33.練習試合(後編)

「は…?」

「勝負しろって言ってんの。
 せっかくはね学に試合に来たのに
 志波、オマエはまだ野球部入ってなくて
 拍子抜けだよっ!」



貴大はくるっと振り向いて
自分のグローブをつかみ
バットとメットを持ってきて
志波にグイッと差し出した。



「3球だけ投げてやる。
 三振とったら俺の勝ち、
 ヒット打てたらオマエの勝ちだ」

「オレは……」

「体はでかくでも中身はヘタレだな」

うわ、何それ、ヘタレって。

「また逃げるのか。
 情けないやつだなぁ」

言い方、ムカつくー。

「そんなヤツ、の周りをうろつくな!
 、そんな根性無し相手にすんの、もうやめろ」

だから私をダシにしないでってば!

「大体、野球のこと、俺らみたいに大事に思ってねえんじゃね?
 だって陸上1年以上できなかったら苦しいだろ。
 我慢できないだろ?!」

まあ、それには同意。
大好きなら何があってもやめたくない。

「ああ、それともあれか。
 かする自信もないか」

げーっ、腹立つー!

にかっこ悪いとこ見せたくないってか?」

いや、だから、私をダシにしても無意味だって…

「まあなぁ、2年近くブランクあるからなー。
 わかったわかった、特別にストレートだけにしてやるよ」

偉そうっ!ムカーーーー!

「球種言ってやってるんだ。
 これでも逃げるってんなら………
 ………オマエは二度と野球すんな!」



ちょっ、そこまで言う?!
ムカつく!
ホント頭きたっ!

大体なんで私を引き合いに出すっ?!
志波にとってそんなの関係ないのに。
意味分かんない!

ええいっ!!!

グイッ

っ?」

あ、つい、押しちゃった、背中。
だって、だってさー!

「志波はムカつかないの?
 私は、もーーーーーームッカムカだよっ!」

グイグイッ

「喧嘩売られてるんだよ。
 三振でもなんでも良いから買いなよ!」

グイグイイイッ

「行ってきて!」

「…ふーっ、わかった」



え?
わかった、って言った?今?
ホントに?

自分で押しといてなんだけど
本当に行ってくれるとは思わなかったよ。

あああ、あたし、余計な事しちゃったかな?
こういう場合、
行くか行かないかは
本人が考えて動くのが普通で
無理やり行かせたらダメだったんじゃ…。



でも志波は、
面倒くさそうでもなく
嫌そうでもなく
バットを構えて
素振りを始めていた。

中3の時に1回だけ見たあのスイングだ。
近くで見るとこんなに迫力あるんだ。



一礼してバッターボックスに入る。
足元をならして、構える。

ふわー…
あれれ?
なに、これー?
心臓がドキドキして
背筋がゾクゾクしてる。





1球目。
ストレート!
空振り…。
本当にストレートだ。
こういう時の貴大は絶対嘘つかないんだよね。
志波は、フルスイング。
当てるだけなんてヒットは考えてないみたい。
負けてない。
表情がいい。



2球目。
ストレート。
ファール。
バットをかすめた球が後ろに飛ぶ。
やっぱりフルスイング。
試合ずっとネット裏で見てたから
タイミングはあってるんだ。
がんばれ。
ラスト。



3球目。
ストレート。
打った!
ゆっくり弧を描く…、
あ、
でも…



打球は伸びることなく
センターの守備範囲に落ちた。



パチパチ、って
拍手しながら近づいてくる
ニコニコ顔の貴大。

「はい、センターフライ、アウトー!
 ま、外野まで飛ばしたことはほめてやるよ。
 1試合投げた後っていうハンデ付きのわりには
 がんばったんじゃん?」

「…サンキュー」



貴大はバットとメットを受け取って
ネット裏の私のところに来た。



、見てただろ!オレの勝ちだ!」

「え?!
 あ、でも、
 三振でもヒットでもないから
 引き分けでしょ?」

「あー……、
 そーいや、そんな風に言っちゃったっけ?
 ちっ、しくじった」

「だいたい勝っても賞品とか無いし」

「あー!それを決めるのも忘れてた!
 ちぇっ、ま、いっか。
 それより、
 ヒット1本も打てないヤツなんて考え直した方がいいぞ?」

「か、考え直すって、な、何を?」

「まあ、もう勝負する事なんか無いか。
 志波が野球復帰したら試合であたるかもしんないけどなぁ。
 野球部入らないんだろ?!志波!」

「ちょっと、貴大!」

「おっと、これ以上に嫌われたくないから、
 そろそろ帰ろっと。
 じゃあな、!」

行きかけたのに
「そうだ」とか言いながら戻ってきて
小声でこんな事を言い残していった。

「俺っていいヤツだろ?
 ちょっとは役に立ったと思わない?
 早く考え直した方がお得だぞ?
 じゃな!」



相変わらず変に自信あるなぁ。
でも、そうだね、役に立ったよ。
志波がバッターボックスに立つきっかけ
作ってくれたんだもん。

言い方がいちいちカチンと来るんだけど
それが貴大なりのやり方、か。

ありがとね。





志波はバッターボックスに立ったまま。

ヒット打てなくて悔しがってる、
という顔ではない。

手のひらをジッと見ながら
何か考えてるみたい。

毎日素振りしてても
硬球ボールを打ったのは初めて?
その感触を確かめてる、のかな。

ううん、硬球だけじゃなくて
バッターボックスに立ったこと自体
きっと久し振りのこと。
ピッチャーを相手にバットを振ったという感覚とか
誰かと戦うっていう血が騒ぐ感じ、
そんなのを確かめているのかもしれない。




