10.メール着信有り |
明日から合宿だ! うだるような暑さの毎日だけど 心がすごく軽くなっていて 余裕で乗り切れるような気がするよ。 話は夏休み前に戻りまして、 期末試験結果の発表があった日の夜まで戻りまして、 その日シャワーからあがって部屋に戻ったら 携帯のメール着信を知らせるライトがチカチカ光っていたんだよね。 昼間、真咲先輩とメールで花火の日の話をしたから、さっき言い忘れた事でもあったのかな〜、などとのん気に考えながら発信者を確認したんだよね。 『鈴木 貴大』 ドンッ 心臓が飛び出すかと思った。 本当にそういう音がしたような気がした。 それが一番相応しい表現というか、 ドキッでもなく、 ドキンでもなく、 ドキドキでもなく、 なんていうか漫画の効果音に書いてあるようなのではなく、本当に胸に衝撃が来たような感じがした。 「たかひろ?」 その名前を見ただけで その名前を口にして音声にしただけで 喉の奥から胸にかけて カーッと熱くなる。 それから 鼻の奥が ツーン ってして 視界が揺れる。 「たかひろ…」 どうしたんだろう? 何かあったのかな? 本文を早く見たいような 見るのがもったいないような… 名前だけを見つめたまま しばらく固まってしまった。 「ええいっ!」 気合を入れてメールを開く。 『、陸上頑張ってるか? 俺は野球頑張ってる。 夏大会のベンチに入れる事になった。 投手5人のうちの一番下っ端だけどな。 明日から予選が始まる。 試合に出ることは無いと思うけど、一応報告だけしておく。 返信はいらないから。 じゃ。』 「すごい………!」 良かったね! 1年生なのにベンチ入りメンバーに選ばれるなんてホントにすごい。 頑張ってるんだ。 私も怪我なんてしている場合じゃない。 頑張らないと。 「そうだっ!」 慌ててインターネットで試合スケジュールをチェック。 1回戦と2回戦はまだ授業があるから行けないな。 3回戦以降なら夏休みに入るから部活と重ならなければ行けるかも! 夏休みの部活スケジュールが出たらもう一度チェックしなきゃ。 出ることは無いと思う、って書いてあったけど、 もしかしたら出るかもしれない。 ベンチにいる貴大を見るだけでも良い。 あ…でも、もしかしたら迷惑かな。 メールも「返信はいらない」って書いてあるぐらいだし、 私は顔を見せない方が良いのかな。 「しばらく会えない」 「野球に集中したい」 3月に言われた言葉を思い出してみる。 「もう会えない」 って意味だった。 どうしよう。 見に行ったら迷惑かな。 遠くからコッソリ見るだけなら良いかな。 まるでストーカーだな、これじゃ。 でも、一目見たいよ。 貴大が頑張っているところ。 うんうん唸ってアレコレ考えながら トーナメント表をボンヤリ見ていたら あることに気が付いた。 「あ、うちの高校が勝ちあがると、3回戦で貴大の一高とあたる…」 うちの野球部も毎年良い線まで行くらしいから、あたるかもしれない。 一応愛校精神というものも持っているから うちの野球部に勝って欲しいとは思うけど、 でも貴大が負ける姿を見るのは嫌だな。 貴大が負けた姿。 あんなになってしまった貴大はもう見たくない。 ………あれからもう一年か。 「返信はいらないから」 という言葉が、 私に手間をかけさせたくないという優しさなのか、 返信もらっても迷惑だからいらないという気持ちなのか、 全然分からない。 中学時代はほぼ毎日学校で会っていたから メールなんてほとんどしなかったし そんな事を書かれたのも初めてだから ホントに分からない。 多分、きっと、優しさ、 だと信じたいんだけど、 もしかして迷惑だったら…って思うと 絶対返信できない。 結構臆病なんだよね。 もし嫌われたらって思うと躊躇しちゃう。 気にせず明るい感じで返信しちゃえば 全然平気なのかもしれないけど、 もし嫌われたら…って思うと やっぱり無理。 試合も…見に行ったら迷惑かも。 本当に臆病だ、私は。 んー…、はね学との試合の時に行こう。 そうすれば万が一どこかで見つかってしまっても言い訳できるよね。 そうしよう。 嬉しいような 苦しいような 貴大からのメール。 でも、私の事、少しは忘れないでいてくれたんだね。 ウッキウキ気分で迎えた週明け。 早朝ランニングも復帰! ああ〜久し振り! 朝の公園の空気! 春とは違って 緑が濃く生い茂って 木々が活き活きしている。 暑くなる前のこの朝の時間を独り占めしたい! と、思っても、早朝ランナーって結構いるんだよね。 ま、良いの! みんな仲良し! すべての人にラブあんどピース! ってくらい、 週末のメールと久し振りの公園に、 私は朝から浮かれてた。 タッタッタッタッタッ あー………、忘れてた。 この足音。 いくら今日は心が広いからといって、 これだけは盛り下がる。 