22.バレンタイン


グルグル
コネコネ
コロコロ

ピンボン玉より小さい
丸い茶色い玉を大量生産し、
ココアパウダーの上を転がす。
ああ、なんて簡単!

それを3つずつ透明な小さな袋に入れ口をしばり、
更にその外側をイラスト描いた色紙で包み
上をキュキュッとカラーワイヤーでとめる。

今年は全部これ。
紙の色とイラストが違うだけ。

完成〜〜〜!

結局甘い話探しも進展せず
というか、混乱して何が何やらという状態で
迎えたバレンタイン。
今年は友チョコ・オンリーだ。
世間では、女の子同士のチョコを「友チョコ」言うらしいけど、
友達なら「義理」ってのより「友」の方が良いよね。
だから男も女も関係ないのだ!





「おはよ!」

「…おはよ」

「あ、志波、ちょっとストップ!」

「なんだ…?」

走るのをやめて
他のランナーの邪魔にならないように
大きな木のそばによる。

たすき掛けしてあったウエストバッグからチョコを取り出した。
青い紙にバットとボールのイラスト。


「はい!チョコだよ」

「…オレに?なんで?」

「友チョコ。学校で針谷とかにもあげるんだ〜」

「…義理ってことか?」

「義理と友はかなり違うよ〜。
 だって、
 義理だと『もらえなくて可哀想だからあげるね』って感じだけど、
 友なら『これからもよろしく〜』って感じでしょ?」

「…そういうもんか?」

「そういうもんなの」

「…この絵、
 が描いたのか?
 なんで…?」

「あー、それね。
 あげる相手を考えた時、
 一番に思い付いたものを描いたの。
 例えば真咲先輩にはお花、とか。
 で、志波は野球だと思った」

「…」

まだダメなのかなぁ?

でも、あの時、
気が付いちゃったんだけどな…。

「手」

「手?」

「うん。
 志波、お手!」

自分の手を差し出す。

「はぁ?犬か、オレは…」

「良いから手ぇ貸して」

渋々出してきた右手をつかんで、
手のひらが上になるようにクルッと裏返す。



やっぱり。



「ほら、これ。
 この前、手つないだ時に気が付いたの」

スケートの時につないだ手、
その時に発見したこと。

志波の手には
たくさんマメが出来ていた。

古いものだけじゃない。
かたくなった古いマメの上に
新しいやわらかいマメ。
剥けているのもあった。

やっぱり
好きなものは
そんなに簡単に
諦められるはずはないんだ。



「どこかで素振りしてるんでしょ?」

「それでか…」

「うん」



どんなきっかけがあれば戻れるんだろう?
なんで踏み出さないんだろう?
好きなのに出来ないなんて
私だったら気が狂いそう…。



「野球部には、まだ、入れないの?」

「………考えてみる」

「え?!本当に?」

「ああ…もう少ししたら…」

「もう少しでもなんでも良い!
 『考える』って思ってくれたんだから!
 わーーー良かったあ!
 なんか一歩進んだみたいだよね!
 変わったね、志波!」

なんだか嬉しくなっちゃって
笑いながらペラペラ喋る私の事、
志波は『コイツ何言ってんだ』って
思っているのかな?
あきれたような顔してそっぽ向いちゃった。



「あ、ねえねえ、チョコあけてみて!
 なんと!ちゃんの手作りでーす!」

「へえ…」

「どーぞどーぞ」

「…これ、袋の中、真っ黒だぞ…」

「え?あーっ!
 走ってたからココアパウダーが周りに付いちゃったんだ!
 あ?!もしかして変形してる?
 あああ…味は変わらないっ…!大丈夫大丈夫!
 見た目は関係ない関係ない、ねっ!」

「ホントに大丈夫か…?」

「失礼だなー!」

「…ククッ、冗談」

「もー返せッ!」

「…ゴクン、もう食べたから無理だ」

「はやっ!」

「うまかった。ごちそうさん」

「うぅ…ちゃんと味わったのー?」

「………ホントにうまかった。サンキュ」

ポフッ

頭、何回かポフポフやられた。

急に優しい顔になって、
言い方がやわらかくなったから
何も言えなくなる。

それにしても野球のこと
ちょっとでも前進して
ホントに良かった。





学校はいつもの1000%増しで騒がしくなってます。



休み時間。
トイレから帰ってきたら
教室の入口にたむろしている女子軍団に話しかけられた。

「あのー佐伯君を呼んでもらえますか?」

「はあ…。おーい、佐伯!呼んでるよー!」

「あ、ありがとう、さん」

まったく、自分で呼べば良いのに。
佐伯も佐伯だ!
休み時間の度に呼び出されてるんだから
ずーっと入口のところにでもいればいいのに!



「ほら、佐伯。チョコ」

さんから?………毒、とか入ってないよな?」

「…返して!」

佐伯のイラストはアホ王子だ。
ざまーみろ!