声をかけたいけれど、
話しかけるのは、
もうちょっと待ってみようか?
何か考えてるんだったら邪魔はしたくない。





なんて躊躇してたら
結花がタタタッと
志波のそばまで走りよって行った。



「志波君!」

「……桐野、勝手にグランド使って悪かったな」

「ううん、すごかったね、あの鈴木君の球打つなんて」

「部員の皆と松本先生にも謝っておいてくれ」

「りょうかいでーす」

「じゃあ、お疲れ……
 、帰るぞ」

「え?あー、はいはい。じゃあね、結花!」

「また明日!二人とも今日は応援ありがとうね!」







えーっと、
一緒に帰ることになってしまいましたが、
何を話せばいいのか分からないんですが…

それにしても
今日の志波の姿を思い出すと
ドキドキしちゃうなぁ。
野球、がんばって欲しいなぁ。
入部、するのかな?



「腹、減ったな」

「はあ?」

「おまえ、朝から部活やってて、腹減ってないのか?」

「えっと、減ってるけど」



っていうか、人が感動に浸ってる時に
そういう会話ですか?



「じゃあ、なんか食ってくか」

「うん、じゃ、てりうがいいな」

「あれか。結構いけるよな」

「あ、志波もそう思う?」



はは、こんなもんだよねー。
普通の友達の会話って。

なんでバッターボックスに立つ気になったか、とか、
立ってみてどうだったか、とか、
打った時の気持ちは、とか、
これからどうするの、とか、
色々聞いてみたいのにな。







てりう食べながらの会話は
食べ物の好みとかの話になってしまって
今日の出来事については
全く触れる事ができなかった。



ハンバーガー屋を出て
今度は家に向かって歩く。

同じ方向なので志波も一緒。
そういえば、志波の家はどこなんだ?
私の家は知ってるのに
ちょっと不公平?



「ふー、おなかいっぱい」

「あれだけ食えばな…」

「あ、あれぐらい普通でしょー?運動したんだし」

「ククッ…」

「し、志波だって大量に食べてたでしょ!」

「オレは男だし、あれぐらい普通だろ」

「むーっ!」

「あ…」

「なに?」

なになに?また毛虫とか?!
志波が立ち止まるから
私も止まる。



志波の左手がすっと伸びてきて
親指で私の右のほっぺを一なで…
なに?



「タレ」

「え?てりうの?」

「…とれねぇな」

ゴシゴシ

「じ、自分でやるよ」

「そうか?」

ムニッ

「あにょ、にゃにひゅるんでひゅか?」

「クッ…、変な顔」

って、志波がしてるんじゃん!
笑うなんて失礼な!



「今日、ヒット打てなかった」

「ひぇ?」

「勝てなかった」

「ん…」

「でも、久しぶりにバッターボックスに立って、スッキリした」

「ひょひゃっひゃひぇぇ」

よかったね、って言いたいのに、
なんでこの顔のまま真剣な話しなきゃなんないの…。



ムニッ

って反対のほっぺも?
もうやめてー!



「サンキュ」

ん?なにが?

もう、話せば話すほどギャグになるから
とりあえず首を傾けて返事。



「背中押してくれて」

あーあー、それね。
うんうんとうなずく。
無理やりだったけどね。
迷惑でなくてホント良かった。



「…」



なに?
首を傾けて聞いてみる。

なにジッと見てるの?

あ、あのー、
そんな見られたら
なんか照れるんですけど?

私今すごい顔してるはずだから
恥ずかしいんだけど???



グニグニーー!

いたたたた!

「無理やりだったけどな」

ぷはー…、や、やっと離してくれた。
ほっぺが伸びちゃうよー、もう!

「痛かったじゃん、何すんのよー!」

「明日…」

「ん?」

「…入部届け出す」

「ホントに?
 ホントのホント?
 すごい!
 やった!
 嬉しい!
 あははは!」

涙が…、
笑い過ぎで出ちゃった、
みたいにごまかしてたけど
本当に嬉しくて嬉しくて
止まんないよー。



「笑いすぎ…、帰るぞ」

「あ、ちょっと待ってよ」



この様より早く歩くなんて生意気!
競走じゃねぇ
それよりさっき痛かったビシッ
蚊でも止まったか?ポリポリ

そんな風に話しながら
家まで送ってもらっちゃった。







ベッドに転がって今日の事を思い出す。
とにかくいい日だった。
貴大とも仲直りできたし。

それより何より志波。

目を瞑る。
バットを持った志波。
構える志波。
フルスイングする志波。
一つ一つ思い出せる。

スッキリしたって言ってた。
サンキューって言ってた。
そして、入部するって。

自分を責めて
自分に罰を与えていた場所から
抜け出せたんだよね?
周りを拒絶するような壁は
崩れたんだよね?

目がジーンとして
鼻がツーンとして
胸がキューンとなって
涙止まらない。

「よかったね…」






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