32.練習試合(前編)

でーす!』

『…』

『あの、もしもし?志波だよね?』

『あ、ああ…』

『どうかした?』

『いや…声が…』

『あ!声大きすぎた?』

『いや、まあ…そんなところだ。
 で、どうした?』

『あの、明日、体育倉庫のあたりにいればいいかな?』

『ん、ああ、わかった』

『明日ね、陸上部の練習が早くて、
 ランニング行けないから電話してみた』

『そうか…』

『うん。えーっと…』

『なんだ?』

『あ、それだけ。
 じゃあ!』

『じゃあ…』



うああ、緊張したっ。
顔が見えないからなのかな?
電話って困るー!

真咲先輩だと別に平気なんだよな。
相手が志波だと、
もっと喋りたいって思うのに
何話していいか分からないんだよね。
志波って無口だし、
電話だと更に無口だし。

でも、普段は会うことの無い時間に
電話で声が聞けるっていうのは
なんか良いよな〜。
えへへ。







5月の第3日曜日。

陸上部の練習が終わった12時頃、
一高の野球部員がはね学グランドにやって来た。

なるべく近づかないように
貴大に気付かれないようにしながら
部室へ行き、
制服に着替え、
おにぎりを詰め込んだ後、
体育倉庫がある場所へ移動。
ここは野球の時は外野側になるから
離れて見るには丁度いいんだ。

グランドへ降りる階段に座って
一高野球部の様子を遠くから眺めてみた。

さすが甲子園に行った人たちだなぁ。
すごい人気だ。
日曜日だっていうのに
結構見学者も来てる。



あ、貴大だ。
キャッチボールや投球練習、
ちょっとした動作とか癖とか
そういうの変わってない。

中学の時もグランドでよく見てたなー。
ふふ、懐かしい。



「悪い、待ったか?」

「あ、志波。待ってないよ、ダイジョブ」

「なんか楽しいことでもあったか?」

「なんで?」

「一人で笑ってた」

「え?そ、そかな?」

「向こう見て…」

「え?ああ!結花、かな?」

「桐野?」

「そうそう。あ、ほら、おーい!結花ー!」

はぁ、ビックリした。
なんで笑ってるとことか見てるかなぁ、この人…。

あーでも結花がちょうどいてよかった。
ベンチあたりでブンブン手を振っている結花。
またその動作が可愛いんだなー。







いよいよ、試合開始。
なんだけど、
その直前、マウンドに登った貴大がこっちを見た。

う…、気付いてたのか…。
なんか、見たっていうより
睨んでたって感じ?
やっぱり色々怒ってるのかなぁ…。



はね学の攻撃で試合はスタート。

貴大の1球目は…

「ストレート!
 ど真ん中!
 相変わらずだー!」

その後も続けてストレート!
あー、三振………

「うわあ…ホント変わってない…」

「そうなのか?」

「そう。
 なんて言うか
 相手を挑発して
 カッとさせて
 そこをたたみかける感じ?」

「…よく分かってるんだな」

「まあ、中学で3年間見てたしね」

「…3年か」



あれ?
なんかムッとしちゃった?
なんで?



「…ああ!2番もアウトだー!
 うー…、はね学がんばれー!」

「打てー!」
「あ、ボールだ!ナイセン!」
「あ、やった、ナイバッチ!」

ムッとしているのか
なんなのか分からないけど
無口な志波をよそに
私は一人で大盛り上がり。
生で試合見るのは
どんなスポーツでも面白い〜!

3番がヒットで出塁。
次は4番!
ツーアウトだけど頑張れ!!



トン

何の音?

1球目、2球目、…と投げる度に音がする。

トン

志波?
打つタイミングとってる?
ふーん……



「ねえ?志波」

「なんだ?」

「バックネット裏行こうか?」

「行きたくねぇんだろ?あいつの近く」

「試合中だし別に大丈夫でしょ。
 ホント言うと、久し振りに
 近くで見たい気もするんだ」

「……ここでいい」

またムッとした?
なに?

「私なら大丈夫だから」

「…」

「さっきから打つタイミングとったりして、
 近くで見たいんでしょ?
 さ、行こ行こ!」



なんか渋ってて、
なかなか立ち上がらないから
腕引っ張って立たせて
ちょっと無理やりだったけど
近くまで連れてきちゃった。



おー!
貴大が投げる球、
近くで見ると
中学の時よりも迫力がある!

