28.コンプレックス

身体測定。

背が

伸びていない。

ガクーッ。

去年と全く同じ155cmのまま。

なんで?

牛乳も飲んだし
小魚も食べたし
Caのサプリだって

それなのになんでー?





桜も終わって
森林公園の木々は
緑がにぎやかになりつつある。

「おはよう」

「おはよ…」

あーそういえば、
志波と初めて会ったのも
この森林公園だっけ。
あれから一年以上経ったんだ。

最初は気が付かなくって
私より速く走るでかくてムカつくヤツって
思ったっけなー。

志波だって分かった時は
さらにムカついてムカついて。
だからといって時間やコースを変えるのはしゃくだったから
意地になって続けたんだよなー。

あの時の私って
すごーくこわい顔してたんだろうな。

そして、今。
志波は先に走って行ってしまうって事は無くなって
並んで走ってくれるようになった。
結構真剣に走るから
おしゃべりは本当にチョコチョコっとだけど
朝から嬉しくなるな。

うふふー。

「春だな」

「春だねー」

「頭が」

「はい?」

「一人でニヤニヤ笑ってた」

「なっ!なに見てんのよー?!」

「ククッ…」

「走りながら笑うと苦しくなるんだからねっ!」



バカにされてるんだけど
見上げて志波の笑顔を見ると
嬉しくなるんだよねー。
あー、そうとうキテルな、私。



それにしても背が高くて羨ましい。
男女の違いはあるにしても
やっぱりスポーツする身体になってるよね、志波って。



「はあ…」

「どうした?」

「うん…」

志波にこんな事相談するのもどうかと思ったんだけど、
聞いてくれたし言ってみようか。

「昨日身体測定だったでしょ」

「ああ」

「…背が伸びてなくって」

「それで?」

う、やっぱりわけわかんねえって顔してる。

「あと5cmは欲しいんだよね…」

「なんで?」

「走る時のリーチが欲しいから」



言ってみても身長が伸びるわけじゃないし、
速くなれない言い訳にしてるみたいだし、
だんだん自分がダメなヤツに思えてきちゃったよ。



やめやめ!この話題!

って思ったのに…

はそのままでいいんじゃないのか?」



カチン。



ここで普通の女の子なら
「私、このままでいいのね、きゃっ」
とか喜ぶものなのかもしれない。

でも私は違う。

部活で走る度、
試合に出る度、
どれだけこの身長の低さを自覚して落ち込んだか、
リーチがたっぷりある人を見ては羨ましくて仕方なかったか…
結構今まで悩んでるんだよ。

運動する人なら、
体格差で結果も変わること知ってて
分かってくれると思っていたのに………。
志波は体格いいからそんなこと考えた事ないのかな?

色々思い出したのと、
後ろ向きの自分が嫌なのと、
分かってもらえなかった事、
グルグルして、なんだか悔しくなってきた。

あーもー!
私、最近涙腺弱くなったのかなー?!
もーやだーっ!こんな自分!

クルリッ

「なっ…!?!」

今来た道を猛ダッシュで逆走!

「あ、おい…!」


はあー…、私、志波にこの話してどうして欲しかったんだろ。
自分のコンプレックスをただ知って欲しかったのか、
慰めて欲しかったのか、

なんだか分からないなら話さなきゃ良かった。





その日の学校での気まずさったら…

初日にあんなに嬉しかった隣同士が
今ではとてつもなく嫌。

朝なんて目がまだ赤かったから
ちゃん、目が赤いよ。どうしたの?」
ってあかりに突っ込まれちゃって
「ちょっと寝不足で…あ、ちょっと寝ようかなー」
とか言い訳して机につっぷしてみたりもした。
でも顔を伏せるとグルグルしてきて
余計に目が熱くなったり…。

若王子先生には
さん、今日は静かですね」とか言われたけど
言い返す元気も無くて無視したし、
時ちゃん先生には
「保健室一緒に行こうか?」とか
心配されちゃって申し訳なく思ったり。

なんか言いたそうにしている志波を
避けられるだけ避けたかったから
休み時間は極力席に居ないようにして
授業中は教科書とノートと黒板を凝視して。

昼休みは、はるひの所に行ってみたけど
針谷と楽しそうに喋っていたから
邪魔しないようにそのまま退散して
グランドの周りをプラプラ散歩して
校舎から一番離れた階段に一人で座って過ごした。

「はー………」

「あれ?、どうしたの?」

「ああ、結花、ちょっと息抜きしてた。
 そっちは?」

「私は洗濯物のとりこみ。午後から雨降りそうだからね」

「そうか。マネージャーって洗濯もするんだ、大変そう」

「本当に大変なのは選手だからねー。
 余計な所に気を使わせないようにするのが
 マネージャーの仕事なのです」

「結花がいて野球部員は幸せだねー」

「マネージャーは他にもいるし、
 私だけじゃないのよ」

他にマネージャーがいても、
結花が一番部員の力になってると思うけどな。
ホントに気が利くし、綺麗だし。

「あ、そういえば、
 真咲先輩が『は元気かー?』って
 気にしてたよ」

「あー、そういえば、最近連絡してなかった」

「そうなの?」

「うん」

わー、しばらくメールもしてないや。
浮かれたり大変だったり色々だったしな。

あ、そうか。
先輩なら話聞いてくれるかな。

何をどう話したいのか
自分がどうしたいのか分からなくても
先輩と話してると落ち着くもんね。
よし、相談してみよう。

「結花、ありがと。先輩にメールしてみる」

「あ、ううん…。
 そうそう、またみんなで遊びたいね」

「そうだね。先輩に言っておく。
 結花もバイトで会ったら先輩に言っておいてよ」

「はーい、そうするね」

みんなで、か。
結花、本当は二人でどこかへ行きたいんじゃないかな。
同じクラスになって
もっと近づきたいけど
まだ個人的には誘えない
ってところかな?

