのよー!」 「ハァ……今開ける。、適当に座ってろ」 「うん」 そういう意味じゃないって、なんだったんだろう? 気になる……あとでもう一回聞いてみようかな…………。 「ちゃん、ミルクティーでよかったかしら?」 「はい、大好きです」 「もういいから……さっさと置いて、しばらく邪魔するな」 「なによ、冷たいわねえ。勝己が女の子連れてくるのなんて初めてなんだから、ちょっとぐらいお話したっていいじゃない。ねぇ、ちゃん?」 「あの、えっと……」 「っ…………」 「もうっ、勝己はすぐ睨む…………はいはい、お邪魔虫は退散すれば良いんでしょ。じゃ”お勉強”頑張ってね」 「……いいから、早く下に行け」 なんか…… なんていうか…… 「…………なにニヤニヤしてる」 「志波、お母さんと仲良し……クフフッ」 「どこがだ……ハァ……」 学校でも、二人の時でも、見られない。こんな志波。 だから、志波には悪いって思うけど、 しばらく笑いがおさまらなかった。 3月とはいえ、今日はどんよりしたお天気で外は結構寒い。 だから、このおこたでぬくぬく出来るのは気持ちいいんだけど 勉強がはかどる環境では無いみたい。 お互いのペースで勉強を始めて しばらく経って、 静かだなぁと思って顔を上げたら、 ボーっとこっちを見ている志波と目が合った。 「志波……眠いの?」 「いや……休憩…………」 「ええっ? もう?」 座る場所を移動して ベッドにグッタリと寄りかかる志波が 私の方へ向かって手を伸ばす。 「おまえも来い、こっち」 そんな風に言われて断れるわけもなく ちょこんと志波の横に座った。 手をつないで並んで座る、 なんて事は初めてじゃないのに、 おこたに足を突っ込んでるから? なんか、顔が火照ってきた。 あと、なんか、ドキドキしてきた。 そういえば、志波、緊張してるって言ってたっけ。 それがうつったんだ、きっと。 自分の家で何を緊張してるの? ……と、 普通に聞いてみればよかったのに なんとなく言い出せないような空気になっちゃった…… 「……」 志波も黙ったまま。 休憩って言ってたのに なんか身体に力入ってるし 時々つないでる手をひっくり返したりしてる。 ……手、熱い、かも。 私の手が熱いのか、志波の手なのか、分からないけど。 ちょっと汗がにじんできた。 それを拭いたくなってほどこうとしたら ぎゅうっと握り締められた。 「っ……」 その力がすごく強くて 思わずキュッと身体に力が入ってしまった。 それでも緩まない志波の手。 「し、しば? ちょっと痛――」 痛いよ、もう、なにすんの? と、 抗議のために志波の方を向いたのと 志波のもう一方の手が私の顔に触れたのは 多分同時ぐらいで―― 「……」 真剣な目をした志波の顔が 次の瞬間にはもう目の前にあって 私は慌てて目を瞑った。 初めて触れた志波の唇は つないだ手と同じように 少ししっとりしていてあったかい。 本に書いてあったような甘酸っぱい味はしない。 さっき飲んだミルクティーの香りがする。 いつも、なんとなく恥ずかしくて そういう雰囲気になると 話をそらしてはぐらかしてた。 志波はその度に溜息吐いて……。 その溜息の意味、 なんとなく気付いてたんだけど、 だってムリなんだもんって思っちゃってた。 ……どうしてそんな風に思ってたんだろ。 ドキドキがものすごくて 胸とか喉とかが苦しいけど 嫌な感覚じゃない。 離れたくないなって思う。 もっとずっとこうしていたいなって。 志波との距離がものすごく縮まったみたいで 嬉しくて嬉しくて嬉しくて。 嬉しくて胸がいっぱいになると 涙になって溢れるらしい。 それに気付いた志波は ゆっくりと離れて行った。 「悪い……イヤだったか?」 ブンブンと首を横にふって 小さな声で「嬉しいの」と答えた。 私の返事が予想外だったのか 志波は一瞬ポカンとした後、 フッと笑って私の涙を親指で拭った。 「だったら、泣くな」 「だって……しょうがないじゃん」 「焦る」 「ごめん」 コツンと肩口のところにおでこをぶつけたら フワリと抱きしめられた。 おろしてきた髪をサラサラリと撫でてくれる。 (あったかい……) 頭の上を滑る大きな手。 落ち着いてきて涙がスッとひいていく。 気持ちよくて身体も心もフワッと軽くなるような気がする。 「好きだ……」 頭をなぜるリズムに乗って フワリと落ちてきた言葉が ちょっぴりくすぐったかった。 「また来てね、ちゃん」 「はい」 「絶対よ。今度はおばさんともおしゃべりしましょうね」 「はい、ぜひ」 「…………もう、行くぞ」 「ちゃんと送って行くのよ、勝己」 「いちいち言われなくても――」 「なんか言ったかしら? か つ み?」 「……」 「ああああああの、今日はホントにおじゃましました!」 「ほらあ、勝己のせいで、ちゃんが気を遣っちゃったじゃない。気をつけて帰ってね、ちゃん」 「はい、さようなら」 帰り際の玄関先でのそんな会話も楽しくて 家までの道を歩きながら 私はずーっとニコニコが治まらなかった。 「……今、何考えてた?」 「んふふ、今日のこと!」 「今日の…………」 自分の家の前でそんなこと聞かれた。 今日は沢山志波の新しい面を見れた。 それが楽しかったんだよと主張したくて 志波をグッと覗き込みながら答えた。 それなのに、志波はビックリ目になって 固まってしまった。 ――あ……あれ? うわ……顔が熱くなってきた。 志波が思い出したのはきっとあれだ……。 …… ………… ………………あとから思い出すと、恥ずかしいかもっっっ。 頭の中がショートして、てっぺんから煙がシューシュー出てる気がする。 「ククッ……おまえ、顔、真っ赤」 「う゛ー…………」 「クククッ……笑って悪かった……けど――」 ――そういう顔はオレだけにしとけ 急に近付いてきた志波に ものすごく近くで言われて ホッペに志波の唇が触れて…… 「……じゃあ、またな」 そう言い残して走って帰っていく志波の背中を見送る。 ホッペに手をあててみた。 ドキドキするけど 頭の中が真っ白だけど 今日は志波とすごく近づけた気がして嬉しかった。 ……って! 頭真っ白じゃダメじゃん! 明日からテストだってば!! 寝る前に勉強しなきゃ………… Next→ Prev← 目次へ戻る |