11.兄




捻挫もすっかり治って合宿は本調子で取り組めた。

タイムも良い感じに伸びて若王子先生にも誉められちゃった。
入学当時は
「こんな先生が顧問で大丈夫?」
って思っていたけど、
指摘される部分が的確で、
結構信頼出来るって分かってきたんだよね。
人は見掛けによらないっていうか、
私がまだ世間知らずっていうか、
世界にはきっと色んな人がいるのだ。

さん、キミのタイムの伸び方はとても良いですね。
 秋の新人戦に向けてレッツらゴーです。
 先生頑張ります!」

レッツら…って…。
それに、先生、頑張るのは私なんですが…
って!相変わらず突っ込む所はいっぱいだけどね。







そして新学期!

あの事を確かめたくて
始業式&HRが終わって
解散になって
あかりを捕まえて
まだ部活の人がいないグランド脇に連れて行った。

直球過ぎるかな、とは思うけど
回りくどい言い方はできない私。
まー良いか。

「ねえねえ、あかりってD組の志波勝己と付き合ってるの?」

「えー!違うよ。どうして?」

アッケラカ〜ンと答えたあかりに
嘘をついている様子は感じられない。

「花火一緒に行ったでしょ?」

「行った行った!ちゃんいたの?合流すれば良かったのに〜」

「え!それは嫌!じゃなくて遠慮というかなんというか…」

「もー誤解しないでよ〜。
 ちょっと前にハプニングがあって迷惑かけちゃったから、
 そのお詫びにリンゴ飴をおごったんだよ。
 それだけだよ?」

あーなんか私と真咲先輩に似てるかも?
私もテスト勉強のお礼でド…サンドを食べに花火行ったんだよな。
うん、あれは美味しかった。
いやいやいやいや。
真咲先輩の事は良いから、私。
それよりあかりに教えておかないと。

「でも、あの人って中学の時に暴力事件起こしたって聞いてるよ。
 あんまり関わらない方がいいんじゃないかな?」

「そうなの?
 でも、そんな風には見えないんだけどな、志波君。
 ちゃん、実際に見たの?
 それとも噂?」

「人から聞いた話だけど、暴力があったのは本当だって」

「んー、暴力ふるったのが事実だとしても、
 何か理由があったはずだよ、きっと。
 志波君って自分の勝手で他人を傷つけたりする人じゃないと思うよ」

「でも…傷ついた人がいたはずで、迷惑もかけていて…」

私も貴大も…。

「うーん、でも、誰かを傷つけておいて
 志波君が何も感じていないとは思えないんだけど」

「そうかなー」

「うーん…、なんか、ちゃんらしく無いな〜。
 人の話をそのまま聞いただけだなんて。
 自分の目で見て確かめてみたら?
 ね?」

「うー…」

「ね?」

「う、うん…」

あかりの「ね?」の可愛さとプレッシャーについ頷いてしまった…。

「と・こ・ろ・で!
 ちゃんは誰と花火行ったの〜?彼氏?」

「えー!違う違う!お兄ちゃんみたいな人で、勉強教えてくれたお礼で…」

普通のガールズトークに突入しながら、
私はあかりに言われた「私らしさ」について考えていた。

私は好き嫌いが激しい、と思う。
「嫌いチーム」に入れてしまう人たちは
確かに自分の目で見て決めてきたかも。

志波勝己が嫌いなのにも理由はある。
でも、あかりの言う通り自分の目では見ていない。
見る必要も無いと思っていたし。

私らしく私の目で見る???
今更?
固定観念に捉われたくはないけど
凝り固まった思考をほぐすのは容易ではありませんっ。

うー……考えるのメンドクサイ。

友達じゃないし、関わらなければ良いのだ。
そうすれば考えなくて良い。
そうだそうだ、そうしよう。







9月中旬は陸上部の新人戦。
市内の1・2年生が集まる大会で私は優勝した。
中3の時に比べたらタイムは伸びているけれど
今年のインターハイの優勝者には全然及ばない。

考えてみれば、これが高校初の公式戦だったんだな〜。
地区大会だけど、やっぱり優勝は嬉しいかも。

でも、来年のインターハイ予選までに
もっともっともっと、やらなきゃ!







9月最後の週、真咲先輩から野球観戦のお誘いメールが来た。

『To:
 お得意さんから野球のチケットもらったんだけど、
 今度の日曜日どーだ?』

優勝マジックが点灯している地元のはばたきオルカーズのチケット!
もう絶対行くしかないでしょ!
速攻で返信!

『To:真咲先輩
 もちろん行きます!』

『To:
 返信はやっ!
 良かった。じゃー日曜にな!
 あ、そん時ちょっと頼み事があるからよろしく!』

8月の花火の後、
グチやら相談やらで
何回かメール送っていたんだよね。
『合宿頑張ってまーす!
 ところで若王子先生の微妙なギャグには
 どう反応したら良いでしょう?』
とか
『新学期早々、友だちに私らしくないって指摘されちゃった。落ち込む〜』
とか
『新人戦優勝!でもタイムが不満!!』
とか。

だから、たまには真咲先輩の「頼み事」も聞いてあげないとね。

『To:真咲先輩
 頼み事、ドーンとお任せください』







球場入口に到着であります!
わー、わー、ワクワクする!
そういえばプロ野球観戦なんて本当に久し振りかも!

