37.総体予選

、昨日の写真できたわよ。ムフフ」

「なーに?お母さん、ムフフって…」

にゃーーーーー!!!
こ、これは…あれか…。

甘かった。
志波のお母さんを笑ってる場合じゃなかった。
どこの親も考えることは一緒なのか?

の彼氏?」

「ちがうー」

「あらら、そうなの?」

「そうなのっ」

「かっこいいのに」

「…そ、そう思う?」

「お?やっぱり彼氏?」

「ちがうー!」

好奇心で目がランランと輝いてる母親から
写真を奪い取ってリビングから逃げる。
「焼き増ししなくていいの〜?」
なんて声を無視して階段を登って自分の部屋へ。

「かっこいい」って、お母さん、いい年して…。
…親子だから趣味が似てるのか?

今頃志波もお母さんに突っ込まれてるのかなぁ?







週明けの学校では

「志波がを拉致った」
「あの後いったい何が起こったんだ?」

なんて話題で盛り上がってたけど
いつもと私たちの様子が変わらないので

「つまんねー!」

などという意味不明な文句とともに
そんな話もあっさり消えていった。



だって本当に体育祭前と何にも変わらないんだもん。
リレーの練習がなくなったし
また全然喋らない日々に戻っちゃったよ。

でも、前よりは落ち込まない。
体育祭が楽しかったから。

そういえば「何でも言う事聞く」っての忘れちゃったのかな?
何にも言ってこない。
購買でパン買って来るとかのパシリとかなら
忘れてくれた方が嬉しいけどね。





それより、今度の日曜日は、陸上部の大事な試合。
県大会だけど、インターハイの予選も兼ねている。
これで勝ち残って、7月の地方大会でも上位に入らないと
インターハイには行けない。