身体が大きくなったのか、
筋肉がついたのか、
フォームも大きく見える。

甲子園で投げてきたんだもんなぁ。
今年は本当にエースになっちゃうし。
貴大は着実に前に進んでるんだな。
私も頑張らないと。





6回表。
ここまで、一高に2点入れられて
はね学はまだ0点。

はね学もまったく打てないというわけでなく、
守りも結構ちゃんとしてる。
だから負けてるけど
点差がバカみたいに開く感じではない。
でも得点できない。

ノーアウトからランナーが出て
送りバントでランナーを2塁に進めても
その後が…、
うーん、またこの回もダメか。



横で見ている志波は、
さっきからムッとしているというか
ピリピリしてるというか…。
なんだろう?
ま、いっか。



「ねえねえ、志波なら得点チャンスにどう打つ?」

「……ホームラン」

「自信あるんだ?」

「いや…打てねぇだろうな」

「え?」

「硬球の生きてる球は、
 まだ打った事がない」

「あ……そうだよね………」

「でも………」

「でも?」



ふっと笑って
グランドの方を向いた
志波の横顔は
何かいつもと違う?

ああ、目が違う。
最初に会った頃の冷めたような目とも
普段のボーっとしたり笑ったりする時の目とも違う。
戦う人の目だ。

うわっ。
顔が熱い。
ドキドキしてきた。
えーっと、そうだ、試合を応援しないと!







結局、2対0のまま試合終了。
はあ。
惜しかったなぁ。



!志波君!」

「結花!お疲れ様!」

「お疲れ…」

「うん、応援ありがとう。
 あのね、志波君?」

「なんだ?」

「松本先生が話があるって。
 ちょっと来てもらえる?」

「オレに?」

「うん、いい?」

「行ってきたら?」

「ああ…」

「じゃ、、ちょっと待っててね〜!」

「行ってらっしゃ〜い!」



松本先生、か。
野球部の顧問の先生だよね。
志波に話って、やっぱり野球部のことかな。
勧誘、とか?





「よう」

「わっ、た、貴大、久し振り」

「そんなに警戒すんなよ」

「あ、あのぉ、この前は、嘘ついてごめんね」

「嘘ついたのは志波だろ」

「う…、でも、
 あの時は私を助けようとしてくれて…」

「ふーん、ま、いっか。
 俺も悪かったな。
 あん時は正直どうかしてた」

「私こそ、ごめん!」

「で、その片思いとかは進展したのか?」

「ああ!あれは、その…
 まったく、これっぽっちも…」

「何やってんだよ?!
 なら体当たりしそうだけどなあ!」

「そんなこと言ったって…色々あるの!
 私だって体だけじゃなくて脳みそあるんだから!」

「ないだろ?」

「失礼な!」

「プッ」

「あははっ」

「こんな感じが良いよな、俺たち、やっぱ」

「そうだね」

「じゃ、今のところは仲のいい友達って事でよろしく」

「今のところ?」

「いつか俺にほれなおすかもしれないだろ?」

「うぬぼれてるー!」

「ははっ!」

「もー!」





「それより、志波、野球部復帰してないんだな」

「あ、うん」

「ふーん………よしっ!
 大事な友達のために一肌脱ぐとするか」

「え?」

「とりあえず俺の言う通りにしろよ。
 まずは右手出して−−−」

「はい?」



左手で私の右手首をつかむ貴大…
って、ええ?!
何するの?!



「ちょっと痛くても我慢しろよー。
 あと10秒位だな。
 俺の手、振りほどいてみて」



なんだかよく分からないけど、
ブンブンふったりねじったりしてみた。



「とれないよ?」

「そのままそのまま、あと3秒、2、1」



ガッ!!!



わっ!志波?!
つかまれてた手を引きはがして
私を背後にまわしてくれた、んだよね、これは?

貴大、志波が近付いてきてるの見えてて
カウントダウンしてたのか。
でも何のために?



「…やめろ」

「手つかんでただけだろ」

「大丈夫か?」

「え、あ、うん…」

「志波ー?おまえ、それでを守ってるつもりか?」

「なに?」

「守ってばっかりだといつか負けるぞ、俺に」

「…どういう意味だ?」

「野球と同じ。守りだけじゃ勝てないだろ。
 勝負しろよ、俺と」

「は…?」


ちょ、貴大、何言ってるの?
勝負するのはいいけど
私をダシにしないでよー!






続く!






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