34.復帰

昨日の余韻がまだ残っていて
嬉しい楽しいスッキリ。

そんな月曜日。





「志波君、これ入部届けの用紙」

「ああ、サンキュ」

中休み、結花が志波に入部届けの用紙を渡して
書き方を教えたりしている。
すごい、ホントに野球部入るんだ。
あ、真咲先輩にも報告しないとなぁ。





「桐野、これ、松本先生に出せばいいのか?」

「そうだよ。あ、先生、この時間は準備室にいると思う。
 一緒に行こうか」

昼休み、結花と志波は一緒に
野球部の顧問、松本先生のところへ。
これで本当に野球部員になるんだ。





放課後、野球部のメンバーの中に志波がいる。
まだユニフォームが無いからジャージ姿。
入部したばかりだから
1年生と一緒のメニューをやってるみたい。

私は陸上部の練習エリアからその様子を時々見ては
「いる!」って思って顔をニンマリさせていた。
同じグランドで部活をしているというだけで
嬉しいと思ってしまう私って
かなりカワイイヤツだよなあ。



さん」

「はいぃっ!」

「先生の言うこと聞いてました?」

「あ、えっとなんでしたっけ?若王子先生…」

「ふー…、さん、
 君は6月にインターハイの予選があるよね。
 あと少しなんだからしっかりやろう」

「はーい…」

「うん。
 君が気にしてたのは野球部?」

「そのー…」

「志波君、よかったね。先生も一安心です」

「…先生、めずらしく先生っぽいですね」

「えっへん、見直しましたか?今の言い方先生っぽかったでしょう」



マジなのかボケてんのか分からなくて
リアクションに困る…

でも、先生の言うとおり、
私ももうすぐ試合なんだから
気合入れて頑張らないとな。







部活終わって
着替えて部室を出た時
ちょうど志波に会えてまたニンマリ。

「お疲れさま、初練習どうだった?」

「ああ、気持ちよかった」

「気持ちいいって…疲れた!とかじゃないんだ」

「疲労感はあるけどな」

「そっかあ、よかったね。もう帰り?」

「あ、いや、それが…」

「志波君!」

「あ、結花!お疲れ〜」

、お疲れ様!
 あーっ、志波君、早く行かないとお店閉まっちゃう!」

「ああ」

「お店?」

「うん。
 志波君、とりあえず必要な物を揃えないと。
 今から商店街のスポーツショップに行くの。
 だから、、お先に!!」

「うん、お疲れ、また明日」

「じゃあな」

「じゃあね」



ふーん、ま、そうだよね。
色々必要なんだ、野球。
陸上はとりあえずシューズさえあれば
なんとかなるけど。

それにしてもマネージャーってそんなことまで…
大変なんだな。
でも引っかかるー。
何かモヤモヤするー!

買い物なんてリストさえあれば
別にマネージャーが一緒じゃなくてもいいんじゃないの?
マネージャーより選手同士で行ったほうが
選ぶ時の参考意見とか聞けるんじゃないの?

ああああ、だめだ。
こんな事、いちいち気にしてちゃ!!
野球部には野球部のやり方があるんだ。
結花はマネージャーとして
中途半端な時期に入った新入部員の
お世話をしているだけ。
それだけ。
気にしても仕方ない。



楽しい嬉しいスッキリ
そんな月曜日…だったはずが
モヤモヤ終わってしまった。







家でベッドに寝っ転がると
またあのモヤモヤが…。

「うーん」

ガバァッと起き上がって
「ムンッ!」って気合入れて
自分に喝を入れる。

せっかく志波が野球部に戻って
これからって時で
喜ぶべきところなんだから
こんな気持ちはおかしい、はず。

「うーーーーーーん!」

ストレッチしなおしながら
落ち着けー
落ち着けー
と唱える私。

あ、そうだ、真咲先輩に報告しなくっちゃ。

『To:真咲先輩
 お久し振りです、です。
 志波を野球部に入れる同盟の
 解散打ち上げをやりましょう!
 先輩のおごりで(笑)』

送信っと。
これで分かるかな?
いっぱい報告することはあるけど
それは会えた時に言えばいいよね。

あ、電話。
反応早っ!

『もしもし、先輩?』

『おう、メール見たぞ、マジかよ?』

『マジですよー。今日入部届け出してたみたい』

『そっかあ。何があったんだ?』

『それは、ほら、打ち上げで、じっくりと』

『うー気になるな。あー、でも分かった。今度の日曜でいいか?』

『はい!』

『場所は、ゆっくり話できるとこがいいな。
 おまえも考えとけ。
 とりあえず車で迎えに行くから』

『はーい!』



うふふー、先輩の驚く顔が楽しみだ。







火曜日。

朝、志波は森林公園に来なかった。

別に毎日毎日走ってるわけじゃない。
私だって行かない日もあったし
志波だって来ない日もあったしね。

でも部活入って張り切ってたから
来ないなんて予想外だったから
ちょっとあせった。

気になって気になって
いつもより早めに登校してみて
その理由はすぐに分かったんだけど…。

野球部は朝練があるんだよね、毎日。
うん、納得…なんだけど、
そうなんだけどー!