しかも………また?! 追い抜かさないで横に並んで走っているんですけど? 「…」 「何でしょうか?」 「…お前、もう良いのか?足」 「はい。おかげさまで。 あ、体育祭ではテーピングありがとうございました」 「…いや」 「それとせっかく練習したのに 力が出せなくてすみませんでした」 「…それはしょうがねぇことだろ」 「私、陸上大好きなんで、どんな理由にしろ 100%の力で走れないのは自分の責任なので だから謝りました」 「…」 「じゃ、私、まだリハビリ段階なので、 これで失礼します」 そう言い残して、いつもとは違うショートカットできるルートで公園をあとにした。 とりあえずコレで体育祭の時の礼は言ったし 詫びも言ったし、OKだよね。 なるべく無感情で言ったから心がこもってるようには聞こえなかったもしれないけど良いでしょ。別に。 1学期の終業式、HRが終わったあと、 部活は午後3時からということで、 お昼は一旦駅まで戻って新発売のてりうバーガー! メンバーは、あかり、津田、佐伯。 そう、クラス対抗リレーメンバー。 なんでも今日は佐伯の誕生日らしく 佐伯の周りはクラスのチーチーパッパ女子だけでなく、 他クラスや上級生の女子までが群がっていた。 あーいうグループぅでしか行動できない女子集団、 はっきり言ってお友達になりたくないデス。 なんで集団で行動するの? 夏休み前、ただでさえ家に持って帰るものが山ほどあるのに、 それに加えてプレゼントが大量に入った紙袋をいくつも持って歩く佐伯は、 デパートで買い物好きの女の荷物持ちをやらされている人みたい。 ははは。 「そーいうわけで、真の友達としては、 苦労を労い、誕生日を祝ってあげようと ここに来たのであります! おめでとう!佐伯!」 「「おめでとう!」」 「みんなありがとう。 でもさん、そーいうわけってどーいうわけかな? なんか、僕を馬鹿にしていない? それに、てりうバーガーばかり見てて メッセージに心がこもっていないような気が…」 「細かいことは気にしない!気にしない! いっただっきま〜す!」 テンションも高くなります。 だって明日はいよいよ はね学vs一高だから。 「あか…、う、海野さん、 キミ、このあとバイトって言っていたよね? 僕も用事があるんだ。 そろそろ行かないか?」 「そうだね、佐伯君。 じゃ、ちゃん、津田君、お先に!」 「おーじゃーな!」「ばいばーい、また2学期にね!」 「津田は今日部活あるんでしょ。 一緒に学校もどろ!」 「よっしゃ!行くか!」 てりうバーガーは味付けも好みで なんといっても体育会系には 炭水化物(パン)×炭水化物(うどん)っていうのが魅力的。 うん、久々のヒットかも。 7月20日。 夏休み初日。 市民球場。 3塁側。 はね学応援席。 はね学vs一高。 おー単語を並べるだけでも盛り上がる〜! はね学応援席から1塁ベンチの中を 目を凝らして一生懸命見てみたけど、 外の光がまぶしすぎて影になっているベンチは見えにくく、 貴大の姿はあまり確認できなかった。 試合は得点力に欠けたうちの負け。 ピッチャーはなかなか良く投げていたんだけど 得点チャンスを活かせなかった。 一高は投打のバランスが良くて納得できる勝利だったろうな。 貴大は一度も出なくて私はちょっと残念だけど。 試合終了後、うちの野球部を見に行くフリをして 選手の出口に行ってみた。 あ、一高出てきた。 ああ、貴大だ。 数ヶ月会っていないだけなのに。 すごく変わった? 背が伸びたのかな? 少し体つきがガッシリした? 髪が少し伸びてるね。 喉の奥が熱くなって 胸がぎゅーってなるよ。 「あっ」 目が合っちゃった。 迷惑?嫌がられる? でも、貴大は、 ちょっと困ったような でも懐かしいような そんな目で 少しだけ 少しだけだけど 笑ってくれた。 笑ってくれた。 笑ってくれた。 … … … 心臓ギューってつかまれたみたいに苦しい。 一高はそのままの勢いで地区優勝し甲子園出場。 甲子園では2回戦で負けちゃった。 貴大がマウンドにあがる事はなかったけど、でも、すごい。 甲子園のベンチで、あのグランドと同じ熱を感じて、あの土に触れてきたんだ。 2回戦が終わった夜、 つまり今日、 貴大からまたメールが入った。 『甲子園は熱かった。 絶対に来年も行ってマウンドに立つ』 短いメール。 貴大の心は 野球の熱に さらに焼かれてしまって 私が入り込む隙間なんで 全然無いね。 でも、 私の事を覚えてくれていて メールしてくれているんだから 多少は脈あり…と信じよう。 メールだけでウキウキしてしまう私も私だけど 何も無かった数ヶ月間に比べたら 今は天国にいるみたいだよ。 明日からの合宿、 私もしっかり頑張らなきゃ。 Next→ Prev← 目次へ戻る |