65.バレンタイン(2年目)






『明日の朝は走りに行けなそう。
 ごめん_(._.)_』



メール送信っと。



今、夜の11時。
ひー! 明日の用意が終わらなーい!
友達に配るチョコは作り終わったけど、
本番はこれから。
いったい何時に終わるんだろう?
寝れるのか? 私、今日……。

わたわたと今までの分を片付けていたら
キッチンカウンターに置いといた携帯が鳴った。
志波からの返信だ。



『どうした? 風邪か?』



げ、心配させてしまった。
返信、返信。



『体調は問題ないよ。絶好調!
 実はチョコ作りが終わらないのデス(>_<)』



去年はいびつなチョコをあげちゃったから
今年は期待しててねーって
帰り道に志波に宣言したのは数時間前のこと。
それなのに……。
「なにやってんだか……」とか
「トレーニングの方が大事だろ…」とか
思われちゃったかな……
……と思ってたら志波の返信はこうだった。



『了解。あまり無理するな。チョコは食いたいが』



おー! 無理するな、だって!
えへへ、優しいなぁ、もうっ!
……けど、チョコは食べたいんだ。正直者め。
まあ、そんなとこも好きなんだけど。
だから作らないわけにはいかないのだ。
よっし! 頑張る!!

なんと言っても最初のイベントだし。
友達に配る簡単トリュフじゃなくて
気合入れて、バレンタインっぽいのを作るのだー!
おー!



きれいに、おいしく、作りたい。
特別なチョコレート。

か、

か、

かれ……し……に、あげるやつだから。











「彼氏」



プシュー……



「彼女」



プシュシュー……



「な、おもろいやろー?」

「あんまりいじめたらかわいそうだよ……おもしろいけど」

「……はるひもあかりも酷い」

「でも、付き合ってるんだから、彼氏と彼女でしょ?」

「つ、つきあ……う…………って、結花まで…………」



お弁当タイム。
使い慣れない単語でもてあそばれて
私の頭は沸騰中。

両想い……コレぐらいなら大丈夫、照れるけど。
だから、つ……つきあってて、
かのじょ、で、
か、か、かれし、なんだけどーーー!!!
それは、ちょっと、恥ずかしい。

なんで? 一ヶ月以上経つのに? って
みんな不思議がってるけど
なんか慣れないんだってばー!
照れちゃうんだよう……



「ねえねえ、『彼氏』の志波くんにはもうチョコ渡したの?」

「結花〜、もうカンベンしてよ、お願い!」

「ふふっ! ごめんごめん!」

「あのね、帰りに渡そうかなぁって思って」

「寄り道して一緒に食べたりするんや! ええなぁ……」

「ホント、うらやましいね」



みんなだってちゃんと準備したり考えたりしてるくせに。
まあ、良いんだ。からかわれても。
だって楽しいし幸せだから。



「良い機会やし、ちょっとは進展しいや」

「へ?」



進展……って、それは、そのう、つまり……。
あのね、みんな。
手をつなぐだけでもまだドキドキしちゃうんだよ、私。
それ以上なんて、恥ずかしすぎてとてもムリです。











せんぱぁい」

「うわっ……白鳥、どうしたの?」



夕方、帰り支度して部室から出たら白鳥が突進してきた。
志波目当てで野球部のマネージャーになった1年生の白鳥真綾。
動機はどうであれ、しっかり働いてるって結花はいつも褒めてる。

白鳥は、私と志波のことを知ったあと、
3日間ぐらい口きいてくれなかったんだけど
その後また前みたいな状態に戻った。
見かけフワフワなのにガッツがあって侮れない。



「志波せんぱいがピンチなんですぅ!」

「は?」

「早く救出してください。彼女なんだから」

「か、かの……じょ……? あのう、そのう……」

「なにモジモジしてるんですかぁ? 早くしてください〜!」

「なんなのよー、いったい?」

「ほらぁ、あれです!」



白鳥の指差す先、
部室棟の裏を覗いてみたら
志波がいたんだけど……



「うわぁ……囲まれちゃってるね」

「何をノンキなこと言ってるんですかぁ。良いんですか?」

「だって、ここで私が出てっても……」



あ、あの子、1年の時の体育祭でバトン落として泣いてた子だ。
去年志波と同じクラスだったんだよね……。
顔、真っ赤にして、チョコ差し出して……志波のこと、好きなんだ。
まわりの子達はあの子の友達ってことか。



「真綾、あーいうの嫌いっ」

「へ?」

「好きなら一人で言いにくれば良いのにって感じぃ」



あ、それは、同感。
志波だって困ってる。
でも、あの子は必死なんだろうなぁ……。



「あ、白鳥も今から志波にチョコ渡すの?」

「そうでーす」

「白鳥の手作りチョコ、美味しいんだろうね」

「もちろんです。でも、志波せんぱいにあげるのはぁ、買ってきたやつです」

「え? なんで?」

「手作りは別の人にあげちゃったからです」

「え? それって――」

「あ! 言っときますけどぉ、志波せんぱいをあきらめたわけじゃありませんからね」

「じゃ、どうして?」

「真綾、自分でもよく分からないんですけどぉ、
 手作りはその人に食べてもらいたいって思っちゃったんですよ。なぜか」

「へぇ……」



そんなことあるのかなぁ?
頑張って作ったやつを本命以外の人に……?
自覚してないだけで、実は――ってことは無いか。
志波を追っかけてるパワーは衰えてないもんね、ははは。



「白鳥!」

「天地、オーッス」

「あ、先輩。オッス! お疲れ様です!」

「どうしたの、怖い顔して」

「白鳥がチョコを間違えたんですよ」

「間違えた?」

「そう。何やってるんだよ、まったく……これは志波先輩にあげる方だろ?」



そう言って天地が白鳥に返そうとしているのは
どうやら手作りチョコみたい。
白鳥が手作りあげた相手は天地だったのか。

ふーん…………ぷぷぷっ。
二人の「間違ってない」「間違いだ」というやり取り、
じゃれあってるみたいでカワイイ……なんて言ったら怒られる?

