38.夢現



体が重い。
寝たような寝れなかったような。

「んー!!」

背伸びして起き上がって
ランニングの準備して。



今日ぐらい休んだって良いのかもしれない。
そんな風にチラッと考えたけど
ここで行かなかったら負けだし。
何に負けかって聞かれても困るけど。

自分でも相当な負けず嫌いだと思う。









やっぱり力入らないかも…。

「ちょっと休憩…」

昨日の疲れが残ってるんだろうな。
きっと。

「ふぅ…」

噴水から涼しい風が飛んでくる。
森林公園でベンチに座るなんてほとんどなかったけど気持ちいいんだなぁ。
ボンヤリ池を眺めていたら目の前が突然日陰になった。



「どうした?」「なんで?」



おお、息ぴったり。
じゃなくって。



「朝練は?」



見上げたら、志波の背後からさす光にちょっとクラッときた。



「今日は無い、昨日試合だったから」



答えながら隣にドカッと座った志波。

久し振りだな、朝の森林公園で会うの。
サボらないでちゃんと来て良かった。



「結花に聞いたよ。ホームランだって?」

「ああ」

「すごいじゃん。
 しかも相手、中3の時のアレでしょ?。
 ホームラン打つとこ見たかった!
 そいつのせいで色々あったわけだし。
 なんかこれでもう完全にスッキリしたんじゃない?
 良かったね」

…」

「ん?」

何か言いたそうだけど言いにくそう?
あ、そっか、私の事か。

「あー、結花に聞いた?
 私も試合だったんだけど負けちゃったんだー。
 あ、でもね、準決勝までは行ったんだよ。
 何がいけなかったのか最初は分からなかったけど
 スタートがね、練習よりちょっともたついたかなって思うんだ」



「インターハイはダメだったけどまだ来年もあるしね。
 野球部はこれから予選だよね。
 頑張ってね」

「なあ、

「ん?」

「ムリしなくていい」

「あ…」

「負けたときの悔しさとか、オレもわかるから」



フッと気が抜けちゃった。

ムリって簡単に分かるぐらい
ムリしちゃってたのかなぁ…?

落ち込みすぎなのを人に見られるのが嫌で
一人で落ち込む自分はもっと情けなくて
だから逆に頑張っちゃおうって
そうやって今までやってきたんだけど。

昨日の負けは今までの中で一番悔しかった。
今までは弱い自分を誰かに見せるなんて恥って思ってた。
でも、昨日、真咲先輩に「ムリするな」って言われて
頑張らなくていいときもあるんだって思えたんだ。

それで、今、同じ事を志波にも。

………昨日いっぱい泣いたのにまた泣けてきた。



「…ありがと」

「あ、ああ………」



急にポロポロ泣き始めた私に
志波はちょっと焦ったのか
言葉につまってしまったみたい。



それにしても………

クスッ

泣いてるのに今度は突然笑い始めたから、
志波は、訳が分からないというように眉間に皺を寄せた。

「…何がおかしいんだ?」

「だって、真咲先輩とおんなじ事言うから。幼なじみって似ちゃうの?」

「元春?」

「そう、ムリするなって」

「……会ったのか?昨日」

「うん。帰りに、たまたま」



そうだったのか、と言った志波は
何故だか黙り込んで
池の方をじーっと見て
怒っているような
冷めているような
いつも以上に読み取りにくい表情。

こういう沈黙、苦手…。



「志波はいいよね」

「…は?」

「真咲先輩みたいないい人がお兄ちゃんで」

「…兄弟じゃねぇ」

「そうなんだけど、兄弟みたいなものなんでしょ?幼なじみって」

「ハァ………それの何がいいんだ?」

「だってさ、何かあったらすぐに相談にのってくれるでしょ。
 色々アドバイスもしてくれるし、頼りになるよねー。
 うらやましいなぁ………」

「相談なんてしねぇ…」

「そうなの?
 あ、そうか、相談なんかしなくても
 真咲先輩なら何でもわかってくれそうだもんね。
 いいなあ…あんなお兄ちゃんが欲しいよ、私も」



とりあえず話題を変えて沈黙を破ってみたけれど
真咲先輩と兄弟って言ったことが不満だったのか
今度はあからさまに不機嫌になってしまって
全部裏目に出ちゃうような気がして
これはもう帰るしかないと思った。