それならそうと朝は行けないって
言ってくれたらいいのに。
昨日の帰りは慌ててたからムリだったとして
電話とか…
…ってそれは無いか。
別に私に報告する義務ないもんね。
そ、だよね。





今日も教室では
志波と結花が一緒にいる時間が多い。
ユニフォームの申込がどうとか
選手登録がどうとか
部費がどうとか。

入部したばかりだと色々あるんだ。

そんなわけで教室でも
全然会話できないまま
放課後になっちゃった。

今までも教室とかそれ以外の場所で
そんなにお喋りしてないし
何も変わってないんだろうけど…
なんだろう、
なんか今までと違う気持ちが湧いてくるー。
なに?







「いる」
なんて、昨日と同じ確認をしながら
部活している私。
その事はやっぱり嬉しくて顔がにやける。

志波が夢に向かって頑張る姿を
ずっと応援したいなぁ、って思う。



練習後も新入部員扱いで
グランド整備、
後片付け、
ボール磨き、
部室掃除、
…やることがたくさんあって忙しそう。

私はもう着替えも終わって帰るだけ。
一緒に帰れないかなあ…。
なんて思いながら部室の周りを
ノロノロウロウロ…
っていう私はどうなの?
これって重くない?
「送って」って言ってるみたいで図々しくない?

「やっぱり帰ろう」

ってクルリと振り返ったら
目の前に大きなジャージの壁!

「わあっ…!びっくした…。
 お、お疲れぇ」

「ああ、お疲れ」

「片付け?」

「ああ、一応2週間は仮入部扱いだからな」

「そうなんだ」

「朝練も早いから、
 公園にはしばらく行けねぇ、悪ぃ」



わぁ、一応気にしてくれてたんだ、朝のこと。
それだけでちょっと私の気分は上昇!
でも謝ってもらうのは申し訳ないし…



「…別に約束してるわけじゃないし
 謝らなくていいよ」

「………そうだな」



んん?なに、その間?
なんか私変なこと言った?
それともまだ悪いとか思ってるのかな?



「そうだよ。気にしないで?」

「ああ……。もう帰るのか?」

「うん」

「そうか」



このまま「バイバイ」って帰るのもったいないよな…。
せっかく話せる時間持てたんだから
何か、話題、話題…



「あ、今日結花いないんだね?」

「ああ、バイト、って言ってたな」

「そっか。あ、昨日は間に合ったの?買い物」

「ん、ああ」

「よかったね」



だ、だめだ。
一緒に帰りたいって気持ちが先行しちゃって
会話が続けられない。

はぁ…
き、気合だ!



「「あの!」」

は、ハモった…。

「なんだ?」

「あの、まっ―――」

「おーい!志波!それ早く片付けて一緒に帰ろうぜ!」

「あ…」

「あー、ごめんね、片付け邪魔しちゃった」

「いや…、それより」

「またね、って言うところだったから
 ちょうど良かった。
 じゃあね、バイバイ!」



ううっ…
(待ってるから一緒に帰ろ?)
……って言えなかった。







「はぁ…」

「いきなりため息かよ?」

「ああ?!ため息ついてました、私?」

「おお、ついてた。吹き飛ばされそうなくらいおっきいやつ」

「ええ?!そんなにすごくないでしょう?!」

「はははー、にしても、どーした?悩み事か、?」



日曜日、
迎えに来てもらった真咲先輩の車に乗ったとたん、
私はため息吐いてしまったらしい。

もう完全に禁断症状ですっ!

朝の森林公園で会えなくなった。
教室にいることはいるけど、休み時間は寝てる。
っていうか授業中も寝てる。
っていうかいないときも?!
放課後は片付けと着替えが終わる時間が全然違うし、
火曜日に「一緒に帰ろ」って言えなかったのが後引いて
それ以降は私が何も言わずに先に帰っている。
という状態。



「はぁ…」

「まぁた…」

「ああ!すみませーん!」



いけないいけない。
気をつけないと…。





今日は臨海公園のベンチに座って
近くで買ってきたドーナツ片手に
先週の日曜日に起こった事、
月曜日に野球部に入ったこと、
その後の部活の様子、
など、志波の事をドワーっと報告した。



「ふぃー…喉かわきました…」

「お疲れさん。ほら、お茶飲め」

「ありがとございます」

「勝己のやつよかったなぁ…」

「そうですねぇ」

も色々大変だったな」

「いえいえ、これで先輩の『頼み事』解決ですね」

「あーそういやそんな頼み事してたっけか。、よく覚えてたなぁ」

「結構ハードル高い頼み事でしたよ。ねぎらってください」

「うむ、ご苦労であった」

「ははっ、任務完了であります」

「「はははははは」」



あー楽しい。
なんだか気分もよくなってきた。
いっつもいっつも
私の気持ちを軽くしてくれるんだよなぁ、先輩は。

なんていうかポジティブで
こっちの考えがダメなら
あっちはどーだ?って
別の道が見えてくるから不思議。





「勝己だったらすぐにレギュラーになれるだろうな」

「うーん…
 私には野球部のなかみは分からないんで、なんとも…。
 結花なら分かるんじゃないですか?」

「ん?そーか、そーだな、今度聞いてみるか」

「そうそう!野球部の事は野球部の人に聞くのが一番です!」

「はは…、なんだぁ、その力説は?」



だって私野球部じゃないから分からないもんっ!
知らないもんっ!
私だって知りたいぐらいだよ!

野球部の話題になると
またあのよく分からない気持ちが…。



…私も結花に聞いてみようかな。






Next→

Prev←

目次へ戻る