「真咲先輩!お待たせしました〜!
 食べ物とか飲み物とか応援グッズ買いたいから
 さっそく行きましょう!」

「おー、ちょっと待ってくれー。もう一人来るんだ」

「あ、そうなんですか?誰誰?先輩の彼女さん〜?」

「ちーがーうー。
 幼馴染、というか、弟みたいなもんだ。
 野球大好きでなー、可愛いヤツなんだよ、これが」

「へえ」

真咲先輩と兄弟みたいな人か。
やっぱり親しみやすい良い人なのかな?
可愛いって、どんなんだろ?

「おーい!勝己!こっちだ!こっち!」

「か…?」

げげげげげげげげげげげっ!!!
なぜ???
えーと?えーと?
なに???
勝己と呼ばれたソイツは
紛れも無くアイツで
そう志波勝己で
それが真咲先輩とどうしてもリンクできない私は
ただ呆然と無言で立ち尽くしていた。
先輩、ソレのどこが「可愛い」んでしょうか???

「…そんな大声出さなくても、子供じゃねぇんだからわかる」

「はははー、小さい時迷子になって「元春にいちゃーん」って泣いてたじゃないか」

「もうガキじゃねえ」

「おー、そんな睨むなよー。
 がびっくりしてるだろー」

「…?」

えーえー、どうせ小さくて分からなかったでしょーよ。
でも、びっくりしてるのはその会話より遥かに前からなんですけど。

「お前ら友達だったのか?」

「…ああ」「いいえ」

あ、本音が…

「…?」

「あ、ああ、そう、そうです。
 一応………、知り合いです…」

「そーかそーか。
 なら自己紹介はいいな。
 よーし、行くぞー」

野球はすごーく見たい。
真咲先輩とのおしゃべりも楽しい。
しかし、
しかーし、
ウィーン、カチャカチャカチャ
冷静に計算してみよう。
野球+真咲先輩=マル2ポイント
志波勝己=バツ1ポイント
だから、マルの勝ちで…バツは我慢だ。
見ない、聞かない、話さない。
うん、これで。

あかりに言われた言葉を不意に思い出したけど、
頭をブンブンして振り払った。

「自分の目で見てみたら?」






1塁側内野の指定席だなんて!
真咲先輩、誘ってくれて本当にありがとう!
選手がすぐそこに見える!
すごい〜すごい〜興奮〜〜〜!!

しかし、この席順は不満。
真咲先輩に促され、
二人の間に座らされ、
185cmオーバーの二人に挟まれてしまった。

四捨五入してようやっと160cmの私は、
圧迫感というか、
壁の間に挟まれているというか
なんか息苦しいです、うう…。

それに、二人の会話が私の頭の上で行き来している。
時々先輩が顔を傾けて話しかけてくれるからその時は楽しいんだけど…。



試合は中盤。
0対0のままなかなか点が入らない。



「おい、勝己ー、もう一つ弁当買ってきてくれよー。
 さっきのじゃ足んねー」

「なんで、オレが」

「お前も食うだろ?
 も飲み物いるだろ?」

「はい!」

「よーし、飲み物もな、勝己!」

「自分で行け」

「まーまー、オレのおごりだから。
 はい、これ金。
 落とすなよー、お釣無くすなよー、迷子になるなよー」

「…うるさい」



右側の壁が無くなって広くなった〜!

「はあ」

「どーした、、ため息なんてついて」

「いえ、ちょっと、気合入れてたのが抜けたというかなんというか…」

「ところでな、例の「頼み事」、
 あれさー、勝己のことなんだよ」

「はい?」

「あいつさー、ちっちゃい時から野球がホンットに好きでさ。
 でも、ある事がきっかけでその気持ちを押さえちまってるんだよな。
 オレはな、可愛い弟に野球やらせてあげたいんだよ。
 だから、、協力してくれー、頼む!」

「…ある事って中学の時の?」

「知ってるのか?」

「うう〜ん?…知ってると言っても試合中になんかしたって事だけですけど」

「あー、それなー」

その試合の話はこうだった。
志波勝己が逆転打を放った後、
キレた相手ピッチャーが
明らかに故意と思われるデッドボールを連投。
3人目のバッターは頭にそれを受けた。