私も早く志波と帰りたいなぁ。
まだ終わらないのかな?



「あ……」

「どうしたんですかぁ、せんぱ……あーーっ!!」



抱きつかれてる……思いっきり。
予想外の彼女の行動に、志波、一瞬かたまった。
すぐに肩つかんで引き剥がしたけど……。











「はい、チョコだよ」

「サンキュ。あけても、いいか?」

「うん」



帰りに時々寄る公園。
いつもお喋りするお決まりのベンチに座って
頑張って作ったチョコを渡した。
ハート型のおっきなやつ。

出来上がってラッピングした時は
こんな気持ちじゃなかったのになぁ……。
渡した時とか、
あけた時とか、
食べた時とかの志波の反応を想像して
すごく楽しみだったのに……。



「……去年と違う」

「うん。がんばってみた」

「そうか……サンキュ」

「うん……あ、食べてみて。味も大丈夫だと思うよ」

「ああ、じゃ……」



よかった。喜んでもらえて。
一口かじって「うまい」と笑う志波。
うん、ホントよかった、頑張って作って。

でも、気分が晴れない。
気にしなきゃいいのに心の中で引っかかる。
私は志波が好きで、
志波も私のこと好きで、
たぶんそれは何があっても変わらないと思うのに。



「うまい。……一緒に食うか?」

「ううん、いらない」

「…………どうした?」

「別に、どうもしない」

「あのな……どうもしないヤツはこんな顔しないだろ」



志波は溜息混じりにそう言って
私の頬を人差し指でフニと押した。



「むー……でも、ただのワガママだから」

「言ってみろ」

「でも、あきれちゃうかも」

「そんなことであきれたりしねぇ」

「でも……」



言うのをためらっていたら
ふうとさっきよりも大きな溜息が横で聞こえた。
でもでも発言しすぎちゃったか……。



「もし……オレがにワガママ言ったら、
 はオレのことイヤになんのか?」

「そんなことあるわけないじゃん! むしろ、言ってもらったら嬉しい、よ?」

「オレも。言って欲しい、全部、思ってること」

「そっか……んっと、あの、ね」



志波がもらったチョコのこと……
いくつもらったのかなーとか、
誰からもらったのかなーとか、
どうするのかなーとか、
すごく気になって仕方ない。

志波を好きになっちゃう女子も、
好かれちゃう志波も、
どっちも悪くないんだけど……。

でも、私の、か、か、彼氏なんだから
好きになっちゃだめーとか、
触っちゃだめーとか、
ディフェンスしたい気持ちになっちゃう。

自分でもそんな風に思っちゃうことにびっくり。
それぐらい平気って思おうとしてたのに
胸のここら辺のチクチクが止まらない。



「こんな感じ、かな……あー、あはは……言ったら、少し、スッキリした」



話し始めたら止まらなくなった私のワガママ。
そんな部分を見せてしまったことが気恥ずかしくて
伸びをするふりしながらベンチから立ち上がった。



「……」

「? 志波?」



やっぱりあきれてしまったんだろうか?

なにも言ってくれないことに
ちょっと不安になって振り向いたら
志波、驚いた顔してる。なんで?
暗くてよく分からないけど、顔が赤い?

どうしたんだろなー? と首を傾げていたら
志波もスッとベンチから立ち上がって
すぐに私の目の前は真っ暗になった。



「し、志波?」

「少しでいい……このまま…………」

「う、うん……」



真っ暗になったのは志波に抱き締められたから。
志波の腕の中、あったかい……。
恥ずかしいけど、でも、今は、なんだか落ち着く。



「オレは……いつだってあんな感じだ」

「え?」

「あまりオレを喜ばせると、こんなんじゃ済まねぇぞ」

「え? え?」

「まぁ、おまえがこういうの苦手ってのはわかってるから、そのうちな」

「べ、別に苦手ってわけじゃ……恥ずかしいだけで、ダイジョブだよ」

「そう、なのか?」

「うん。前の時は、
 頭の中がいっぱいいっぱいだったからフリーズしちゃったけど、
 今日は、やっぱりドキドキはするけど、大丈夫」



あったかくて嬉しい気持ちになる。
そう言って志波の制服をギューッと掴んだ。
さっきここに抱きついた子よりももっと強く。
それに気付いてくれたのかどうかわからないけど
志波の腕にも力が入った。



「えへへ、ホントにあったかい」

「っ……そんなに言うと離せなくなるぞ」

「うーん、そしたら持って帰って湯たんぽにする」

「は?」

「きっと暖房要らずだね」

「はぁ……それでもいいか…………」











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