そろそろ家に戻らないと
学校に遅れるかもしれない
っていう時間だったのも事実なんだけど。



「そろそろ行こっかなあ…」

ベンチから立ち上がった時、右手を志波につかまれた。

、元春じゃなくてオレに…」

何か言いかけた志波が
突然ハッと目を開いて
まわる。

まわる?

グルグル?



「あれぇ?」

「おまえ、熱あるんじゃねぇか?」

「そう?」

「気付いてなかったのか?」

「うん」

「まったく…、家まで送る」

「え、いいよ、学校遅れちゃうよ」

「別にかまわない。歩けるか?」

「ダイジョブ」







志波が遅刻しないようにと思って頑張って早足で歩いたのと
家の前で「ありがと」って言ったのは覚えてるんだけど
後は朦朧として覚えてない。



気がついたらベッドで目が覚めた。



お母さんが持ってきてくれた薬と水を飲んで
また沈むように寝て
寒くなったり
暑くなったり
気持ち悪かったり
そんなのの繰り返し。







起き上がっても
そんなにふらつかなくなった
水曜日の朝。



「37度8分、大分下がったけど今日も学校は休みね」

「はぁぃ…」

「お母さん、今日から仕事行ってくるけど辛かったら携帯に連絡して」

「分かった…」



すりおろしリンゴがおいしい。
こんなの食べるの小学生以来かもしれない。



のこと送ってくれたの二人三脚の彼でしょ?」

「あ、うん、そう。志波勝己君」

「すごく心配してたから、元気になったらちゃんとお礼言うのよ?」

「分かった」

いつ挨拶してたのか全然覚えてないんだけど
喋ったんだ、お母さんと志波。
何喋ったんだろ?
お母さん変なこと言ってないかな?



「じゃあ、もう行くけど、
 ちゃんと水分とって寝てるのよ?
 熱あがっちゃったら薬飲んで。
 お昼はおかゆ作ってあるからね。
 お皿そのままでいいから。
 あ、アイスとプリンも入ってるよ。
 何か買ってきて欲しいものある?
 お母さんいなくて寂しい?」

「ボーっとしてるんだから一度に言わないでよぉ…。
 ひまだから何か雑誌買ってきて。
 それからもう高校生なんだから寂しくない、ダイジョブ」

「はいはい。じゃ行ってくるね!」

「行ってらっしゃい…」



ボーっとする。
頭も身体もまだ力が入らない。
寝よう、とりあえず。







嫌な夢をたくさん見た。
目が覚めるたびにズドーンと心が重い。
熱のせい、なんだろうな、やっぱり。





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  スタートでフライングして
  何度やり直しても
  フライングして
  エンドレス。

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  走っても走っても
  ゴールにたどりつけない。

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  乗りたい電車に乗れなくて
  行ってしまう電車を見ながら
  大泣きする。
  顔は見えないけど
  電車に乗っている人たちは
  はね学の制服を着てた。

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  教室で授業を受けている。
  でも先生の顔が見えない。
  友達の顔も見えない。
  座っていたはずなのに
  ストーンと落ちて行く。
  落ちて行く感触が身体から離れない。

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わけの分からない夢ばかり。
極め付けがコレ。





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  「しばらく会えない」
  「休みの日も無理なんだ」
  「野球に集中したいんだ」
  「…、ごめん」

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なんで今更こんな夢を見たのか分からない。
中3の3月。
貴大とのあのシーン。
そんなのもう忘れたと思ってた。

貴大のことは今は友達としか思っていない。
なのになんで?
一年以上も経っているのに
なんで今更?






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