05.花冷え




スポーツ測定の翌日、4月7日。

ぶるぶるっ。

「今朝は冷えるなあ…」

入学式はあんなに暖かかったのに。

先週末桜が満開になって、
入学式もとーってもきれいな桜が出迎えてくれて、
だけどその翌日の小雨模様から急に冷え込んでしまった天気。

桜が長く楽しめるのは
きれいで嬉しいんだけど…。

「花冷えか〜。毎年お約束なのかなあ?」

などと思いながら、いつもと同じ時間、早朝ランニング。

昨日、変な緊張していたのか、微妙な疲れが残っている。

陸上部の試合なら、
試合当日に向かって徐々に身体を作ったり
モチベーションも上げたりしていくから、
こんな変な疲れは残らないんだよね。

でも昨日は、
まだあまり親しくないクラスメートに気を使ったり
推薦で入ったからには成績を残さなきゃって力んだり
やるからには1位を!って負けず嫌いモード入ったり
心身ともに、ある意味、緊張していたんだろうな。



「体がなかなか温まらない。」



走っていても、
疲れが残っている筋肉はなかなかほぐれず
血の巡りが悪く
温まらない。

自分のコンディションはいつも自覚しながら走っている。
こんな日はしっかり身体が温まるまではペースを押さえないといけない。

って思っていたんだよ。ホント。






タッタッタッタッタッタッ






後ろからいつもと変わらないペース
(と言っても今日で4日目だけど)
で近付いてくるあの憎らしい足音を聞くまでは。







「カチッ」

と、自分でも意味不明なスイッチ・オンの擬音を発してみる。

ちょっとでも抜かされないように、
くいっ
とペースをあげた私。

でもあっという間に追い付いて来て…

抜かされた。





むかっ






相手が志波勝己と分かってしまったから、その腹立ち度は200%増し。

もう1回、グイッとスピードあげて
引き離されないように足を前へ前へと進めた。





その時だった。

ツーン。

って感覚が左のふくらはぎに。

「やばい。」

と思っても遅かった。

スピードに乗っている時だったから、
停止出来ず、
つった脚で着地した時、
派手に転んでしまった!

「…いったー…」

つった左脚の痛みと転んだ時にうった右膝が痛くて痛くて…。
しばらく動けないで俯いて座り込んでいた。

それもこれも全部あいつのせいだ。
本当にどこまで人を不幸にするんだ。
疫病神か?
ブツブツ。




「…おい」

と声をかけてきた人。

っていうか、こういう時は「大丈夫ですか〜?」でしょう、普通。

って思いながら顔をあげて、ギョッとした。

「志波勝己…」

ありえない。
先に走って行ったはず。
何故いる?

思わずフルネームが口をついて出てしまった私を
不機嫌そうに見下ろす最悪な相手。
不機嫌なら話しかけるな。

「な、なんでしょうか?」

私も最高の不機嫌顔で返してやった。
しかも親しさの逆をいくよう丁寧語だ。
どーだ参ったか。わはは。

…だったよな。無茶なトレーニングは…」

「志波っ……君には、関係ありませんから」

最後まで聞かないで私は怒鳴っ…
りそうになるのをグーっと押さえて冷静に大人〜な返事をした。
あなたに私のトレーニングをとやかく言われる筋合いはありません!

「…ふー」

溜息つくな。
ムカつく。
一時もそばに居たくなくて、痛いけど立ち上がる事にした。

けど、左脚はまだつったままだったから、


よろけた。




ガシッ。

「うわっ!」

腕を掴まれて変な声を出してしまった。

「は、はなせ…じゃなくて…はなしてください」

「…また転んだら邪魔」

「はあ?!」

グイッと左肘を上に引っ張られて、左側が浮き上がるような格好で近くのベンチまで引きずられた。

運んでくれるなら、もう少し丁寧に運べってゆーの!ブツブツ。

「…なんか言ったか?」

「いいえ、別に」

ベンチに座らされて、
もう何にも話したくなかったけれど、
挨拶が基本の体育会系のポリシーを崩したくなかったから…

「…ありがとうございました…」

あああ、むかつく。
なんでお礼なんて言わなきゃならないんだ。
あああ、こんな時は捨てたい、体育会系ポリシー。
ブツブツ。

「…なんだ?」

「いいえ、別に」

さっきもそうだけど、
コッチのつぶやきにいちいち反応しなくて良いのに。
いちいち気に障る。

「大丈夫なのか?」

「自分で処置できますからっ」

と言って左足を伸ばして、つま先を手で持って、ふくらはぎを伸ばす。

「そうか」

「そうです」

「…」

「…」

………いつまでそこにいるのでしょうか?この男は?
イライラする。

「あの、もう大丈夫ですから、志波…君は私に構わずトレーニング続けてください」

「ああ。じゃあ」





「はーっ」

やっと行った。

朝から最悪だ。

つるし、転ぶし、嫌な顔見るどころか、会話しちゃったし。

「あ゛ーっ、も゛ーーーーーっ、イライラする〜〜〜〜!!!」

キーキーとベンチでひとしきりわめいて
つった足もなんとか元に戻ったので
ノロノロ家まで歩いて帰った。

ジャージはいていたのに
打った右ひざは擦りむけて血が出ていた。
しばらく絆創膏確定だ、こりゃ。

ジャージも血がついている。
洗濯だ。

全部あいつのせいだ。






Next→

Prev←

目次へ戻る