私も、だけど。

でも、結花が誘ったら「いいぞ」とか言いそうなきがする。
私が誘ってもダメそうな気がする。
なんでこんな想像しちゃうのかな。

あー、ダメダメ。
アタックする前からこんなんでどうする!私!
ダイジョブダイジョブ………な気は全然しないけど
結果を恐れて進まないのはダメだぞ。
うん。
まあ、
いつかは、
頑張ってみよう。

その前に、今のこの状況をどうにかしないと。







「わーい!良い眺め!!」

「だろー?ここ、好きなんだよなー、オレも」

「雨あがってよかったね、先輩!」

「そうだなー」



日曜日。
真咲先輩に空中庭園へ連れてきてもらった。

朝方まで降っていた雨も
今はすっかりあがって
すごく見晴らしがいい。

あの日から雨が降り続いたおかげで
朝のトレーニングで志波と顔を合わせなくて済んで
学校だけなんとかしのいで
やっと週末。



2年生になってからの話、
また若王子先生が担任になったこと、
副担任の先生がお姉さん系美人だってこと、
同じクラスに志波と結花がいること、
そんなのを一通り話した後、
今日の本題を切り出した。



「あのね、先輩?
 相談というか悩みというか、
 話、聞いてくれます?」

「ん。どうした?」

「この前の身体測定でね、
 1年のときと身長が変わらなかったの」

「うんうん」

「走るのにはリーチが長い方が有利な時があって、
 でも、私背が低くて、今年も伸びなくって、
 だからちょっと落ち込んじゃって」

「そうだったのか………
 あー、でものことだから
 落ち込んだ後何もしてない、
 って事はないよな?」

「先輩するどいですねー。
 確かに色々考えてますよ。
 どうしようも無いこといつまでも考えてても
 前に進まないんで」

「うんうん、そういうのがらしいよな」

「えへへ」

「ってー事は、相談はそれじゃないってことだ」

「うわっ!ホントに先輩するどい!」

「まーな。で、どうしたんだ?」



先輩ホントに人の事よく見てくれるよなぁ…。
なんで分かるんだろ?
どうしたら他の人が考えてる事って分かるのかな?

それにホントに話しやすい。
なんかついつい考えてること言っちゃう。



「私、身長低いっていう事に結構コンプレックス感じてるんです」

「うん」

「で、さっきの話を志波に相談した時に
 『そのままでいいんじゃないか』って言われて
 カチーンと来ちゃって」

「勝己が?」

「そうなんですよ。
 なーんでそういう事言うんでしょうね?
 こっちは真剣に悩んでるのに『そのまま』って!!
 身体測定の翌日で一番悩みピークだった時だから
 私も怒りすぎたって感じもするんですが、
 それにしても、
 なんか、
 言い方っていうか、
 どうにかならないんですかねー!!」

「おいおい、オレに怒りをぶつけるな」

「あ…すみません。
 それで、その日から志波と口きいていなくって。
 でも席は隣だからすごーく気まずいんですよ。
 どうしたらいいと思います?」

「うーん………
 ちっちゃい頃から勝己と付き合ってるけど
 考えもなしにそんな事言うヤツじゃないと思うんだけどなー」

「言われたんですっ」

「あー、じゃじゃ、例えば…
 『そのまま』の意味が『小さいまま』って事じゃ無いのかもな」

「じゃあ、どういう意味ですか?」

「うーん…それは分からん!本人に聞くしかねぇなー」

「ええー!
 やだ…
 口ききたくない…」

「じゃーこのままずーっと気まずーい雰囲気で過ごすのか?」

「うー、それもやだけど…」

「じゃー頑張れ。
 これは宿題だから後日提出するように」

「うー、はあい………」

「まあ、それでまた変な事言われたら相談しろ、な?」



うー、変な方向に落ち着いちゃったよ。
でも、ウダウダを引っ張るのも嫌だし
気合入れて聞いてみるか…。
頑張れ、私ー!



「先輩、背高くていいですよねー。
 ココ、見晴らしいいけど、更にいいんだろうなぁ」

「ん?変わるかどうか試してみるか?」

「どうやって?」

「じゃ、あっち向いて、手を横にピーンと伸ばして、力入れてー」

「こう、ですか?」

「よっ!」

「わっ!」

「どうだー?変わったかー?」

わわー!
高くなった!

脇を持って先輩が持ち上げてくれた。
ちょっとくすぐったいけど
視界が全然違う!

地面が遠くなって、
手すりの位置も低くなって、
周りの人も小さくなって、
気分いいかもー!

「はい、おしまーい」

「ありがとうございました、先輩!
 なんだか気分よくなりました!」

「そーか。なら良かった。
 そろそろ帰るか、送るぞ」

「はい、お願いします。
 あ、そういえば」

「そういえば?」

「結花がまたみんなで遊びたいねって言ってましたよ」

「おー、そっか………
 あー、じゃ、ゴールデンウィークにでもどっか行くか?」

「わーい!じゃあ部活の予定出たら報告しますねー」

「おー、さっきの宿題の報告もな」

「う…頑張ります」





久し振りに真咲先輩とお出かけしたのに
自分の話ばっかりしちゃって
先輩つまんなくなかったかなー
なんて後から思って反省。

今度会った時は先輩を楽しませてあげよう。
うん、そうしよう。



………とりあえず、明日の朝に備えて今日は早く寝とくか…






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