「チームメートが傷付けられるの勝己は我慢出来なくてなー」

ピッチャーに詰め寄って謝れと言ったが、
ヘラヘラ笑っていた相手を殴ってしまった。

「…友達思いなんだよ、あいつ。
 それに、野球に対して馬鹿にしたような態度とる相手が許せなかったんだろうな」

その後、中学最後の大会を辞退することになり、
チームメートに顔向け出来なくて野球を辞めた。

「協力してくれるか??」

「う〜〜〜ん………」

混乱。

真咲先輩は私と貴大のあの時の気持ちを知らないから、
真咲先輩と志波勝己の共通の知り合いが私だから、
そういう理由で頼んでいるのは分かる。
分かるんだけど、
今までずっと嫌いだと思っていた相手に
いきなり親しみこめて
「ね!お願い!野球やろうよ!」
なんて言えるわけがない。

でも、あんな話を聞いちゃったらな…
気持ちは分かるかも…なんて思ったりして。

もし私が同じ立場だったら…やっぱり同じかも。
友達を傷付けられて、
大好きなモノを馬鹿にされたら。

さっきまで敵だと信じていた志波勝己に共感?

うーーーー、混乱。

私と貴大が許せない!って思ったのは…

うちの中学の野球部を負かした志波勝己の中学が
暴力事件を理由に次の試合を辞退して

えと、それで、

辞退するくらいなら最初から出るなって思って
そうすればうちの中学が勝ち進めたのかもって思って

それから、

その暴力を振るったのが志波勝己で
だからそんな志波勝己が嫌いになった。

でも、

でも、

その暴力の原因というのは
実はその試合の相手中学のピッチャーで

だから
もしかして

敵はその時のピッチャー?



はあ、はあ、はあ。

無い頭で論理的に思考を組み立てようとして
普段使わない脳みそで一生懸命考えていたら
息切れして
眩暈が…。

当っているのかな?
今の結論は?
もーわかんないよー!

「頼む!!協力してくれるよな?」

「はあ…」

「そっかー、おまえに頼んでよかった」

「やってはみますが、
 志波君とはあまり親しくしていないので
 すぐに戦力外通告が来そうですが…」

思わず肯定しちゃったけどまだ混乱中。
真咲お兄ちゃんの為って言い聞かせてやるっきゃないか…。






試合は後半。
やっとオルカーズが1点とって
あと1回踏ん張れば優勝が決まる。



「…っぷ。コーラ飲み過ぎた。便所行ってくる」

そんな事を言いながら真咲先輩が立ち上がって
その時にチラっと私に目配せした…?!

ええー?

今、行動しろと?
さっきのお願いは今日から発動ですか?

「元春、迷子になるなよ」

「ばーか、勝己じゃあるめえし」

「さっさと行け」










、元春と知り合いだったのか」
「はあ、まあちょっとしたきっかけで」









「志波君は真咲先輩と幼馴染だったんですね?」
「家が近所なだけだ…」









「家、森林公園に近いんですか?」
「走って5分ぐらいだな」
「じゃあうちからも近そうですね」




MA




ああー!!この微妙な間と空気が耐えられません、真咲先輩!

ええい!もう!

「あのっ、志波っ…君?
 どーして野球部に入らないんですか?」

「は?」

「だからーっ!野球部、なんで入らないの?」

「…には関係ねぇ」

ムカッ。

「わ、わたしに関係なくても、真咲先輩には関係があるそうです」

「…元春が何か言ったのか?」

「可愛い弟に野球をやって欲しい…
 って、優しい先輩じゃないですか」

「ちっ…元春のやつ…」

ちっ…って、おい。
プチッ。

「あのっ!あんな事ぐらいで
 何で志波君が野球やめなきゃいけないかわかんないんだけど?!
 私だったら大好きな事、どんな事があってもやめないよ!」

「あんな事…って、それも聞いたのか?」

「過去の話でしょ?1年以上経ったでしょ?
 その時のチームメートだって志波君が野球やらないことを心配してるんじゃない?
 真咲先輩だって心配してるし。
 やらない事で周りに心配かけているのはそのままで良いの?!」

「迷惑かけたオレには資格がねぇ」

「あのさっ!
 そう思っているのは志波君だけだと思うけど?!
 好きな事するに資格とかそんなの要らないでしょ?
 自分で自分を縛って…そんなの自己満足じゃん!」

「…っ」

「それに、なんのために朝あんなに走ってるの?
 健康のため、とかそういうんじゃないでしょ?」

「うるせぇ…」

ムカッ。

「わたし、帰る。真咲先輩によろしく!」

って出て行こうとしたら
真咲先輩すぐ近くにいて…。
聞いてたのかな?
私は小さい声で報告。

「すみません、全然協力できませんでした…」

「うん、まー、またよろしく頼むわー」

「すみません」

「試合ちょーど終わったみたいだし、帰るか?
 、もう夜遅いからちゃんと送ってくからな。
 ほら!勝己も行くぞ!」

「…」

胴上げが始まった球場を後にして3人で帰った。

歩きながら私の横で色々な話題で楽しませてくれる真咲先輩、
後ろを無言のままついてくる志波勝己…

やっぱりこの二人が幼馴染だなんて変だよ〜…
あんな良いお兄さんに
こんなムカつく弟って
おかしいよ、絶対。




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