部活に集中しよう。









6月の第3日曜日、
県立競技場のトラックは
南南東の風に吹かれて
ちょっぴり暑かった。

もう夕方。
制服に着替えて
トラックをもう一度だけ見る。





終わった…。
終わっちゃった…。

決勝レースにも残れなかった。

何がいけなかったのかな。
練習が足りなかったのかな。
こんな悔しい思いするぐらいなら
もっと何か頑張れたんじゃないかな。

さん」

「若王子先生…私、駄目でした。すみませんでした」

さん…、君が一生懸命やっていた事は先生が知ってるから。
 だから、そんな君に先生からがんばったで賞をあげます」

「先生………、ありがと。私、帰ります」



若王子先生は慰めてくれて
あんな事を言ってくれたんだろうけど
無神経だ。無神経だ。無神経だ。

頑張ったって負けちゃったらもう先が無いんだから。





先輩!」

「ああ、天地…。ゴメンね、応援来てくれたのに」

「いつでも応援してますから」

「ありがと、じゃ、行くね」

「どんな時でも応援部が応援してますから!お疲れ様でした!」



いつでも、か。
ちょっとだけ元気もらえたかな。



でも、私の夏、もう終わっちゃったんだよ。
まだ6月なのに…。









県立競技場からバスと電車ではばたき駅まで戻って来て
見慣れた光景にちょっとだけホッとして…。

朝、この改札を入った時は
「頑張るぞ!」って
すごくワクワクしてたのに
今は…。



「ふぅっ…」



ちょっと動けなくなっちゃって
駅前の花壇の脇に腰掛けて少し休憩。

このまま家に帰っても
今日のことや
今までのことを
グルグル考えちゃうだけだし
外にいたほうがまだ気を張って
落ち込みが少なくて済む。

きっと家に帰ったら
ずーっと泣いちゃう。
悔しくて。
泣くと、それ自体が悔しくなるからやだ。



「どうしよっかな、これから」



「また一から頑張ろう」って気には今はさすがにならない。
せめて7月の地方大会までは行きたかった。
って終わっちゃったことを言っても仕方ないんだけど。

もし冬の間にもっと筋トレしてたら、
もしスタートの練習をあと100本やっていたら、
もし
もし
もし



「あーあ、駄目だ、私」



下向くと涙が落ちそうだから空を見る。

今日もいい天気だった。

もっと気持ちよく走りたかった。

走り足りない。





「あれ?!」



不意にかけられた声。



「結花?」



タタッと駆け寄ってくるのは結花。
その向こうにいるのは志波と野球部の2年生?
志波はなんだか楽しそうにみんなと喋っている。
大分打ち解けたのかな。



「どうしたの?一人?」

「あ…うん」

「誰かと待ち合わせ?」

「え…っと」

「まあいいや、それより、聞いて聞いて!」

待ち合わせ?という問いに違うって答えようとしたのに
話したくてたまらないって感じで
ニコニコしながら小声で迫ってきた。

「今日ね、野球部練習試合だったの。
 それでね、相手校のピッチャーがね、
 志波君が中学の時にトラブルになった黒木って人でね」

「え…?」

「そうなの。それでね、
 その人、今日もわざとデッドボール投げてきて。
 ひどいでしょ!」

「うん…」

「でね、志波君」



また何かやっちゃったの?



「志波君、今日はベンチだったんだけど、
 監督に言って代打で出させてもらってね、
 なんとホームラン!!!」

「すごい…」

「また問題起こすんじゃないかって言ってた部員もね
 それ見て『見直した』っていうことになって
 今から2年生だけで一緒にハンバーガー屋で打ち上げ!」



そっか。
それで志波はあんなに吹っ切れたような顔してるんだ。
ちゃんと前に進めてるんだ。
良かったね。
本当に。

結花も嬉しそう。
今の私には二人ともまぶしい。
まぶしくて見れない。



も来ない?飛び入り参加大歓迎!」

「私は遠慮しとく…」

…?どうかした?」

「ん…」

「そういえば、今日も試合だったよね?」

「うん、私負けちゃったの」

「あ、私…」

「あは!大丈夫大丈夫、結花、そんな顔しないで!
 あーっと、そろそろ帰らないと。
 じゃーね!打ち上げ楽しんできて!!」









まぶしい集団から離れたくて
逃げるようにその場を去って
商店街をまわりも見ずにドンドン進んで
気が付いたら花の匂い。
アンネリーの前まで来ていた。

店頭に飾ってある花を眺めてたら
その片隅に
「食虫植物コーナー」
っていうのを発見。

プッ

これ絶対真咲先輩が考えたんだ。
しゃがみこんで何があるのか見てみた。

ハエトリグサ
ウツボカズラ
サラセニア
モウセンゴケ
ムシトリスミレ

並べてあるのは
どれも小ぶりで
可愛いサイズのものばかり。



緑っていいな。
大好きな色。
落ち着くし。

何か買っていったら
少し和むかな…。



「お客さん、お気に召しましたか?」

「あ…」

「どうしたぁ、。落ち込んでる、ピンポンだろ?」

「う…」

「んー、オレあと10分であがるから裏で待ってろ」

「でも…」

「待ってなさい」

「はーい…」









「というわけで、今年の夏は暇になりました」

「…そうか、それで落ち込んでたってわけか」

「はい。でも平気です。全然、ダイジョウブ」

…」

「あーっと、ちょっと走っていいですか?
 走り足りなくって」



真咲先輩に車で海岸まで連れてきてもらった。
暗くなりかけた海なんて人もほとんどいない。
暗くなりかけてるからきっと私の表情もそんなに見えない。

走って走って走って。

涙が出るのは風が目に入るから。



「スカートがはねるぞー!」

「見ないでくださーい!セクハラですよー!」

「なんだとー!!」



私が陽気に振舞うから
先輩もそれに付き合ってくれて…。
気を使わせちゃってるなぁ。
でも、先輩だから、頼ってもいいよね。



「あっ」



砂に足を取られて転んじゃった。
あーあ、制服砂だらけ。
バカみたい、私。

「おい、、大丈夫かぁ?」

「あはは、砂だらけー。妖怪なんとかみたいですね」

「…ムリしなくていいんだぞ、

「あは…ダイジョブですって、私は………」

「ムリすんな。泣いてるくせに」

「これは風がしみて………っ」

「よしよし。悔しい時は泣いとけ」

「…ふぇっ………」

「泣いてぜーんぶ出しちまえ」

「………っく…」

「全部出したらまた次へ進めばいいんだよ」

「せんぱ……わたし、くやしいよぉ………」

「あー、分かった分かった、よしよし」



頭、よしよしって、あったかい…。
先輩の服にしがみついて
子供みたいにワーワー泣いちゃった。






Next→

Prev←

目次へ戻る