「津田ー!チョコだよー!」

「おお!サンキュウ!」

「お互い部活ガンバろうね!」

津田には男の子がトライしている絵。



「藤堂!チョコ受け取ってくださいっ!」

「アンタ…調子に乗りすぎ」

「あはは、冗談だよ〜!」

藤堂にはメイク道具の絵。
クリスマスの時は変身できたみたいで楽しかった。


「せんせーい!チョコでーす」

「これは…義理、ですか?」

「そうです。友達には友チョコあげたんですが、
 先生は友達じゃないですしね。
 義理ってことになります」

「…先生も友チョコが良かったです…」

「あーはいはい。中身は同じですから。
 友チョコでいいです。もう、なんでも」

若王子先生には
ビーカーとか実験道具の絵。



「あかり、はるひ、愛してる〜」

あかりとはるひには私も入れた仲良し3人組の絵。

〜ありがとう。このイラストめっちゃ可愛い」

「ホントちゃん上手だねー」

「えへ。ところで二人は渡したの?本命チョコ」

「それがなぁ、まだなんよ」

「針谷なら教室にいるんじゃないの?」

「そうなんやけど…」

「やっぱり!はるひの本命は針谷か〜!」

「え?あー!引っ掛かってしもうた…」

「あはは!
 じゃあ私も渡しに行くから一緒に行こうよ。
 あ、あかりは、あげたの?本命?」

「え、私は…あとで、かな。
 あ、でも、ハリーと志波君に渡したいから
 一緒に行くよ」

「そう。じゃ、行こ〜!」



「針谷、オッス!チョコ持ってきたよ〜」

「オッス、。良い心がけだな」

「偉そうに…、ありがとうは?」

「ああ、ありがとう…って!何言わせてんだ!」

「この絵、針谷の為に心をこめて描いたから、
 じーっくり見てね?
 じゃ!!
 あとは、はるひ、あかり、よろしく〜!」

「絵?…うわっ?!」

針谷には紙いっぱいにお化けの絵を描いたんだもんね〜。
残ったはるひとあかりが「なに〜?」って言ってる声や
教室にいた志波が「ニガコクだな」って言ってる声や
あせった針谷が「覚えてろー!」とか叫んでる声をあとにして
逃げました〜。





放課後、
結花にもチョコを渡そうと思って
教室に行ってみたけど
出ちゃった後だったみたいでいない。

今日はバイトのはずだから部室じゃなくて帰宅方面か、
とあたりをつけて昇降口から校門方面を探したら、
ちょうど校門から出て行く姿を発見!
校門を走り出て声をかけようと思ったら
結花は志波と一緒に歩いていた。

あ、志波にチョコ渡してる。

サンキュとか言ってる。

へぇ、そのまま一緒に帰るんだ。

なんて考えながらボーっと見ていて
結花にチョコ渡しそびれた。

「後でアンネリーで渡そうっと。
 部活行かなきゃ」

なんだか
チェッ
って気持ちなのは
渡しそびれたから、だよね?

そんなの部活で走れば忘れるでしょ。







部活終了後
ダッシュでアンネリーへ。

真咲先輩、こういうイベント日は
必ずバイトをしているはず。
彼女とかいないのかねぇ、あのお兄さんは。

先輩にも同じチョコで
イラストはあの時花壇に咲いていた花にした。
ま、なんと言ってもあれが知り合うきっかけだったわけだし。

「あ!結花!」

、いらっしゃいませ〜」

「チョコどうぞ〜」

「わーありがとう。
 あ、アンネリーのエプロンだね」

「そうそう、結花といえばアンネリーだからねぇ。
 っと…」

「真咲先輩なら配達だよ」

「えー、また…
 どうしよう…」

「先輩、今日も9時までだから
 あがるのも遅いしねぇ…」

「うぅ、この前遅く来て怒られちゃったからなぁ…。
 しかたない、ロッカーに入れて帰るね…」

「言っておくよ」

「よろしく…」



直接渡したかったなあ。
がっかり…





夜9時半。
電話が鳴った。

「もしもし、真咲、だけど」

「先輩、こんばんは〜。
 あ、結花から聞きました?
 ロッカーに入れといたヤツ」

「ああ、でなー、、ちょっと出てこれないか?」

「えっと、どこへ?」

「オマエの家の前」

「えー!」



お母さんに「コンビニ行ってくる!」って言い残して
家を飛び出したら、本当に真咲先輩がいた。

「せんぱ…」

大きな声出そうとしたら

シーッ

ってジェスチャーされて
こっちこっち
って歩き始めた先輩に
黙ってついていった。

家からちょっとだけ歩いたところにある公園まで行って
やっと声が聞けた。

「ごめんなー。
 家の前で話したら近所迷惑だと思ってな」

「あ、そうか、気が付きませんでした。
 でも、先輩どうしたんですか?」

「おお、そうだった。
 チョコ、ありがとな。
 お礼は電話じゃなくて直接言おうと思ってな」

わー、先輩、ほんとに優しいなぁ。
わざわざ来てくれるなんて思ってなかったし
今日は会えないか〜って思ってたから
すごく嬉しい。

「アレが作ったのか?
 バイト終わったあと
 腹減ってたからすぐ食べちまったー。
 うまかったぞ。
 二重マル!」

クシャクシャ
って大きな手で頭をなでられて
良い気持ち〜で眠くなってきた。



今日は
気持ちよく
ねむれそうだ。




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